第四十五話
シロクマ王国へと到着した劇団一行。しかしその矢先、リエナとリサが襲われるという事態へと。駆けつけたマギスによって難は逃れたの物の、何よりも劇団員の安全を優先するこの男は爆発寸前だった。
「一体どういう事だ! 今すぐ出航する! アルストロメリアへ舵を向けろ!」
否、既に団長は爆発している。看板女優と、メラニスタで保護したばかりの少女が拳銃で武装した男に襲われた。シロクマ王国からの依頼で公演に来たと言うのに、軍の警備がザル同然。マギスの拷問によれば、男はレジスタンスだと言う。中立の国ならではのトラブルだが、そんな輩が居るのは分かっていた話。団長の怒りの矛先はすぐさま軍へと向けられた。
「こちらとしても警備要員は十分な程に回している。今回の事はそちらの女優が勝手に出歩いたのが原因では?」
それに対し、劇団船へと顔を出したシロクマ王国の軍人は冷静な態度。それが余計に団長の導火線へと火を付けた。
「ふざけるな! 船と目と鼻の先に武装したレジスタンスが居たんだぞ! 一体どこ警備してんだお前等!」
「それについては弁解の余地は無い。しかし我々とて万能ではない。事前に通告しておいた筈だ、むやみやたらと歩き回るなと」
その会話を部屋の隅で縮こまって聞いていたリエナは、既に涙を流しながら俯いていた。団長と軍人の口論に驚いているのではない。目の前でリサが撃たれた事がショックだった。しかしリサは何事もなく傷は塞がり、着ていたコートが血で汚れた程度で済んだ。
「……なさい、ごめんなさい……私があの子を連れ出したから……」
絞りだすように謝るリエナ。団長は歯ぎしりしながら軍人を睨みつけ、さらに罵倒を浴びせようとする。だが軍人……一見インテリで金髪に眼鏡をかけた長身の男は、団長へと軽く手を翳し制止する。
団長に黙る必要など無かった。だが軍人の目、その幾多の修羅場を潜っているであろう、一切の光が宿らぬ深い暗闇のような目が、団長の口を閉じらせる。
「看板女優、リエナ。貴方に非は無い。先程はああ言ったが、団長殿の言う通り我々の警備が甘かったのがそもそもの原因だ。今後は更に堅牢な守りを約束する。外出する際は我々も同行しよう。だが極力、船の外には出ないで欲しい。必要な物があれば全て我々が用意する。どうかそれで矛を収めてくれないだろうか」
前半はリエナへの言葉だったが、後半は団長に対してだ。団長は今すぐにでもシロクマ王国から出立すべきだと考えていた。実際に銃で撃たれた人間が居るのだ、しかし何故ここまで軍が食い下がるのか、という疑問が団長の脳裏に浮かぶ。
「……随分都合のいい話だ。何故そこまで公演に拘る。あんたも人の子なら、家族同然の団員が撃たれて、はいそうですかと言えるのか?」
「……私に家族と呼べる存在は居ないから、返答に困るが……責任は感じている。しかし公演は魔女たっての希望なのだ。中止にされるわけにはいかないのだ。貴方も魔女に忠誠を誓っているなら分かる筈」
魔女が公演を望んだ? と団長は顔を歪ませる。それ自体は別に不思議ではない。しかし何故それにシロクマ王国の軍がここまでこだわるのだ。シロクマ王国の軍人は魔女にではなく、王族に忠誠を誓っている。魔女の意向をそこまで尊重するのは何故だ。
「シロクマ王国の軍はいつから魔女にそこまで従順になったんだ?」
「従順では無い、単純な世界の仕組みだ。魔女の機嫌を極力損ないたくない。この公演が中止になる事で、多少の小競り合いが起きるだろう。しかしそれが問題なのだ。魔女の絡む小競り合いは世界を滅ぼす」
確かに……と納得しそうになってしまう団長。しかし上手く話を纏められてしまった。軍人の男が言っている事は正論だ。だが劇団も団員が襲われている。幸いな事に怪我人は一人も居ないが。
「……わかった、だが次は無いぞ。次何かあれば俺達は母国へ帰還する」
「了解した。その際の警護も受け持とう。では、何かあればいつでも言ってくれ。食事も一級品を運ばせる」
「結構だ。食料だけあればいい。こっちにはいい腕前のコックがいるんだ」
「それは……結構なことだ」
まるで捨て台詞のように言い捨てながら、軍人は船の外へと。警備の再確認を行う為だろう。
「……リエナ」
団長に名を呼ばれ、肩を震わせるリエナ。叱責を受けるのは覚悟していた。だがリエナの精神状態はギリギリだ。何せ目の前で、自分と同じ境遇の少女が大量の出血をしながら倒れたのだから。
「船の外には出るな。どうしてもという時は……奴の言う通り軍人をこき使ってやればいい。公演までまだ時間はある。それまで休め」
「……」
リエナは無言で頷きながら部屋を出ていく。
