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第三十四話

 夜空に一隻の船が停泊していた。ここは何処の国にも属さない空域。無法地帯と言われればそうだが、今彼らにとっては尤も安全だと言える場所だった。何せ事情は分からないが、ミシマ連邦の大佐を乗せているのだから。


 劇団船は完全に空中で制止していた。これもデジョンシステムのなせる業。その座標を指定すれば、どんな物体でも留める事が出来る。ただし勿論の事、それなりの設備と技術者が居て初めて成せる技だが。


 船室の中は静まり返っていた。劇団の面々は就寝に。その中で起きている人間は団長ヴァレス、そしてヴァイオレット。団長は何故こんな事になったと頭を抱え、ヴァイオレットは医務室でミシマ連邦の大佐、マギスの看病に当たっていた。


 医務室の中で聞こえてくるのは、先程まで悪戦苦闘していたグラントの鼾のみ。マギスは一命を取りとめ、静かに眠っていた。その傍らでヴァイオレットは看病している。ただし看病と言っても、監視という意味合いが強かった。何せ相手はミシマ連邦の心血武装持ちなのだ。二十年前の戦争で活躍した英雄の腹心と言われた男。言わずもながら、その英雄とはオズマの事だ。


 ヴァイオレットはマギスの額のタオルを交換しつつ、時折歯を食いしばるマギスの表情を静かに見つめる。魘される、とはまた違う。別に呻き声を上げるわけでも無い。ただ歯ぎしりを繰り返し、汗を流し続ける。ヴァイオレットはその表情に見覚えがあった。三年前のあの日、黒蛇がオズマとゼマに襲われ大怪我を追い、数日ミシマ連邦で拘束された後、こうして黒蛇の看病をしていた。


 酷い怪我だった。肩口から胴体までを、まるで獣の鍵爪で引き裂かれたかのような怪我。ミシマ連邦の方で応急処置はされたようだったが、それでも重症には変わりは無い。あの時劇団船にグラントが乗り合わせていなければ黒蛇の命は無かっただろう。


「……み……ず……」


 その時、マギスがそう呟いた。ヴァイオレットは顔を覗き込みつつ、傍にあったポットから水をコップへと汲み……そのまま自分で飲み干した。


「ぷはー……水か? 水が欲しいのか? そんなに飲みたければ私に懇願するがいい!」


 シーン……と静まり返る医務室。ヴァイオレットはかつて黒蛇へ大怪我を負わせたミシマ連邦の関係者に陰湿な仕返しをしていた。しかし一瞬で我に返ると、素直にマギスの口へと少しずつ水を含ませる。


「……ここは……」


 そしてマギスはうっすらと目を開ける。そして目の前のヴァイオレットの顔を見て、次に彼女が来ているアルストロメリア軍のジャケット、その紋章を見ると顔の色を変えて起き上がろうとした。


 だが当たり前のように体は動かず、さらにヴァイオレットによる追い打ちが。ヴァイオレットはマギスの負傷した腹を押さえつけ、そのままベッドにくぎ付けに。


「……っが……! き、君は……」

「状況判断能力が高いのは流石ですが……貴方を助けたのは成り行きです。私は今でも貴方を殺した方がいいと考えています」


 ヴァイオレットの瞳は闇に落ちていた。劇団船に乗り込む前、ひたすら軍役についていた頃のように。


「ここは……アルストロメリアの……基地か?」

「いいえ。ここは劇団船です。貴方は船の甲板に落ちてきました」

「そ、そうか……あの時の船は……劇団船だったのか……」


 マギスはヴァイオレットの瞳を見ながら、そろそろ腹から手をどけて欲しいと懇願する。

 だがヴァイオレットは更に押さえつけた。どの口がそんな事を言えるのかと。


「憶えてますか? 三年前、貴方方は私の恩人に大怪我を負わせた。貴方がミシマ連邦の最高幹部なのは知っています。だからこそ殺したい。このままいっそ、内臓を引き釣り出して……」


 その時、再び我に返るヴァイオレット。腹から手をどけると、そのまま何事も無かったかのように丸椅子へと座り直した。その瞳はいつものヴァイオレットに戻っている。


「……三年前……劇団船……あぁ、黒蛇の事か……」


 マギスは限られたワードから答えを導き出した。死にかけで、今目覚めたばかりだと言うのに、頭の回転が速い。それは優れた軍人だからというわけでは無く、彼が強化人間であるからかもしれない。それとも全く別の要因が彼の頭を覚醒させたかもしれない。


「……一度、直に会って礼を言いたかった、彼には」


 ヴァイオレットはその言葉を聞いて、頭の血管が千切れそうになった。黒蛇に大怪我を負わせておいて、何が礼だと。しかしマギスは本心からそう思っていた。


「黒蛇が殺した男は……手の付けられない暴君だった。いつかオズマが殺すだろうと皆思っていたが、そうなれば国が終わる。オズマが手を出せば確実に国が二つに割れていたからだ。だから彼には感謝してる」


 尤も、今現在オズマはクーデターを起こし、二万人の軍人が寝返った。更にオズマの方へ流れる人員も居るかもしれない。そうなれば本格的に国が割れたと言わざるを得ない状況になる。


