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ロングフライト (Day3-4)

1.

ついにユーラメリカ大陸へと旅立つ。

石炭紀は寒い時代だ。

おんぼろ飛行機は高度を上げる。

コンゲラードまで来た時のAn-12改と同機種だが、初期生産機なのだろうか、ひどくぼろかった。

機内に明かりはなく、錆びやオイルの染みがあちこちに見え隠れし、頭上を配管がのたうつ。まるでバスのように横に配置された座席のシートは破けかけ、詰め綿が見えかけていた。機体のあちこちに煤が黒い点をつけ、シートベルトは一応あるが、なんともいい加減で頼りない。落下傘の入った袋を渡されたのが、すべてを物語っている。


なんとも、頭が寒くてならない。身をよじれば、機体の外壁についた水滴が凍っていることに気づく。金属製の外壁に穴をあけるように設けられた窓枠は、掌ほどのようにすら思われ、手もかじかむ寒さに覆われている。金属の窓枠も、内側は結露し、それが凍っている。

かじかむ手でそれを払いのけ、息を白くしながら窓を覗けば、山には氷河、氷と雪。

街の周囲だけが、黒ずんだ緑に覆われていた。あらためて、あの町は地熱によって局所的に暖かい地域だったことに気づかされる。


一面に広がる氷に覆われた大地。そんな中、点々と採掘プラントが煙を立てている。それらを結ぶのは鉄道網だった。氷を貫くように鉄道網が地平線の先まで伸びている。

鉄道を行き来するのは除雪車や貨物列車だった。この辺境の惑星によく作ったものだ、とあらためて思う。輸送機の機内は、電車の車窓を思わせるものがあった。この夢にまで見た辺境の惑星で、望郷の念も少し湧き始めていたのかもしれない。もしずっと時間があったなら、鉄道に乗って、広い車窓からひたすら氷を眺め続けるのも悪くないかもしれない、とケイは思った。


機体は高度をあげず、地面が見える位置を飛び続けている。それはこの星には珍しい観光客のためだろうか。乗客は私たちの他にも5人ほどいた。皆、仕事のための移動だ。上空でさらに冷える空気に耐えるため薄汚れた仕事着を何重にもまとい、白い息を吐きながら機窓をぼんやりと眺めているのであった。

その誰もが一言も発しないので、機内には気まずい沈黙が支配した。


アリアはといえば、座ったまますやすやと寝ている。

たしかに、悪くないかもしれない。この旅は過酷だが、興奮に満ち溢れている。私がここまで起きてこれたのは、それを上回る興奮があったからと、あの棺桶ロケットのなかで1週間もほぼ寝続けたおかげだった。そのエネルギーも、いずれ底をつくことだろう。

寝る・・・にしても、寒い。

ありったけの防寒着を着てもなお、手指の先から背中の裏から、冷たさが迫ってくる。それは末端から体を侵していく。よく寝られるよ、と思う。

ケイは身をよじり、できるだけ背中から外壁を遠ざけるようにしながら外を眺め続けた。


リリィはどうしているのだろう?

機体に乗るときは一緒にいたが、離陸してしばらく経つとふらっと姿を消し、それ以降姿が見えない。

彼女がいれば、まだちょっとはこの凍った空気も少しはましになるだろうに。

なんかしら、仕事なのだろう。


しんと静まり返った機内で、響き渡るものがある。それは機体を駆動するエンジン音だ。

機体の音は、そのおんぼろで時代錯誤な見た目からは想像できないほど小さい。

機体の後部に身をやれば、ちょっとした金網を隔てて燃料タンクが積み込まれている。

ちょうど翼の上に増設されていて、航続距離を延ばすために後付けされたものらしい。

――重心に燃料タンクを乗せたいのはよくわかるけど、機内に直接載っているのはさすがに無理やり感がすごい。貨物庫から無理やりねじ込むのだろう。


窓から望めば、翼下には固定式の増槽が追加されている。

整備拠点の少ないこの惑星において、航続距離が重視されていることがよくわかる。


タンクを隔てて機体の後部に貨物積載スペースがあり、高額なものを含む私たちの撮影機材はそこに集められ、鍵を掛けられていた。

――無理やりな機体。

でも、機体の揺れは、驚くほど少なかった。振動というより、風に乗るように、滑らかだった。


2.

