第20話:姫として過ぎる朝
朝、目を覚ました瞬間、私はまた“姫”にされていた。
昨夜はたしか、無理やり着せられそうになった寝間着を拒んで、結局いつものTシャツと短パンで寝たはずだ。なのに今、私の身体を包んでいるのは、薄い青の寝間着だった。肌に触れる布はやわらかいのに、そこにあるだけで気分が悪い。
勝手に着替えさせられた。
その事実だけで、胸の奥がぞわっとした。
窓の外からは、朝の冷たい空気と薄い光が差し込んでいる。けれど部屋の中だけは不自然なくらい静かで、あたたかくて、まるでここだけ時間が止まっているみたいだった。
その静けさを壊すように、扉が開く。
女官たちが入ってきた。
昨日と同じだ。
声を荒げても、拒んでも、驚いた顔をするのは一瞬だけ。そのあとには、何事もなかったみたいに役目へ戻っていく。人じゃなくて、決められた動作だけを繰り返す何かみたいに。
女官たちは手際よく私を起こし、髪を整え、服を替えさせ、朝の身支度を進めていく。
私はされるがままだった。
抵抗しようと思えばできたのかもしれない。けれど、怒鳴ったところで何かが変わる気がしなかった。それに、頭の中はまだ地下へ連れていかれた愛斗たちのことでいっぱいで、目の前のことにうまく力を使えなかった。
青いドレスを着せられ、胸元へ飾りをつけられ、肩へ薄い外套をかけられる。
鏡に映る私は、昨日よりもっと“瑠香姫”だった。
冗談みたいだ。
私の顔をしているのに、私じゃない誰かがそこにいる。
女官「瑠香姫、朝食のお時間でございます」
呼ばれて、私は黙ったまま歩き出した。
案内された食堂は、昨日の部屋よりもっと露骨に“城”だった。高い天井。長いテーブル。窓にかかった重たい布。磨き抜かれた床に、朝の光が薄く伸びている。
そして、椅子が高すぎる。
座ると、足先が床へ届かなかった。
こんな姿勢で落ち着いて食事できるわけがない、と一瞬だけ思う。だけど、そんなくだらない感想が浮かぶこと自体、変だった。
目の前に並ぶ皿は、見たことのない料理ばかりだった。パンに似たもの、果物に似たもの、透き通ったスープ。香りはいいのに、何を口へ入れても味があまり分からない。
食事が始まってすぐ、控えていた誰かが前へ出てきて、何かの報告を始めた。
内容はほとんど頭に入らない。
地名らしき言葉。誰かの名。数字。税。警備。祭祀。単語だけがばらばらに耳へ入り、意味にならないまま流れていく。
けれど、誰も私を責めなかった。
返事をしなくても、不自然がられない。
それどころか、向こうはちゃんと会話が成立しているみたいに話を続ける。
侍従「昨夜のご無事、皆、安堵しております」
侍従「本日はご無理なさいませんよう」
そのたびに胸の奥が冷えた。
この人たちは、本気で私を“瑠香姫”だと思っている。
服を着せられているだけじゃない。役を与えられているだけでもない。世界の方が、最初からそうだったみたいな顔で私を扱ってくる。
食事が終わると、休む間もなく別の部屋へ通された。
今度は“朝のお茶会”らしかった。
名前だけなら優雅だ。実際、部屋は綺麗だったし、並ぶ菓子も茶器もため息が出るほど整っている。けれど、そこに座っていた令嬢たちの視線は、まるで壁みたいだった。
柔らかく微笑んでいるのに、誰も近づいてこない。
近づいてこないのに、じっと見ている。
まるで壊れものでも扱うみたいに、丁寧に距離を取られていた。
その中の一人が、そっと私の前へ寄ってきた。
かすみ「お姫様。昨日のお出かけは、いかがでしたか?」
その声に、思わず顔を上げる。
見覚えがあった。
クラスの委員長、かすみちゃんにそっくりだ。顔立ちも、髪型も、目元の雰囲気まで似ている。
でも、違う。
目の前の彼女は、私の知っているかすみちゃんじゃない。
私は答えられなかった。
うまく言葉が出ない。何を言っても、この場では別の意味になりそうな気がした。
かすみは困ったように微笑む。
かすみ「無理はなさらないでくださいませ。私たちがお側におりますから」
その言葉が優しさなのか、監視の宣言なのか、判断できなかった。
私は曖昧に頷くだけで終わる。
お茶会が終わる頃には、もうそれだけでひどく疲れていた。
次に連れて行かれたのは、城内の巡回だった。
何のためにそんなことをするのか、最初は分からなかった。けれど、私が歩くたびに衛兵や使用人たちが頭を垂れ、廊下の空気がわずかに張るのを見て、なんとなく理解した。
“姫がそこを歩くこと”自体に意味があるのだ。
存在の確認。権威の確認。あるいは、歴史の確認。
石畳の廊下を進むたび、周囲の視線が私へ集まる。
そこで、嫌でも思い知らされた。
この世界の誰もが、本気で私を姫だと思っている。
いや、思っているんじゃない。
この世界では、それが事実なのだ。
そのことが、一番きつかった。




