33 終
バクスワルドに本格的な冬が来た。これまででもすでに寒かったのに、これ以上寒くなるなんて耐えられない。
レイの言っていた事は正しかった。私はバクスワルドの冬の厳しさを舐めてた。
でも、やはり暖炉があれば何とかなる。必要以上に外に出なければ大丈夫。
王都に出すつもりの店の場所の下見に行きたかったけど、一人で行ったらレイに叱られるだろうし、しばらくはやめておく。自由に動けなくて多少不自由だけど、自分の身を守るためだから仕方がない。
それに私には、暖炉以外にも強い味方がいる。
ふわふわの暖かな布団に、毛皮のコート、手袋や帽子、マフラーやブーツ、防寒性の高いドレスや肌着などなど……。レイが山ほど買ってくれたのだ。
「メイナ」
分厚いショールを巻いて城の廊下を歩いていると、レイに声をかけられた。
ちなみにこのショールもレイに買ってもらった。というか買って押し付けてきたもので、有り難く使わせてもらっている。
「レイ。もう仕事は終わったの?」
「ああ、今日はもう終わりだよ。メイナは?」
「私も終わり。パトリシア様が、『夜の髪の手入れはレベッカにしてもらうから、メイナは帰っていいわよ』って。ダリオ殿下から今日はレイの仕事も早く終わる事を聞いていて、気を遣ってくださったのかも」
そう言う私を、レイは穏やかなほほ笑みを浮かべて見つめてくる。私の事を愛しいと思ってくれている気持ちが、瞳から表情からオーラから、色んなところから漏れているような気がする。
レイはいつもこうだ。毎日何度も顔を合わせているのに毎回そんな顔で私を見つめてくるので、こちらの方が照れてしまう。
「今日は一緒に帰れるね。夕食も一緒に食べられる」
レイは嬉しそうに言って、私の髪を撫でた。
実は今、私たちは一緒に住んでいるのだ。私がレイの実家のお屋敷に住まわせてもらっている。結婚を前提に付き合っているんだからうちに住むべき、というレイの理論を受け入れたわけだけど、冬になって私が城の自室で寝ている間に凍死したりしないか心配だったんだと思う。
そしてレイはパトリシア様の近衛騎士からダリオ殿下の近衛騎士に戻った。夜の警備もあったりして相変わらず勤務時間は不規則なので、毎日一緒に家を出て一緒に家に帰れるわけではない。
けれど私が一人で移動する時もレイの家の馬車が迎えに来てくれるので、途中で凍死する事はなさそう。そこまでしなくていいと思うけど、馬車の椅子に毛皮を張ったりして内装を〝暖か仕様〟にしてくれているし。
「髪が少し伸びたね」
レイは私を横から抱きしめて、こめかみにキスをして言う。私を番だと認めてからのレイのこういう甘い態度には最近慣れてきた。諦めたとも言うけど。
「また伸ばして欲しい? 長い方がよかった?」
「長い髪のメイナも短い髪のメイナも、どちらも好きだよ。今はこの長さが最高に似合っていると思うけど、伸びたらそれが一番似合うと思うようになるし、もっと短く切ってもそれは同じだよ。僕にどっちがいい? なんて訊かない方がいい。髪型でも服でもね」
「確かにそうね」
なんの参考にもならない。でも今が一番似合ってると言われて嬉しい。
「寒い? 手が冷たい」
レイは私の手を握って言った。左手の傷はもうすっかり塞がっているけど、薄く痕が残ってしまった。
「寒いわ。廊下には暖炉がないから。でも大丈夫よ。凍えるほどじゃない」
「本当? すごく寒そうに見える」
私の左手の傷跡に口づけてから、レイは続ける。
「もう少し着込んだら? 肌着を何枚か重ねるといいらしいよ」
「これ以上着込んだら、髪を結うのに腕が上がらなくなるわ。それに太って見えるでしょ」
「太って見えて何か不都合がある? 僕はそんな事気にしないのに……」
そこでレイはふと黙ると、少し怖い顔をして言う。
「他に誰か、綺麗に見られたいと思っている男がいるわけじゃないよね?」
「そ、そんな人いるわけないでしょ!」
慌てて否定したけど、その様子が逆に怪しく見えたようで、レイは目をすがめてじっとこちらを見た。