気付けば、寝てしまっていた。

何時間か経っただろうか。

先ほどまであんなに寒かったのに、暖かく、どっしりと重く、何だか腰が痛い…

目を開ければ、機窓から差し込む光の色が、温かみを増したように思えた。

そろそろ――夕暮れか。

痛みの原因は明らかだった。

隣の席で寝ていたアリアがのしかかっていた。

私を目覚めさせたのは、体幹が通常の倍の荷重に悲鳴を上げたSOSだったのだ。

体格差を改めて思い知らされる。

そっと身をよじり、膝の上に巨大な上半身を載せる。

いつも見上げてばかりだが、今日は見下ろす番だ。重さに足がやや痛むが、とりあえず、断熱に問題があるこの凍てつく機内でも暖かい。

温もりを感じつつ、起こさないようそっと身をよじって外をみやれば、雪や氷が支配する荒野は去り、奇妙な岩石が支配する荒野が広がっている。

膝の上に大きな湯たんぽがあるおかげで、さっきまで寒さで麻痺していた思考が回り始めた。

機体は北へと進んでいる。南北の20から25度付近には亜熱帯砂漠が広がるのは、いつの時代もだいたい同じだ。

と思ったところで、「なぜ?と聞かれたらどう説明しようか?」と思い始めた。いずれどこかの時代の収録で、必ず通らなければいけない。難しい語を持ちだして数式で表すのではなく、一般人が聞いてもわかるように感覚的に言うなら、どんな感じだろうか。

たとえば…3ステップに分けてみるのはどうだろうか?

「それは赤道で熱された空気が膨張し、上昇気流が生じる。これがより高緯度へと下降していくからだ。これは地球が丸く、赤道が最も熱される都合上、仕方ないものだ。地球が止まっていれば、北極迄の流れができるだろう。」

これはシミュレーションや図示のしようが結構あるが、正確にしようとするほどややこしくなるのでさらっと流したい。

「しかし地球は東向きに自転する。赤道から両極へ移動する空気を宇宙から見れば、軌跡は渦を巻くように歪んで見える。まるで力が働いたようにその軌跡が歪むところに力があるとすれば、その方向は常に動く方向に対して北半球なら直角右向き、南半球なら直角左向きだ。これによって両極への移動は制限され、20から30度で下降することになる。」

コリオリの力で・・・といえば簡単だけれど、それを知っている視聴者はまずいない。そしてそれを真面目に説明し出したら、本筋が見えなくなってしまう。

「気圧とはその部分より上にある大気の重さだ。だから高度を下げるほど気圧が上がる。圧力のかかった空気は温度が上昇する。空気は温度が上がるほど水蒸気を多く含めるようになるが、しかし水がどこかから出てくることはないので、相対湿度が下がる。結果として、熱く乾燥した空気が空から”降ってきて”、乾燥地帯ができる。」

断熱圧縮の概念、視聴者にあるかな、そもそも気圧が重さだという話も伝わるのかな…。


うーん、概してこれはひじょうにザックリした、不正確な点を多く含む説明だ。それに長すぎる。わかりやすくも正しくもない気がする。正しくないのは良くないな・・・正確にしようとするほど言葉が増えて、不確実な点が多くなってしまう。それを補おうとした結果が、大抵の教科書が分厚い理由だ。

他人ならどういうだろうか?真面目に専門用語を多用して解説するか、それとも、「突き詰めて言えば地球が丸くてほぼ一定の速度で回転し続けているからだ」などといいきってから解説を始めるか、へたするとそれでおしまいにしてしまうかもしれない。しかしそれもあまり好きになれない。結果ありきで話しを進めすぎている感じがしてしまうのだ。


うーん、やっぱり動画だから視覚的インパクトが大事かな。たとえば空気の圧縮の話をするなら、ポンプで断熱圧縮を実演するくらいは、やりたいところだ。直接実験しながら話すか?