そのまま団長は誰も居なくなった部屋で、煙草に火を付ける。大きく吸い、溜息を吐くように煙を漂わせる。
「こんな時に黒蛇が居たら……なんて言うだろうな。アイツなら……警備なんぞ要らん、俺達だけで十分だ……なんて言うかな」
「ほう、彼はそこまで信頼されているのか」
突然の声に背筋を震わせる団長。いつもいつも、何故この男は突然現れるのか。
「マギス……聴いてたのか?」
「一応は。それでいくつか気付いた事がある。報告した方がいいか?」
「ちょっと待て、いきなり言うな、一つずつ、ゆっくり言え。俺は魔女じゃないんだ。心臓が破裂すれば死ぬ」
マギスは鼻で笑いつつ、団長と同じく煙草を吸い始める。まるで団長に落ち着け、と言っているように。
「では一つ目から。さっきの男……リエナ達を襲った男はレジスタンスで間違いない。だが襲った目的を尋ねても答えなかった。というか知らない風だった。指示を受けてただ襲っただけのようだ」
「なんだそりゃ……」
「二つ目、最初も団長殿が気にしていた、何故当初通達された港とは別の港に誘導されたのか、についてだが……昨夜、この国の南部の森に巨大な浮遊する島が現れたらしい。恐らく……心血武装だ」
思わず煙草を吸うのを忘れてしまう団長。灰が煙草の先端から零れ落ちる。
「おいおい、何が起きてんだ、この国で」
「それはまだ分からないが……シロクマ王国の心血武装持ちは双子の姉妹だ。あぁ、これは機密扱いだから俺が喋ったってことは黙っといてくれ。何せオズマも知らないくらいの情報だ」
「誰に言うんだ、俺が……って、ちょっと待て、南部の森って言ったか?」
「あぁ」
「……まさか……」
「どうした、団長殿」
団長は煙草の火を消し、一人の人間の安否を案じていた。その人間とは、今回演目する劇の原作者である小説家。
「いや、知り合いがそのあたりに住んでるんだ。マギス、ちょっと……」
「やめておいた方がいい」
「まだ何も言ってないぞ」
「安否を確認してこいと言うんだろう。今この国の状況は不安要素が多すぎる。ただの知り合いの安否確認のために、護衛を削る真似をしてどうする」
お前は役者だろ、という言葉を飲み込む団長。確かにマギスは護衛としては超強力。しかも完全に信頼しているわけでも無い。小説家の安否確認には、最も信頼する人物に向かってもらいたい。だがそうなれば船の警護が薄くなる。
「くそっ! こんな時に黒蛇が居れば……」
そうだ、黒蛇ならばこんな時、適格な人事を推薦してくれる。だが団長は護衛陣の中で信頼している人間といえば、黒蛇とヴァイオレットくらいのものだ。
「仕方ない、ヴァイオレットに頼むか……」
「おい待て、俺の嫁に何をさせるつもりだ」
「誰が誰の嫁だ! 言っとくがな、ヴァイオレットは俺にとっても妹みたいなもんなんだ。お前みたいな奴に妹を嫁に出す馬鹿が何処にいる」
「その妹を、心血武装が展開されている森の中に放り込むのか?」
尤もな意見に黙る団長。その時、先程の軍人が二人が居る部屋へと入室してきた。マギスと目を合わせる軍人。一瞬だけ目を細め、睨みつけるように。だがほんの一瞬。
「失礼する。劇団の人間だという少女が一人訪ねてきているのだが……」
「……あ?」
団長は首を傾げる。シロクマ王国に来て、現団員だと名乗る人間が訪ねてきた。当然ながらシロクマ王国に劇団員など居ないし、過去に置き去りにした事など勿論無い。
「どんな……少女だ?」
「黒髪の……腰まである長い髪に、白いワンピースを着ている。一見何の変哲もない少女だが……目が独特だったな。目を合わせただけで殺されるかと思った」
何言ってんだコイツ、と思わずマギスへと意見を求める団長。しかしマギスは更に分からない。
「団長殿、とりあえず……話だけ聞いてみては? 現団に入団希望なのかもしれんし……」
「いや、んな事言われてもな……。こんな状況で……」
少女に化けた何者かもしれない。しかしマギスはそんな団長の思考を読み取ったのか、何かあれば自分から仕掛けると耳打ちする。それもどうかと思う団長だったが、とりあえずマギス立ち合いの元、会ってみる事に。
「分かった、通してくれ」
「……了解した」
それから数分後、団長とマギスの目の前に現れる黒髪の少女。
その長い髪を見て、思わず黒蛇を連想してしまった団長だが、その直感は、その目を見て確信に変わる。
「……いや、お前どうした?」
少女は何も答えない。そしてマギスの姿を確認すると、あからさまに嫌そうな顔を。
「なんで……ミシマ連邦の大佐がいるんだ。というか、ちょっとやつれたか? 団長。俺だ、黒蛇だ」




