9日目 鬼畜主任
朝食はちゃんと出た。よかったー…コールの残業代は私の飯代からは差っ引かれなかったみたいだ。
鍛錬まで、牢でムチの練習をした。火はまとわせていない、ただの紐のムチだけど。
ムチの動きに慣れないと危ないって、テレサが忠告してくれたんだ。炎のムチを振り回して自分や誰かに当たったら大変だもんね。
ビシィィィッ!
「ヒュ〜ッ!かーっこいーっ!さまになってんぞー!」
「実戦を見てみたいなぁーっ!」
「えへへー。そうでしょう、そうでしょう」
なかなかいい気分!
「12回も自分に当ててる」
グサリ。ええ、その通りです。これで火がついてたら大惨事ですね。
「ムチ初心者には長すぎたかな?もう少し短いのから始めよう…本番は火をつけるんだから」
◇◇◇◇◇
鍛練の時間が来た。
「囚人番号Mi11948!」
うおっ!鬼コーチに呼ばれた!!
「はいっ!」
何か知らんけど、殴られる準備はできてます!
「耐火の魔法の習得の成果を見せてみろ!」
もう!?あぶなーっ!昨日必死に練習してよかった!!
私は自分の腕を耐火の魔法で覆って見せた。
鬼コーチが検分する。
ドキドキ。焦ってやったから不安。本当はゆっくりやりたかったけど、ゆっくりやったら絶対殴られる。
「ふむ。不合格!」
結局殴られた!
「だがまあ3日でこれなら、見込みはあるな。精進するように」
え、なんか、若干褒めてない?殴る必要ありました?
さあ、鍛錬の時間だ。
最近はあまり憂うつじゃなくなった。色々な戦い方を試すのが楽しみだし、何よりトゲタローと話しながら戦えるからかな。
トゲタローはほとんど手加減なんかしないから、結局骨折だらけ傷だらけになるんだけどさ。
恐怖や怒りが減っちゃってるから、成長が遅れてるかなぁ。それはそれで困る。わざとトゲタローをキレさせる?ううーん、迷うなぁ。
ブザーが鳴る。
「全員、戦闘準備!」
さあ、うろうろしながらムチを作ろう。
紐ができて、充分に耐火の魔法をかけたころ、トゲタローを見つけた。
「(トゲタロー!今日という今日は、貸しを返してもらうぞ!!)」
『来たかバカ弟子よ、いつでもかかって来な!』
「(ふっ。その余裕がいつまでもつかな?)」
私はムチに手を滑らせて、魔力でコーティングした。
「(とくと見よ!炎のムチ!)」
ボォォッ!
『ほほう!こいつぁおもしれぇ!』
「食らえっ!!」
ブンブン振り回す。ちゃんと周りに人がいないのは確かめたからね。
トゲタローは素早いけれど、体が大きいからムチを避けるのは難しい。後退していく。
『くっ!ちょこざいな…近づけん!』
「ふはははは!炎のムチの恐ろしさを思い知るがいい!」
ビシィィッ!
炎のムチがトゲタローの頭を打った。
『ん?…大したことねぇじゃん!』
なぬうぅぅっ!?
『ビビって損した!見かけ倒しめ!反撃だ!』
飛びかかってきた!
くそぅ!仕方がない。
「凝縮!!」
ムチの炎が激しくなり、色が明るくなる。
ムチ全体を凝縮させるのは難しくて、ちょっと不安定だけど、背に腹は変えられない!何としても勝つんだ!ステータスを取り戻すんだ!!
「うらっ!うらっ!うらぁぁっ!」
ビシッ!ビシッ!ビシィィッ!
『いっ!ぐわっ!ぎゃっ!』
おおっ!凝縮すればイケる!!
「返せ!返せ!私のステータスを返せぇぇーっ!!」
『イヤだ!イヤだ!絶対に返さーん!!』
ガシッッ!!
んなっ!?トゲタローが炎のムチを前足で掴んだ!!
『あぢぃぃぃっ!!!』
「なななな何やってんだ!!バカかお前ー!?」
トゲタローはムチを離さない!
『むんっ!!』
私からムチを奪った!!
ジュゥゥゥッ!!焼ける音がして、トゲタローの前足から煙が出ている。
「トゲタローっ!!大火傷してるぞ!?わかってんの!?」
『肉を切らせて骨を断つ!!』
トゲタローは、燃えるムチをブンブン振り回し始めた!