そうなったらその小道具、誰が買うんだ・・・あ。

ケイは膝の上を見下ろす。

いま私はものすごく、重さは圧力だ、ということを体感している。

寝息を立てているアリアは、間近でみると、思っていたより繊細な顔立ちだった。動画に映っているよりも丸顔だと思っていたので、これが着やせならぬ動画やせか…といつも思っていたが、いままで下から見上げることしかなかったせいだと今更気付く。


いや、さらに買ってもらうのは忍びない。

文化人類学の文脈では、「与える」ことは支配することを意味する。

つまり…買ってもらう、というのは、支配される、ことに近いのだ。

そして、アリアは今回の旅で何でも用意してくれている。

ゆえに、私はこの旅で、アリアにとても頭が上がらないのだ。


日が、くれていく。この砂漠を見るのも、今回がたぶん、最後だろう。


気を取り直して下を見やれば、ゴツゴツとした岩石が、点在する丘から崩れていっている。

石炭紀は湿った時代とみなされがちだが、乾いた時代でもある。

乾湿の差がきわめてはっきりした土地だ、という方が正確かもしれない。


散らばった岩石は勾配の大きなところほど大きく、平野にいくほど小さくなっていく。

そして、いつまでたっても土にはならない。

なっても、砂礫だ。

雨が降らないためにそれらは水を媒介とした風化を起こさない。

また、こんな乾燥地帯に適応した、サボテンのような植物もまだ、いない。

だから、植物の根による風化の促進も希薄だ。

岩石は、強烈な日光による熱と、夜の間に冷え切った地面の間、そして岩を構成する鉱物の間での膨張率の差によって割られていく。「昼と夜が交互に斧を振るっている」なんて洒落た言い方――いや、正確じゃないな。ともあれ、割られた礫は隙間に入り、転がり落ちる。

だから大きく深い谷があったとしても、そこには礫が溜まって、平野になっていく。

平野もごつごつとした、粗い砂礫に覆われる場所が多い。

それは一般的に砂漠と言われて想像する姿とは違っているかもしれない。

植生がないため、細粒ができたとしてもあっという間に吹き飛ばされ、礫だけが敷き詰められたように残るのだ。


いよいよ、日が暮れる。

夜景には、点々と明かりが灯っていた。

荒涼とした大地を裂くように、一直線の鉄路が延びている。

ときおり、鉱山らしい掘削跡や、小さな集落の灯りも見える。

こんな世界にも、人が生きている。

いや、ほんの一時、宿直か点検のために逗留しているだけかもしれない。

それでも、灯りはそこにある。


やがて、その中にひときわ眩い光が現れた。

――滑走路だ。


機体がふっと浮いて、次の瞬間、ガクリと地をつかむ。

車輪が大地を噛み、ドドドドッと重い音が響く。

それでも、誰一人、顔を上げない。

まるでそれが、この星のすべてを物語っているかのようだ。


機体が停止し――作業が始まる。


外は暗くてよく見えないが、窓の向こうにちらちらと動きが見えた。

作業灯に照らされた腕が、翼下の外装増槽に取りついている。

交換だ。

それにしても――どういう仕組みになっているんだろう。

戦闘機みたいに増槽を先に使い切ってから、機内タンクに手を付ける――?

でも、重心変化は避けたいから機内燃料タンクのほうが先に消費されるほうが自然では・・・?

もしくは、機内燃料タンクからの使用後に燃料を補給する――?

というか、考えてみれば酸素濃度30%で「給油」とか、考えたくもない。

――考えても仕方ないか。

機内は私を除いて、寝静まっていた。

寝るか。


3.

