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第二十七話

 怒りだ。途方もない怒り。

 しかし何処か悲し気でもある。その形容しがたい、出来るわけもない感情が彼らを動かしている。


 何年、何十年、何千年経とうとも、その感情が薄れる事は無い。

 我らが姫君を救う事が出来なかった。その怒りが彼らを動かしていた。



 メラニスタの地下で白骨化した人間。

 彼らは皆神化という現象で姿形、そして人としての境界線を越えて変貌した者達。


 それは神化であって進化では無い。

 神化のメカニズムは未だ何一つ分かっていないが、いつからかこんな噂が流れ、それが真実であるかのように囁かれ始めた。神化とはデジョンシステムの影響で発生する不幸な事故だと。


「親っさん! 数多すぎるで! 一度退くしかないて!」

「まあ待て、どいつもこいつも意味ありげな顔してるじゃないか。何か言いたい事でもあるのかもしれん」


 メラニスタ地下三階へと到達したオズマ達を待っていたのは、神化した人間達の成れの果て。

 その誰もが白骨化しつつも、オズマ達を視認するとだんだんと肉が付き始め、何事も無かったかのようにその姿を露にする。


 オズマ達は取り囲まれ、ざっとその数は軽く百を超えている。

 

「圧巻だな。瀆聖部隊もこのくらいの数にしたかった」

「勘弁してや。それよりどないすんねん、親っさん」

「襲い掛かってくる様子は無いが……だからと言って黙って見逃がしてくれるわけでもなさそうだ」


 オズマは敏感に彼らから放たれている殺気を感じ取る。

 敵視されているかどうかは分からないが、明らかに友好的な雰囲気ではない。

 まるで戦場だ。一個人に恨まれるわけでも無く、ただ殺し合わなければならない状態に陥った時のように。


「……ゼマ、何か動きがあったらリオルを抱えて二階へ戻れ。アリア、ゼマを援護しろ」

「了解」

「分かったで……」


 オズマはそれぞれに指示を出しつつ、一歩前へ出る。

 そして構えていた太刀の切っ先を降ろし、目の前の集団へと対話を試みた。


「俺はオズマ。わけあってメラニスタに国を作る事にした。その過程でこの地下の調査へとやってきたわけだが……起こしちまったのなら謝る」


 オズマの声は彼らへと届いたのか届かなかったのか。

 その集団は一切動こうとしない。


「だんまりか。姿を晒したと言う事は何か用があるんだろう? 言ってくれ、死ねというのなら戦うし、出て行けというのなら出ていく。何かしらアクションを……」


 その時、更に地下から地響きのような音が。

 違う、これは心音だ。オズマの耳にもはっきりと聞き取れるその音は、だんだん近づいてくる。


「あの時の音や! 親っさん!」

「待て! 動くな! まだだ」


 オズマは目の前の光景に既視感を覚えていた。

 ただ単に戦場で見たかもしれない、しかし違う。今ここで逃げても、何一つ分からないままの撤退となってしまう。オズマは知りたかった。何故そんな静かで強烈な殺気を放つことが出来るのか。


「来る、来るで……心臓のバケモンが……!」


 アリアの言う通り、地面を突き破りながら姿を現す巨大な影。

 淡い光に照らされるそれは、上半身だけの巨大な騎士のような姿。いや、甲冑の怪物と言った方がいいかもしれない。上半身だけでも、マギスの出した戦艦を丸々覆える程の巨大さ。その両腕には鋭い爪がついていた。凶悪な存在であることを誇示するかのように。


「な、なんやあれ……」

「一体、どんな仕組みで浮いてるんだ?」


 上半身だけの怪物は宙に浮いている。オズマ達を見下ろしながら、確実に敵視を向けながら両腕を広げる。そして周囲の神化した人間達の空気もさらに殺気立っているのが分かった。


「あれはやる気満々のようだ」


 オズマは太刀を構え直し、怪物へと敵意を向ける。

 その瞬間、怪物は巨大な手を振るい、オズマ達を取り囲む神化した人間達を数十体まとめて鷲掴みにした。


「なっ……」


 そのまま巨大な口の中へと放り込んでいく。

 しかし放り込まれた方の人間達はまるで無抵抗だった。まるでそうする事が当たり前の行為だと言わんばかりに。


「なんなんだ、こいつら……食われるのを待ってるのか?!」

「親っさん! もう限界や!」

「……そうだな。ゼマ!」


 オズマの号令でゼマはリオルを肩に抱え、二階へと一気に飛び上がる。怪物はそんなゼマを狙い腕を振るってきた。だがそうはさせまいと、パンダことアリアは背中の毛皮の中から無反動砲を取り出し、怪物の腕へと打ち込む。


「毎回思うが……お前どうやって背中にそれ隠してるんだ?」

「んな事どうでもええやろ! 親っさん! はよあれ倒してや!」

「任せておけ」


 明確に敵意をむき出しにするオズマ。だがその時、今まで何の反応を見せなかった神化した人間達がオズマへと襲い掛かってくる。

 突然行動を始めた集団。オズマは咄嗟にアリアを蹴り飛ばしつつ、大きく太刀を振るった。そのひと振りで幾人も同時に斬った……筈だった。


「……おぉう?!」


 集団は一人一人が並外れた身体能力でオズマの剣を躱した。オズマは完全に間合いだったと首を傾げる。今まで間合いに入った者は誰でも切り捨ててきた。例えそれが鉄の塊たる起動兵器でも関係なく。


