凍てつく大地の植物たち(4) 鱗木農園 (Day3)
・・・ここまでのあらすじ・・・
超時空ゲートの発明により、人類は過去の地球へと進出し、さまざまな時代に植民都市を築くようになり、それまでの「太陽系大航海時代」にかわって「時空大航海時代」が訪れた。
そんな中、古生物や生命史の解説動画を撮影するため、一行は3億1000万年前、石炭紀の湿地林を目指す。今回の収録のメインテーマは「リンボク」の予定。
しかし、その地は植民惑星においても僻地であり、たどり着くまでの旅は過酷を極めた。
氷河に覆われたゴンドワナで出会ったのは、なんと食べられるリンボク類。その栽培とは??
登場人物
ケイ・・・おもに現代の地球を旅してきた生物学マニア。石炭紀の惑星に来るのは初めて。見る人すべてから少年と思われる成人女性。地球出身で、アリアとは大学時代からの親友。コミュ障で偏屈。
アリア・・・恐竜研究者、かつ恐竜ドキュメンタリー映画を撮影している動画配信者。”恐竜のお姉さん”として有名で、一年の殆どを中生代でのフィールドワークに費やしている。火星出身。
リリィ・・・植民市出身の観光ガイド。アリアとは何度も旅をしている。ヘリや小型機の操縦もできる才女だが、3人で一番年下。観光を通じてこの惑星の日常を良い方向に変えられればと願っている。
時代設定・・・
3億1000万年前、後期石炭紀中期。
リンボク類の最盛期で、ユーラメリカの熱帯には巨大な湿地林が形成された。「石炭紀」の由来となり、産業革命を支えたヨーロッパの石炭の多くがこの頃に堆積したもの。同時に後期古生代氷河期が最初のピークを迎えた時代でもあり、ゴンドワナ大陸の大部分は氷河に覆われている。
この町での収録は最終日を迎えた。
子供たちに案内されて、栽培場へ向かう。
栽培場は町からしばらく歩き、コルダイテスの森を抜けた先にあるという。
アリアは朝から少し浮き足立っていた。
途中、いくつかの昆虫や節足動物が見られ、ついつい足を止めて撮影に熱中することが度々あった。
一行の背中が遠くなると、重い撮影機材を背負って早歩きで追いつく、ということを繰り返した。
特に昆虫は、立ち止まって撮影に専念していると、わざわざ人に向かって飛んでくるものもあり、新生代のジャングルを歩くとどこからともなく蝶が集まってくるのを思わせるものがあった。
人の汗に集まっているのかと思ったが、ケイ曰く性比が偏っているのだという。
となれば、人間が放つ何かの成分が虫を引き付けてしまっているのかもしれない。
人が存在するだけで、自然に影響を与えてしまうのだ。
道の周囲にはおびただしい数の大きな昆虫がいた。
これらがやけに集まっている場所があったので撮影しようと立ち止まると、子供たちが、そこはさっき立小便したところだとはやしたてた。
節足動物の多くは未記載種、もしくはその全貌が未知の種のようで、動画に掲載するにはよろしくないだろう。
魅力的な大型種や奇妙な形態のものもいるだけに、じつに残念だ。
フォトグラメトリを撮ったり標本を回収しながら進む。
いつか名前がついたり、正体がわかった時には、こうした素晴らしい生き物たちも、ぜひ紹介したいものだ。
木々は殆どがコルダイテスで、時々大型の木性シダが混じっている。
コルダイテス類の球果はよく見かけるものだったが、解説してもらうのは後にしよう。
かつて旅した経験によれば、コルダイテス類にはあちこちで何度も出会うはずだ。
森が開け、栽培場が見えてくる。
それは、放棄された貯水池だったのだという。
もはや水はほとんど抜け、湿地となっている。
曰く、飲料水を溜めようとしたものの、堆積速度が思ったよりも早く、あっという間に陸地化が進み、放棄されたのだという。
そこに列をなすように、棒のような植物が立ち並んでいる。リンボク類だ。
土は落ちて分解が進んだコルダイテスの葉と、氷河堆積物らしい細かい泥。
奇妙なことに、リンボク類などの小葉植物以外は見当たらない。
