番外編・花は温室に
6月28日にPASH!ブックス様から書籍版が発売になるので、感謝&宣伝の更新です。
書籍のイラストが可愛いので、アマゾンなどで表紙だけでも見ていただけたら嬉しいです。
読者様、いつもありがとうございます!
感想返信できずに申し訳ありません。全て拝読してニマニマしております。
番外編、楽しんでいただけますように!
「寒い」
私は自分の体を抱きしめながら城の廊下を歩き、呟いた。
毎日十回以上は「寒い」と口にしている気がする。言葉にしたって寒さがやわらぐわけじゃないのに、あまりに寒いからつい言ってしまうのだ。
故郷であるミュランの冬も寒かったけれど、バクスワルドの寒さは“刺すような”という言葉がぴったり。もう昼だというのに、廊下から見える庭の池はまだ凍てついている。もしかして春が来るまであのままなのかもしれない。見ているだけでさらに寒くなってくる。
「うぅ……寒い寒い寒い」
自分の体を抱きしめたまま、ぶるりと震えてまた前を向く。
しかしそこでいつの間にか廊下にレイがいる事に気づき、私は目を丸くした。そしてぎこちなく笑ってから、腕をそっと体の横に戻す。
「レイ。びっくりした。いつも足音無くそばにいるんだもの。休憩中なの?」
私が凍えていると必要以上にレイが心配してくるので、寒くなんてないというふうを装って言った。
けれどレイは眉根を寄せて厳しい顔をしてこっちを見ている。
「メイナ。ここで何をしてるんだ。暖炉のある部屋にいた方がいい」
「何をしてるって、移動中よ。これから食堂に行ってお昼を食べるんだから」
「僕が君の部屋まで持っていくよ」
「そこまでしてくれなくて大丈夫よ。食堂だってかまどの火があって暖かいし」
そう言って私が再び歩き出すと、レイは不満そうな顔をしながらも一緒について来た。
「最近よく思うんだ。メイナを温室の中にずっと閉じ込めておきたいって」
「檻とかじゃなくて?」
私は笑いながら返したけど、レイは真剣に答える。
「檻になんて閉じ込めたら寒さで死んでしまうよ」
「冗談よ」
私だって檻に閉じ込められるのは嫌だ。と言うか、この気温なら暖炉のない場所に閉じ込められれば、花人である私は檻じゃなくても死んでしまう。
「うちに大きな温室を作るから、冬の間だけでもそこで過ごさない?」
レイはやはり真面目に言うので、そんな事を実行されたらたまらないと私は強めにこう言ったのだった。
「花じゃないんだから」
レイとそんな会話をした後、私たちは一緒に食堂でお昼を食べ、それぞれの仕事に戻った。
とはいえ私は日中は時間があるので、暖かい自室にこもって、パトリシア様用の新しい髪飾りのデザインを考えていた。
パトリシア様用となると予算も増えるので、どんな髪飾りにしようかと考えるのも楽しい。
「ここに宝石をあしらって……」
と、私がペンを走らせていた時、扉がノックされて外から声が掛かった。
「メイナさん、おられますか? モナです」
ハッとして顔を上げると、「はい」と返事をしてから立ち上がり扉を開ける。
「モナさん、どうしたの?」
「いえ、たいした事じゃないんですけど、もしかしたらメイナさんは興味があるかなと思ったので」
「なぁに?」
首を傾げながら尋ねると、モナさんはこう続けた。
「知り合いの使用人が、探したい物があってこの城の外にある倉庫に行ったらしいんですけど、そこで古いカツラを見つけたって言ってて。メイナさん、興味あります? でもやっぱり古いカツラなんて――」
「興味ある!」
目をきらめかせて即座に答えると、モナさんは苦笑する。
私は、はやる気持ちを抑えて言った。
「その倉庫ってどこにあるの? 鍵は開いてる?」
「鍵は開いてます。今、その知り合いの使用人がまだ倉庫にいるはずですから。彼女、休憩を取ってからまた戻っていったんです。倉庫の場所は……食堂奥の出入口って分かります?」
「ええ、分かるわ」
「そこから外に出ると、すぐ近くに倉庫が二つあるんですけど、小さい方に行ってください。大きい方は食糧庫なので」
