第二十九話
“最初の記憶はなんでもない一軒家。ただしそこには怪物が居る。私達は、その怪物から逃げ続けなければならない。最初の悲劇は殺されても、また翌日同じ一軒家で目が覚める事。この地獄は終わらない。終わらせるには、怪物を殺すしかない。神様という名の、怪物を”
こんな強い人が、あの時居てくれたら。
そんな考えは不毛だと分かっていても、そう思わざるを得ない。
私達十人は悪魔の人体実験のモルモット。ひたすら殺され続ける。何度も何度も、様々な方法で。
怪物には歯が立たない。私達の中で一番年齢が上で、なんか格闘技もやってたミシマも一瞬で殺されてしまった。そのミシマの彼女のサヤも同い年だったけど、泣き叫びながら殺された。
でも翌日、何事も無かったかのように目を覚ます。悪夢は終わらない。毎夜毎夜、私達は皆殺しにされる。
『これは神の領域に達する為の、聖なる儀式である』
目が覚めて、ご丁寧に用意された朝食の場で流されるそのアナウンス。
私達は毎夜毎夜殺されて、気が狂いそうだった。いや、既に狂っている。
だって、あんな目にあっても朝食を貪っていたんだから。
殺してやる。
神様なんて殺してやる。
こんなクソ儀式、ぶち壊してやる。
何度も何度も、毎夜毎夜、毎朝毎朝、そう私は心の中で呟き続けた。
声に出してはならない。声に出すと、私達が怯えて大人しく殺されるという設定が崩れてしまうから。
ミシマとサヤが作戦を立てた。私達の反撃、私達の……復讐を。
でもその前に私達に異変が起きた。
超能力とでも言うのだろうか。十人が十人とも、世界を滅ぼせる程の力を手にした。
とりあえず神様を殺した。その後儀式を執り行っていた奴らも殺した。
どうやら私達は都内の製薬会社の地下に捕らえられ、実験を行われていたらしい。
きっと奴等も本望だろう。実験のおかげで、本物の怪物を十人作り出せたのだから。
お腹が空いていたからか、私達はそこにあった食料を平らげた。
獣のように、奴等の血まみれになりながら、ごちそうを平らげた。
思わず笑えて来る。
獣のように? まさに獣じゃないか。血まみれで自分の欲求を満たす獣。
でもなんか、もっとカッコイイ呼び方は無いだろうか。
「魔女みたいだ」
ミシマがそう言った。私達は全員拍手喝采。
バカみたいに笑いながら、泣きながら、私達は魔女だと騒ぎながら、血の海の中で食事を楽しんだ。
※
あのオヤジにヤキを入れて、どれだけ時間が経った?
私の肥大化した心臓はものの見事に元に戻っている。信じられない、本当に戻れるとは。
あのオッサン、どれだけ強いんだ。世界を滅ぼせる私をまるで赤子のように……。
いや、結構長い間地下に居たから……私が弱くなっているだけかもしれない。
「……痛い……」
目が痛い。瞼を閉じていても、太陽の光が容赦なく私の目を焼こうとしてくる。
まあ、無理もないか。私は何千年……? も地下に潜っていたんだから。
「オヤっさん!」
このオッサンの部下だろうか。
私に武器を向けてくるのが分かる。
殺意、殺気、ヤル気、呼び方はいろいろあるだろうけど、それが私に向けられる。
あぁ、なんて可愛い。
こんな程度じゃ……私はどうにもできないよ。
※
とりあえず襲ってきた連中を全部フルボッコにしてやった。
勿論素手で。こんな弱い子達に、私の超能力を使うと一瞬で殺してしまうから。
まあ、このオッサンは大丈夫な気もするけど。
そのおっさんは私に襟首を捕まれたまま気絶していた。
そのままズルズルと引きずりながら、とりあえず喋るパンダへと放り投げる。
戦いながら目も慣れてきた。良いリハビリになった。
私の体は相変わらず順応性が高い。
「あ、あんた……一体……何者や……」
パンダが関西弁みたいな言葉を使ってる。
こっちの世界でも関西あるのか? いや、そんなわけない。
そういえばカグヤが関西人だった。もしかしないでも、アイツは関西弁を広めたんだろう。
「何者……私はシズク。そのオッサンにちょっとだけ助けてもらったから、あんた達の味方になってあげる。ここには魔女、居ないでしょ?」
「ま、魔女?」
どうやら信じていないらしい。
なら少しだけ、力を見せてやろう。
