10日目 風邪
朝、看守が朝食を運んできた。え、ここで食べるのか…寂しいなぁ…。でもまだ咳が出てるし、食堂で大勢に伝染したら困るから、仕方ないな…。
鍛錬の時間に呼びに来ると言われた。はぁ…やっぱり鍛錬は休めないんだなぁ。うう…辛い…少しでも眠って、早く治そう。
うつらうつらしながら、新しい戦い方について考えた。ムチは奪われたらオシマイだからなぁ。
◇◇◇◇◇
鍛錬の時間が来て、独房を出された。ああ〜やっと独房から出られた…暗くて狭くて寂しかった…!まだ風邪はぜんっぜん治ってないけど…。
はぁ…こんなにだるいのに鍛錬に行くのは、さすがにげんなりする。ふらふら、のろのろ歩いていたら看守に蹴られた。
鍛錬場でやっと皆に会えた。めっちゃ心配されちゃった。看守に独房にいると聞かされて、ターシャは泣いたらしい。やっぱり独房って懲罰ってイメージだよね…。私が望んで行ったんだって説明して、やっと落ち着いてくれた。
そして、鍛錬が始まった。
あぁ〜だるい…鍛錬なんかやってられるかぁ〜…。私はとことん動かずに楽して戦う方法を考えに考え抜いてきたんだよね。うまくいくといいなぁ…。
のろのろ歩きながら、トゲタローを探すけど見当たらない。はぁ…もう歩きたくない。
心の中で叫んだ。
(トゲタローぉ!マイアはここだよぉ。風邪引いて動けないから、ここまで来てよぉ)
なんて…思ってもムダか…。
と思ったら、ブーンッとすごい勢いで、魔獣が飛んできた。うわぁ!
「トゲタロー!」
『風邪引いただとぉ?ほんとにオメェは軟弱だなぁ!』
「さっきの、聞こえたの?私、声に出さずに心の中で叫んだんだけど」
『あん?フツーに聞こえたぞ。つかお前がオレと喋れんの、魔法だろ?声に出す意味ないんじゃね?』
おお、声に出さなくてよかったんだ!これは便利だ。トゲタローはこれが魔法だってわかってたんだぁ。本当に魔法なんだなぁ。
(来てくれて助かったよー。だるくて辛くてさ)
『おいおい、そんなんで修行できんのかよぉ?オレは手加減なんかしねぇぞ』
(いいよー。今日は防御に徹するからね。さあ修行しよぉ〜)
なんかいつのまにか私もフツーに修行とか言ってる…。
私は、あらかじめ作っておいた、糸を出した。格子状の糸。私の前面に広げて浮かせた。
『ケケッ。そんな網でオレ様を捕まえられるとでも思ってんのかぁ?』
格子の糸には耐火と火の魔力のコーティングがしてある。そこに火をつけた。そして凝縮。私の目の前に火の格子が広がる。格子の隙間から向こうのトゲタローを見る。
(捕まえるわけじゃない。火の壁だ!来れるもんなら来〜い)
『火の壁って…網じゃん。壁じゃないじゃん』
トゲタローが冷静にツッコむ。
(うるさいな!壁にしたかったけど、魔力が足りないの〜。妥協案)
火の格子は、けっこうコスパがいい。実際の火の量は、いつもの手の平より少し大きいサイズだと思う。細い糸に細く火をまとわせてるから、大きな火の格子を維持できる。
『はいはい、しょーがねぇへっぽこ魔女だなぁ。しかしこんなもんでオレ様を止められるかよ!』
トゲタローが、前足の鋭い爪で糸を切る。格子は1本の糸でできているので、すぐに切れる。だから逆に、格子全体が引っ張られることはないんだ。
そして私は、すぐさま切れた糸を修復して、また火をつけた。1本の糸なんか、すぐに修復できるからね!
『あーなんだよ!切っても意味ないってわけか!?めんどくせー!』
トゲタローは突っ込んできた!
私は転がって避けた。
トゲタローは、炎の網に包まれた!
『うがあああ!あぢぃっ!もうっ!こんにゃろっ!』
(ふふふ!ぞんぶんにイライラするといい!)
炎の糸は、細いけれど、十分に熱くてトゲタローでも火傷する。これに包まれたら、イライラするだろう!
私はその間に、新しい格子を作る。両手を広げて、10本の指から細い糸を出していく。縦に平行に。それをもう一度。
それから今度は横向き。こうして、格子が完成。ただの細い糸だから、割とすぐできるんだ。それを魔力でコーティングして準備完了!