「分かったわ。知らせてくれてありがとう!」
「あ、ちょっと!」
部屋を出ていこうとする私を引き留めると、モナさんは扉近くの衣装掛けに掛けてあった私の毛皮のショールを取り、こちらに渡してくれた。
「倉庫は外にあるんですから、ちゃんと暖かくして行ってください! じゃないと私がレイさんに怒られちゃいます!」
ちょっと慌てている様子のモナさんに今度は私が苦笑し、そのショールを羽織った。ついでに手袋を取るため一度部屋に戻って、また廊下に出てくる。
「そうね、倉庫も寒いものね。じゃあ今度こそ行ってくるわね」
「体が冷えないうちに戻ってきてくださいね」
「カツラを借りて戻ってくるわ」
私はモナさんと別れて使用人用の食堂に向かうと、奥の出入り口から外へ出ようとした。
しかしそこで思わず一度立ち止まってしまう。
外は吹雪いていたからだ。
「風は強かったけど、午前中は雪は降ってなかったのに」
風にあおられ、雪は斜めに吹雪いている。
「えー、どうしようかな。でも貴重なカツラが……。古いカツラ……見たい……」
この好奇心を消すのは難しい。レイに頼んだら取りに行ってくれるかもしれないけれど、仕事中に呼び出してわざわざカツラを運ばせるのも悪い。
それに、モナさんが言っていた小さい倉庫はすぐそこに見えている。吹雪で視界は悪いけれど、それでもちゃんと確認できるくらいに近くにあるのだ。走れば十数歩で着く距離だった。
地面には昨日までに降った雪も積もっているものの、倉庫までの道は除雪されていて、走りにくいという事はなさそうだ。
「よし」
結局私はショールを頭から被り、倉庫に向かって走り出した。吹雪いていると言っても、カツラを取ってくるだけなら、いくら花人の私でも死にはしない。
強い風と雪を顔に浴びながら、倉庫の前に辿り着く。この短い距離で遭難する事はないだろうけど、そこで一応後ろを振り返ると、吹雪の中でも城の出入り口はちゃんと確認できた。戻る時も問題なさそう。
「すみません」
倉庫の扉は中途半端に開いていたので、吹雪を避けるように中に入った。しかし石造りの倉庫は冷えていて、中にいても暖かくはない。
倉庫は広くないので、中に女性使用人がいる事にはすぐに気付いた。彼女が持っているランプが、暗い中で目印になった。
私が入ってきたことに彼女も気づき、こちらを向く。
「あら? 髪結師さん? モナがあなたにカツラのことを話してみるって言っていたけど、本当に来たの?」
「ええ」
「ただのカツラよ?」
実物を見れば私はがっかりするだろうと思ったのか、彼女は念を押してきた。
「いいんです。どこにありますか?」
「そこの棚よ」
彼女が指さした方を見ると、暗い中で白いカツラが一つ、ぼんやり浮かび上がっていた。
女性使用人はこちらに歩いてくると、持っていたランプと鍵を私に手渡し、こう言った。
「このランプ貸してあげるわ。それからこれは倉庫の鍵よ。出る時に鍵を閉めてね。私はもう必要なものは見つけたし、戻るから」
「あ、ありがとう」
古い食器をいくつか抱えた彼女が倉庫を出ていくと、私はまず冷たい鉄の扉を閉めた。雪や風が吹き込んできて寒いからだ。
そしてランプを掲げ、カツラが置いてある棚に近づく。
「白い巻き毛の……男性用のカツラね」
白い息を吐きながら呟き、カツラを持ち上げる。
きっとこの形は、昔、城に仕えていた上級使用人が使っていたものだろう。王族や貴族が使っていたものなら絹糸でもおかしくないけど、このカツラの素材は人毛のようだ。
今から百年ほど前、ミュランでは王族や貴族、大臣たちがこぞってカツラをつけていた時代がある。
「だけどここはバクスワルド。バクスワルドでも同時期にカツラが流行っていたのかしら? 聞いた事がないけど……」
それにこれは男性用のカツラだ。短髪が男らしいという風潮のあるバクスワルドで、百年前とはいえ、こういう長い巻き毛のカツラが流行るだろうか?