世界を滅ぼせる、魔女の力を。
私は右手にそれを出現させる。
幾度となく私を殺してくれた、怪物の腕を。
「なっ……神化?!」
「……進化って……腕だけこんな獣の手みたいになって、進化は無いでしょ」
私はとりあえず、その腕で指パッチンをした。
その瞬間、空が割れた。大地も揺れ、地割れも。
あぁ、ちょっと強くやりすぎた。
「なんや、何が起きとるんや!」
ごめんよ、喋るパンダさん。
怖がらせてごめんよ。
私は腕を元に戻し、そのまま喋るパンダさんの頭を慰めるように撫でる。
「どう? 信じてくれる? 私が魔女だって」
「し、しししいしししんじるぅぅぅ!」
なんか凄い泣きそうな顔をしている。
やばい、やり過ぎた。本当にごめんよ。
やっぱり、心臓は私が持ってると不便だ。
ちょっと力を出しただけで、世界を滅ぼしてしまいそうで……。
「ん……パンダさん、私の心臓、いる?」
「……はい?」
「ちょっと待ってね……」
私は自分の胸へと手を当て、自分の心臓を潰した。
途端に口からは血が……やばい、グロい、グロすぎる。この小説、このまま走っても大丈夫だろうか。
いや、ちょっとブレーキを掛けよう。
「んっ……」
心臓を潰して細かくして、それを口から吐くとかどうかしてる。
痛みはある。あのオッサンが思い出させてくれた。
だからか、無性に自分の体を傷つけたくなるが、それはちょっと色々と問題がありそうなので止めよう。
「はい」
私は血を口から垂らしながら、自分の心臓を鍵の形にしてパンダさんへと渡した。
たしかミシマがこうしてたはずだ。本当は心を許せる人にしか渡しちゃいけない物だって言われたけど、当分私はそんな人見つからないだろうし。このオッサンは絶対ヤダ。なんか生理的に無理。
だから私はパンダさんに託した。
声からして女性だし、パンダだし。
「こ、これ……心血武装?」
またよく分からん単語が……。
なんだ、その中二病まみれの単語……あぁ、サクラの趣味かな。
あの本の虫になってたあの子なら、そんな名前を付けそうだ。
「憶えておいて、パンダさん」
「な、何を……」
私はそのパンダさんへと、口元の血を拭いながら
「その力は……世界最強だから。今これより、パンダさんは世界最強の存在になったんだよ」
※
オズマ達が地下から連れ出した人物。黒髪の少女は瀆聖隊の主たる戦力を悉くフルボッコにした。これだけでも、彼女が特別な存在である事は確か。加えてオズマは、少女に一撃で敗北したと思わざるを得ない衝撃を食らっている。
「で……あんた、魔女だって?」
目が覚めたオズマは、自分の作り上げた最強の部隊、その主戦力をボッコボコにされて項垂れていた。未だに少し腹は痛む。肋骨が逝っているかもしれない。
そして魔女たる少女は、パンダことアリアお手製の饅頭を頬張っている。
「今更その質問必要? 信じるか信じないかは貴方次第なんて言わなきゃダメ?」
オズマは信じざるを得ない。アリアが引き継いだという心血武装、そしてその前に魔女が引き起こした割れた空と、地面の地割れが何よりの証拠だった。空の雲は未だに繋がる事無く割れ続けている。
「……何故地下に?」
その質問に、魔女たる少女、シズクは口元に指を当てる。
秘密、という意味だろうか。オズマは溜息を吐きつつ、ならばと質問を続ける。
「あの死なない奴等は……なんだ」
「私ともう一人の魔女の……なんだろ、部下じゃないし、だからって家族ってわけでも……。うーん、御付きの人?」
「それにしては随分乱暴だったな。あんた食ってただろ」
「あんなのスキンシップだもん。大抵の事はやりつくしたよ、粘土遊びとか」
「……粘土遊び……あの街か」
オズマは最初に地下三階へと入った時の驚きを思い出した。
あの街はまさしくミシマ連邦の首都と瓜二つだったからだ。
「あの街は何だ」
「あー、もー、さっきから質問ばっかり。ちょっと食事くらい静かにさせなさいよ、また吹っ飛ばすわよ」
オズマはビクっと身構える。
そして「悪かった」と少女の前から立ち去り、懐から煙草を取り出し一服を。
「まるで負け犬の背中だな」
そんなオズマの背中に言い放ってくるのは瀆聖部隊員、牛の頭に巨躯の男、バルワー。