トゲタローはごろごろ転がって、鎮火している。火が消えてきた。
私は今度は新しい網に火をつける。また私の前に火の格子ができあがる。
『ああ!せっかく消せたのに、また新しいの作ってやがる!もー!』
(へへへ。どうしたどうした、かかって来なさ〜い)
今度はトゲタローは突っ込まずに、爪を振り回してあちこち網を引っかきだした。
『うりゃりゃりゃりゃー!』
私は慌ててあちこち修復する。
(う、は、速い!間に合わない…!いや、負けないぞ〜!)
私とトゲタローの素早い攻防。
(負けるもんか負けるもんか負けるもんか!私のステータス!返せ返せ返せーーっ!!)
なんか私の手の動きがすごいスピードになってる。怒りは魔力を増大するけど、敏捷性まで上げるのか???
『あああーっもうっ!!ムカつく!!』
トゲタローのイライラが限界に達した。
突然真上に飛び上がった!飛び越えるつもり?私はさっと後ろに転がる。
ズドーンッ!!
なんと、トゲタローは、格子の真上から、格子を押しつぶした!!
『あっっぢぃぃぃっ!!』
お腹がジュゥゥッと焼ける。
クソっ!格子を即座に上に向けていれば…いやそれじゃ、自分の回避が間に合わないか…!トゲタローに格子ごと押しつぶされてた!うわぁ…それ最悪!!
『よっと!〈キュア〉!』
トゲタローは浮かび上がって、お腹の火傷を治してしまった。
格子はつぶれて鎮火。私の目の前にはトゲタロー。今から格子を作る余裕はない。
(はーーあ…。やられたなぁ。今日もダメだったか…ああ…私のステータス…)
『カッカッカ!残念だったなぁ、バカ弟子!さあ修行再開だ!』
うう…いつもの修行する元気ないよ…。
私はもう投げやりに攻撃した。
『なんだその態度はぁっ!もっとやる気出せ!』
うう…トゲタローの攻撃を全然避けられない。早々にボロボロになった。
(風邪引いてんだよぉ、むりぃ…)
『むむむ…!こんなんじゃ修行にならんぞぉ!!』
(しょうがないじゃん…もうてきとーに火の玉打ち続けるから…魔力早く切れろー)
『んがー!つまらん!…よし、わかった!そんなら今日はおれが避ける役だ!全力で避ける!どれだけオレに当てられるかな?』
トゲタロー、優しいな。
私は座ったまま、トゲタローに火の玉を打ち込んでいった。
『ほいっ!ほいっ!へへん!ほら!全然当たってねーぞ!』
楽しそうだな!トゲタローは、けっこう素早く、ひゅんひゅんと避ける。体が大きいから避けるのは難しいのに、すごい。いつもは回避に全力出さないんだな。へなちょこ火の玉なんか食らっても屁でもないもんね。
(このっ!このっ!そこだ!)
私もムキになって、フェイントかけたり、カーブかけたりして、頑張ったよ。
結局、私の火の玉は、半分くらいは当たった。ゲームみたいで面白かったなぁ。
本当は恐怖や怒りで魔力を増大させなきゃいけないけど、風邪引いてる時くらい、いいよね。
はあ…頭がガンガンして…くらくらする…もう起きてらんない…
暑い…いや寒い…?わけわかんなくなってきた…
あ…よかった…もう魔力…切れた。
(…楽しかったよ…トゲタロー…ありがとね…またねー…)
『おいこら修行だぞ!楽しんでんじゃねぇ!バカ弟子!!』
『………まあ、オレも楽しかったけどよ』
◇◇◇◇◇
「ん?こいつはほとんど怪我をしていないではないか。なぜ私が担当する。こいつに重症マーカーをつけたのは誰だ。診断ミスだろう」
頭からつま先に向かってスキャンの魔法がかかる。
「………?………たしかに重症だな。何だこれは…情報が多すぎる…何が起こっている?体温が低いな」
あー…ちゆの…ひかり…あったかーい…
「ゴホッ」
いてててて…咳すると肋骨が…
「なんだ、風邪か…たるんでやがる…いや、主任のせいだな…」
そうそう…そうですよ…言ってやってくださいよ…
「…悪化して肺炎になっている。肺がボロボロじゃないか…血中酸素濃度低下…」
おお…肺が…光で満たされて…呼吸が…楽に…
血に…何か…入ってくるー…これが酸素?
「脳も損傷している…バカがさらにバカになるぞ」
えええ…そんなバカな…風邪で脳が…?
