第四十四話
心血武装、竜の城。
その名の通り竜が住む城を召喚する心血武装。普段は現実世界と隔絶された空間に収められている。言ってしまえば、以前黒蛇がミコトを助ける為に迷い込んだ、あの空間である。
しかし黒蛇の心臓は八人目の魔女、サヤの物。竜の城はシロクマ王国の魔女であるキズナが作り出した空間に収められている。
竜の城は現在、ラスティナによって召喚され、シロクマ王国南部森林の上空に浮遊中。ラスティナ達は城の中へと入り込み、現状の確認を行っている最中だった。この心血武装たる城には、四千からなる竜が住処としている。ある者は人間の姿で、ある者は竜の姿で、そしてある者は芸術品などに成りすまして。
そしてその数多居る竜の中には、特殊な能力を持つ者も居る。ラスティナがシロクマ王国の現状を理解するために今酷使している竜は、千里眼の力を持つ。その竜と目をリンクさせることで、ラスティナも千里眼を得たかのように、その力を使う事が出来た。
まずラスティナが確認したかったのは、先程襲ってきた奴等……では無く、魔女の安否。
魔女の心配などするだけ無駄だという事は分かっている。首を千切っても、心臓を抉りだしても生き続ける不老不死の存在。そしてシロクマ王国の魔女は、その元凶たる魔女。逆に、一体何をどうすれば死ぬのか想像出来ない程の怪物。
なので安否というのは悪魔で魔女の状態を知る為の事。千里眼で覗き見るのは無礼かとも思うラスティナだったが、もし先程の連中が魔女にもちょっかいを出していて、魔女が怒り心頭ならば世界は終わる。魔女は怒らせてはならない。その怒りを鎮めるのならば、数万の人間の命など安い。
「魔女様は……女の子を椅子に縛り付けて拷問中? この女の子どっかで見た気が……まあ、でも別に世界を滅ぼそうって気分にはなってないみたい。あいつらも流石に魔女様に手は出さないか……」
安心し、小さく溜息を零すラスティナ。その瞬間、千里眼で覗き見していたのがバレていたのか、目を合わせウィンクしてくる。思わず背筋を震わせ遮断する。
「流石は魔女様……っていうかバレて当然か、元々は魔女様の心血武装なんだから……」
今の一瞬でラスティナは冷や汗で床に海が出来そうだった。汗だくになりつつ、一度椅子へと着席して呼吸を整える。
「大丈夫か? 何が見えたんだ?」
そしてそのラスティナの傍で、優雅に紅茶をご馳走になっている小説家とシロクマが居た。メイドの姿をした者が、ラスティナにも紅茶を届けてくれる。このメイドも勿論、竜だ。
「なんでもないわ。それより小説家さん、貴方への尋問もしなくちゃね。なんで心血武装持ってたのか……」
「何でも何も、一方的に押し付けられたんだ。もう分かってるとは思うが、私はこの国の人間じゃない。わけあってって故郷に戻れなくて、しかも身を隠してないといけない。だから好都合だったんだろ。大事な物を隠すなら……」
小説家はあえて説明を省いたが、彼女は別世界の住人。リサや魔女達とはまた違う世界の。そんな小説家に鍵が託された理由は魔女しか知らない。鍵の所有者は否が応でも魔女の心臓が持つ呪いに侵される。実はこの世界中の人間がその呪いに侵されている。デジョンシステムという心血武装によって。しかし唯一、その呪いに侵されていない者が居るとするならば、別世界からやってきた人間のみ。即ち小説家やリサのような人間だけである。そのあたりに魔女が小説家へと鍵を託した理由があるわけだが、ラスティナにはそんな推理は不可能だ。何故なら彼女はデジョンシステムが心血武装だとは知らない。
「まあ、いいわ。それよりさっきの連中は何なのかが先決ね。レジスタンスには見えなかったし、神化したらしきパンダも居たから、この国の人間じゃない。この国の人間ならシロクマになってる筈だし」