「雑草対策はチビどもに任せとったんじゃが、しばらくして追いつかんようになってな。気になって採取業者について行ったら、岩塩地帯の湖でシュガーケインしか見られん場所があってな、思いつきで岩塩を撒いてみたんじゃ!そうしたら雑草の生育が止まって、この通りじゃ」
ロドリゲス氏はこの町ではご老体の部類に入るが、筋張ったその体には活力がみなぎり、その瞳には好奇心の光が灯っていた。
圃場にひょこひょこと案内すると、子供たちが続く。
撮影について尋ねると、もちろん良いと言って快諾してくれた。
圃場に並ぶリンボク類はほとんどが細長い塔のようなBumbudendronだが、より大型の種類も栽培が試みられていた。まだ茎が短く、高さは膝くらいまで。茎の太さは15㎝以上もあり、一見したところ細い葉の密生したボールのように見える。大王松の実生の茎をとびきり太くしたようなとか、スゲ類の作る谷地坊主にも少し似ているかもしれない。這いつくばるように見てみると、一番下の葉が落ちはじめ、葉枕が見えていた。こちらは葉枕がより幅広でよりリンボクと聞いたときの印象に近い。ケイは、おそらくBrasilodendronだろうという。しかし、これが本当にリンボク類なのかわからない、と意味深なことも言っていた。
昨晩も回収したサンプルの観察でケイは夜更かしし、しばらく寝た後で朝、興奮した様子で観察した事実を伝えてくれた。昨夕こっそり試験栽培中のこの植物の葉をむしってきたらしく、どうにも葉の小舌が見当たらないように見えるというのだ。
この重要性はアリアにはイマイチ理解できなかったが、植物学的にはとんでもなく重要な点なのだという。
曰く、「イワヒバ目とミズニラ目、そして真のリンボク類には小舌があるけれど、ヒカゲノカズラ類にはないんだよ!」とのことらしい。そこをもっと詳しく説明してほしい。
しかし、肝心の小舌の機能的意義がよくわからないのだという。葉の基部になぜか突出するこの突起は、分子系統解析で支持されるイワヒバ目+ミズニラ目に共通する。両者は異型胞子性をもつことでも共通性があり、小舌を持たないヒカゲノカズラ類とはシルル紀かデボン紀の段階で分かれていたはずらしい。イワヒバ類とミズニラ類にはほかにも共通する点が多いのだという。小舌をもつ以外にも、根とも茎ともつかない謎の器官である担根体を備え、そこから根がまとまって出る。見た目からすると途中から多数の根をおろしたりするなどイワヒバ類はヒカゲノカズラ類に似ているような気がするが・・・
「全然違う」と断言された。
「それがこいつは、小舌が見当たらないのに明らかにリンボク類に似ているんだよ、これは大きな謎だ」というのだ。もしかするとリンボク類によく似た別のグループかもしれないけれど、それは否定しておきたい、流石につじつまが合わないから、とまでいう。
どうにも掘り起こして確認しないと気が済まないくらいらしい。それでもまだ、その飽くなき好奇心を満たすことにはならないだろう。立ち上がるように育つ生態はミズニラやリンボクとの繋がりが明らかだし、DNA系統推定はミズニラよりの位置を示しているのでそれまでだろう、と門外漢からすると思うのだが…。
ケイはしばらく観察した後、顔をあげた。
「うーん、少なくとも真のリンボク類じゃないね。Brasilodendronであっていそうだけど、これは多分レピドデンドロプシスに近縁な、鱗木もどきのグループだ。この圃場はすごく面白いね、いろいろなリンボクに似たグループがいる。解説動画を撮るにはぴったりだ」
たしかに足元を見てみれば、育てられている2種のリンボク類以外のものもあった。
「さっきBrasilodendronも移植のために抜いた株があって、見せてもらったんだ。やっぱりリゾモルフになってなくて、分葉した球根状だったよ。いっぽうでこのあたりに生えている雑草みたいなリンボク類にも、リゾモルフを持つ多分本物のリンボク類がいるんだ」
とケイは興奮気味に話していた。
残り時間はすくないが、一種ずつその特徴や性質を収録していこう。
Bumbudendron。この農場で、最も多く植栽されているリンボクに似た植物だ。
