第三十三話
“この道を走り続ける。軍に入った時、俺は死ぬまで軍人だと思っていた。しかし魔女の我儘で軍を抜ける事となった俺は、道連れにとヴァイオレットを引き抜いた。何故か、あの時の記憶が蘇る”
四年前
「あの、少尉、何故自分も……」
魔女が駄々をこねた。このまま俺が軍に居続けるなら、軍なんて解散させてやる、そう言い放ちやがったのだ。その滅茶苦茶な言動にイラっとして、俺はつい道連れを作ってしまった。軍役事態は俺よりは長いが、階級が下の少女を。
「別に……。何だ、D2部隊に配属されたかったのか? 死ぬまでスパイ活動だぞ、あんな所」
「そのために私は軍人になりました。死ぬまで戦い続けるのが軍人です」
ぐうの音も出ない。俺もそう思っていた。というか今もそう思っている。俺は死ぬまで軍人で居るとおもっていたんだから。
「まあ、なんだ、悪かったな。ちょっと魔女にイラっとしたんだ」
「発言の撤回を。今のは国家転覆罪と思われても仕方のない発言です」
「大袈裟だろ。今のはただの悪口だ」
今、俺は劇場前広場のベンチでヴァイオレットと座り込んでいた。軍を抜け、何処にも行く当てが無い俺達は途方にくれていた。魔女の我儘だったわけだが、その後の就職先は勿論無い。というか魔女、お前が用意しとけや。
「それで……これからどうされるのですか?」
「考え中だ。傭兵……は駄目だな。どうせまた魔女がギャーギャー言い出す」
「……何故、少尉は魔女様の事を“サクラ様”とお呼びしないのですか? 育ての親では?」
「癪なだけだ。魔女でいい、あんな奴」
「……反抗期ですか」
「おい」
アルストロメリアの劇場前広場。時刻は昼時。今は仲良さげな恋人や夫婦、それに家族連れが散歩している姿が目に映る。ちなみに俺達は二人共未だに軍服姿だ。嫌に目立つかもしれない。まあ、どうでもいいか。
「……私は、軍人になるべくして軍役を熟していたわけではありません」
「なんだ、突然」
「父親を銃殺し、衣食住を確保する為に軍の扉を叩きました。そんな私に、彼らを守る資格は無い、そういう事ですか?」
何を深読みしとるんだ。というか怒ってるのか、コイツ。コイツでも怒るのか。
「俺だって、別に国民を守りたいから軍人になったわけじゃない。ただ強くなりたかっただけだ」
「何故、強さを求めたのですか?」
「……それも大した理由は無い。ただそうあろうとしただけだ。なあ、アイス食うか」
「食べます。そうですか。少尉は意外と子供みたいな理由だったのですね」
「お互い……軍人には向いてないのかもな」
そのまま俺は「よっこいせ……」とベンチから立ち上がり、広場でアイスクリームを出している店の前へ。
「アイスクリーム二つくれ。両方バニラで……」
「チョコレートがいいです」
「ぁ、うん……バニラとチョコで……」
あいよー、と店主はアイスを器に詰めはじめる。丸い紙製の器。
というかヴァイオレットが注文を言うなど……初めての事じゃないか? たまにアイスは一緒に食ってたが。
「お前、チョコが好きだったのか?」
「嫌いではありません。どちらかといえばバニラよりは嫌いではありません」
「なんで素直に好きって言えないんだよ。ほら」
店主からアイスを受け取り、ヴァイオレットへと手渡す。
そのまま再び元のベンチへ戻ろうとしたが、生憎家族連れに奪われていた。仕方なしと、俺達は劇場前の階段へと腰かけ、アイスを食べ始める。
「それで、これからどうされるのですか? 少尉」