「なあ、前から気になってたんだが……なんでこの国の大人はシロクマになるんだ? ミドだってきになるだろ」
「ん? いや別に。そんなの当たり前のことじゃない?」
ミドやシロクマ王国の住人にとって、大人になるイコール、シロクマ化するのは常識となっていた。それはラスティナもそうだった。魔女の側近となるまでは。
「本当に知りたいなら教えるけど……知ったら戻れなくなるかも。それでも……聞くの?」
ラスティナの雰囲気が一瞬、獰猛な獣……いや、未知の化物に変わる。どんな鈍感な人間でも分かる変化に、今度は小説家が冷や汗を。咄嗟に目を逸らしつつ、紅茶を飲むフリを。
「いや、無理にとは……」
「懸命ね。さて、国中から奴等を探すわけにもいかないし……とりあえず港を確認して……ん?」
ラスティナは千里眼で、とある港に停まっている船を発見した。その船は紛れもなく劇場船。最初はヒマつぶし程度に、団員の血を味わおうとしていた彼女だが、現在はそれどころではない。しかし劇場船がこのタイミングで来た事に違和感を覚える。
「奴等は劇団の……関係者?」
そのラスティナの呟きに小説家はすかさず反応。
「いや、それは無い。劇団船のメンバーを全員把握しているわけじゃないけど、奴等はあくまで劇団だ。あんな物騒な連中は居ない、パンダも居たら覚えてると思うし……」
「まあ、確かにパンダなんて居たら絶対客寄せに使いそうね。でもそんな話聞いた事ないから……劇団のメンバーって可能性は低いわね」
それでもゼロじゃないと言いたげなラスティナに意味深な視線を向ける小説家。その視線を無視しつつ、ラスティナは港から千里眼を王宮へと移す。
「……王宮と中途半端に離れた所に停泊してるのね。っと、居た……奴等、王宮を根城にしてる」
「は?」
シロクマ王国の王族が住まう城を、あろうことか奴等が根城にしている。奴等とは言うまでも無くオズマ達。
「王宮の中……なにこれ、死体だらけじゃない。レジスタンスに……王族も? 皆殺し?」
「な、なんだと!? おい、どうなってんだ!」
「私に言われても分からないわよ。でも見た感じ……王族はレジスタンスに殺されたみたい」
「は? いよいよ分からんぞ。なんでレジスタンスが王族を……。むしろ、レジスタンスは王族側の人間だろ? シロクマ王国は中立の国で、王族は魔女とは別の……」
「理由はさっぱりだけど、王族は皆……銃で撃ち殺されてる。それに対してレジスタンスは……まるで獣に食い殺されてたみたい。でも内臓は残ったまま。獣なら内臓は持ち帰るか食うか遊ぶかのどれかでしょ。他者をただ殺す生き物は人間だけよ。間違いなく神化した奴等の仕業ね」
ラスティナの推察は当たっている。レジスタンスは王族を皆殺しにし、オズマ達はレジスタンスを皆殺しにした。オズマ達の目的は王族の誰かを保護する事。とあるテロリストの依頼で。
「レジスタンスが王族を襲った理由は……なんとなく分かるわ。大方、魔女様に対して慎重な王族に痺れを切らしたんでしょ」
「お、おい、なんだその魔女に対してって……まるで王族が魔女をどうにかしようって企んでたみたいじゃ……」
「その通りよ。この国が中立だって言われてるのは、王族が国を仕切ってるからよ。他の国は魔女が統治してるんでしょうけど、生憎、この国の魔女は変人なの。自己破壊願望なのかは知らないけど、積極的に自分の首を絞めに掛かるのよ」
「つまりは、王族が自分の命を狙いに来るときを待ってたってことか?」