「うわわわわっ!こらっ!やめろぉっ!!」
『やめてほしけりゃ火を消せ!!』
ぬううううっ!!ヤバイ、マジで危ない。
仕方なく火を消した。
ブチブチブチッ!!トゲタローはムチを噛みちぎった。
あーあ…私のムチ…。
トゲタローの前足はひどい火傷で、ただれてる。
『〈キュア〉!!』
キラキラッと光って、前足の火傷も、あちこちのムチの焦げ跡も、一瞬でキレイに治った。
相変わらずズルい奴…。まあ治ってよかったけどさ。
『あーっ熱かった!!!』
くっそー……。
『カッカッカ!師匠をなめるな!なかなかいい攻撃だったがな!』
「うう…私のステータス…」
『泣きごと言ってるヒマがあったら、かかって来い!バカ弟子!修行再開だ!!』
そしていつも通りの修行が始まった…。
『おら、隙だらけだぞ!』
『攻撃が遅い!』
『集中しろ!!』
…なんかトゲタローの師匠っぷりが上がっていた…。
◇◇◇◇◇
「何だこりゃ?」
…んあ?…何だ…何も見えない…
誰かが背中を触る。
「い゛だっ」
「火傷?」
ああ…ここは治療室か…うつ伏せにされてるんだな…。
「ああ〜…ムチの跡です…炎のムチ…」
戦いに夢中になりすぎて、何度も背中に当たっちゃった。
「はあ?…自分で自分をムチ打ったワケ?」
…ん?この声…誰だ!?コールじゃない!
私はゆっくり顔を上げて振り向いた。
ん誰ぇっ!?
一言で言えば、ドギツイ〜!!
まずメイクがケバい。そして髪は黒にショッキングピンクのメッシュでパーマかけてる。極めつけは、胸元開けて、ミニスカ。看守のくせに!
そしてなんと、タバコを吸っていた。何この人!?治療室でタバコ吸う!?
「い、いえ…魔獣を攻撃してたんですけど…下手だから自分に当たっちゃって…」
「…バカなの?」
「…………はい、そうですね…」
ザバアアッ!何!?水!?!?
「ひゃああっ!冷たーーいっ!」
「火傷には水がイチバンじゃなーい?」
ひええっ!?だからって水ぶっかける!?治療室で!?機械とか大丈夫!?
つかこの水、めっちゃ冷たっ!!氷水みたい!!
「あわわわわ…冷たい…!冷たすぎる…!風邪引くーっ!」
「バカは風邪引かないわよぉー?」
引くわーーーっ!引いたことあるわぁっ!
ヤバイ…体がガタガタ震えて…
「死ぬ…死ぬ…凍え死ぬ…!」
「うっさいわ。いっぺん死ねば?バカが治る」
ひっでぇぇぇ!!何この人何この人!!本当に治癒師!?ねぇ治癒魔術使えるの!?疑わしい!怖くなってきたよ!!私このまま死ぬのかな!?
「おい。こいつの治療しな」
「主任…何をしたんですか」
…!?…この声は!!
「水浸しじゃないですか…」
コールだぁぁぁ!!
今ではコールが救世主に見える…!!
だばぁぁーと涙が流れた。
「掃除しときな」
鬼畜看守は去っていった。何なのあれ!?何なのあれぇぇ!?
コールがため息をつく。何かの魔法を使って、床が一瞬できれいになった。
いや、床よりも私を先に何とかしてくださいぃぃ…。
ようやくコールが私の背中を見た。
「…何だこれは?」
また同じ問答が始まるのですかね…。恥ずかしいので言いたくないのですがね…。
幸か不幸か、答えようとしたら、私の喉は寒さに震えすぎて、うまく喋れなかった。
ガタガタガタガタ…。
コールはまたため息をついて、私にまとわりついた冷たい水を取ってくれた。そして治癒魔術をかけてくれた。
ああああ…治癒の光…あったかいぃ…。
めっちゃ泣いた。
「ささささっきの人、ダレ?」
コールは、それはそれはもう嫌そう〜な顔をした。
「…………主任」
しゅにんって、偉い人か?あいつが?たしかにふんぞり返って偉そうだった。それにコールに偉そうに命令してたんだった。
ん!?昨日、コールが言ってた、夜勤だったはずの人って、あいつか!?
