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ただの高校生だった俺は、異世界召喚で空間を斬る最強になったのに、帰ってみたら幼馴染が王家の姫になっていた  作者: NOVENG MUSiQ


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第4話:見覚えのある、知らない世界

 意識が、ゆっくりと地表へ引き戻されていく。


 落下の終わりは、思っていたほど激しくなかった。深い水底から少しずつ浮かび上がるみたいに、全身がやわらかな抵抗に押されながら、上へ、上へと持ち上げられていく。


 最初に戻ってきたのは音だった。


 遠くで鳴る、低く長い鐘の音。風が梢を撫でる音。名も知らない鳥のさえずり。地を這う虫のかすかな羽音。


 どれも耳に覚えのない響きなのに、不思議と完全な異物ではなかった。知らないはずの場所なのに、どこかで聞いたことがあるような錯覚だけが、薄い膜みたいに感覚の上へ張りついている。


 俺はゆっくりと目を開けた。


 視界に映ったのは、苔むした地面だった。落ち葉の間に湿った土が覗き、その上に細い草がまばらに揺れている。指先には、さっきまで触れていた光と闇の感触ではなく、確かな土の冷たさが残っていた。


 身体は驚くほど軽かった。重力が半分くらいどこかへ置いていかれたみたいな、奇妙な浮遊感が全身にある。


 身をよじるようにして起き上がると、すぐそばにネリュアがいた。


 彼女は俺の腕へもたれるように倒れ込み、細い息を何度も繰り返していた。社で見たときよりさらに顔色が悪い。雪みたいに白い頬に血の気はなく、森の葉と花を織ったようだった衣も、どこか色褪せて見える。背に浮かんでいた蔓の模様は枯れかけた草木みたいに細く弱々しく、その先端は今にも消えそうだった。


 俺は慌てて上半身を起こし、彼女の身体を支えながら周囲を見回した。


 そこに広がっていた景色は、知らない世界のものだった。


 なのに、形だけは妙に見覚えがある。


 遠くに連なる峰々の稜線は、さっきまでいた裏山のそれによく似ていた。森を縫うように流れる川の形も、どこか見覚えがある。丘の位置も、高低差の癖も、全部がほんの少しずつずれているだけで、骨格だけなら元いた場所に重なって見えた。


 まるで見慣れた風景を、誰かが別の世界の手つきで描き直したみたいだった。


 けれど、それを構成する空気はまるで違う。


 大気は重い。湿った土と草の匂いに混じって、どこか金属みたいな鋭さが鼻を刺す。風は冷たいのに、冷たさの質が日本の山とは違う。遠くの鐘の音も、寺や学校で聞くものより低く、長く尾を引いていた。空は曇りでも晴れでもない、古い羊皮紙を透かして見たみたいな、褪せた緑がかった青をしている。


 ネリュア「……妾の力だけでは、時の流れを正しく運べぬ。世界の理が、お主の存在を引っ張っておる……」


 かすれた声だった。


 俺が慌てて彼女の背を支えると、細い肩がかすかに震えた。その肌はまだ冷たかったが、さっきより少しだけ温もりが戻っている気がする。俺の腕から体温が伝わっているのかもしれなかった。


 ネリュア「お主は……妾の覚醒魔法で、世界との繋がりを得た。されど、まだ不安定じゃ。今は、お主を元の場所へ送り返すことすらできぬ……すまぬの」


 そう言って、ネリュアは俺を見上げた。


 琥珀色の瞳の奥にあるのは、決意だけじゃなかった。自分の力だけでは足りないことを知っている者の、痛みに近い悔しさがあった。


 次の瞬間、彼女の膝から力が抜けた。


 俺は咄嗟に抱き留める。ネリュアの身体は想像していたよりずっと軽く、力を失った花を支えたみたいに頼りなかった。長い髪が、傷ついた蔓みたいに地面へ流れ落ちる。


 俺はすぐに彼女の隣へ膝をつき、背中をそっと支えた。服越しに伝わる温もりは、ごくわずかだった。けれど、それでも手を離したくなかった。このまま目を離したら、本当に森へ溶けて消えてしまいそうな気がしたからだ。


 ネリュア「……すまぬ、お主よ」


 彼女は俯いたまま、膝の上に置いた両手を見つめていた。その指先からは、もうほとんど光が漏れていない。燃え尽きる寸前の蛍みたいな、弱々しい残り火だけがかすかに揺れている。


 俺は何も言わず、ただ支える腕に少しだけ力を込めた。それだけのことだった。けれど、そのわずかな体温に反応するみたいに、ネリュアの背を走る蔓の模様が、かすかに脈打ち始めた。


 俺は息をひそめた。


 まるで、自分が触れてはいけない聖域の境目に指をかけてしまったみたいだった。居心地の悪さと、それ以上の甘い緊張が、胸の奥をじわじわ締めつけてくる。


 そのとき、ネリュアの身体が小さく震えた。


 消耗の震えとは違った。もっと個人的な、予期していなかった温もりに触れたときの反応に近い。彼女はゆっくり顔を上げ、驚いたように俺を見た。琥珀色の瞳には、警戒ではなく戸惑いが浮かんでいた。人の体温というものを、長いこと忘れていた生き物みたいな目だった。


 ネリュア「お主……」


 拒絶の色はなかった。ただ純粋な驚きだけが、そこにあった。


 介抱するつもりだった。なのに、俺の腕を通じて伝わっているのは体温だけじゃない気がした。俺の中に眠っていた何かが、静かに目を覚ましかけている。そんな、説明のつかない感覚が胸の奥と彼女の背中のあいだを行き来していた。


 その瞬間、視界に違和感が走った。


 空気の層と層が、かすかに擦れ合っている。木々と木々の間に、目には見えない線が張られている。世界が一枚の布なら、その布を継いだ縫い目だけが、不気味なくらい鮮明に浮かび上がって見えた。


 俺は思わず、息を呑んだ。

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