オズマは振り返りつつ、ばつが悪いようにすぐにそっぽを向く。
「まるで、じゃない。正真正銘負け犬だ」
「良かったじゃないか。魔女に対抗する力が手に入って。正真正銘の魔女だ。俺も間近で見てたが、あの力は本物だぞ」
「別に疑ってるわけじゃない。だが魔女なら何故地下に潜っていたんだ。あの様子だと魔女がこの世界に来訪してから二千年、ずっと地下に居たかもしれん。何故それで正気を保っていられる」
「魔女だからだろ。老いもしないし体に傷なんて残らない。不老不死の存在だからな」
「それにしても異常だ。魔女とはいえ、元はあんな小娘だぞ。一体どんな体験をすれば太陽の光など一切通らない地下で、二千年という時を過ごせるんだ」
「小娘って……あんた、魔女を捕まえて何を……」
「俺が気に食わないのは魔女達の年齢だ。どいつもこいつも若輩もいいところだ。中には本当にガキみたいな見た目の魔女も居る。だがその中身は異常だ。魔女の目をみた事があるか? 幾多の戦場を駆け巡った俺ですら……あんな目は出来ない」
オズマは心底魔女の存在に震えていた。見た目とは裏腹の、その精神性に。
「……で、どうするんだ。新たな魔女様と一緒に凱旋か?」
「さあな。しばらくは静かに過ごしたいな……ここまでコテンパンにされるのは初めての経験だ」
オズマ達は今、メラニニスタの小高い丘の上に居た。
そこから森の様子が伺える。正確には、森だった場所の様子が。
「こんな途方もない力……一体どうしろと言うのだ……」
森は無くなっていた。変わりにと、そこには巨大な地割れが。
底の見えない大地の裂け目。一瞬で、森は飲み込まれてしまったのだ。
その力にオズマは純粋に恐怖した。
魔女同士をぶつけてはならない、それは世界共通の認識。だからこそ人間同士の戦争がある。殺し合うのは弱者同士だけでいい。本物の強者を出せば世界が滅ぶ。
オズマは改めて認識する。
自分は世界のひとかけらに過ぎない存在。もしくはそれにすら満たない、小さな存在。
だが人が死ねば、その欠片は確実に世界から一つ失われる。
死は救済だと、一体誰が決めつけたのか。
※
世界各地で空が割れる現象が確認された。それを見て誰もが思う。魔女が力を振るったと。
勿論、七人の魔女達は誰もが確信した。奴が出てきたのだ、と。
それは世界で唯一、デジョンシステムの干渉を受けない、この国でも。
「……魔女様ぁ! 何度言ったら……分かるんですか! 勝手に出歩かないでって……」
息を切らしながら、草原のど真ん中で一人の女性騎士が大声を張り上げていた。
その目線の先には白いマントを羽織った一人の青年。
青年は割れた空を見上げながら、静かな風に身を晒していた。
草原の草が風が吹く方向を示すようになびき、時が静かにゆっくりと流れる。
「……シズク、やっぱり僕達を許せないのか」
「はい?!」
「……何でもない。どうした、そんな慌てて」
額に青筋を浮かべる女性騎士。
この国、レスタード王国の心血武装持ちにして、魔女の側近。
「あんたが……ウォーキングにハマったとかで自由奔放に動き回るから! いつもいつも私が探すハメになるんですよ! なんで黙って……! いい加減にしないと鎖でつなぎますよ!」
「……そう怒らないでおくれ、僕の太陽。迎えにきてくれたんだろう? ありがとう。さあ、帰ろうか」
「あ、ちょ……話はまだ……」
そのまま青年は女性騎士が乗ってきた馬へと跨り、彼女へと手を差し伸べる。
「そ、それは騎士の役目ですよ」
「それはすまない。でも僕だって……たまにはカッコつけたいじゃないか」
「私達はカッコつけてるわけじゃありません!」
女性騎士は文句を言いつつ青年の手を取り、馬へと。
手綱を握り、馬を走らせる。
青年は今一度、割れた空を見上げつつ呟いた。
「……サクラ……はやまるなよ」
「……なんですか?」
「何でもない。帰ろう。今日もいいウォーキングだった」
「反省してないですよね!? 貴方!」
レスタード王国、世界で唯一デジョンシステムを取り入れず、心血武装『白銀』により世界との交流を断絶した国。
世界は動く。その空と共に。