…昨日あいつが来なくてよかったぁぁー…。
その後私がコールにこってりしぼられたのは、言うまでもない。
しかしあの鬼畜主任の所業の後では、コールの罵りも小鳥のさえずりのごとく感じられた…。
コールは人型の魔獣だなんて思ってて、ごめんよ…。
◇◇◇◇◇
クシュン!牢に戻るなり、毛布にくるまって丸まった。まだ寒くて震える。
「マイアちゃん、どうしたの、寒いの?」
「うん…ひどい目に、あっちゃって、さぁ…」
私はさっきの主任の悪魔的な仕打ちを話した。
ターシャが愕然とする。
「何その人…そんな人が主任なの…!?」
シーラがうんざり顔で頷いた。
「あーいたなぁ、そんな奴。ハレンチなイカレポンチ!あいつが治療室の主任なんておかしいよなぁ」
「鬼畜悪魔…地獄に堕ちろ」
テレサの黒い瞳が復讐の炎に燃えている。看守に復讐するって言ってたけど、鬼畜主任も対象かー。何があったんだろう。
「傷には消毒液をぶっかけ、骨折した腕を蹴る」
うわぁぁぁ…聞いただけで痛そう…
「あいつ、たまーにふらりと現れて、囚人を適当にいたぶって笑って、帰るんだよ。マジで最低、悪魔!治癒術使ってんの見たことねーし!使えんのか怪しいもんだぜ!」
やっぱり!何なんだ、あいつ!囚人をいたぶるために存在するのか!?
「しっかしマイア、早々にアイツの洗礼受けるなんて、あんたほんと、ツイてないねぇ」
「…やっぱり私、ツイてないよね…。ほんといつもそう思うよ…。運0なのかな?」
テレサが首を振る。
「運勢は川の流れのように変わりゆくもの」
そうなのー?ツイてた時なんかあったかな?
「でもよ、いつも運のいい奴って、いるよなぁー。マイアみたいにとことん運の悪い奴もいるし…何なんだろうなぁー?」
「ほんとだよー…運命の女神様に見放されてる…いや、神様なんていないんだ…はぁ…」
寒くてガタガタ震える…みじめだなぁ…
「落ち込まないで、マイアちゃん…生きていれば、絶対絶対いいことあるから…。本当だよ、私が約束するよ!」
「ターシャぁぁ…ターシャが私の運命の女神様だよぉぉ…」
ずびぃ。
「鼻水出てんぞぉ。風邪引いたんじゃねぇ?」
風邪引いたのかな…あんな仕打ちされたら、絶対風邪引くって思ったけど、本当に?参ったな…。
ターシャが隣に座ってくっついてくれた。
「こうしたらちょっとはあったまるでしょ?」
そう言って微笑みかけてくれる。なんて優しい天使なんだろ!
「世話の焼けるガキんちょだなぁ。どっこいしょ」
シーラも来てくれた!私はガキんちょじゃないけど。シーラとは3つしか離れてないじゃん。
するとテレサも無言でこっちへ来てそばに座ってくれた。
みんなやさしい…あ〜あっあたかい…私は、幸せなあたたかさに包まれて、眠りに落ちた。
◇◇◇◇◇
暑くて暑くて目が覚めた。別にみんなのせいじゃなくて、みんなはもう眠って近くに転がってる。私は異様に熱い…熱があるんだ!
うわー…風邪引いたんだ…最悪…ほんとにとことんツイてない…。
ムショじゃ、風邪引いても治療してくれないし薬もくれないんだって。治癒師があんなにいるのに、ケチ!
「コホッコホッ」
咳が出る。
どうしよう、このままじゃ皆に伝染しちゃうんじゃ…困ったな。
巡回の看守が通りがかった。
「あの…風邪引いたみたい…。ここにいてもいいの?皆に伝染すのが心配で…」
看守はしばらく黙って見下ろした後、出ろ、と言って私を連れ出した。
しばらく歩いて、狭い部屋に入れられた。人一人が寝られる程度の狭さだ。ガチャン、と頑丈な扉が閉められた。
「こ、これは…独房というやつでは…!罰を受けた囚人が入るという…!」
暗くて狭くて怖い。寂しい。でも、皆に伝染さないようにするには、仕方ないな。
ああー…だるい…辛い…寝よう。
第18話お読みいただきありがとうございます。主任の名前はロザリンドだったかな。イラスト描きたいけど需要ないかな…?数少ないセクシー系な容姿ですけどね…。レインタウンの他のストーリーでもちょい出てくる、ちょいお気に入りのキャラです…いや、他のキャラに比べたらお気に入り度5%くらいかな(^.^;)