「形もミュランの使用人がつけていたものと同じのようだし、誰かがミュランで手に入れたもののようね」
ミュランに行った竜人がカツラを珍しく思って、買ったか譲ってもらったかして持ち帰ったのだろう。
「持ち帰ったのは、この城の使用人かしら? だからここに置いてあるのかな。もしかしたら自分もこのカツラをつけてみようと思ったのかも」
だけどきっとバクスワルドではカツラは流行らなかったのだろう。そのうちこのカツラの持ち主も飽きてしまって、こんなふうに倉庫に雑に仕舞われてしまった。
「だけど状態は悪くないわ。ほこりを被ってるし、少しほつれているけど」
この百年近く、この倉庫に入った竜人たちはカツラに興味を持つことなく、誰も触らなかったようだ。暗い倉庫で日光に当たることもなかった。
「百年前の技術……今とそんなに変わらないわね」
現在ではカツラはほとんど作られていないから、むしろ昔の方が技術は高かったのかもしれない。
私は片手にカツラ、片手にランプを持って、じっくりと観察した。
手袋を一つ外してカツラに触れる。
「のりみたいなもので固められてあるのは、巻き髪が崩れないようにかな。古めかしい髪形だけど、今やればむしろ新しいかも。そのままじゃなく、もう少しアレンジして、女性がやってもおかしくないように……」
カツラを持ってすぐ戻るつもりだったのに、実物を見たら興奮してしまって、その場で色々考えてしまう。
しばらく寒さも忘れて集中していたけれど、やがて手袋を外してカツラを持っている手がかじかんで動きにくくなり、ふと我に返った。
「さ、寒い……! もう戻らないと。限界だわ」
手袋をはめ、雪に当たらないようカツラにもショールを被せ、扉を開けようとした。
――が、鉄の引き戸は重くて片手では開かない。バクスワルドの建物は、当たり前だけどいたるところが竜人仕様で花人には優しくないのだ。
私はカツラとランプを一旦棚に置いて、再び扉に向き直った。両手を使わないと無理そう。
「よっ……と」
かけ声とともに扉を横にスライドさせようとする。足を踏ん張り、渾身の力を込めた。
しかしやはり、びくともしない。
「こんなに重かったかしら」
さっき中途半端に開いていた扉を閉めた時も確かに重かったが、ここまでではなかったのに。
私はかじかむ手をぷらぷらと振り、指先にまで温かい血液が回るように何度かぎゅっと握り拳を作った。
そしてもう一度戸を引く。
「うーん……!」
唸りながら力を込めても動かない。
鉄の扉の冷たさが、手袋を通して伝わってくるかのようだ。
「どうしよう」
ここで私はちょっと焦り始めた。
冷えた体は勝手に震えてくる。吐いた息が凍りそう。
寒すぎる。
「落ち着いて」
大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせながらもう一度扉に手をかける。
両手で引いたり、やっぱり片手に戻してみたり、引く角度をちょっと変えてみたり、実は開き戸だったんじゃないかと押してみたり……何度も扉に挑んだけれど、私は勝つことはできなかった。扉はほんの少しも動かなかったのだ。
「どど、どうしよう……」
唇が震えているのは、動揺からなのか寒さからなのかもよく分からない。
「さささ寒い」
いや、やっぱり寒さから震えているみたい。
これはまずい。本格的に命の危機が迫っている。体は芯から冷え切っていて、自分が氷になったような感じだ。
「だ、誰か!」
私は扉を叩いて叫んだ。穏やかに晴れた日なら、声は外に届いただろう。だけどこの吹雪の中では、たとえ倉庫の近くを人が通っても気づいてくれるだろうか。
自分がこの冷たい倉庫の中でひっそりと凍え死ぬ姿を想像し、顔を青くする。
そんなことになったらと思うと私自身も恐ろしいけど、レイがどうなるか。
