15-04 1/2 古きエルフの語る昔話
細かな事情をもう少しだけ説明した。
人間社会の力ではどうにもお手上げだってことを。
「公国の聖職者でも解けぬ呪いとな……」
すると何か心当たりがあるのか、ゼルヴは深々と考え込んでいた。
その表情は鋭く深刻さすら感じられる。
だがそれがありがたい反面、困ったことにいつまでも没頭から戻ってこなかった。
「あの里長、何か知っているんですか?」
それでは話が進まない。
お嬢が白きエルフを現実に引き戻してくれた。
「…………」
しかしそれでもゼルヴが軽々しく口を開くことはなかった。
銀のコモンエルフは今しばらくの思慮の後に視線を戻し、やっとこさ続きの言葉を選んでくれたのだった。
「……心当たりがある」
「本当ですか!」
「しかしそうなると……そうなるとだ……。怖ろしい……これは怖ろしい話よ……」
だがそこでまた止まってしまう。
またもやその目線が落ちて、なにか杞憂めいたものに浸り込みだした。
「あの、なんですかねこれ?」
ここまではシリアスな里長で通る。
さっきまでのあれがじゃれ合いだとすれば、今のこれは雷に怯える犬みたいなものだろう。
俺の隣に、ピッタリと、最長老こと、ゼルヴが張り付いていた。
「すまない……最悪の可能性を想像したら、怖くなってしまった……。お前は臭くないから好きだよ、むしろとてもいい匂いがする……焼き菓子のようにかぐわしき香りが……」
「え、なにそれ、糖尿?」
ゼルヴちゃんの方がよっぽど甘い匂いがする。
俺の方はやっぱり汗くさい。なのに気にならないんだろうかこの人。
「里長っ……そ、それは私のっ……っっ~~!!」
一方のお嬢はなんでか悔しそうに見えた。
でも相手が偉い人なので、目的も目的なので言葉を飲んでワナワナと両手を握り締めている。
「わかっているよ、悪かったなリィンベル。だが怖いのだ、しばらくは許してくれ」
「べ、別に……別にそれただの奴隷だしっ! 好きにしていいですっ!」
「うん、やさしい子に育ったようで嬉しい」
やっと話が本題に入るようだ。
その身の震えが感じられるほどに、ゼルヴの怯えが自分にも直接伝わってきている。
別にふざけているわけでもない、ここは役得と開き直ることにしよう。
「これからする話はあまり外ではしないようにな。エルフにはエルフの、人間には人間の事情というものがある」
「ええ心得てます、約束もしましょう」
「アインスを救うのがあたしたちの目的だもの、それ以外はどうでもいいわ」
お嬢の言うとおり。
コモンエルフが何に恐怖しようとも、俺たちはアインスさんを救わなければならないのだ。
「うん……お前たちには少しだけ世界の成り立ちを教えてやろう。うん、かつて、かつてな……古なる者と呼ばれる――魔神がいたのだ」
聞けばその魔神に怯えているのだとすぐに判った。
発音することすらはばかられるのだと、特定の単語だけ極端に弱々しいものになっていたのだ。
「それは古いエルフの神だったが、我々は遙か昔に彼らの支配から逃れた。詳しいその経緯については割愛しよう、知ったところで役には立たない」
「すみません、そんなに恐ろしい話だったとはちっとも知りませんで」
計測不能に至るほど成人した白いお姉さん。
それをしょうがないので背中を撫でさすって慰めた。
すると子供みたいな顔で頼りすがるんだから、やれやれコモンエルフとは年齢不詳の怪物だ。
「すまぬな……我らコモンエルフからすればヤツらは絶対的な支配者、その血族にある者は畏れを抱かずにはいられないのだ……」
「そうね、あたしもなんだか聞くだけで、ちょっとゾワゾワくるかも……」
すみませんお嬢、今手いっぱい。
両手に華を楽しめるほど大胆じゃないんだ。
「公国の迷宮慣れした聖職者でも解けない呪い。となればこの魔神の存在を疑うべきだろう。お前たちの好きな理屈でいえばこうだ。……人がかけた呪いならば、それは人の力で解くことが出来る。だが人ならぬ古の魔神がかけた呪いならば、この理屈からは外れるのだ」
「どっちにしろとんでもないヤツがかけた呪いだと、そういうことだね」
「そうだな、うん、そういうことだよ……」
俺の反応は少なからずゼルヴちゃんを安心させた。
古なる者とかいう魔神がからんでいるかどうかは、まだ決まったわけではない、と。
「あるエルフの部族では、これは呪いではなく祝福として解釈される」
「え、そんな祝福って……。それにそんな部族あたし知らないわ里長」
「知らなくて当然だ。我々に輪をかけて化石じみた生活をしてる連中でな……とうの昔に連絡の手段すらも失われてしまっておる。だが今も世界の秘境や地下深くで暮らしているはずだ」
つまり悪魔崇拝みたいなものだろうか。
死の呪いが祝福に変わるだなんて、狂気過ぎて怖い、関わりたくない。そりゃ迫害もされるだろう。
「なぜ祝福なんですか」
話を進めるために問いかけた。
俺たちの欲しい情報とはややずれてるけど興味は尽きない。だがメインじゃない。
「それは解釈の違いだ。なぜならやつら魔神がかける呪いは、肉体の死をもたらしはするが、その魂は丁重に刈り取られ、彼らの眷族としてエルフを再生させる」
殺して生き返らせるってそんな……いちいちめんどくさい手順を踏む魔神もいたものだ。
とか言いたくなるが我慢だなここは。それに……。
「エルフだけですか?」
「ああ……やつらはエルフを使役する。だが時が流れ、対象をエルフから、無警戒な人間に変えたとしても納得がいく。だとしたら怖ろしい……やつら魔神の時代が復活してしまうかもしれない、ということだ……」
魔神というのがどんなものかよくわからない。
聞く限りでは寄生虫みたいなイメージもわく。
宿主を殺して都合の良いように操る。
そんなものにアインスさんが冒されているかと思うと、確かに恐ろしいことだった。
「その娘はどこかで魅入られてしまったのだ。我々が捨てたはずの古き神に……。そうとしか考えられない、そう考えると……今もこの世のどこかで……我々の畏れて止まない旧支配者がどこぞを徘徊し、その勢力を広げているということだ……。怖ろしい……怖ろしいことだよ……」
確証はない。
だが糸口にはなるだろう。
俺たちはその魔神を倒すのを目的にしているわけでもない。
「それでゼルヴちゃん、どうすれば治せるの?」