気付けば古書堂にいた。

――叔父もまだ若い。今じゃ白髪の方が多いグレイの髪だが、まだ黒にちらほらと白髪が混じっているだけだ。

私は――まだ義務教育を受けていたころの話だ。アトラスへのアクセス方法とか、AIは全能だけどときには疑わなければならない、でも大抵の場合はあなたの思慮が浅いだけです、とか、習っていたころ。


「おじさん、今まで売ったスキャンデータの中で、いちばんヤバいものって何?」

叔父は色々と思い当たる節があったようで、店内をキョロキョロと見回した。

「思い返せば、あれは色々な意味でヤバかったな――そもそも出元が怪しいやつだ。」

「でもと?」

「半島の北部の、とある地下遺跡で見つかったっていう軍事機密文書でな――

千年以上前の航空機、たしかミグ戦闘機とか――あと大陸間弾道弾の製造方法が、事細かに、みっちり書いてあった……っていう、写本だ。」

「怪しくない? それ」

即座の切り返しに、叔父は大きく頷いた。

「勘が鋭くなってきたじゃないか。」

「革命のときの亡命者が持ってた、とか。遺跡から出たはずなのに写本しかない、とか。偽書の定番パターンじゃん。」

「その通りだ。しかも、その国で作られていなかったはずの機体の製造文書まであったんだ。もう怪しくてならねぇ。売っちゃいけないものだって自覚はあったさ。でもな、どうしても欲しいって客が現れて――『内容は保証しない、格安でなら』って言ったら、逆に向こうが『もっと出す』って譲らなくてな。」

「で、それ、何に使うの?」

「作るんじゃねえか? 博物館用の復元機とかなら、まあセーフだろうが……」

叔父は肩をすくめた。


「それを“飛ばした”としたら、イカれてるな。

なにせ――プリントアウトしたら勝手に“要約”が印刷される時代が、千年も続いたんだぜ?

誰が写したかもわからない写本をもとに、飛行機を飛ばすやつがいたとしたら――」


彼は鼻で笑った。


「……そいつは、とんでもない大馬鹿野郎だ。」


はっと目が覚める。

叔父さん、ごめんなさい――多分今、その”怪しい資料”に命を預けてます。


「この星にもミグ飛んでたりするのかなあ」

ちょっと口に出してみて、笑ってしまった。いやいや、何と戦うんだよ。


4.

未明、機体は離陸した。

だんだんと朝焼けに照らされていく、赤茶けた大地。

ぼんやりと眺めていると、突然、大地になにやら、白っぽい線が現れる。

崩れてぼやけながらも、それが地層であるようにみえた。

たぶん、地表からだったらほとんど気づけないだろう。

遠目で見てこそ、気づくものもあるのだ。

石をひっくり返して作ったとかいう、ナスカの地上絵みたいな――。


そしてだんだんと白っぽい層が幅広くなっていき、気付けば大地全体の色が淡くなっていた。

変化したのはそれだけではない。

次第に、少しずつ水の気配が見えてきたのだ。あちこちに涸れ川があらわれる。

本当にまれだが、その周囲に黒ずんだ緑がみえることもある。

おそらく一年の一時期にだけ水が入るのだろう。

小灌木のようだが、どのような種類が生えているのか大変興味深いところだ。


ようやく緑が目に入りはじめた、と思ったのも束の間――視界の先には、海が広がっていた。

その海岸線には、縁取るように湿地帯が広がっている。

湿地帯の上空を飛ぶのは僅か1分ほどだった。

けれど、それでも集中力のせいで時間が引き延ばされて感じられた。


目の底に鈍痛を走らせながら、私は世界を走査した。

立ち並ぶリンボク類は、まるで電柱のようにまっすぐで、電柱のように葉を欠き、電柱のように太さが変わらず、電柱のように先端だけでわずかに分岐している。それらはしばしば密生し、まるで針山のようだ。リンボク類以外にも木々が茂る。木々の多くはあきらかな極性を欠き、丸みを帯びた樹形だ。非常に長い葉が縦冠全体の印象を、まるで草むらのように与えさせる。おそらくコルダイテス類のようだ。一部はマングローブだという話もあるが、古生物学的にはその後否定的となったらしい。実際には、どうだろうか・・・? コルダイテス類に混じって、一目して異なる樹形の木もある。円錐状に中心をしっかりともって立つそれらは、針葉樹のように見えた。


