第24話:格子越しの再会
穴の向こうで、瑠香が俺を見ていた。
最初は、ただ呆けたみたいな顔だった。次の瞬間には、驚きと安堵と、それでもまだ消えきらない緊張がいっぺんに滲む。暗がりの中でも、その目だけははっきり分かった。
俺たちは、しばらく何も言えなかった。
ようやく会えたはずなのに、間にあるのは細い穴と、古い格子と、石の壁だ。手を伸ばせば触れられるようでいて、ほんの少し届かない。その距離が、妙に生々しかった。
瑠香「……ちゃんと、生きてたね」
愛斗「そっちこそ」
たったそれだけのやり取りだった。
なのに、胸の奥で張っていたものが少しだけ緩む。
瑠香「無事で、よかった」
声の端がかすかに震えていた。
泣きそうなのを堪えてるんだろう。でも、拭う余裕も、隠すつもりもないらしい。そこが、妙に瑠香らしかった。
俺は反射的に手を伸ばしかけて、途中で止めた。
格子の幅じゃ、指先さえろくに通らない。頬に触れるどころか、触れようとした動きだけが、みっともなく宙に残る。
けれど瑠香は、それを見て少しだけ笑った。
瑠香「……手伝って」
愛斗「ああ」
瑠香はポケットから、小さな鍵を取り出した。
それがどこの何を開ける鍵なのか、わざわざ説明はしない。ただ、見せて、すぐに握り直す。その仕草だけで十分だった。
瑠香「助けに来た。でも、今夜じゃない」
愛斗「……ああ」
瑠香「次の鐘のあと。そこが、一番見つかりにくい」
迷いのない声だった。
何度も考えて、ちゃんと準備して、それでここまで来たのだと分かる。勢いで飛び込んできた顔じゃない。
俺は頷いた。
愛斗「待ってる」
瑠香も、小さく頷き返す。
それだけで話は終わった。
でも、それでよかった。ここで下手に言葉を重ねる方が危ないし、たぶん、俺たちにはそれで足りた。
瑠香は最後にもう一度だけ俺の顔を見て、それから身を引いた。
細い穴の向こうで、青いドレスの気配が闇へ溶けていく。
こんな狭い道を、その格好でここまで来たのかと思ったけれど、今はそれを言う暇もなかった。
俺は牢の中へ戻り、ネリュアとアズに短く事情を伝えた。
ネリュアは静かに頷く。
ネリュア「よく来たものじゃ」
アズは少しだけ目を見開いて、それから胸元の小剣を抱え直した。
アズ「……るか、きた」
愛斗「来た。しかも、ちゃんと助ける気でな」
アズはそれ以上何も言わなかったが、ほんの少しだけ身体の強張りが緩んだ気がした。
そこからは、長かった。
待つだけの時間は、妙に長い。一秒ごとに石の壁が重くなっていくみたいだった。
それでも、焦りはしなかった。
焦って音を立てれば終わる。今はただ、鐘を待つしかない。
やがて夜が来た。
牢の中の空気が少しずつ冷えていく。外の巡回も、どこか鈍る。交代の気配。遠くで鳴る足音。低い話し声。城全体が、昼とは別の呼吸へ変わっていく。
そして、鐘が鳴った。
長くは響かない。
けれど、その余韻が消えるより早く、壁の向こうで石を擦るような音がした。
俺は穴の前へ寄る。
暗い奥から、小さな明かりが近づいてきた。強い光じゃない。布で覆った灯りか、魔道具の類か。揺れ方に人の手の気配がある。
次の瞬間、穴の向こうへ瑠香の顔が現れた。
愛斗「来たか」
瑠香「来たよ」
息が上がっている。
でも、その目はちゃんとしていた。
狭い通路の中で、それでも瑠香は笑った。無理に作った笑顔じゃない。緊張で硬くなった空気を、自分から少しだけほぐそうとする時の笑い方だった。
瑠香「……なんか、ほんとに助けに来ちゃった」
愛斗「おう」
瑠香「自分でもちょっと信じられない」
愛斗「俺は、割と信じてた」
その言葉に、瑠香の頬が少しだけ赤くなった。
そして次の瞬間、勢いのままこっちへ身を寄せかけて――狭さを思い出したのか、途中でぴたりと止まる。
瑠香「あ、危な……」
小さく自分で言って、自分で照れている。
それが少し可笑しくて、思わず口元が緩んだ。
その気配を察したのか、ネリュアが後ろで小さく息をついた。アズも、ほんの少しだけ表情を和らげている。
瑠香は咳払いを一つして、鍵を取り出した。
瑠香「……開けるね」
それから、俺だけじゃなくアズの方も見た。
瑠香「アズも、一緒だよ」
アズの肩がびくっと揺れる。
瑠香と目が合う。アズは逃げそうになって、でも逃げなかった。小剣を抱えたまま、その場で固まる。
俺はアズの肩を軽く叩いた。
愛斗「大丈夫だ」
アズは俺を見て、次に瑠香を見て、ごく小さく頷いた。
瑠香はその反応を待っていたみたいに、やわらかく笑う。
鍵が差し込まれる。
古い錠前が、最初は嫌がるみたいに重く鳴った。だが、次の瞬間、小さな手応えと一緒に固い音が返る。
――カチャリ。
格子が開いた。
その瞬間、向こう側の空気が一気に流れ込んでくる。埃と冷気と、古い木材の匂い。牢の内側とは違う、元の家の骨組みが残っている場所の空気だった。
俺たちは順に、牢の外へ出た。
瑠香。
俺。
ネリュア。
アズ。
狭い通路の中へ四人分の気配が集まる。肩と肩が触れそうなくらい近い。石壁がすぐ横にあり、天井も低い。立っているだけで息が詰まりそうなのに、不思議と嫌じゃなかった。
やっと、四人が同じ場所へ戻ったからだ。




