第四十二話
オズマ達がラスティナ達を襲撃して一二時間後。劇場船はシロクマ王国へと到着した。しかし当初では、王宮付近の港へと停める予定だったが、何故かシロクマ王国の軍によって全く違う港へと先導された劇場船。
団長は首を傾げる。予定を変更するのは別に構わないが、何かトラブルがあったのかと思ってしまう。今の団長はトラブルに敏感だ。何せここまでトラブル続きだった。
「どうした団長殿。訝し気な顔を浮かべて」
「……なんかお前、言葉使いが……」
日常会話ではほぼほぼ使わないであろう、訝し気、という言葉を使われて怪しい目線をマギスへと送る団長。マギスはここ数時間、寝ずに劇の練習に明け暮れていた。その成果もあって、頭の中に普段とは違う思考が駆け巡っている。
「妙な気分だ。今の私なら何でもできる、そんな気がしてくる」
「頼むから気分だけにしてくれよ。そして早速だが……軍の様子がおかしい。トラブルだと思うか?」
団長はマギスへと、停泊する港が急遽変更された事についてマギスに相談する。マギスを頼るのは癪だが、軍についてならば右に出る者は居ないだろうと。
「可能性はいくらでも推察出来るが……。シロクマ王国の軍は魔女にではなく、国王に準じている。王族の安全を考慮し直したのではないのか?」
「こんな直前でか。なら最初から王宮には近づけさせなければいい」
「まあ確かに気になるが……。なんなら探りを入れてみようか。何、軽くノックするだけだ」
「嫌な予感がするから止めろ。とにかくトラブルは御免だ。俺達はここに劇団として来たんだ。それを忘れるな」
「了解」
そのままマギスは眠そうな目を見開きつつ、団長の元から去っていく。代わりにと、ラスアが団長の私室へと入ってくる。
「団長、シロクマ王国の軍の人が支部に顔を出せって言ってるわ」
「あぁ、分かった……」
「……何か気が進まないようね」
団長は眉間を抑えつつ、小さく溜息を。
「嫌な予感がする。軍が予定を急遽変更するってことは……何かトラブルがあったって事だ」
「……あったって不思議じゃないわ。メラニスタでは魔女の開発、ニア東国ではクロの花嫁強奪、極めつけにこの船にはミシマ連邦の大佐が乗り合わせているんだもの」
「……なんでこうなった。俺は純粋に劇団を……」
「勿論よ。私達は劇団として活動するだけよ。貴方も私もリエナも……そして亡くなった団長も、最初はたった四人の劇団だった。それがここまで大きくなって、これからじゃない。多少のトラブルになんて負けてられないわ」
いつになく強気なラスアに、団長は思わず笑みを浮かべてしまう。
単純に嬉しかった。こんな目にあっても、劇を披露する事を諦めない人間が居る事に。
「そうだな。俺達は……ひたすら進むだけだ」
「そうよ。それに何かあっても……頼もしい護衛が居るじゃない」
護衛、と聞いて団長は黒蛇の安否を気に掛ける。
黒蛇は無事だろうか、アルストロメリアの特殊部隊は、無事に黒蛇を奪還する事が出来たのだろうか、と。
※
一方、当の黒蛇もシロクマ王国へと上陸を果たしていた。ただし魔女に掴まったまま。今は魔女の隠れ家で椅子に縛りつけらえている。黒蛇は魔女なのだから魔法で縛られるかとも思ったが、今は単純にロープで後ろ手に縛られているだけだった。この程度の縛りなら、黒蛇はいとも簡単にぬけだす事が出来る。だが抜け出したとして、魔女には筒抜けだろう。
「俺をどうするつもりだ……あんた」
「別にどうもしないよ。ただ……君にしか出来ない事を頼むだけだ」
「……俺にしか?」
「君は……心血武装を手放してその姿になった。今から一通りの基礎知識を君に与えよう。どうせサクラからは何も聞いていないんだろう?」
黒蛇は渋々頷く。そして少女の姿になった黒蛇の前に置かれる姿見。今はいつの間にか着替えさせられたのか、白いワンピースに身を包んでいた。
「さて、結論から言おう。君のその体の変化は、ある意味正常な状態に戻ったと言える」
「……正常? どういうことだ、俺は男だ」
「ある意味だと言っただろ。心血武装という物は、そもそもの話魔女の心臓だ。君は今まで何度、心血武装を使った?」
黒蛇は俯きながら考える。
何度……と言われても、育ての親であるサクラに訓練だと言われて幼少の頃から、心血武装の扱い方は習っていた。その時、幾度も使用した……ような気がする。
「覚えてない」
「なら私が教えよう。君は心血武装を使用した事など一度も無い。ただの一度もな」
「いや、使ってたぞ、結構何度も……」