上空からでもある程度の見当は付くが、それでもやはり、実際に降り立ってみないと何とも言えない。

機内から眺めているだけでも、うずうずしてたまらなかった。


そしてついに、機体は海を渡る。もはや湾としてしか残っていない、レイク海の最後の名残りだ。

レイク海。ゴンドワナとユーラメリカを隔て、世界の熱帯をつなげたこの浅く豊かな海は、多くの生命をはぐくんできた。ついに大陸の衝突に押しつぶされて終焉のときをむかえつつある。

その広域に、上空からでも見て取れる、古生代のサンゴ礁が茂っている。

いまの観点からは考えられないほど色鮮やかなものもあって驚かされる。

上から見ても、緑だったり、赤だったりといった色合いが見て取れる。

美しいかどうかは、また別の話かもしれない。

私はどちらかというと悪趣味なように思えて、なかなか好きにはなれなかった。


ふと、思い返す。

あの白っぽい地層は、かつてこの海に繁茂したサンゴ礁が残した石灰岩だったのだ。

そのあいだに挟まっていた暗色の帯は、陸上で堆積した地層だろう。

氷期と間氷期を繰り返すこの惑星で、水位が絶えず上下してきた、その証だ。


そして、いま私たちは――

この、地中海をどこか思わせる浅いエメラルドグリーンの海を越え、

ついに、ユーラメリカ大陸へと向かっている。


地球史上、最大量の石炭が堆積した、大地へ。


5.

海上に出たところで、リリィがノートを手に、操縦席の近くから顔を出した。


彼女は乗客席をぐるりと見渡し、こちらに視線を向けると、少し驚いたような顔をした。


「足、大丈夫?」


たぶんこの機内で、初めて交わされた言葉だった。


ケイは一瞬、何のことかわからなかった。

だが、リリィが慌てた様子でアリアを揺り起こしてから、ようやく事態の深刻さに気づく。


足が、動かない。

まるで感覚がない。


理由は明白だった。アリアが膝の上にもたれかかって寝ていたせいで、長時間にわたり血流が遮断されていたのだ。

自分の足が、自分のものではないみたいに、ただ機体の床に沈んでいた。


眠い目をこすっていたアリアは、自分がケイに膝枕をしてしまっていたことに気づき、はっとする。


普段からケイとの体格差をよく理解しているアリアは、

――もしそうできたら、という想像を、かつて何度か抱いたことがあった。

でも、もしそうしたら、きっと壊れてしまう。そうも思っていた。


身長差は40センチ、体重差はおよそ倍。


「大丈夫……?」


がらにもなく、青ざめていた。


ケイは、その場を取り繕うと心に決めた。ここでもめ事を起こしたら、旅が台無しになるから。

「おはよう。アリアは全然重くなんかないし、ちょっとの間だったから問題ないよ。いい夢見れた?外はサンゴ礁がきれいだよ。」

ケイの声は、普段よりも少し調子を外して、妙にさわやかだった。


リリィはホッとした様子だ。

「なら安心ね。アリア?体格差を自覚なさい」

リリィはどこか呆れた様子で、アリアをたしなめる。

「ごめん…」

この会話の意味を理解しているのは、ケイとアリアだけだった。

アリアは付き合いが長い。

普段のケイなら、おはよう、とか、いい夢見れた?なんてことは、聞かない。

そういう、ふつうの人間がするような、尤もらしい返答をする。

――そういう時だけ、妙に人間っぽいのだ。

それ自体が、おかしい。

叱られたり、取り繕われたりしながらも、アリアは内心、とても嬉しかった。

それがたぶん、自分の誤解に基づくものだったとしても。

どうせケイは「旅が台無しにならないように逃げとこ」くらいしか考えてない。

でも、それに乗って損はない。


6.

