第二十八話
その怪物は両腕を切り落とされ、胴体を縦に両断された状態。
巨大な心臓も真っ二つにされた。だが割れた心臓は熱を宿らせ続けている。
決して死なない祝福。それは呪いと呼ぶべきか。
だが人はいつから、死は救済だと決めつけるようになったのか。
「オヤっさん! 動いとるで! あの怪物!」
オズマ達へと襲い掛かる神化した人間達。オズマは襲い掛かってくる者を容赦なく切り伏せる。だが斬った端から次々と再生し、再び立ち上がってくる。
その光景に、オズマは歓喜していた。
「いい……いいぞぉ! 斬っても死なないなんて……なんて素晴らしい環境なんだ、ここは!」
「黙れ変人! あの怪物動いとる言うとるやろ! また襲い掛かってくるで!」
パンダことアリアも、背中からショットガンとサブマシンガンを取り出し応戦している。
スピンコックのショットガンを片手で打ち放ちながら、サブマシンガンで隙間を埋めるように。
「キリないで! 殺しても殺しても起き上がってくる!」
「あぁ、永遠に戦っていられるな」
「無理じゃボケぇ! さっさと脱出や! オヤっさん、逃げるで!」
アリアは背中から手榴弾を取り出し、安全ピンを抜く。だがその瞬間、巨大な手がアリアを鷲掴みにして持ち上げた。あの怪物だ、あの怪物が再び動き出した。
「だぁぁぁぁ! 捕まったぁぁぁぁ!」
「アリア! はやくブツを投げろ!」
オズマに言われ、アリアは怪物の胴体に向かって手榴弾を投げ込んだ。しかし怪物はあろうことか、大口をあけ手榴弾を自分から飲み込んだ。次の瞬間、内部から爆発する怪物。ものの見事にバラバラに。
「な、何がしたいんや、コイツ……今自分から飲み込んで……ってー!」
バラバラになった怪物は、みるみる内に再生していく。その再生速度は異常だ。まるでビデオを巻き戻しているかのように。だが心なしか、サイズが小さくなっているようだとオズマは首を傾げる。
しかし小さくなっているとはいえ、アリアを鷲掴みに出来る程の大きさには変わりない。そのまま怪物は仲間? と思しき神化した人間達を薙ぎ払いながらオズマへと突進してくる。まるで子供が玩具を散らかすように。
「懲りない奴だな、そんなに俺に斬られたいか」
オズマは再び怪物を両断しようと太刀を上段に構える。だが怪物は、そんなオズマの立つ床ごと巨大な手で抉り、オズマを宙に浮かせた。
「うおっ!」
そしてそのままオズマに手の平を被せ、床へと叩きつける。床はまるでビスケットのように砕かれ、オズマは怪物ごと更に地下へと。
「オヤっさん!」
地下の闇へと怪物と共に消えるオズマ。
アリアはどうする事も出来ず、ただ見送る事しかできない。
※
「なんか嫌な予感がするですたい……」
その頃、地上で無線を操り情報収集に徹していたジスタは、地下から響く振動に顔を顰めていた。
またあのオヤジが暴れているのだとは思いつつも、一際大きな振動を感じた時、不安を隠せなくなっていた。
「あのクソオヤジ……どんな暴れ方して……あぁ、もう」
ジスタは泳ぐように、まるで無重力であるかのように移動する。
そのまま瀆聖部隊の切り札とも言える少女の元へ。マギスと相対した覚醒体の少女だ。
「お嬢さん、傷はどうですたい」
「……なおった」
マギスに撃ち抜かれた太腿は既に完治していた。覚醒体の少女にとって、銃創などかすり傷にもならない。それは瞬く間に回復してしまう。
「ちょっとオヤっさんの様子を見に……行こうかい。あんまり行きたくないですけど」
「パパ殿の所? でも……また迷惑かけちゃうかも……」
少女は青色の髪に雪のような真っ白な肌。
神化し、覚醒体となった今でも人の姿を維持してはいるが、どこかこの世の物とは思えぬ雰囲気を纏っている。少女は特異な能力に目覚めるタイプの神化を遂げていた。自身の周囲の温度を自在に操るという。
「大丈夫ですたい。今地下に居るのはパンダと親っさん……それにあのガキにゼマ。最悪皆殺しにしても……」
「そんなのダメだよぅ。パンダのお姉ちゃん死んじゃったら……モフモフもお饅頭も……」
無邪気な少女は、イヤイヤと首を振る。
ジスタはそんな少女に微笑ましい笑顔を送りつつも、心の中では舌打ちしている。
「いいからホラ、皆殺しは冗談ですたい。様子見に行こうかい」
「わかりもうした……」
突然少女は武士対応になるが、それもいつものことだ。
ジスタは少女と手を繋ぎ、地下へと誘う。地下にどんな怪物がいようとも、この少女より酷い怪物など、そうはいまい、と思いながら。
※
一方、更に地下へと叩き落とされたオズマ。怪物の右手に鷲掴みにされながら、深く真っ暗な闇の中を落ち続けている。一体、この地下はどれだけ深いのか。この奥に何があるのか。