「ならそれは心血武装では無い。恐らくサクラが用意した魔導書の類だろう。言い当てようか、君の心血武装と思ってる物は、本だ」
合っている。物の見事にいい当てられた。黒蛇は渋々頷く。
「いや、まて、あんたさっき、俺が心血武装を手放したからこの姿になったって……」
「そう、確かに君の持っていた物は心血武装だったんだろう。だがほんの一部。例えるなら、私の心臓たる心血武装は竜の城を召喚する。その竜、一匹だけを君に託したようなものだ」
「何故……いや、それが本当だとして、そんな事をサクラ……魔女様がして何になる」
「君を押さえつける為さ。サクラはまだ赤子だった頃の君を拾い、育てた。でも君は魔女に匹敵する力を持って……いた。そういった人間は、この世界にまま出現する事がある。私達はそんな彼らを見つけるなり、処分しているがね」
「処分って……」
「間引きという奴だ。巨大な力を得た者は暴走し、世界を滅ぼしかねない。覚醒体と呼ばれる者達も、その中の一つだ」
覚醒体、黒蛇はミコトがその状態になった事を思い出す。
と言う事は、もしミコトの存在が明るみに出れば処分されてしまうと言う事か、と表情には出さず思考する。
「で……俺がそうだと?」
「君はまた特殊でね。ここから少し話が壮大になってくるが、ついてこれるかい?」
魔女は姿見へと、まるでテレビのように映像を流し始めた。そこには戦場のような火の海が映し出される。
「何処だ、これは……」
「こことは別の世界……私達の世界と言えば分かるかな。つまりは異世界だ。その世界では戦争が絶えず行われていた。もはや戦争が経済を潤す程にね。私達にとって、戦争とはビジネスだった」
「私……達?」
「そう、私達、魔女は元々……少年兵だったんだ。あちらの世界ではね。きみの敬愛するサクラも……五歳の頃、すでに大の大人を殺している」
黒蛇は母国の魔女を思い出す。サクラはワガママ一つで軍を動かす、ひたすら手のかかる子供のような性格。しかし時折、ベッドの上で魘されているのを何度か見た事がある。終わらない悪夢を見せつけられているかのように。
「軍に所属していたのか?」
「それならまだマシだったかもしれない。私達が所属していたのは……とある企業だ。しかもかなり怪しい製薬会社でね。私達はある日、人体実験のサンプルとして扱われた」
「人体……実験?」
「一種のカルト教団のような企業だった。人体に眠る可能性を開発するとか何とか……。私達は様々な薬品を投与され、終わらない悪夢を見せつけられた。その中でも凶悪だったのが、殺人鬼に延々と殺され続けるという物だ。それが最後の実験になったわけだが……」
古い一軒家。そこに放り込まれた十人の少年少女と一人の殺人鬼。毎夜毎夜皆殺しにされ、次の日には全員何事も無かったかのように元に戻っている。
「それが幻覚……夢だと気づいた時には全てが終わっていた。私達は彼らの望み通り、異質な力を手に入れ……企業の人間を皆殺しにした後だった。そのまま世界を滅ぼしても良かったんだけどね、それは神様が許してくれなかった」
「異質な力……魔女としての力か?」
「魔女……というのは物のたとえのような物だ。その力がまるで魔法みたいだったから、私達は魔女を名乗っただけさ。そしてその力とは……願望や好みに左右される常識を改変する力。私の場合、生き物の死を拒絶する事が出来た。要は不老不死だ」
「まさか……魔女が不老不死なのは、あんたの力なのか?」
「そうだ。私が魔女全員に呪いをかけてやった。尤も、それを知っているのはミシマとサクラだけだけどね。あの二人は……元々は兄妹なんだ」
「……な、何?!」
ここにきて信じられない事実を知る黒蛇。
しかし言われてみれば納得する部分は多かった。かたや世界を三度滅ぼせる程の軍事力を持った巨大国家の魔女。かたや技術の進歩を拒み、主に蒸気機関を愛する魔女。
この二人は対照的だ。アルストロメリアでは世界の流れに逆らえず、様々な兵器やデジョンシステムを取り入れて近代化してはいるが、魔女の意思は変わらない。サクラは今でも、自分が住まう街では蒸気機関を徹底している。
そんな二人が、今まで幾度となくトラブルになる事はあった。しかし不思議と戦争までには発展しない。何故かミシマ連邦が身を引くからだ。そしてアルストロメリアも、それを受け入れる。
今までそれは軍の成果だと思っていた。自分達の技術力、軍事力はミシマ連邦すらも引かせる程なのだと。しかしそれは違った。もっと単純な話、兄が妹に根負けしただけなのだ。
「次に進んでいいかい?」
「ちょっとまってくれ……話が急すぎて……」