いっぽうで、ケイは警戒心を解いていなかった。

まだ危機は過ぎ去っていない。

リリィは辺境とはいえ、旅行客を普段から相手にしている。

些細な違和感から、嘘を見抜くのが得意でも何ら不思議ではない。

つまり、何かほかの内容に興味をそらすのが先決。

そして、自分は表情が他人からよくわかってしまうらしいから、自分が興味がある内容を聞いてオタクトークをすることにより、表情に出てしまうというピットフォールも避けられるはずだ。

つまり、本心のままに興味を差し向ければいい。私に嘘は似合わない。

「リリィ?いままでどうしてたの?そのノートは?」

リリィが手にしていたノートには、ビッチリと書き込みがしてあった。

「パイロットが知り合いだったから、少し勉強させてもらってたのよ。将来は大型機も操縦したいのよね」リリィは中等教育を修了してすぐにヘリコプターの操縦資格を取得した才媛で、現在は仕事をしながら大型機の操縦資格取得に向けて勉強を続けているのだ。

ケイは、リリィの気をそらそうとしている。それに気づいたアリアは、

「ヘリと大型機だとやっぱり結構違う?」

と重ねて聞いた。

「計器飛行の重要性が全然違うわ。ヘリは目で見ながらでも飛べる距離感や高度だけど、飛行機はそうもいかないわ」

「この星にGPS的なものはないみたいだし、都市も数が少ないし、目立ったアンテナの基地局もほとんど見えなかったよ。となると電波誘導は基本ダメ、となると慣性航法?」

リリィの反応は上々だった。

「さすが、よく見てるわね!その通り、基本は、慣性航法と画像処理ね。」

「今回低空飛行を続けていたのは、目視や画像処理が大切になるから・・・?」

「そのとおり。夜間も同じルートを通るから、確認の面もあるわ」


知ってか、もしくは本当に知らないのか、アリアがボケた。

「そもそも慣性航法ってなんとなく聞いたことはあるけど、どういう仕組み?いま進んでいる方向に慣性に従って飛んでいくってこと?」


「それは慣性飛行よ」

「弾丸かな」

同時にツッコミが入り、3人が笑った。

「慣性航法っていうのはね、ジャイロスコープと加速度計で機体の位置を産出する技術よ。どこから出て、どの方向にどのくらいの速さで進んでいるかを逐次記録していくことで、現在地をわりだすの」

「ジャイロスコープって?」

「回転するコマのようなもので、一度回し始めると外からの力を受けても向きが変わりにくいの。この機体が右に旋回すれば、ジャイロはその変化を感じ取って『どれくらい回転したか』を記録するの。」

「コマって結構傾けても復帰するの面白いよね」

「ってことは、ジャイロがあれば機体がどの方向を向いているかわかるのね?」

「そう。でも、それだけじゃ足りない。向きがわかっても速度がわからなきゃ位置は計算できないからね。」

「加速度がわかれば、速度は積分すれば出るんじゃない?」

「正解。加速度計を使って機体が受けている加速度を測定するのよ。」

「加速度計って、どういう仕組み?」

「基本は重りとバネの位置変化を測るものね。最近ではガス温度の分布や液体を使ったものもあるわ。」

「人間も耳の中の内リンパ液で回転加速度を、耳石器で直線加速度を感知してるよ。」

「角度と加速度がわかれば、時間で積分すれば位置が求まるわね。」

「理論上はね。でも、その前提が問題なのよ。」

「加速度計やジャイロスコープは完璧じゃないの。特に、この惑星みたいに工作精度が低いと、ほんのわずかなズレが長時間積み重なって大きな誤差になるのよ。」

アリアは機首のガラス窓を思い出した。第二次世界大戦の爆撃機を思わせるものだった。

「機首のあれも、そういうときのため?」

「そうよ。お払い箱になった火星軍用機の光学照準システムを無理やり積み込んでいるわ。」

「あのレトロな窓に収まってるの面白いなって見てたけど・・・本当にそれだけ?ちょっと大掛かりすぎない?」

「飛べる航空機が少ないのよ。照準システムは高精度な3Dマップを出力してくれるから、遭難者が出たときや土砂崩れや山火事で地形が変わった時、地図を測量するのにも使えるわ。全部別々に積み込むよりもはるかにコンパクトね。・・・ちょっと話しすぎちゃったわね」


7.

