22 魔族
「で? なんでシロを殺そうとしたの?」
「そう先を急ぐな。気が短い奴は長生きできんぞ」
レイエルはすまし顔で、手のひらに魔法陣を浮かべた。
それは波紋のように広がり、私の体や家の壁をすり抜けた。
壁にあいた穴から吹き込んでいた風雪がぱたりと止んだ。
家の外に透明なベールのようなものが見えている。
「結界魔法だ。家を壊して悪かったな。後で必ず直してやる」
俺は味方だとばかりに飄々と言っているが、本心は見えない。
吹雪を防ぐ結界であるとともに、シロを逃げられなくする結界でもある。
私にはそんな気がした。
「まずは、タクナ。お前の認識について尋ねておく。お前は魔族をなんだと思っている?」
質問をされると会話の主導権を握られた気がして気分はよくなかったが、揉めたところで何も前には進まない。
私は少し考えて答えた。
「魔王が支配していた時代に、魔王の手先となって人々を虐げた人たちでしょ?」
「それは正しいが間違ってもいる」
レイエルは憂いげな顔で指を振った。
すると、床の上に張り付いていた雪が溶けるようにして消えた。
いつの間にか、彼の顔にあった打撲痕も消えている。
後でパンチし直さないと。
「お前は魔族を人間の一種族だと思っているのだろう。エルフ族やドワーフ族のような」
「そうだけど」
「それは、違う」
「どう違うの?」
「魔族はな、スライムやゴブリンと同じなんだ」
「っ?」
「魔物なんだよ。魔族は人間のように見えるが、似て非なるもの。人間ではないんだ」
言われている意味がわからなかった。
私はシロを見た。
少し生意気なところはあるが、どこにでもいる男の子だ。
今日は客人にビビって借りてきた猫みたいに私に引っ付いているので、いつもより3割マシで可愛く見える。
このシロが人間ではない?
魔物?
一体この顔が光るイケメンは何を言っているのだろう。
頭の中まで光って自己眩惑状態なのだろうか。
だいたい山の中で実験なんてやっている奴がまともなわけないのだから、聞き流してもいいはずだ。
でも、嘘を言っているようにも見えないから困ったものだ。
「魔物にもいろいろいるが、その中でも魔族は擬態するタイプの魔物だ」
擬態か。
宝箱に化けるミミックなんかが有名どころだ。
あれは、二枚貝の魔物で、宝箱に見えるのは貝殻だと聞いたことがある。
ランズならきっと詳しいだろう。
「シロもそうだと?」
本当は別の姿をしていて、愛くるしい表情で私を惑わしているとでも言いたいのだろうか。
私はシロの頬を引っ張った。
ぷにっとして柔らかい。
それはさておき、化けの皮が剥がれる様子はない。
どう見ても人間だ。
「どう見ても人間だ。そう思っただろう?」
レイエルが見透かしたように言った。
「人間は最も知能の高い動物だ。その目を欺くとなると、生半可な術では通じない。だから、奴らは何十万年もかけて擬態能力を磨き続けた。そして、ついには人間とまったく同じと呼べる存在にまで昇華された。その角を除いてな」
シロの双角。
稲妻にも王冠にも見える見事な角だけは、たしかにほかのどの種族にもないものだ。
「最初は効率よく人間を捕食するために人に化けたのだろう。だが、奴らはあまりにも人間に近づきすぎてしまった。人間とまったく同じと言えるほどにな。そして、あるときからわからなくなってしまったんだ」
そこで、レイエルは間を設けた。
私は焦れったくなって問うた。
「何がわからなくなったの?」
「自分が人間であるか、魔物であるか、だ」
それは、要するにアレか?
『魔族』という魔物は、自分を人間だと思い込んでいるということか?