「この程度で驚くな。サクサク行こう。ちなみにミシマだよ、魔女全員を不老不死にしろと言ったのは。彼は復讐したがっているんだ。この世界そのものに」
「復讐……?」
「あぁ、魔女は元々……八人居た。今国を御している七人と魔女、プラス一人」
シロクマ王国の魔女は、あえて八人と告げる。本当は十人だ。だが黒蛇に、九人目と十人目の存在を明かすのは早いと踏んだ。
「八人……だと?」
「あぁ、その八人目の魔女は……私達が殺した。君も知ってる昔話の内容だよ。私達魔女は、この世界を支配していた神を殺し、世界を救った……という尤もらしい昔話」
「まさか……」
「そう、神様なんて元々居ない。八人目の魔女が暴走したから殺しただけだ」
黒蛇はもはや頭がついて行かない。神が居たなんて信じては居なかったが、まさかそんなオチだったとは。
「その八人目の魔女の名前は……サヤ。何を隠そう、ミシマの恋人関係にあった女性だ。そしてサクラが姉として慕っていた人物だった。あの二人は最後までサヤを殺す事に反対していた。当然だ、家族みたいな物だったからな」
「暴走したと言ったな……何がどうなったんだ?」
「サヤの力は巨大すぎたんだ。元々、この世界に私達が渡り来たのもサヤの力だった。彼女の力は世界そのものを構築するというとんでもない物だった。彼女はただ望んだだけだ、私達が幸せに暮らせる、平和な世界を」
「世界を構築?」
「そう、この世界はサヤが作り出した物だ。だが世界を創造した時、彼女は暴走した。作り出した世界を、また無に帰す所だったんだ。そして魔女達はそれを否定した。サヤを含めてね」
「含めて……?」
「彼女が自分を殺すよう、魔女達に訴えたんだ。この世界は滅びてしまう、自分を殺せば崩壊は止まるかもしれない、と。だが当然、ミシマとサクラは納得するわけもない。私もそうだった。サヤは親友だったしね」
「他の魔女達は違ったのか?」
シロクマ王国の魔女は沈黙する。
黒蛇はその沈黙は何だ、と疑問に思う。
サヤを殺す切っ掛け、最初に殺そうと言い出したのは十人目の魔女。
その十人目の魔女は既に死んでいる。シズクが殺した。オズマ達に心血武装を与えた魔女が。
「まあ、違ったんだろうな。他の魔女達は……サヤを殺そうとしたよ」
「……?」
黒蛇は直観的に、そのセリフは嘘をついていると感じた。
普段劇団の中に溶け込んでいる黒蛇は、その演技がかった言動に疑問を覚える。
「さて……何故こんな話をするのかと言えば……デジョンシステムだ。何を隠そう、サヤの心血武装はデジョンシステムなんだ」
「……待て、頭が追い付かない」
「いいから聞け。今は聞くだけでいい。必要な時に思い出せればそれでいい。サヤは魔女だ。だが私が呪いをかける前なのだから、普通に死ぬ。だが彼女の心臓にだけ……私が呪いをかけた。それがデジョンシステムという形に残った」
「何故そんな事をしたんだ……いや、そのおかげでデジョンシステムがあるのか……」
「勿論、便利に暮らす為なんて理由じゃない。ミシマはもうその時、復讐の段取りを建てていたんだ。サヤを殺したのはこの世界そのものだ。この世界が構築されなければ、彼女は死ぬことは無かった」
「滅茶苦茶だ、この世界を作り出したのはサヤとかいう魔女なんだろうが。自業自得だろ」
「ミシマはそうは思わなった。そして彼は、その復讐のために二千年かけてデジョンシステムを世界に広めさせた。だが問題が生じた。デジョンシステムというのは心血武装。言うなれば、デジョンシステムを扱う人間全て……心血武装持ちと言う事になる。まさに、君と同じ状態だ。心血武装の一部を持たされた、君とね」
「話が見えんのだが……」
「君は心血武装の一部を手放してどうなった?」
「どう……とは? 体が変化して……って、ちょっと待て」
「最後に……サヤがどんな女性だったかを見せようか」
姿見に移される女性。
その姿を見て、黒蛇は開いた口が塞がらない。
「見覚えがあるだろう。それはそうだ。今の君の姿……その姿をもう少し成長させれば……こうなる」
「待て待て待て……一体……」
「君は……サヤの心臓を受け継いだ人間なんだよ。ミシマを止める為に……サクラが君の中に隠しもっていたんだ」
「何……?」
「そして異世界に渡りくる人間達……彼らは皆、サヤの代替品。第二のサヤを作り出す為に召喚された者達だ」
カルト集団のような企業は、魔女を作り出す事に成功した。
それは拷問のような薬の投与を繰り返して。
そして黒蛇は知っている。
拷問を受け続け、魔女と近しい力を手にした少女が居る事を。




