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34-8 愚か者の遺産――をいかにして有効活用するかという話 1/3

 その後アシュリーと学生時代の昔話を交わしました。

 彼女の言葉を要約するとこうです。


 あの頃からすると今の光景が信じられない。

 まさかアルフレッドが家を出奔して公国にて、爵位と領地を手に入れるなんて。

 それを先輩が影の支配者として裏から糸引いて、腹黒い意図はさておき繁栄を呼び込んでいる。全てが不思議でならない、と。


 俺からすれば全部成り行き任せでやってきただけなので、なんともくすぐったい話です。くすぐったいので本来の目的を思い出し、屋敷へと逃げました。

 発展の次手はダリルです、彼女の姿を探して屋敷のあちこちをさまよいます。

 今の時刻は昼過ぎ、1F、2F、厨房、食堂、応接間、ダリルの部屋と探して周りましたがどこにも居ません。


 あるのは新築の香りと、機嫌の悪いチャップさんの険しいお顔ばかり。

 そのチャップさんとまた鉢合わせになったのでもう勇気を出して聞いてみました。


「すみません、ダリルの居場所を知りません?」

「……裏だ」


 ギロッと睨まれてしまいましたが情報ゲットです。

 殿下のこともあって最近ことに付き合いにくい……。

 夜中こっそり男連中で遊ぶことも増えてるんですけど、そこに殿下が加わっていることがどうも許せないらしいです。


「おお、ありがとうございます。最初から聞いておけば良かったですね」

「ふんっ……そうやって女の尻を追っていろ。くれぐれも殿下に勘違いを、まかり間違っても、起こさせるなよ、小僧……」


 むしろこっちがそう願いたいですよ。

 って答えたら余計めんどくさいやり取りになるのが見えました。

 だからこういうときは笑顔です笑顔。


「いや言ってる意味がわかんないんですけど……まあ一応はいと答えておきますよ」

「貴様ッ……。そうだ貴様らッ、前々から聞こうと思っていたっ! 夜中に、コソコソと、ナニをしている……! よりにもよって殿下を男の部屋に呼び込むなど……! そこでナニをしているのだッ!」


 そしたら痛くもない腹を探られました。

 ナニってナニ? どことなくイントネーションがヤバい系~、男同士みんなでナニをしているかって言えばそりゃぁ……。


「チェスです。モンテ・ロマーニュがたびたび勝負を持ちかけてくるもので、気づいたら俺の部屋に男どもが集まって来ちゃったんですよ。いっそ部屋でチェス喫茶でも開きましょうかね」

「……そうか、上手い言い訳を考えたものだな。そうやって貴様らは、チェスに高じる殿下を愛でているのだろう、腹の底で邪悪な下心を……煮立たせてな!!」


 ダメだまずい方向に興奮めされている、もう逃げよう……。


「どこへ行くアレクサント、()ッッ!!」

「ダリルのところです。開拓地のことで彼女に新しい役割を振ろうと思いまして、悪いですけどメイドさんは今日限りで休止してもらいます」


 こんなことしてる場合じゃなかったんでした。

 罵声と凝視を背中に背負いながら俺は勝手口経由で屋敷裏に回りました。



 ・

 


 いましたいました、ちょうどベッドシーツを回収していたのでいささかのイタズラ心が働きました。

 ダリルが次の一枚を回収するタイミングで、その正面に回り込んでやったんです。


「うわっアッアレックスッッ?!! うはぁぁ……もうビックリしたぁぁ……なに子供みたいなことしてんのよ……。ほんと大人げないよね」


 結果は大成功、彼女は芝生に尻餅をついてシーツが汚れないようしっかり抱き込んでいました。本日のファインプレーです。

 そんな彼女を見下ろせば、メイド服が豊かな胸部を包み込んで、姿勢もあって褐色の足がチラリと見えています。……これも見納めとなるのでしっかり脳裏に焼き付けておきました。


「ちょ……どこ見てんのさっ?!」

「ん~~、メイド服」


「あはは……せめて胸とか顔とか、ダリルちゃんって答えなよ、はーーー、大人げないなぁぁー!」

「ごめん、それよりさダリル」


 言葉では文句言っていますけど楽しそうでした。

 シーツを彼女に代わって受け取ると、ダリルはメイドさんとは思えないほど元気に肢体を立ち上がらせます。

 それより用件用件です、大事な話があるんです。


「ダリルはここでの生活に満足してる?」

「え、なにそれ? そりゃもちろんしてるに決まってるよ、ダリルちゃんってさ、今のみんなと力を合わせて行動することって少なかったし、メイドさんごっこも楽しいしねっ」


 てっきりダリルのことだから暇しているのかと思ってました。

 だけど確かにダリルは鍛冶師、ちょっと前まで修行中の身。

 その仕事柄や立場からしてアトリエとは多少の距離があったのは間違いありません。

 となれば俺がこれから持ち込む話を、彼女が快諾してくれるに決まっているのでした。


「ちょっと平和過ぎて、ちょっとだけ、鍛冶場が恋しいけどね。でもねっ、チャップさんとエミリャさんやさしいし、仕事楽しいよっ、アレックスと一緒にいられる時間も増えたしね!」

「うん、そう言うと思った」


 チャップさんからすればダリルって孫感覚なのかもしれません。かわいがってくれています。

 エミリャ・ロマーニュがやたら張り切って、屋敷の仕事を取り仕切ってる点がどぉ~も許せんですけど。まあ、まあまあ有能なのは認めてやります、特別に。


「つまりなにさ? アレックスらしくずけずけ言っちゃいなよ!」

「うん、じゃあここに鍛冶工房を作ろう。ダリルのね」


 ここにダリルの鍛冶工房を作ります。

 俺の言葉に彼女は不思議そうな顔をして、それから当然なんだけどまゆをへの字に変えてジト目を向けてきました。


「こんなところに作ってもお客さん来ないよ、この開拓地にとっては助かることなのかもしんないけどさ。ダリルちゃんはヤダなー」

「問題ないよ、ここで作った品物を公都に運べば良いんだから」


 彼女の疑いの目は変わりません。

 そのくらいのことならダリルだって考えていたに決まっていました。


「運ぶだけでお金かかるじゃん。……それにさ、それにアレックスはさ……私と会えなくなっていいの? こんなところに工房なんて作ったら……私たち公都で一緒に暮らせなくなっちゃうよ……?」


 どうも最後のやつが本音だったみたいです。

 ジト目が寂しそうに落ちて、どこか悲しげに静かになってしまいました。


「いいやダリルは絶対に手放さないよ。何が何でもこれまで通り一緒に生活してもらう、ダリルがいない生活なんて嫌だ、楽しくない」


 それが言葉一つでひっくり返るんだから不思議です。

 落ちていた目線が俺を真っ直ぐに見つめ直し、大きく目を広げて何かを確認します。


「そうなんだ……なんか悪い気しないかもそれ……。……じゃ~なくてさぁぁーっ! 毎日馬車で3時間往復して暮らせ、ってことじゃん! ダリルちゃんを殺す気かー!」

「……いや、ところがそうはならないんだ。全ての問題をあっさり解決してしまう奥の手がある。ちょっとついてきてよ」


 洗濯カゴにシーツ戻させてダリルの手をエントランスまで引っ張りました。

 俺にしては強引だけど、俺としてはいち早くアレの自慢をしたいのです。


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