「……じゃあ、何故黒蛇さんにあんな仕打ちを……」

「……それは、すまない。言い訳にしか聞こえないだろうが、あの時はああするしかなかったんだ。俺も黒蛇の侵入には気が付いていた。だがその目的が暴君の暗殺だと察した時、放置した。その後黒蛇を逃がすにしろ、一度拘束しなければ軍としての体裁を保てない。身勝手な言い訳だが、君も軍人なら……」

「私はもう軍人ではありません。ありませんが……なんとなくそれは分かります」


 ヴァイオレットは頭をクシャクシャに掻きむしりながら、ああ、もうっ、と独り言を。


「分かってます、分かってるんですよ、本心では。でも酷いじゃないですか。私の恩人にあんな事して……それで何で団長もグラントさんも……貴方をこんな必死に助けようとして……」

「……礼を言わないとな。君にも……ありがとう」


 目を丸くするヴァイオレット。

 マギスの印象が、随分聞いていた物と違っていたからだ。オズマの腹心にして心血武装持ち。しかもその心血武装は無限の艦隊を出現させ、容赦ない攻撃で目標を完全破壊する物。しかも本人は強化人間。こんな人間のような事が言えるとは思えなかった。


「……もう少し、眠った方がいいです。私が邪魔なら消えますので、ごゆっくり……」


 そうして立ち上がるヴァイオレット。だがマギスはそんなヴァイオレットの細い手首を掴んだ。マギスはまるで甘えるように


「ここに居てくれ」

「……まあ、貴方がそういうのであれば……」


 再び丸椅子へと座るヴァイオレット。マギスはヴァイオレットの手首から手を離すと、今度はその手を弱い力で握ってくる。


「あの……私の手が何か? 美味しそうに見えますか?」

「……綺麗な手だ」

 

 はぁ? と思いっきり顔を歪ませるヴァイオレット。綺麗な筈が無い。その手は訓練で骨が変形する程に歪な形になっている。とても少女の手とは言えない。ましてや綺麗などとは。いや、もしかしてこれは侮辱されているのでは? とヴァイオレットは思ってしまう。軍人として手が綺麗など、恥ずべき事だと。


「馬鹿にしてるんですか」

「……手を、握ってくれ」

「ああん?」


 一体なんなんだ、コイツは、と思いつつも手を握るヴァイオレット。マギスの手はまさに軍人の手だった。人間というよりは、猛禽類と言った方が正しい、歪な手。過酷な道を歩んできたと、それだけで分からせるような。


「君は……いくつだ?」

「十八ですが……」

「若いな……俺はもう三十六だ」


 あっそう、と流しつつ、ヴァイオレットはこの状況に疑問を抱く。この男は一体何がしたいのだ。もしかして私の素性を調べ上げ、何か脅す為の材料を探ろうとしているのか? もしそうならこの場で……


「……君は、可愛いな。好みだ」

「は?」


 その言葉を最後に瞼を閉じ、就寝するマギス。ヴァイオレットの手を握りながら、安らかに。

 一方、ヴァイオレットは嫌悪感をむき出しにしつつ、手を剥がそうとする。だがその安らかな寝顔を見て、馬鹿馬鹿しいと断念した。


「殺してやろうと思ってたのに……これも策略?」


 ヴァイオレットに、既にマギスを殺害する理由は無くなっていた。

 いや、元々そんな物は無かった。ただミシマ連邦の関係者というだけであって、別にマギスが黒蛇に大怪我を負わせたわけでもない。


 そのままマギスは朝まで眠り続けた。ヴァイオレットはそんなマギスの寝顔を眺めつつ、共に朝まで過ごす。




 ※





 朝になると、マギスの元へ団長ヴァレスがやってきた。ヴァイオレットは団長に席を譲るように立ち上がり、医務室の奥で爆睡しているグラントを叩き起こす。文字通り、頬をビンタしながら。


 そんな惨状を後目に、団長はマギスの様子を見ながら


「どうだ、調子は」

「あぁ……貴方がこの船の代表か。随分……若いな」

「誉め言葉として受け取っておこう。早速だが聞きたい事がいくつかある。まずは……」

「何故……私がこの船の甲板に落ちてきたか、か?」

「ああ、当然の疑問だ」


 マギスはゆっくりと体を起こしつつ、未だ残る痛みに耐えながら団長に敬意を払うように目線を合わせる。


「……悪いが質問には一切答えれない。助けてもらった事には感謝している。だからこそだ。貴方ならこの意味は分かるな」

「分かるが状況を知りたいのはこっちも同じだ。というわけで……事情聴取を頼む、ワンコ」


 すると団長は一匹の犬を膝の上へと。

 その犬を見た時、一瞬マギスは首を傾げるが……


「ま、まさか……父上?!」

「ほむぅ。流石我が息子。父の姿が変わり果てても気づくか」


 マギスは驚愕しつつも何か納得したかのように頭を抱える。

 そんな息子を見て、父であるウェストンも頷きつつ


「マギスよ。お前をそこまで出来る人物は限られている。オズマか、彼と戦ったのか?」


 その言葉に反応しつつも、表情には出さないヴァイオレットと団長。グラントは寝ぼけつつ、ヴァイオレットに殴られた頬を撫でている。


 そしてマギスは、父である真っ白なマルチーズから目を逸らした。


「……貴方には関係ない」


 その反応に思わず鼻で笑ってしまうヴァイオレット。

 

