34-2 やりたい放題の開拓地、に監査官現れる
それは夜遅くのことでした。
自室にこもって旅行記本をうとうとと読みふけっていると、外から急に馬のいななきが聞こえたのです。
ちなみにお嬢とはさっきまで一緒にいました。
小さな打ち合わせだったのですが、なぜかやたらと長引くことになったのです。
なのでまあ、消去法で外の馬車はアルフレッドの帰宅ということで推理が付いたのでした。
「入るぞ」
深夜のヤツといったら当主らしくもなく、まこと慎ましく静かに帰宅するのがいつもの生活でした。
しかしその日はどうも平時と様子が異なっていました。
老執事チャップが出迎えても、急ぎの用件がある下がれ。の一言で片付けて、なぜか、一直線に、俺の部屋に向けて足音をカツカツと近付かせて来るのでした。
「律儀なお前がノック無しね、珍しい、何かあったんだ?」
「ああ……」
彼は落ち着いていました。
俺の姿を見てなぜか安心したのか、わずかな微笑みを浮かべて礼服の上を勝手に脱ぎます。
さらにシャツのボタンも外し始めるんだから、おい、ここはお前の部屋じゃねぇってツッコミたくもなりました。
「実は……ある議員から少し対処の要る話を聞いてな、こうして急いで戻って来た……」
「へーー」
腕を枕にしてアルフレッドの続きの言葉を待ちます。
チェス板が視界に入って邪魔なので片足でそれをどけつつ。
モンテ・ロマーニュとたまにやってるんです、遊び友達としてだけ見ればなかなか良いやつなんですよ。
「真面目に聞け……」
「聞いてる聞いてる、うわ……なんだよ?」
するとベッドわきまでヤツが詰め寄って来ました。
で、真剣な眼差しで俺を見つめるのです。
「公都からここに監査官が来る」
「監査官? なにそれ?」
「領地に不正や問題が無いか、確認をする役目を持った特別な役人だ」
「なるほどねー……」
しょうがないので身を起こして、ヤツを無視してテーブルにつきました。
監査官か。確かに慌てて戻ってくるだけのことはあります。
「監査官って偉いの?」
「いや、権力があるわけではないな。だが悪い報告をされると俺の立場がそれ相応にまずくなる。さらに言えば監査院という組織は大公家ではなく議会に属しているからな、これに限っては閣下のひいきは受けられない」
難しい顔してアルフレッドが向かいのイスに腰掛けます。
急に政治の話とかされても困るんですけど。
でもだいたい状況を飲み込めました。確かにこの開拓地には、見せるとまずいものがいくつも転がっています。
「聞いているか!?」
「聞いてる聞いてる、だいたいわかった。お前も大変だねぇ~」
「お前のせいだろうがアレクサントッ! お前が妙なものばかり作り出すから、俺が慌てて戻って来るはめになったんだぞ!」
「それもわかってる、でもおかげで開拓は絶好調じゃん、感謝のあまりひざまずいてくれても良いくらいだし」
監査官に隠さなければならないもの。
ドロポン、レウラ、屋敷を包む合成作物こと魔女の森。確かに全部俺が原因です。
「監査官殿は明日の昼頃にいらっしゃる……だが、俺は明日も公都に行かねばならん……。だから、護衛と言いはって、お前が監査官に張り付け……。頼むからあまり妙なものを見せるなよ……」
「別に開き直っちゃえばいいじゃん。うちのアトリエって元からそういう商売してるんだし」
錬金釜と素材もろもろも隠さないといけないんでしょうか。
それって仕事に支障出ます、不便です。
あー、グミの実とか作物は毎朝素早く収穫しちゃえばどうにかなるのかな……。
「却下だ! その妙な情景を書類に変えて報告するはめになる監査官殿と! 貴族議会で追求を受ける俺の立場にもなってみろッ!」
どっちの仕事も大変だね、やっぱり偉くなんてなるもんじゃないです。
「しょうがないな~わかったよ。ところでさ、何で俺に頼んだのお前? 俺の性格知ってるでしょ、とても向いてるとは思えないな」
「……ふんっ、バカを言え。俺はお前以上に狡猾な男を知らん。おまけに超強引で自分勝手と来る……さらにはお前そのものが今回の原因だ。……ほらみろ、まさに適任ではないか」
議会というお堅い世界には見せちゃならんものがある。
余計な敵を作らせるな。
たぶんそーいうことなんでしょうね。
「何となくやることはわかったよ。じゃあ特別にひと肌脱いであげる。俺たちのアルブネア新領の為にね」
「ぬかせ。お前の言う、俺たちみんなは信用ならん。とにかく頼んだぞ、絶対に余計な物を見せるな、隠し通してくれ」