茎は太さ10㎝ほどで、細長い葉枕をもつ。葉枕には皺状の線が入ることが多く、上部 3 分の 1 に葉痕があり、葉痕のほぼ中央に1本の維管束の跡がある。その下には膨らみがある。下部では細長い葉をもつが、上部に行くと急に短く、途中で90度折れ曲がったうろこ状の短い葉を持つようになる。これは胞子葉で、この90度折れ曲がった葉が胞子嚢を抱くようにして保護する。この戦略は実に奇妙なのだという。背丈を越えたあたりで胞子葉が出始めるとそれ以降は胞子をつけながら茎は上に伸び続け、殆どタワーのように伸長を続ける。明らかな胞子嚢穂というより、植物体の大部分が胞子嚢として機能するらしいところが面白いのだそうだ。これを上からぎゅっと縮めると、ミズニラに似ているかもしれない、というようなことも言っていたが、これは憶測にすぎないからあとで編集でカットして、とも念を押された。
ロドリゲスさん曰く、どうも収穫する際には根元を残してそのまま腐らせておいた方がのちによく育つのだそうだ。たしかに根本は幹に比べて腐りやすいから、堆肥のように働くのかもしれない。
石炭紀の間に氷河の前線付近で栄えた種だが、石炭紀後期に起きた環境の激変の中で絶滅してしまったことがわかっている。
Brasilodendronらしきもの。かなり巨大化する鱗木もどきで、茎の太さは好適な条件では50㎝にも達するという。しかしフレキシブルな面もあるらしく、環境が悪いと太さ10㎝程度まで小型化してしまうのだという。その後も葉間が広がって大きくなるものの、栽培はまだ改善する点が多いのだそうだ。リンボク類に似ているが、小舌がないし、根本を掘り起こすと分岐した根状のスティグマリア構造がなく、細かく分葉した球茎に終わっている。この球茎の構造がとても変わっている。下向きにゆるくカーブした構造になっており、まるで吸盤のように湿った土に吸いつくのだ。葉の縁に剛毛が生えているのも特徴的らしい。最初の親株を移植した時のことを聞いてみれば、最後まで分岐はせずまっすぐ上に伸びていたという。
糖度がより高く、将来の有力商品になるだろうとロドリゲスさんは栽培に力を入れているらしい。
これはこのグループが辿った歴史からも納得だ。このグループは、石炭紀後期に起きて多くのリンボク類を消し去った環境の激変も、石炭紀末にかけて起こったひどい氷河期も全て生き抜き、グロッソプテリス類とともにペルム紀前期まで栄えた。そのためには極めて強い耐寒性が必要だったはずで、耐寒性のための不凍液としての糖度の高さも納得である。
足元に生えているのは、ごく小さなリンボク類に似たものたちだ。ツクシのように先端に巨大な胞子嚢をもち、ごく小さな葉を螺生させるもの、殆ど栄養葉と変わらない葉の付け根に胞子嚢がほぼむき出しにつくものなどがみられる。リゾモルフの構造もさまざまで、耕作による人為的な撹乱の影響のためか、こうした撹乱依存的な小葉植物が侵入しやすい環境ができているのではないかと思われるという。
化石記録によれば、小葉植物は純群落をつくる傾向があるという。こんなにいろいろいるのは異常ではないかという。しかしそれは撹乱以外にも、そこで行われていた栽培方法を見ると納得だった。
ここでは種苗生産がなかなか実用化できず、非常に原始的な方法で栽培がおこなわれていた。親株を若株か胞子の付いた株の状態で移植し、胞子が散布された周囲から発芽したものを人力で見極めて植栽し、栽培するのだ。その子株を見分けるのは子供たちだが、彼らに聞き取りをした結果、一見似た実生を間違って移植してしまったり、無邪気にも敢えて違うものやよそで見つけた似た植物を植えたりしたことに見の覚えがあるという。ロドリゲスさん自身も野心的にいろいろな種類を試しているそうで、その結果がこのカオスなのだろう。これはあまりにも原始的な方法だが、栽培条件がわからない植物を育てるにあたっては理にかなっていないとも言えない。とくに、葉の縁に剛毛があるBrasilodendron(?)は見分けやすいので、あちこちから生えてきた分をかき集めて育てているという。それまでも種苗生産はたびたび行っていたというが、どれも成功しなかったらしい。その原因は昨日ようやくわかった。大胞子と小胞子の概念をどうも認識していなかったらしく、風媒で受粉していると思い込んでいたらしいのだ。たしかにこれらの大胞子はしばしば、種子と見まがうほど大きいので責められないだろう。
