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ただの高校生だった俺は、異世界召喚で空間を斬る最強になったのに、帰ってみたら幼馴染が王家の姫になっていた  作者: NOVENG MUSiQ


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第2話:美しすぎる緑の少女

 六十年後の未来の話に、俺を巻き込む理由なんてない。そんな当然の疑念が、言葉にならない霧みたいに胸の内へ広がっていた。それでも俺は、少女の琥珀色の瞳から視線を逸らせなかった。あの瞳は深すぎる。見つめていると、そのまま吸い込まれそうになる。少なくとも、そこに嘘があるようには見えなかった。


 緑の少女「……嘘も方便も、妾には不要じゃ。お主の力を借りたいと、それだけを申しておる」


 その声には、確かな意志があった。けれど、その芯の奥には、それ以上に深い脆さが滲んでいた。古い城壁みたいに、触れた場所から静かに崩れそうな危うさだ。


 こんな状況で、こんな少女に、まともな受け答えなんてできるはずがない。そう思うのに、喉からは勝手に言葉がこぼれた。


 愛斗「六十年後? 話が急すぎる。そもそも、君は何者なんだ」


 少女は、俺の問いに小さく頷いた。その動きさえ、長い蔓が風に揺れるみたいに、妙に滑らかだった。


 緑の少女「妾は、森の精霊。……ネリュア・ドリュサと申す」


 ネリュア。


 その名を口にした瞬間、彼女の瞳がわずかに揺れた。大切な秘密の端を、うっかり見せてしまったみたいな翳りだった。精霊だと名乗ったのに、それ以上のことは語らない。その沈黙ごと、彼女という存在の輪郭になっている気がした。


 愛斗「精霊、か……。それで、なんで俺に」


 ネリュア「お主には……妾たちの世界を救う力の片鱗がある。それは妾だけではどうにもできぬ。人の心を宿した、特別な力じゃ」


 言葉は断片的で、ひどく抽象的だった。なのに、その視線だけは何ひとつ迷っていない。彼女の背後で脈打つ苔の輪の光も、相変わらず俺の心臓と同じ速さで明滅している。あの光と俺は、何かしら繋がっている。もしそれが事実なら、彼女の言葉もただの妄想では済まないのかもしれなかった。


 ネリュアは琥珀色の瞳を伏せた。長いまつ毛が青白い頬に影を落とす。


 ネリュア「妾は……長く生き、幾度も時を渡ってきた。過去へ行き、未来を覗くことすらできた。されど、その力は無尽蔵ではないのじゃ」


 彼女は右手をゆっくりと差し出した。その掌には、足元の苔の輪と同じような模様が、かすかに浮かんでは消えている。残り火みたいに頼りない光だった。


 ネリュア「時を渡るたび、妾の存在は薄れていく。人の心に記憶されぬまま消えていけば、妾は本当に森の一部となってしまう。二度と、人前に姿を現せぬ。この度こそ、最後の刻なのじゃ」


 彼女の声に、初めてはっきりとした色が混じった。それは恐怖だった。忘れられることへの恐れ。ひとりのまま、誰の記憶にも残らず消えていくことへの怯え。俺はその言葉の意味を考えるより先に、その震えを聞き取っていた。


 愛斗「つまり、俺が協力しないと、君は……」


 ネリュア「妾が滅びるのではない。妾の世界と、お主の住む世界が共に滅びるのじゃ。過去の出来事が未来を蝕み、未来の歪みがまた過去を侵していく。妾はその歪みを正したい。されど、妾の力だけでは時の流れを正せぬのじゃ」


 彼女は俺の顔を見つめた。その瞳には、悲しみと決意が同じだけ沈んでいた。


 俺は何も言えなかった。信じるか信じないか、そんな単純な話ではなくなってきていた。この少女の言葉には、理屈の外側から胸を押してくる重さがあった。


 ネリュアはゆっくりと立ち上がる。その動きは、一枚の絵が音もなく動き出したみたいに非現実的だった。彼女が一歩近づくと、苔と夜露を混ぜたような匂いが、さっきより濃く届く。


 その真っ直ぐさが、逆に現実感を奪っていく。理解しようとする自分と、理屈を越えて感じてしまう自分。その間に横たわる深い溝へ、俺は言葉を投げた。


 愛斗「もう全部を疑ってるわけじゃない。けど、証拠みたいなものはないのか? こんな場所で、いきなり世界の命運なんて言われても、夢か何かだとしか思えないだろ」


 俺の言葉に、ネリュアの肩がかすかに揺れた。顔色がさらに白くなる。背に浮かぶ蔓や花弁めいた模様が、わずかに揺らめいた。感情そのものが、ああして身体の表面へ滲み出ているみたいだった。


 ネリュア「……よかろう。妾の力の、片隅を見せよう。されど、ようその目で見ておれ。これが幻などではないことを」


 彼女はそっと右手を差し出し、琥珀色の瞳を閉じた。


 その瞬間、空気がかすかに歪んだ。木漏れ日が鈍り、風音が途切れ、俺の鼓動までもが彼女の存在へ引き寄せられていくような感覚が広がる。肩から背へ伸びる蔓のような模様が光の糸となって、掌の上で静かに絡まり合った。