脳に…治癒の光…治るかなぁ…ついでにバカも治らないかなぁ…
「内蔵も全部ウイルスでボロボロだな…自己治癒力が低すぎないか」
自己治癒力だと…トゲタローに奪われたやつだ…あいつめぇぇぇ…
「風邪の治療は面倒なんだぞ…なぜここまで放っておいたんだ」
…放っておいた?だって風邪は治してくれないんでしょ…それに看守には伝えたけど…
「おい、今日はやけに静かだな。起きてるなら何とか言ったらどうだ」
…起きてる?…私が?…でも…目が開かない…
「めが…あかない…」
「目は開いているぞ」
…え?…何言ってるんだ?
…あれ?真っ暗だと思ったら、なんか光がうろうろしてる…なんじゃこりゃ…?
「目が見えていない」
「…え、ええ?…目が?」
…うそでしょ…目が…見えてない?治るよね!?
「まったく…毎度、面倒な奴だ…」
コールの冷たい手がまぶたを閉じて覆う…手は冷たいくせに治癒の光はあったかいんだな…
…ああ…治癒の光…目が…いやされるぅ…
涙が出てきた…
「どうだ、見えるか」
恐る恐る目を開ける。ぼんやりコールが見える。
「あ、ああ…だんだん…焦点が合ってきた…」
ちょうど焦点が合った時、コールがホッとした表情をした。
コールがホッとするところなんて、初めて見た!…こいつにも、人の心があるのか…。人型の魔獣だなんて思ってて本当にごめん…。
「ありがとう、コール」
コールの目が途端に、いつにも増して冷たく鋭くなった。
「なぜ私の名を知っている。誰が教えた」
ひええええっ!なんか地雷だった!
「だ、誰だったかな?忘れちゃった…。いや、名前呼ぶつもりじゃなかったんだ…気にさわったなら、ごめんなさい」
「そういえばフェイが私を呼んだことがあったか。フェイの奴…今日は掃除に消毒に治療器具の整備に書類の整理に報告書…」
「うわあああ…やめてあげてぇ…」
「なぜだ。全て通常業務だ。職員として当然の義務だ。普段きちんとこなしていないのが悪い」
うわぁ…仕事の鬼…。
誰だよ…さっきこいつに人の心があるなんて言ったの…。
そうかあれは…私の目が治ってホッとしていたのは…自分の治療が成功したことにホッとしていたんじゃないの!?
…その可能性は高いな。
…あまり人を疑いたくないけど…。
よし、深く考えるのはやめよう。
「そ、それより、風邪って、治してもらえないんじゃないの?薬ももらえないって聞いたよ。それに、看守には伝えたし。皆に伝染したくないって言ったら、独房に入れられて放っとかれたけど」
コールは眉をしかめて思案してる。
「軽度の風邪はわざわざ治療しないが、検査は義務づけられている。伝染の可能性が高いなら、治療室で隔離する。独房になど入れない。重症化したら、治療する」
えええ…だいぶ話がちがくない?マニュアル徹底してよ…ていうかイジメ?イジメなの?
「そして重症化していたら鍛錬は免除される」
な、なにぃぃぃ!?
私の風邪が重症化したのはいつ?鍛錬前?鍛錬後?前だったら免除されたの?いや、そんなの自分でわかるわけないし。…検査か!
「重症化してるか、検査するはずだったの?」
「そうだ。重症患者が鍛錬などをして魔力切れを起こせば、身体機能が極度に低下する。魔力切れは、ただでさえ、すぐに治療が必要なのだ。ウイルスに侵されていれば、大変なことになる。治療はそれだけ、面倒になる」
「ええ…面倒かけて…スミマセン…。でも看守は、検査のことなんて何も…。ああ…鍛錬休みたかったなぁ…」
コールがため息をついた。
「これは看守共の責任だな…。だが主任に報告したところで…あのクズがどうにかするとも思えない…。まったく面倒な…。なぜ私が尻拭いしなければならないんだ」
コールが憎しみに燃えている…!主任をクズとか呼んでる…!やっぱりあいつ、クズなんだな。コールが言うならよっぽどだな。
でも…看守の責任というのは正しいかもしれないけど…風邪が重症化するなんて、滅多にないのかもなぁ。
私の自己治癒力が低下しすぎなんじゃ…。全てはトゲタローのせいか。いや、トゲタローなんかにステータスを奪われた私の責任か…!?
…ぐすん。申し訳ない…。
これ以上コールに迷惑をかけないように、なんとしてでも、トゲタローからステータスを取り戻すぞ!
私は固く決意した!
第19話お読みいただきありがとうございます。マイアはステータス譲渡により体力や自己治癒力が下がりすぎ、そこへ主任が冷水を浴びせたので簡単に風邪を引き、適切な治療を受けられなかった上に鍛錬をさせられ、さらに魔力切れにより、重症化したというわけです。こう書くと散々な目に遭ってますね。かわいそうなやつです。