 しかし躱された。しかも襲い掛かってきた全員に。


「こんな嬉しい事は無いな。俺の剣を躱されるなんざ……黒蛇以来か」


 オズマは大きく頬を緩ませる。

 まるで長年行方が分からなかった玩具を、再び見つけた子供のように。


 そんなオズマへと襲い掛かってくる巨大な怪物。

 拳を振りかぶり、オズマを叩き潰そうと……


「邪魔だ……!」


 拳がオズマへと迫り来た瞬間、その巨大な手が宙を舞った。オズマが切断したのだ。

 そのまま腕を伝って巨大な怪物へと取りついたオズマは、太刀を振るい一瞬で二本の巨大な腕を切り落とす。うめき声をあげながら落ちていく巨大な怪物。だがオズマは止まらない。そのまま怪物を縦に割ってみせた。


「あ、あいかわらず滅茶苦茶やで……」


 アリアの呆れるような声。巨大な心音の元である怪物を、オズマはいとも簡単に仕留めてしまった。


「さあ、ここからだ」


 その瞬間、オズマを取り囲む集団が咆哮をあげる。

 今、明確にオズマを敵対した集団。その怒りは尋常ではない。言葉にならない悲鳴をあげながら、オズマへとその集団は襲い掛かった。





 ※





 “魔女と言われ火あぶりにされた時から、私はこの世界に何の期待もしていない。しかしこれはあんまりだ。死ねない体に永遠の命。残酷だ、残酷すぎる。しかもこんな地下にいつまでもいつまでも……もう気が狂ってしまいそうだ、いや、とうの昔に私は狂っている”


 まるで雷に打たれたかのような一撃だった。

 その男は私の両腕を切り落とすと、そのままこの体を真っ二つに。私の心臓ごと。


 信じられない。

 あんなちっぽけな人間が、あんな細い剣で私を両断した。


 ありえない、こんな強い人がいるなんて。

 それだけに悔しい。こんな人があの時居てくれたら、私もあの子も、こんな目に合わずにすんだ。


 魔女と言われ火あぶりにされる事も無かった。

 こんな地下に閉じ込められる事も無かった。


 こんな……怪物に成り果てる事も、無かった筈だ。



 でもこの体は死ねない体。

 何度斬られようが焼かれようが蘇る。

 もう痛みにも慣れてしまった。心臓を握りつぶされるなど、慣れ過ぎてマッサージか何かだと思ってしまう程に。


 いや、それはもう慣れじゃなくて痛みを感じないんじゃないか?

 っていうかそんな事はどうでもいい、あの男は強い。とてつもなく強い。


 みんなが殺されてしまう。いや、他の皆も不死身だから死ぬことは無いか。

 あぁ、結局どうすればいいんだ。このまま寝てればいいのか? 


『起きろ、チャンスだぞ』


 その時、さっき私が飲み込んだ一人が話しかけてくる。

 当然不死身だから食べても死にはしない。私の真っ二つになったお腹から、その人は出てきて話しかけてくる。何がチャンスだって?


『あの男は強い。もしかしたら俺達を助けてくれるかもしれない』


 いや、確かに強いけれども。

 それで私達の状況をどうにか出来るわけないじゃないか。強いだけで解決する問題じゃ無いんだから。


『イチかバチか、お前の心臓を削ってもらおう』


 削るって……。

 確かに私の心臓は肥大化して、そのせいで私は化物みたいに膨れ上がってる。

 ろくに力の発散も出来ないから……


『だから、発散するんだ。あの男なら全力で受け止めてくれる。お前の本気以上の力を引き出してくれる』


 ……あぁ、そういう事か。

 ただ壁に向かって叫んでるだけじゃ、私の力は発散されない。

 さっきのような……雷に打たれたかのような感覚。

 久々に感じた痛み。


 あれをもっと……もっと感じれば……

 私はせめて人としての姿を取り戻せるかもしれない。


 まあ、取り戻した所で何だって感じだが。


『んな事言うな。化物の姿だとここから出る事も出来ない』


 別に出たくも無いよ。

 だって外には……あいつらが居るんだから。

 奏を殺した、あいつらが……



 あぁ、なんか思い出したらムカついてきた。

 奏ばっかりモテて、よく考えたら勝ち組じゃない? なんで私だけ化物の姿でこんな地下に閉じ込められてるわけ?


『すげえ今更だな。お前、ここで何千年過ごしたと思ってるんだ?』


 知らないよ、もう時間の感覚なんて無いんだから。

 でもまあいいや、とりあえず……もう一度立ち上がろう。


 あの男に全部ぶつけよう。


 

 魔女と言われた私を……ナメるなよ。私は本当は……



 ()()の中で、間違いなく滅茶苦茶に最高に最強なんだから。





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