今後は人工的な胞子蒔きができるようになり、今後新たな品種改良などもできてくるかもしれない。
「目指している夢は石炭紀でテキーラを作ることじゃ!」
と、ロドリゲス爺。
酵母の入手が最大の課題らしい。どうか食中毒をなさらないように。
期待を胸に、圃場をあとにした。
おんぼろ飛行場に、An-12改が駐機している。
ついに、ユーラメリカ大陸へと旅立つ。しかし、鱗木への旅はまだ始まったばかりだ。
旅はあと、18日。
ゴンドワナのリンボク”もどき”は最近、いろいろな新発見が報告されました。
たとえば、Brasilodendronらしきリンボク類の化石林が発見されたり。
Mottin, Thammy E., et al. "A glimpse of a Gondwanan postglacial fossil forest." Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 588 (2022): 110814.
個人的には、これは同じく小舌をもたないLepidodendropsisも葉状に分岐した球茎状の根部を持つ点からとても納得がいきました。両者の類縁性などに関して今後進展があることを期待したいです。
たとえば、Bumbudendronの総説がでることになったり。
Coturel, E. P. (2024). The Carboniferous Gondwanan lycophyte Bumbudendron, revisited. Geobios.
ほかにも、ミニチュア鱗木のような印象を与える、小型種ながらも複雑に分岐したリゾモルフをもつ寒冷地性の新種が見つかったり。
Prestianni, C., Rustán, J. J., Balseiro, D., & Vaccari, N. E. (2022). Porongodendron minitensis gen. nov. sp. nov. a new lycopsid from the Mississippian of Argentina with adaptations to tundra-like conditions. Botany Letters, 169(4), 527-539.
石炭紀の小葉植物はきわめて多様です。幹の表面だけ見ると全部鱗木に見えてしまうのですが、分岐パターンや胞子のつきかた、地下の形態(リゾモルフという、真のリンボク類ではスティグマリア・システム)がわかる種が増えていくにつれ、かなり異質なものも含むことがみえてきます。
今回嘘吐いたポイントは
・・・多種多様な小型小葉植物がいるというところですね。小葉植物の化石記録は純群落が多かったことが示唆されます。そのため一か所で色々な種類を出すのは憚れるのです。しかし、ここは圃場ですし、胞子から生えた子株を集めてくるような栽培方法では自然と集まってきたさまざまな小葉植物が選択されて生き残り、いろいろな小葉植物がみられるようになるでしょう。
ちなみにリンボク類は耐塩性があったとされる種が多いです。その理由の一つには疎水性のスベリン様物質が皮質に含まれることが挙げられ、これは現在のマングローブにおける適応と似ています。事実リンボク類が時に海水の影響を受けるような石炭林に生育したらしいという話もあり(逆にしばしばマングローブとされるコルダイテス類はむしろ否定的になったり)、ある程度の耐塩性はありそうです。(今のミズニラに耐塩性種はいないけれど)
なのでどのくらい本当なのかはともかく、今回は雑草対策(というか雑木対策?)に塩をまくことにしました。現地見てる人がやる分には大丈夫だろう。