「三十六にもなって……反抗期も抜けてないんですか、貴方は」

「いや、違う……違うんだ」


 マギスは弁明しつつも、小さく頷いた。その反応に意外そうな顔をしつつも、マルチーズ・ウェストンは事情聴取を続行する。


「彼は……オズマは何を企んでいる? 何故お前に狙われる事になったのだ」


 その答えは既に団長は知っている。オズマがクーデターを起こした事を。だがその先が知りたかった。何故ミシマ連邦の中枢と言われる男が反旗を翻したのか。


「オズマは……軍を裏切りました。瀆聖部隊と軍の一部を引き抜き、独立を企んでいます」

「独立? 相変わらず彼は途方もない事をしでかすな。魔女様はなんと?」

「何も……。魔女様は沈黙を貫いています……だから私は独断でオズマの討伐に出向きました。私も……オズマが裏切った理由が知りたかったから……」

「ほむぅ。その理由は分かったのか?」


 マギスは沈黙する。オズマ達が裏切った元凶……というより、その情報を齎したのは他ならぬ目の前のマルチーズだ。デジョンシステムが心血武装に酷似しており、それを元にオズマは魔女が何かを隠していると推理した。その不信感から、オズマは裏切るに至ったのだ。


「父上なら……お分かりでしょう、貴方がオズマ達に吹き込んだ情報で……」

「それはまさか……デジョンシステムが心血武装だったっていう……あれか?」


 その時、ヴァレスがそう言い放ったのを聞いてマギスは父であるマルチーズを睨みつける。


「父上! 何故そうペラペラと……彼らを巻き込むつもりですか!」

「巻き込むも何も、彼らは既に巻き込まれておるのだ。マギスよ、決断の時だ」


 何のだ、とマギスは父を睨みつける。


「お前……ミシマ連邦を離れ、この劇団船の一員となる気はあるか?」

「はぁ?!」

「はぁぁあ?!」


 声を荒げたのはヴァレスとヴァイオレットの二人。

 何故そうなると、ヴァレスはマルチーズを抱えて揺らしながら抗議。


「おい! どういう事だ! こちとらこんな危険人物向かえ入れる準備なんぞないんだよ!」

「そうですよ! ミシマ連邦の心血武装持ちですよ! 今すぐ殺すべきです!」

「お、おおおおおちつけ! おちついてくれ! 分かった! 話が急すぎた!」


 揺らされるマルチーズは許しを乞いつつ、コホンと咳払いしながら再びマギスへと


「一員となるのは大げさすぎた。だがマギスよ、お前も魔女に対して不満を抱いているのではないか? 勿論このままミシマ連邦に帰る選択もありだ。だが……それで真実を知れるのか?」


 真実、その一言がマギスの心に大きく突き刺さる。

 魔女は何かを隠している。あれほど信頼していた魔女が、世界を相手取って。そしてオズマはそれを暴くために動き出した。


 マギスは勿論、このまま軍に戻るべきだという選択肢が有力候補。だが既に魔女に不信感を抱いているというのも事実。このまま戻っても、魔女の犬になるのが関の山だろう。


 いや、魔女の犬? 今までと一体何が違う。これまでも自分は魔女の手となり足となってきたではないか。それで今更揺れるこの心は一体なんだ。何故自分はここで迷っているのだ。


「……真実、この船に乗っていれば……それに辿り着けると?」

「いやいやいやいや! 無理! 無理だから! この船が戦艦にでも見えるのかあんた!」

「そうですよ! 軍のおさがり品のスクラップから作ったボロ船ですよ!? そんな世界の真実を探る旅になんて出れるわけ……」


 ヴァレスとヴァイオレットの抗議は、マギスの決断の材料いはならない。そんな問題はないのだ。オズマの事や魔女の事、それ以上にマギスの心を揺らす存在。


 マギスはヴァイオレットを視界に入れる。直視するわけでもなく、ただ視界に。

 それだけで心が洗われるようだった。一目惚れとはこういう事を言うのか。


「父上、私は貴方を許さない。国を裏切った最初の人間は……貴方だ」

「裏切ったわけでは無いが……まあ、お前からしてみればそう見えるのも無理は無いと、今では思っておるよ」

「魔女様が何を隠しているのか……この世界の真実とは何か……そして……」


 言葉にはしない。マギスは初めて、心から守りたい人が出来た。今まで生真面目に人々の為に戦ってきた。だがそれは軍人として当然の事だと思っていた。だが今ここで、彼は一人の男として守りたい人間が出来た。出来る事なら共に時を過ごしたい人間が。


「団長殿」

「な、なにかな?」

「自分を……この船に乗せて頂きたい」


 団長は渋い顔をしつつ、一言。


「絶対に断る」





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