無言の圧力が恐ろしくて、私はさらに続ける。
「本当よ! 嘘じゃないったら!」
だけど言えば言うほど嘘っぽくなる。レイは私の手を握ったまま話す。
「好きな人ができたとメイナが言うなら、僕はそれを応援すべきなんだろうね。番の幸せを一番に想うのが、番というものだから」
「だから違うったら」
「でもそれはできそうにない。相手の男が僕よりメイナを愛してメイナを大切にするなら、自分の辛さを押し殺して譲れるのかもしれないけど、そんな男はいるはずがないから」
「すごい自信ね」
私はからかうように言った。レイも勝ち気に笑う。
「だって僕はメイナの番だからね。番の相手が重なる事はないから、メイナの番は僕一人。そして番である僕よりメイナの事を愛せる男はいない」
そう言って私を抱きしめてくる。私と一緒にいると、常に体のどこかをくっつけていないと気が済まないのだろうか。
だけど私もそれを受け入れている。レイに抱きしめられるのも手を繋ぐのも嫌じゃない。
「僕の事を好きだと言って」
「え?」
突然甘えん坊の女子みたいな事を言いだしたレイに、私は聞き返す。レイは少し恥ずかしいのか私を抱きしめて顔を上げないまま言う。
「これまで、僕は結構強引にやってきてしまったかもと心配してるんだ。結婚を前提に付き合いたいと言って、メイナを家に住まわせて、メイナに断る余裕を与えさせなかっただろう? もちろん断られたくないからそうやって素早く動いてきたんだけど、常に少し不安なんだよ。メイナは本当に僕の事を好きなんだろうかって」
「そんな事気にしてたの?」
意外に思って呟いた。でもそうか。私は今までレイに好きだと言った事はないかもしれない。いつもレイが「好きだよ」と言ってくれるから、それに「ありがと」と返すだけだ。
抱きしめてくるレイから少し離れて、私は彼の目を見て言う。
「いくら私でも、特に好きでもない人と付き合ったりしないわ。その人の家に一緒に住んだりもしない。私はレイの事が好きだから、今もこうやって側にいるのよ。私はレイの優しいところが好き。私の事をすごく心配してくれるところや、私のやりたい事を応援してくれるレイが好き。それに笑顔も好きよ。柔らかくほほ笑んで私を見る顔も、私の事をからかう時にちょっと意地悪に笑う顔もね。あとはドラゴンに変身したレイも好きだわ。最近可愛く思えてきたの」
私は笑って、レイの金色の髪に手を伸ばした。
「それにあなたの髪も好き。美しい金色で、暖かみがあるし、何より手触りがいいのよ。少し細くて柔らかくて、さらさらしてる。あなたはよく私の髪を撫でるけど、私もレイの髪をこうやって撫でるのが好きなの」
じんわりと顔を赤くし始めたレイの髪を満足行くまで撫でてから、こう続ける。
「好きよ、レイ。愛してるわ。私、バクスワルドに来てよかった。こっちに来てレイと接するうちに、あなたの好きなところをたくさん見つけられたから。……ねぇ、顔が真っ赤よ」
「君がそんな事言うから」
「言ってと言ったのはレイなのに」
レイは気恥ずかしそうな、それでいてとても嬉しそうな、感動したような顔をしている。
「僕も今では、メイナがバクスワルドに来てくれてよかったと思ってる。ミュランで君を番だと思った時は一目惚れに近い感情だったけど、仕事に対する情熱とか、意外と気が強いところとか、君の色々な姿を見て知るたびに、また好きになるんだよ」
そう言ってから、照れつつ続ける。
「……じっと見過ぎだよ」
「レイが顔を赤くするなんて珍しいから」
「じゃあメイナも赤くなってもらおうかな」
調子に乗ってからかっていると、レイは片手で私の目元を覆い、不意打ちでキスをしてきた。
何度か口づけを繰り返すと、レイが手をどけた時には、顔を赤くしているのは私の方だった。
「ほらね」
レイは満足気に笑って言う。
悔しいけど、レイのこの笑顔も好きだから、私もどうしようもない。
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