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大阪を歩く犬  作者: ぽちでわん
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大依羅神社

中高野街道を歩いていると松原に屯倉神社があって、大依羅神社(大阪市住吉区)から屯倉神社(松原市)にかけて10万坪ほどの大きな池があったってことだった。ヨサミ池といい、古くから大和朝廷の直轄地だったみたい。

最初に池がつくられたのは10代崇神天皇のときで、崇神天皇が近くに住んで(桑間宮)池を造ったといわれているそう。

そこにはヨサミのアビコと呼ばれた豪族がいて、住吉区の我孫子の地名はそこからきている。

16代仁徳天皇のときにはヨサミのアビコが天皇に鷹を献上。そこから鷹狩が始まった。

聖徳太子のおじいちゃんが天皇の頃には、ヨサミのアビコは百済の王から仏像を贈られていて、それを祀ったのが今も厄除けで有名なあびこ観音。

大依羅神社はあびこ観音の近くにあるみたい。

気になったので自転車で行ってみた。遠里小野に自転車を置かせてもらい、大和川を散歩がてら東に歩いて行った。急に寒くなってきた頃だった。

前に浅香山つつじまつりに行って、大和川の堺側はとってもきれいに整備されてきているというイメージをもった。それに比べると、大阪側は後れをとっているなあ、と感じた。

今はもうなくなっているけれど、当時はフェンスで囲われた畑や、河川敷には人が住んでいるらしきバラックなんかもあった。不法占拠っていうやつかな?

お母さんが言うことには、浅香あたり(堺側が浅香山、大阪側が浅香)もかつてはもっと暗い感じのところだったそうだ。老朽化した公営住宅、時には野良犬も、というような・・・。

けれど浅香はすっかり生まれ変わっていた。明るくなって、大きくでんとある大阪市立大学もすごく新しくてきれいだった。

福祉と文化の町に生まれ変わった感じ。きれいな新しいおうちが建ち並び、制服を着た幼稚園児が送迎バスから降りてきて、それを迎える母親たちがにこにこしていた。

マンションに「御堂筋」の名がついていて、そうかここは地下鉄御堂筋線が走っているあたりだからな、と思い、けれど大和川には御堂筋線が走る橋がないのに思い当たった。どこを走っている? ま、まさか地下鉄だからって川の下を?? と、ぎょっとした。

本当に地下鉄は大和川の下を走っているらしい。人間はすごいことをするなあと心底仰天した。


JRの廃線跡があった。前も見た、大和川近くの貨物跡。そして大和川沿いには鉄塔がいっぱいだった。

阪南高校近くで大和川から離れて、大依羅神社に向かって行った。地名は庭井。

高校と隣接し、高校が神社の境内を狭めている、そんな感じに小さくなった神社だった。大依羅神社については古過ぎて、あまり詳しくは分かっていないようだった。

神社の向かいに依羅池跡の碑があった。

ふ~んと思いつつ帰途についた。大依羅神社について分かったのは、あまりよく分からないってことだけだったけれど。

途中、「建国」の名の付く立派な学校があって、在日の人たちの私立の学校らしかった。

4体の石像が立っていて、なにかと思えばトルハルバン、済州島の守り神なのだって。

わたしは昔のことをまだほぼ何も知らない。けれど現代のことだって知らないことばかりだった。

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