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大阪を歩く犬  作者: ぽちでわん
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夏の間

わたしが世の中でいちばん嫌いなものってなんだろう。

はだしの足で踏んでしまって、いつまでもくっついている誰かの捨てたガム、体を這うノミ。あと、すごく違和感があって掻いていたらぽろりと取れたマダニも、血を吸ってぱんぱんになっていてぞっとしたな。

雨、お風呂、濡れるってだけで好きになれないのに、おまけになんだかネバついた潮の匂いもする海もきらい。

いっぱい捨てられた吸い殻、美味しそうなのに食べられないポテトチップスやチョコレート。一人で留守番しているときの雷。

けれど一番嫌いなのはやっぱり夏だ。暑い暑い、気分もよくなくてごはんもあまりおいしくなくなる夏。側溝で死んだ猫をそっとしてはおかない、あっという間に腐らせる夏。

我慢して散歩できる間はまだいい。けれどそのうち、道は熱くて、少し歩くともう疲れて、長く歩くと死にそうになる。数日だったらいいけれど、長すぎるんだよ大阪の夏は。


少しずつわたしの初めての夏は勢いを増していった。

それでも初夏のうちは歩ける日もあって、少しは遠出して楽しんでいた。

大阪って思いのほか、近場でも面白い。長屋をいろいろ見て回ったウィークもあった。大阪は長屋の宝庫で、面白かった。

阿倍野の寺西家住宅などが大阪の長屋としては有名みたい。きれいにリノベされて、食事のできるいくつかのお店になっている。けれど有名でも、少しも面白くはない。それよりも、リノベなんかされずに今も人が住んでいる、全然きれいじゃない長屋たちがわたしは断然好きだった。

今でも少しずつ壊されていっているようだけれど、住ノ江駅(南海本線)あたりは長屋の聖地(?)として通には有名なところらしかった。なんだかこじゃれた長屋たちが、今も賃貸物件として生き残っていた。それを探して歩くのも面白かった。同じような建物が住吉あたりにも点在していた。

屋根にぼうぼう草の生えているような長屋や、井戸の跡の残っているような長屋もいろんなところで見かけた。


高低差を求めて歩き回ったウィークもあった。

大阪にも「天王寺の七坂」とか「阿倍野の七坂」とかがあるらしかった。

上町台地の西の端を北上していったのが面白かった。途中までは「端」はあいまいだった。けれど、だんだんはっきりしてくる。台地の西端がだんだん崖のようになっていき、台地側(阿倍野区)と低地側(西成区)の高低差が激しくなって、阿倍野墓地のあたりでは阿倍野区側の地上の部分に、崖下の西成側に建ったマンションの4階から橋がわたされていた。

ここは縄文時代の海岸線だそうだ。縄文時代、すごく温暖だった長い時代があって、海面は今より上昇していたんだって。

その頃、ざざ~んざざ~んと海底だった西成の上に波がきていて陸地を削り、この崖がつくりあげられたのだって。いやはや。

地球の温暖化で海面が上昇し・・・と今もよくテレビで言っているから、また縄文時代の頃に戻ろうとしているのかな。


ニシナリに通ったウィークもあった。

天下茶屋よりもっと先の今池や山王にも。

0.5円パチンコがあり、パチンコ屋の横には質屋(キャッシングのATMじゃなく)。「立小便禁止」の文字があちこちにある。それでもおしっこ臭く、公園にもスーパーにも多いのはおじさんだ。

マンションには「24時間監視カメラ作動中」の文字がびっしりと柵のように並べられ、一部の公園は施錠されていた。

オンボロアパートには「生活保護」の文字が見え、最近も歩いてみると「居酒屋で覚せい剤を買ってはいけません」なんて書かれてあった。それでも昼間は犬が散歩しても大丈夫な町だった。

飛田は妙に明るい、けれど怖い町に思えた。そこも阿倍野側から見下ろす崖の下にあった。阿倍野墓地のほんの少し北あたり。

遊郭は川や塀で自由に出入りできないようにつくられていたそうだけれど、飛田遊郭の東側はこの崖がその役割を果たしていたそうだ。

昼間は人通りはほぼなくて、ただ白々とライトがともっていた。


長屋の聖地も飛田の新地もみんな歩いて行ける距離にあった。先が気になって歩いているうちにたどり着いていた。

それから本格的に夏になり、長い長い夏のあいだ、ほとんど家にこもっていた。夕方か朝早くにほんの近くにだけ散歩に行った。

長い長い夏がゆっくり過ぎていき、やっと長い散歩にも出られるようになってきて、長く我慢していたわたしたちは電車に乗った。

熊野街道を歩いてみると「八軒屋浜より〇キロ」と書かれていて、気になっていた。

八軒屋浜なるところに行ってみよう、と夏の間に決めていた。

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