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第四十三話

 “記憶が無いというのは嘘じゃない。現在進行形で、記憶は薄くなってきている。まるで自分が何か別の物に変わっていくように。何かに侵されていくように”



 劇団船はシロクマ王国という国に到着したらしい。私はミー子をお腹のポッケへと大事に抱えながら、船の物置から慌ただしく荷物を運び出す劇団員を目で追っていた。私は邪魔にならないように隅の方で突っ立っている。何か手伝いたいと思い手を出そうとすると、まるで腫れ物のような扱いをされてしまう。


 もしかして、もうみんな知っているのだろうか。私が人間ではないと言う事に。私は魔女という存在になったらしい。この世界では魔女は絶対の存在。国を支配する者達。


 正直、そんな存在に自分がなったとは思わない。魔法らしい魔法は使えないし、ただ死なないだけだし。拳銃であの男に頭を撃ち抜かれても生きていた、異常な体。一体、私はどうしてこんな体になってしまったのだろう。


『そんな悲しそうな顔しないで、ほら、冒険を楽しもう』


 カンガルーのようなお腹のポッケから顔を出し、私に囁いてくるミー子。このポッケは劇団員の人に付けてもらった。こっちの方が可愛らしいから、という理由で。私もかなり気に入っている。


「ミー子……とても冒険なんて気分じゃないよ。私はよく分からないけど、なんだか皆大変そうだし……」


 ミー子の頭を指先で撫でつつ、会話する。私は人間以外と会話する事が出来る。恐らくこれも魔女としての力なんだろう。よく分かってないけど。

 そして会話出来るのは動物だけじゃない。あの変な機械からも声が聞こえた。あの時、私が助け出された時にこの船を襲った、空に浮いてる機械。


「エレメンツ……ってクロさんは言ってた……なんなんだろ、私、なんでアレと喋れるんだろ」


『知りたいなら、知ってる人に聴こう。このシロクマ王国の魔女に』


 いや、でも魔女ってお偉い人なんでしょう? 私みたいな小娘がお目通りを願った所で叶う筈がない。クロさんによると、魔女は世界に七つしかない国を支配している存在。きっと大きなお城に住んでて、何千人の騎士に守られてて、滅茶苦茶派手なドレスを着た人に違いない。


「というか、この国ってシロクマ王国って言うんだね。なんか可愛い。シロクマだって」


『君の世界でどうなのかは知らないけど、シロクマは賢者として尊敬されてる存在だよ』


「賢者? え、動物じゃないの?」


『始まりの賢者と呼ばれる三人……三匹? のシロクマが居て、その人達がこの国を作ったと言われてるの』


「作ったのは……魔女じゃないんだ」


『この国の魔女は最初、大きな脅威からシロクマ達を守ったと言われてるらしいよ。詳しくはしらないけど。この国の人に話を聞けば、昔話とか聞けるんじゃないかな』


 昔話……。シロクマ達を救った魔女。まあ、興味があるような無いような。

 でもこのままここに突っ立っているより、外に出て散歩した方がよほど有意義だろう。というかちょっと大地を踏みしめたい。あの地下牢からこっち、ずっと船の上だったし。


「よし、外に出てみよう!」


「駄目に決まってるでしょ」


 いつのまにか後ろに人がいた。というかリエナさんだ。この劇団の看板女優にして、私のお世話係を命じられた人。


「なんでダメなんですか? 私こんなに元気なのに!」


「だからよ。迷子になったらどうするのよ。シロクマ王国の大半は森なんだから……遭難したら二度と帰ってこれないのは有名な話よ」


 そうなのか……。たしかに森で迷ったら帰ってこれる気がしない。


「でも……外に出たいなら私が付いて行ってあげる。私も気分転換したいしね」


 リエナさんは何処か遠い目だった。疲れ切っているのが分かる。これから公演なのに。


「リエナさん……もしかして……」


 あの人のせいだろうか。ここ連日、ウェストンさんの息子さんに演劇指導をしていたリエナさん。素人の私が言うのもなんだが、その人は無茶苦茶演じるのが下手だった。緊張しているわけでもないのに、体の動きが……簡単にいうと気持ち悪い。可愛い犬が突然、ドジョウすくいを始めるくらい。


 でも外に出れるなら出たい。ここは異世界だというのに、私はまだこの世界の空気を全く味わっていない。きっとファンタジー感あふれる世界なのに、まだ暗い地下か船の上なのだ。もっと……そう、ミー子の言う通り冒険がしたい。


「じゃあ私は支度してくるから……あぁ、貴方も着替えた方がいいわね。お洋服見繕ってあげる」


「あ、ありがとうございます」





 ※





 シロクマ王国の港町、空を駆る船は海にプカプカ浮いていた。

 そして船から降りて、私は空を仰ぐ。船の中に居ても甲板に出れば空は見えたけど、やっぱり違う。今は青い空が無限に広がっていて、少し冷たい空気が気持ちい。


「あ、そうだ。ちょっと出かける前に注意事項」


 私が空を見上げてポーっとしていると、リエナさんは私のほっぺに人差し指でつつきながら


「シロクマがそのあたりうろついてても、驚いたり喜んで抱き着いちゃダメよ。この国のシロクマは、みんな元々人間だったんだから。っていうか今も人間だけど」


 それは、あれだ。神化(しんか)というらしい。ウェストンさんが教えてくれた。ウェストンさん自身も神化した人間で、さらに実験を繰り返して覚醒? みたいな感じになって完全な犬になってしまったとか。


「分かった?」


「はい、シロクマを見てもモフモフしたりしません!」


「よろしい」


 ちなみに私とリエナさんは暖かいコートに身を包んでいた。シロクマ王国は南極……とまではいかないけど、中々に寒い地域らしい。でも私は中々に快適な気候だった。確かに寒いけど、そこまで凍える程じゃない。私は寒さには強い方だ。あの地下で更に鍛えられたような気もする。もう思い出したくもないけど……。


 ……?