 やがて、その手のひらの上へ光の粒が集まり、小さな花の蕾を形作っていく。時の流れそのものを凝固させたみたいな、不思議な輝きだった。


 蕾はゆっくりと開いた。


 その奥に現れたのは、俺の記憶のどこにも存在しない光景だった。


 目眩(めくるめ)くような閃光。耳をつんざく轟音。天を裂く、巨大な亀裂。


 世界の終わりという言葉を、そのまま景色にしたような光景だった。


 ネリュア「……これが、世界が滅びる瞬間じゃ。妾が止めねばならぬ『歪み』の先に待つ、絶望の景色じゃ」


 俺の身体が、自分の意志とは無関係に動きかけていた。


 見つめているうちに、ネリュアの掌の上で開いていた光の花が、指先からこぼれ落ちるように崩れていく。その破片が命を持ったみたいに、俺の目の前でゆっくり渦を巻いた。


 そこに映る破滅の光景は、あまりにも鮮明だった。遠い未来の映像なんかじゃない。今まさに、この場で起きている出来事みたいに迫ってくる。


 光に目を焼かれるような痛みを感じながらも、俺は視線を逸らせなかった。


 気づけば、右手が前へ伸びていた。


 どうしてかは分からない。ただ、その光に触れたかった。確かめたかった。止められるはずもないのに、指先ひとつで何かが変わるような、馬鹿げた渇望だけが胸の奥からせり上がってくる。


 もう少しで触れる、というところで、視界が大きく揺れた。


 その瞬間だけ、世界の終わりが自分の指先で止められそうな錯覚があった。


 けれど次の瞬間、俺は息を呑み、反射的に腕を引いていた。指先を振り払うみたいに、無理やり自分の側へ引き戻す。


 そこに残ったのは、亡霊の手にでも触れたみたいな、冷たく曖昧な感触だった。指を曲げ、また伸ばす。なのに、その違和感だけは消えない。


 俺は自分の指先を見つめた。まるでそこへ、何か別のものが焼き付いてしまったみたいだった。ネリュアが見せた光景の残滓というより、それよりもっと前から、自分の中に潜んでいた違和感が今さら浮かび上がってきたような感覚だった。


 視線を上げる。


 ネリュアが、静かにこちらを見つめていた。


 その瞳には驚きも、焦りも、催促もなかった。ただ、ありのままの俺をそのまま受け止めるような静けさだけがあった。それがかえって胸に重い。


 ネリュア「……お主には、妾が見える」


 風が梢を撫でるみたいな声だった。けれど、その一言には確かな芯があった。指先に残る感触も、胸の奥の違和感も、その言葉ひとつで裏打ちされていくような気がした。


 愛斗「……見える、っていうのは」


 ネリュア「妾のような、この世界の理から外れた者を、じゃ。お主は人の心で見ておる。……その目に映る妾の姿は、他の誰にも見えぬはずじゃ」


 彼女の言葉に、俺は思わずその顔を見つめ返していた。


 整いすぎているのに、作り物じみてはいない。むしろその逆で、触れれば壊れそうなほど繊細だった。透き通るような白い肌は、月光を浴びた雪みたいに淡く、息をするたびにかすかな陰影を宿している。


 唇がほんのわずかに動くだけで、心臓が妙に騒ぐ。細く整った眉、長いまつ毛に縁取られた瞼、すっと通った鼻梁、わずかに尖った顎の線。そのどれもが整いすぎていて、なのにどこか危うい。


 深緑と琥珀が入り混じる髪は、朽ちた社の影と溶け合いながら、その毛先だけが木漏れ日に拾われて、生き物みたいにゆっくり揺れていた。


 触れてみたい、と思った。


 どれくらい柔らかいのか。どんな温度なのか。どんな匂いがするのか。そんなことが、唐突に頭をよぎる。


 指先はまだ震えていた。あの光が残した感触と、それ以前から自分の内にあった気がする違和感が、そこで絡まり合っている。見えない電流みたいに、腕の奥を静かに走っていた。


 ネリュアは黙ったままだった。ただ、琥珀色の瞳で俺を見ている。この世界の理から零れ落ちたものに触れてしまった俺を、責めるでもなく、拒むでもなく、ただ見つめている。その視線が、奇妙な安心と、それ以上の困惑を同時に胸へ植えつける。


 俺が何か言おうとした、その瞬間だった。


 ポケットの中でスマホが甲高く鳴り響いた。


 現実からの、あまりにも乱暴な呼び声だった。


 俺は無意識に一歩後ずさり、ネリュアの視線から逃げるみたいに画面を覗き込んだ。発信者は瑠香。通話ボタンを押すと、すぐに少し怒った声が飛び込んでくる。


 瑠香「愛斗! 今どこなの!? 三十分も待ってるんだけど! 着いたって連絡くれたのに見当たんないよ! 本当に来てるの!?」


 愛斗「あ……ごめん。ちょっと腹痛くてさ。すぐ戻る」


 そう返しながら、もう戻れない場所に立っている気がした。


 スマホ越しの瑠香の声は、ほんの少し前まで確かに自分の世界にあったはずなのに、今は遠い昔の記録みたいに聞こえる。会話を終えて画面を暗くしても、その残響だけが耳の奥に薄く残った。


 けれど、いま俺の前にある現実は、朽ちた社と、脈打つ苔の輪と、琥珀色の瞳を持つ少女だけだった。


 ネリュアは動かない。ただ静かに、俺を見つめている。驚きも、苛立ちもない。俺が今どこに立たされているのか、その全部を見通しているみたいな目だった。


 その視線に耐えきれず、俺は口を開いた。自分でも、何を言おうとしているのか分からない。ただ、何か言わなければ、このまま彼女の世界に飲み込まれてしまいそうだった。


 愛斗「……悪いけど、俺にはやっぱり――」

 ネリュア「妾と来てくれぬか?」

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