「レジスタンスなんて認めてるのが良い証拠でしょ。まあ、どう足掻いても魔女様を殺すなんて不可能なんだけどね。でも欲深い人間ならあるいは……って考えたのかも」
小説家は鍵を託された際、魔女と当然ながら会話をしている。その際に抱いた印象は、見た目に反して精神延齢が老人……だった。とんでもない落ち着きよう。人間は視覚が大半の情報源だが、魔女に至っては視覚よりもその態度が異様だったため、嫌でも印象に残っている。あれは間違いなく老人だと。
「……リリ姫君の死体が無い……」
王宮の死体を確認するラスティナはそう呟く。王族の唯一の一人娘、その遺体が見つからない。可能性はいくらでもあるが、ラスティナはオズマ達が保護したものが一番可能性としてあると考えた。中立の国、シロクマ王国の王族の娘、利用価値は計り知れない。
ラスティナはそれから、軍の施設や街の様子などを千里眼で覗き見ていく。軍は忙しなく動いており、街はいつもと大して変わらない。恐らく軍は既に王宮の現状を把握しているだろう。だが王宮へ突入していないことから、ラスティナはオズマ達の素性を察した。
「他国の軍人……それも有名な特殊部隊か何か? シロクマ王国の軍が足踏みしてるってことは、それなりに厄介な連中って事?」
「なあ、そういえば……なんであいつら、心血武装なんて持ってたんだ? あの巨人、心血武装なんだろ?」
小説家の言葉に、ラスティナは静かに頷く。確かに一番の疑問はそれだ。ラスティナはシロクマ王国から一歩も出た事も無いし、他国にも大して興味も無いので全ての心血武装を把握しているわけでは無い。だが心血武装持ちは基本的に魔女の側近。ラスティナ自身が例外なため、自信をもってそう言えないが、傍らに魔女が居なかった事が引っかかった。
「心血武装を持ってる以上、いずれかの魔女の側近であることは明白よ。でも気になるのは……あのオジサンじゃなくて、パンダが心血武装を持ってたって事。どう見ても一番厄介そうだもの。ルデアと生身でタメ張れる人間なんて……」
心血武装、竜の城の中で唯一、竜以外の存在。その正体は先代の心血武装持ちであり、魔女の騎士だった女性。自ら魔女の一部でありたいと願い、心血武装に取り込まれた。彼女無くして竜の城に住まう竜は統治出来ない。ラスティナとマリス、双方が揃っていても。
「あのオジサンが心血武装以上の切り札だったとしたら……相手の魔女は攻めのスタンスね。明らかに自国を守るだけなら、あのオジサンに持たせた方がいいもの。魔女の中に鼻息の荒い奴が居る。問題は心当たりが多すぎるってこと……」
喧嘩っ早い魔女などいくらでも心当たりがあるラスティナ。唯一無いと断言できるのはレスタード王国の魔女のみ。かの国は巨大な結界で国を覆い閉鎖している。それにその結界そのものが心血武装なのだ。もし現れたなら一発で分かる筈。
「シロクマ王国は中立の国なんて言われているけど、だからこそ敵が多いのよね。言っちゃえば、テロリストの温床になってるわけだし」
「なあ、それで……どうするんだ? 私達」
「しばらく様子を見るほか無さそう。魔女様は何してるのかよく分からないけど、今シロクマ王国はいろんな問題が同時におきてまさにカオスよ。これ以上問題が増えないように祈るばかりね」
意外そうな目でラスティナを見る小説家。
今ラスティナは本気で思っている。シロクマ王国で、これ以上無益な争いが起きないことを。
「ラスティナ……普通に良い奴だな。今まで遊んでるようにしか見えなかったけど」
「当然よ。私はただ、美味しいご飯にありつければそれでいいの。戦争でも起きて泥臭くなった血なんて……飲みたくないもの」
不敵な笑みを浮かべるラスティナ。
小説家はその笑顔に引きつった笑顔で答えた。