あの人、私がこんなところで死んでいたら一生立ち直れない。
「誰か!」
私は必死で声を張り上げた。
「誰か助けて! レイ!」
そして私の番の名を呼んだ時――
「――メイナ! 中にいるのか!?」
すぐさま扉の外から声が返ってきて驚く。
名前を呼んでおきながら、私はうろたえた。
「……え? レイ? どうしているの?」
すると目の前の扉が鈍い音を立てながら開いた。
私は再びうろたえる。
「え? 普通に開いた……」
レイは扉を無理矢理こじ開けたわけではなさそうだった。
「どうして開いたの?」
「どうしてこんなところにいるんだ」
私たちは相手に向かって同時に言う。レイはちょっと焦った顔をしていた。
「私は……カツラがあるって聞いて」
カツラが置いてある後ろの棚を視線で指し示すと、レイは片手でこめかみを抑えてため息をつきながら「なるほど」と納得した。
そしてこう続ける。
「だけど外に出るなら僕を呼んでほしかったな」
「ごめんなさい。レイはこの時間仕事中だろうと思って」
「休憩時間まで少し待ってもらえれば――……待てなかったんだね?」
「ごめんなさい」
肩をすくめてとりあえず謝っておいた。そして上目遣いで見上げると、レイは一瞬ほだされたけど、すぐにまた怖い顔をして私の頬に触れた。
「まずは暖かい部屋に戻ろう。こんなに冷えてしまって……。おいで」
レイは私を抱え上げて城に戻ろうとしたので、慌てて棚を指さす。
「待って! カツラ! カツラをっ!」
「……僕もそのカツラくらい君に求められたいよ」
レイはぽつりと呟きながら、カツラも一緒に持って戻ってくれたのだった。
そして私の部屋に戻ると、一人掛けのソファーを暖炉の前に持っていき、レイは私を膝に乗せてそこに座った。
「ふとした時、メイナは今どこにいるだろうって探ってしまうんだ。癖みたいなものだよ。それでさっきは城の外にいるように感じたから、慌てて様子を見に行ったんだ」
「それで倉庫の前にいたのね」
私のいる位置を常に把握しているとレイはさらりと言ったが、私も今はそれを受け流しておいた。そのおかげで今回は助かったんだし。
「扉はどうして開いたの? 私が開けようとしてもびくともしなかったのよ」
「メイナは竜人に比べて力が弱いから……。ああ、でもそういえば、吹雪のせいで扉に雪が張り付いて凍りかけてた。だから僕の力でも、確かに少し開けにくかったかな」
「それで……」
そういう事にも気を付けないと、私はバクスワルドでは生きていけないなと思った。
レイは自分の体温を移そうとするかのように、膝に乗っている私を抱きしめる。
「まだ冷たい」
私の手に触れて不機嫌そうに言う。
「本気で温室に閉じ込めようか……」
独り言のように呟かないでほしい。本気っぽく聞こえるから。いや、本気なんだろうけど。
私はレイに考え直してもらおうと、心配をかけた事を再び謝る。
「ごめんね。カツラを見てつい興奮してしまったのよ」
「頼むよ、本当に。……君らしいけどね」
レイは困ったように笑うと、私に顔を近づけてそっとキスをしてきた。
私は目をつぶってその口づけを受け止める。レイの唇は温かい。
そして唇が離れると、私はハッとして喋り出す。
「あ、ところで図書室と資料室に行ってもいい? バクスワルドの人たちの髪形の歴史を調べたいの。あのカツラ、たぶんミュランから来たもので、バクスワルドでは日常的に使われていなかったと思うんだけど気になって」
するとレイはため息をついて、私の方に上半身を倒した。
そして疲れたように返す。
「君の体が温まったらね……」
なんて言うか、番がこんな私で申し訳ない。
でも髪への興味を止められないから仕方ない。
私は、私の肩に顔を埋めるレイの頭を優しく撫でておいたのだった。
「ありがとう、レイ」