「くそ……ええい、いい加減離せ!」
オズマは回転しながら怪物の手を引き裂き、脱出。しかし状況は変わらない。ひたすら落ち続けるのみ。
落ち続けながら、オズマはどうするべきかと悩む。しかし次第に、本当に自分は落ちているのか? と疑問に思った。ひたすら闇の中、落ちている、という感覚のみがオズマを支配している。何処か心地いい。まるで柔らかなベッドに寝そべっているかのような感覚。
「いやいや、いかんいかん、俺は今戦って……」
『どうして殺さなきゃいけなかったの? 方法なんていくらでも……』
その時、オズマの脳裏に響いてくる声。
それは幻聴なのかと疑う前に、次の声が。
『この世界を救う為には仕方なかったんだ』
「この声は……魔女様……?」
世界を救う。そう言ったのは紛れもなくミシマ連邦の魔女の声だった。
渋い青年の声。ミシマ連邦の魔女、ミシマの。
『そうだ……仕方無かったんだ……仕方……なかったんだ』
『嘘だ……恋人を殺しておいて……仕方無いで済ますの? こんなの間違ってる!』
『だったらどうすれば良かったんだ! 代わりにこの世界の人間を皆殺しにするか?! ああなったのは……俺達のせいだ。俺達が無知だったから、あんな事になった……』
これは過去の追想だ、とオズマが気付いたとき、再び怪物が襲い掛かってくる。
暗闇の中だと言うのに、何故かその怪物の姿だけははっきりと見て取れる。
「成程、これは……お前の記憶か?」
襲い掛かってくる怪物を、オズマは落ちながら返り討ちに。
体を回転させながら、怪物へと太刀を突き刺し、それを足掛かりにこれでもかと切り刻む。
『俺達十人は罪を償わなくてはならない。誰も俺達を裁いてはくれない。だが君は別だ。君は君自身の呪いによって……裁きを受けるだろう』
『十人? もう九人だよ……あんたらが一人殺して……あと一人も重症じゃない。どうするのよ、これから一体……』
『分からない……無限の時があれば、いつか答えが分かるかもしれない。だからシズク、俺達全員にお前の呪いを授けろ。死ねない魂を俺達にも……』
『そんな事したら……絶対後悔するよ』
『いいんだ。俺達はとっくに人の心なんて捨ててるんだ。元々俺達は生贄だ。魔女狩りの魔女として……世間に売られた哀れな子羊だ』
オズマはこの世界に伝わる昔話と照らし合わせて、その幻聴に耳を貸していた。
魔女は七人。しかし先程から十人、九人と言っている。この声は間違いなくミシマ連邦の魔女のものだ。ならばその数字は魔女の数の筈だった。しかし数が合わない。今回開発された魔女たる少女、リサを合わせても八人。一体どこから十人という数が出て来るのか。
「……そうか、心血武装……」
もしデジョンシステムが心血武装ならば、神化という現象も心血武装なのではないか? と思えてくる。いつからか神化はデジョンシステムの影響下で起きる不幸な事故だと伝わっていた。だがもし、神化という現象そのものが、もう一つの心血武装ならば。
現状、確認されている心血武装は七つ。それぞれの国の魔女が、それぞれの側近に引き継がせている。そしてさらにウェストンの“遺言”には、デジョンシステムも心血武装の疑いがあると記されていた。これで八つ。そして神化という現象。これで九つ。
「なら、もう一つは……」
その時、再びあの怪物が再生し襲い掛かってくる。
その姿はかなり小さくなっていて、オズマよりも少し大きなくらいだった。
「いい加減、しつこいぞ。観念せい」
オズマは縦に一閃。真っ二つに怪物を割る。
また再び再生するのだろう、そう思っていた。だが怪物の中から信じられない者が。
「……えっ」
少女だ。黒髪の少女が、怪物の中から出てきた。
そのままオズマの胸にしがみ付く少女。
「……歯ぁ、くいしばれ」
その少女はオズマへとそう囁いた。
その瞬間、オズマはこれまでに感じた事も無い……いや、ある。
一度だけ、オズマはミシマ連邦の魔女を激怒させたことがある。愛用の掃除機を壊した時だ。その時と同じ、いや、それ以上の殺気を感じた。
「……ま、魔女様?」
「散々斬り散らかしやがって……この、クソオヤジ!」
衝撃、とてつもない衝撃がオズマを襲った。
口から腸が飛び出るのではと思う程。負け知らずのオズマは、今までこんな衝撃を受けた事が無い。一撃で負けた、と思わざるを得ない衝撃。
「なっ……が……」
「でも一応お礼は言っとく。ありがとう! そして……星になれぃ!」
そのままオズマの意識は削り取られる。
一瞬で本当の闇へと落とされる。
その闇の中で、オズマは夢を見た。
いつかミシマと酒を飲みながら約束を交わした、あの時の夢を。