「少尉はもうやめてくれ。俺にだって名前が……って、あぁ、お前は俺の本名知らなかったか」
「存じません。魔女の側近の名前は非公開だと、以前尋ねた時に拒まれました」
うわ、怒ってるな。
だって仕方ないじゃないか、魔女のいいつけに従っただけだ。ヴァレスにはついポロっと教えてしまったが。
「それで、なんとお呼びすれば?」
「何でもいい、階級以外なら好きに呼んでくれ」
「……ロイヤルチョコレートクリーム……」
「お前、そんな冗談言えたのか? ほら、もっと面白おかしな事言ってみろ」
「……劇、見たいです」
劇場の階段に座りながら、立てかけられたイーゼルへと目をやるヴァイオレット。そのイーゼルには今夜公開予定の恋愛物の題目が掲げられていた。
「そういえば……一緒に劇見に言ったな。なんて言ったかな、あの劇……確か銀河鉄道の……」
「カムパネルラの魂はどこに行ったんでしょうか。あのまま……銀河を旅しているのでしょうか」
昼間の空を見上げるヴァイオレット。驚いた、コイツもそんな事を思うんだな。というか俺がヴァイオレットの何を知っている? 幼少期に親に殺されかけ、返り討ちにした娘が軍に入って鍛え上げられた。その後は脳にエレメンツを移植され、D2部隊に配属される事が決まり……あぁ、何も知らんな、俺。
初めて見た劇を思い出しているのだろうか。
ヴァイオレットは何処か、空を見上げながら……
※
エンジン音が聞こえる。舗装された道を走る一台の車。
それに揺られながら、一瞬意識を失っていた事に気付く。俺の肩にはミコトが寝息を立てながら眠っていた。あれだけ寝ておいてまだ寝るのか。
「おはようございます」
運転席から挨拶してくる男。俺は片手で顔を擦りつつ、男へと「眠っていたのか」と尋ねた。
「えぇ、ほんの十分程度ですが。もう少しちゃんとお休みになられた方がよろしいですよ」
「本気で言って……いや、すまん……」
「無理も無いでしょう、神化した時にあれだけの出血をしたんですから。本来ならば死んでいても不思議じゃない量でしたから。神化とはそういう物なんですかねぇ」
俺は自分の体を改めて確認する。
神化。突然人間の体が変貌する現象。しかし変貌の仕方は十人十色で、ミコトのように猫耳と尻尾を生やすだけの者も居れば、ゼマのように全身が全くの別物になる者も居る。俺の場合は女になっただけだが。
「もうすぐ目的地です。知り合いが船を用意してくれているので……」
「あぁ……いや、その前に……あんた、俺を探していたよな……何故俺を……?」
「んー……」
なんだかバツが悪いような顔をする男、ムライ。
まあ、俺を探すと言う事は当然、他人に自慢できるような理由ではない。
「私は嘘をつけない性格なので……正直に言います。実は黒蛇さんの事はメラニスタにあの子を助けに来た時から知ってたんですよ」
「あんた、あの場に居たのか?」
「まさかまさか、エレメンツを通して見ていたんです」
エレメンツ……劇団船を襲ったあの起動兵器か。
「あのエレメンツはあんたの差し金か」
「いやはや、本社にバレないように数体、紛れ込ませたんです。その代わりに色々と恩恵を……。まあその話はいいじゃないですか」
「良く無いわ、あれのせいで危うく死ぬところだったんだぞ」
「まあ、その代わりにこうしてお二人を救出できた事ですし……」
ムライはハンドルを握りながら、苦笑い。
随分腰が低い。本当にアクゾーン社の御曹司か?