荒唐無稽だ。
でも、ここは異世界だ。
「そもそもエルフ自体、荒唐無稽なんだよな。なんで、耳長いんだろ? アンテナ?」
「俺の耳は今どうでもいいだろ」
ジト目で睨まれた。
あんたの耳どころか、あんたそのものが私にとってはどうでもいいと言ってやりたい。
正直、どこまで真に受けていいのか私にはさっぱりだ。
信じる根拠も疑う根拠も私は持ち合わせていない。
黙って先を聴くことにした。
「魔族は霧の魔物だと言われている。雪国ではもっぱら雪から生まれると言われているが」
どちらも水だ。
なら、水の魔物と称するべきだろう。
「太古の昔、魔族は旅人に幻影を見せて濃霧の中に引きずり込んだという。奴らは人間の思念を読み取って、その者が最も好ましいと思う姿に化けるんだ」
「男相手だとおっぱいに化けるってこと?」
「せめて胸の大きな女性と言え。なぜおっぱいそのものに化けるんだ? 霧の中におっぱいが浮かんでいたら怖いだろう」
レイエルなんかに正論を言われてしまった。
悔しい。
「ここで重要なのは、魔族が人間の思念を読み取るという点だ。一般的に言って、魔族は美しい容姿をしている。そのように求められるからだ」
百億歩譲ってその言い分が正しかったとする。
だとしたら、だ。
シロは誰かの思念を受けて生まれたことになる。
そして、このドシュネーには私とレイエルの2人しかいない。
レイエルは私の目を正面から見つめた。
「タクナ、そいつを初めて見たときどう思った?」
「すごく可愛いと思ったけど。まるで神様が私の注文を聞いてくれたみたいに私の好みド真ん中だなと思った」
「うぐ、聞き捨てならんな……」
なんだか知らないがレイエルが不機嫌になった。
「そんなガキがお前の好みなのか? もっとほかにこう、いるだろう? もっと背が高くて、耳が長くて、魔法が得意で」
「誰の話をしているの?」
「……」
返事はない。
だが、こたつを挟んだ向こう側から意味深な視線が飛んでくる。
こっち見んな。
「この辺に住んでいる人間と言えば、俺かお前くらいのものだ。お前のところに来たということは、そいつはお前が作り出した魔物だということだ。心当たりがあるんじゃないか?」
心当たりと言われても……。
でも、爺さんが死んで以来、私は死にそうなほど退屈していた。
暇だった。
それ以上に寂しかった。
何ヶ月も誰とも話をせず、ひたすら独りで過ごしていた。
鎧に乗り移って一人二役で会話していたことさえある。
そうでもしないと、しゃべり方を忘れそうだったからだ。
それじゃ、なにかい?
シロは暇を持て余して独り寂しく過ごしていた私が作り出したイマジナリーフレンドだとでも言うのかい?
私の好みがケモ耳と尻尾付きの生意気狼少年だとでも言うってのかい、あんたは。
まあ、その点は否定しないが。
「おい、お前」
レイエルに凄まれたシロがびくんと肩をはねさせた。
「ここに来る前はどこにいた?」
「旅してたけど。だって、どこにも居場所なかったし」
「誰とだ?」
「えっと、家族と」
「家族構成は?」
「お父さんと……お母さんと。お兄ちゃん?」
「父の名は?」
「……えっと」
「お前は家族からなんと呼ばれていた?」
「……」
シロは口をつぐんでしまった。
必死に思い出そうとしているようだが、何も出てこないようだ。
「どれだけ悩んでも答えは出てこんぞ。お前に家族などいないのだからな。すべてはタクナに取り入るためにでっち上げた偽りの記憶だ。お前は雪から生まれた魔物なんだ。人間ではない」
レイエルはスッと息を吸い込んだ。
「消えろ! 雪に還るがいい!」
シロが声にならない悲鳴を上げた。
頭を抱えてうずくまる。
全身から汗が噴き出していた。
まるで、濡れ雑巾でも絞ったようにドバドバと。
床板の上に水たまりができた。
溶けている。
体が雪のように。
「わざわざ俺が手を下すまでもない。正体を看破してやれば存在が揺らぐ。だが、俺では弱いな。タクナ、生みの親であるお前が消えろと念じれば、そいつは一瞬にして消え去るぞ」
剣のように尖った目がやれと言っていた。
私はシロを見下ろした。
シロも私を見ていた。
怯え切った表情で胸が苦しくなる。
「レイエル、確認させて。魔族って人を喰うの?」
「大昔は食べていたとエルフの間には伝わっている。だが、今は高度な擬態によって人間そのものと呼べる存在になっているからな。人など喰わんし、別に害もあるまい」
「じゃあ、それってもうさ、ただの人間だね」
「……おい、待てタクナ。何を考えている?」
レイエルが何かを察して声を荒らげた。
私はシロを見つめた。
「シロ、あんた、私といたいかい?」
「僕、タクナと一緒がいい」
シロは迷わずそう言った。
「なら、ここにいな。私とこの家があんたの居場所だよ」
床に広がっていた水たまりが時を巻き戻したようにシロの中に戻った。
「タクナぁ……っ!!」
わああああんと泣き喚くシロを私は強く抱きしめた。
温かい体だ。
血が通っているのがわかる。
元が魔物でも、今は人間なんだと確信できる。
なら、それでいいじゃないか。
一体どこに問題があるというんだ。
「出てけよ、レイエル。ここは私とシロの家だ」
「出てけ馬鹿エルフ! 僕のタクナをいじめるな!」
「ぇ……。嘘だろおい、そうなるの!? この流れでどうして俺が悪者に!? いやいやいや……」
私が生みの親だってんなら、シロは私の子だ。
消えろなんて言うもんか。
それだけのことだボケ。
「シロ、お腹すいたね。鍋でいい?」
「うんまあ。肉いっぱいなら食ってやってもいいけど?」
「あの、ちょ……。いやいや、え? ちょ、タクナってば、おーい……え? え?」
うるせえな。
私ゃ腹が減ったよ。
飯の時間だコラ。
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