リリィはふと見まわす。

周囲の乗客が、釘づけにされていた。

――新人パイロットがしゃしゃり出て、機内で騒いでいる――

最悪。視線が痛い。非難されても仕方ない。

こうならないように、副機長室に閉じこもっていたのに。


そしてそのとき…ケイがまだ分厚い防寒着を着続けているのに気づいた。

「ちょっとそれ、暑くない?」

ケイはあまり気にしない様子で答える。

「普段から厚着だから大丈夫だよ」


リリィは、なんとなく違和感を感じて顔を覗き込むと、ケイの額に汗がにじんでいるのを見た。


「汗かいてるじゃない」


ケイは即座に答える。「いや・・・これはついに石炭紀の森に行けるからって興奮したから。精神性発汗っていうよ」


リリィは、ケイが冗談を言ったのだと思った。

アリアがすかさず助け舟を出す。


「ほら、陸が見えてきたよ!」


「おおー!すごい!!」ケイはすっかり興奮している。「海岸線が後退した影響でできた地形かな、塩はいってるかな、気になるな。ソルトマーシュってやつかも?」


「ええ、そうかもしれないわね、ほら、サンゴ礁が森に生えてるわ!」

(。´・ω・)ん?サンゴ礁が森に?

アリアの発言にリリィが一瞬顔をしかめる。「あなたたち…二人して面白がらせようとしてない?」

アリアはしらを切る。「何のことでしょう」

ケイもまた、「困るなあ。サンゴ礁が森に生えてたら流石に面白いでしょ」


「ケイ、防寒着を脱ぎなさい、今すぐ。」

ケイはしぶしぶ上着を脱ぎ、隣の座席に軽く畳んで置いた。

「下も」

「そんなあ、公衆の面前で、レディに下を脱げなんて」

ケイがそう言うと、周囲の観客の目がすっと寄ってくるのを感じた。

そう、おそらくこの航空機の乗客は全員、ケイを男性だと思っているのである!

リリィは周囲の視線にたじろぐが…

「二人して、もう誤魔化してるのはわかってるわ。足、痺れてるんでしょ」

リリィが少し目を細めて、ケイの太ももをじっと見つめる。

・・・

ケイは照れくさそうに笑って、言う。

「ピリピリする感覚は…出てきたよ」

もうお手上げだった。

でも、もうわだかまりはなく、三人とも笑い始めた。

笑いの意味は三者三様だったが、とにかく、笑っていた。

今回は石炭紀の大陸を広く覆った砂漠の話。

石炭紀の降水量は局所に集中し、赤道付近にあったユーラメリカ大陸にすら乾燥地が広がりました。その証拠はアリディソルやバーティソルといった乾燥性の土壌がユーラメリカの広い範囲から見つかることからもうかがえます。

ゴンドワナの砂漠地帯に関しては植生が存在しえないレベルの乾燥に見舞われていたとシミュレートされる例があるため、岩石砂漠として復元しました。当時はイネ科のような乾燥にそこそこ強い植生がなく乾燥耐性をもった生物もまだ実験段階でした。そのため、本当に乾燥すれば植物や水による風化促進すらおこらず、土壌すら形成されず、土壌も砂も保護されず、皆吹き飛んでしまうはずです。デザートペーブメントと呼ばれるような、小石をどけると下に砂がある、という様子を考えたりしていました。

砂丘はベタすぎるのと、現在のサハラですら3割しかないので出しません。


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