 思い出す? あれ、私……あの地下で何をされてたんだっけ。

 ウェストンさんが美味しい焼き立てのパンをたまに持ってきてくれて……それをミー子に少しわけてあげて仲良くなって……


 そういえば、私を助けてくれたあの人は……どんな顔をしていたっけ。

 イケメンなのはなんとなく覚えている。でもなんだかよく……思い出せない。


「どうしたの? いくわよ」


「あ、はい」


 私は思い出せないのは、きっと疲れているんだと思い込んで、今は初めての異世界探索を楽しもうとリエナさんの隣へと。リエナさんは私がはぐれないようにと、手を繋いでくれる。


「えへへへへへ、リエナさん、まずはどこに行くんですか?」


「なにその笑い……。まずは腹ごしらえよ。シロクマ王国名物……ニクマンを食べに行くわ」


 ニクマン……肉まん?

 この世界にも肉まんが? まあ寒いし丁度いいとは思うけど、まさかリエナさんの口から肉まんが出て来るとは思わなかった。


「肉まんって……ふわっふわの生地の中に肉が詰まってる……あの……」


「あら、知ってるの? シロクマ王国に来たらまず食べろって言われてる料理でね。私一人じゃ食べきれないかもしれないから、貴方も誘ったの」


 ちょっとまって。

 一人じゃ食べきれない肉まんって何? 確かにリエナさんは細いが、あの程度食えなくてどうやって生きているのか。


 いや、まて、冷静になるんだ。もしかして、この異世界の肉まんは私が知ってるサイズ感ではないのかもしれない。むしろそうだ。私が知ってる肉まんは手の平よりも少し大きなくらいだが、この世界の肉まんはもしかしたらその二倍くらいかもしれない。


 

 私はそんな事を考えながら、港町をリエナさんと一緒に散策する。ちらほらと飲食店らしき店は出ているが、営業しているようには見えない。シャッターは降りてないが、人の気配がしないのだ。


「おかしいわね、もっと前は賑やかな街だったのに」


「何かあったんですかね」


 そういえばシロクマ……何処にもいない。リエナさんが注意喚起してくるくらいなのだから、その辺に居ると思ったけど……。


「なんだか少し不気味ね。船に一旦……」


 戻ろうとリエナさんが言ったその時、人影がチラッと見えた。リエナさんには見えていない。その人影は拳銃を構えている。


「リエナさん……っ!」


 思わず私はリエナさんの前へと。同時に銃声がし、私はそのまま吹き飛んだ。派手に血しぶきを飛ばしながら。


 痛い、死なないと思ってても痛い。でもこの程度の痛み、あの地下で味わった事に比べれば全然マシだ。あの地下で何をされたのかよく覚えてないけど。


「え?」


 リエナさんは呆然としている。


 あ、やばい、今度はリエナさんが……私は死なないからいいけど、リエナさんは……。


「リエナさ……にげ……ゴブファ!」


 血が喉から溢れて上手く息が出来ない、やばい、これは苦しい、え、っていうか苦しい、マジで苦しい、私死ねないから、ひたすら苦しい? 


 早く、早く血を吐かないと……いや、でも無限に溢れてくるようで……

 いや、それよりもリエナさん、逃げて……


「ちょ、ちょっと! やだやだ、起きて……しっかりして!」


 リエナさんが私を抱きかかえてくる。

 大丈夫だから、私は死なないから。

 あ、血が止まってきた。ほら、もう大丈夫。それよりも早く逃げて、まだ拳銃を持った男が……


「これは……どういう事だ」


 その時、いつの間にかそこにはウェストンさんの息子さんが駆けつけていた。

 拳銃を持っていた男は……あぁ、倒れてる。でも死んで……ないよね?


「マギス……! 彼女を早く劇団船に……」


「だ、大丈夫です、もう……」

 

 何事も無かったかのように起き上がる私を、リエナさんは異様な物を見る目で。

 それはマギスさんも同じようで


「君は……魔女なのか? そういえばメラニスタで魔女が開発されているという話を……あの男から……」


 あの男?


「その不死の体は魔女以外にありえない。君は一体どうやってその体を……」


「やめなさい! そんな話をしないで!」


 マギスさんの言葉にリエナさんは怒鳴る。私を気遣ってくれてるんだろう。人間以外になってしまった私を。


「とにかく船に戻りましょう……マギス、その拳銃男……船に連れてきたりしないでよね」


「……あぁ、適当に尋問してから海に捨てる」



 いや、捨てるって……。

 

 そのまま私はリエナさんに肩を抱かれたまま船の中に。

 リエナさんの手は震えていた。そりゃ、胸を打たれて大量出血しても生きている人間なんて、異様としか言いようがない。私は人間じゃない。私は……魔女なんだ。




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