「で……なんで俺を?」
「正確には、黒蛇さんではなく、あの少女に用があるのですよ。黒蛇さんはもうご存じなのでしょう? あの少女が魔女として覚醒している事を」
コイツ……リサが目的だったのか。
いや、しかしそれをバカ正直に言う筈がない。コイツの目的は別に……
「それで、その魔女をどうする気だ?」
「出来れば本社にお迎えしたいのが本心です。新しい魔女のその力、兵器に転用出来ればどれ程の価値が生まれるか、想像も出来ないでしょう」
いや、違う。こいつはそんな……小悪党が思いつきそうな目的では動いていない。
他に何か別の目的があるはずだ。しかしそれを問いただした所で……
「つまりはアレか。俺にくっついていればリサに会える。そしてあわよくば拉致ろうと?」
「いえいえ、ちゃんと交渉するつもりではいましたよ。必要ならアルストロメリアへ技術を流してもいいとも思っています」
「軍と交渉するつもりか、無駄だと思うがな」
「……何故です? 天下のアクゾーン社の技術ですよ?」
「軍事機密だ」
まあ、俺はもう軍人では無いが。
しかしこの男を見張る必要はあるか。しばらく泳がせるしかないか。
そのまま車は海辺の道へと。
もうじき日の出だ。水平線から太陽が顔を出すのが見て取れる。
「出来れば日の出前に国を出たかったのですが……仕方ありませんね」
しばらく走ると、小さな港が見えてきた。そこに繋がれているのは、漁船のような……かなり見た目ボロい船。おいおい、まさか高速船って……。
「おい、まさかあれがアンタの言う船か?」
「そうです。見た目はあれですが、中々優秀ですよ。美味しい海鮮料理も振舞ってくれますし……」
「大丈夫だろうな……」
不安を隠し切れないが、仕方ない。
ムライは港へと車を付けると、エンジンを止め降車。そのまま船へと近づき知人らしき男と会話しだした。その知人はどこからどうみても漁師のような風貌。本当に大丈夫か? ニア東国から出てアルストロメリアまで行くのに、この小さな漁船で……。
「んにゃ……ついたにゃ?」
ミコトも目を覚ました。水平線から完全に顔を出した太陽を眩しそうにしながら、背伸びするミコト。こうしていると本当に猫みたいだな……。
「ミコト、体は大丈夫か?」
「……それ、クロに言ってやりたいにゃ。そんな可愛らしい姿に……にゃっちゃって」
「五月蠅い五月蠅い、それより大丈夫なのか?」
「心配性だにゃぁ……何処も怪我してないにゃ」
いや、俺はミコトが覚醒体なる物に変貌したから心配しているのだが。
しかしミコト自信は覚えていない。自身がそんな変貌を遂げた事を。元に戻る事が出来たから良かったものの……。
するとムライが車へと戻ってきた。
何やら深刻そうな顔をしている。普段、安い笑顔を常に張り付けているような男が。
「どうした、顔色が悪いな」
「いえ……それが……一刻も早くこの国を出ましょう。瀆聖部隊が大暴れしているようですから」
瀆聖部隊……オズマ達か。
「今度は何やらかしたんだ、あのインチキオヤジ」
「それが……あの船で軍の無線を傍受していたらしいのですが、どうやらオズマはニア東国の心血武装を奪ったと……」
「……何……?」
※
ニア東国、首都カグラ。
そこにはニア東国の主要な軍基地がある筈……だった。しかし無残にも破壊しつくされ、その瓦礫の中にアギスと思われる男が倒れている。胸には大きな刀傷。
アギスは満身創痍だった。オズマの突然の襲撃。心血武装で応戦したものの、致命傷を負わされた。まだ息はある。しかしその懐には魔女の心臓たる心血武装は無い。
このままでは終われない。
アギスはとどめも差さずに去ってしまったオズマ達を恨んだ。命よりも大事な魔女の心臓を奪うだけ奪って去ってしまったのだ。だがマギスの手には、もう一つ心血武装が。
黒蛇が手放した心血武装。アルストロメリアの魔女の物だ。
オズマ達はまさかアギスが持っているとは思わなかったのだろう。ニア東国の心血武装だけを奪い、そちらには気づかなかったようだ。
アギスは指一本動かせない。
だが彼は願った。どうか、どうか助けてくれ、俺の命よりも大事なあれを取り返してくれ、と。
『君は、誰だい。大事な大事な僕のクロたんに預けた物を、なんで君が持ってるんだい』
その時、声が聞こえた。
アギスはゆっくりと瞼を開ける。そこには十歳にも満たない子供の姿。
だが分かる。これが異質な存在だという事が。
「ま……魔女」
『いかにも、僕はアルストロメリアの魔女、サクラ。朝起きてクロたんの匂いをクンカクンカしようと思ったら……随分加齢臭がするじゃないか。心配になって様子を見に来たら……死にかけの君が居た』
サクラは朧げな姿だった。まるで霧のように、いまにも消えてしまいそうに。
恐らくサクラ自身はアルストロメリアに居るのだろう。アギスはそう思考しつつ、単調直入に自分の望みを口にする。
「頼む……取り返してくれ……ニア東国の……心血武装……」
『お断りだよ……。それよりもう休んだ方がいい。僕が楽にしてあげる』
少女の姿をした魔女は、ゆっくりとアギスへと近づく。
そのままその唇を奪った。
『おやすみ……魔女に魅入られたあわれな男。どうせなら誘惑してしまえば良かったのに』
アギスの体は煙のように消える。まるでそこには何も無かったかのように。




