第12話 儀式
森は不気味で、野生動物は多いものの、どこか恐怖に怯えたような動きをしていた。
「気分が優れませんか」
リサがフェイルを気にかけた。
「いえ、ただ森の雰囲気が気になって」
「普段通りです。この森は昔から不気味なんです。凶悪な魔物は居ないので、理由はわかりませんが」
「儀式って、この森に関係あることだったりするのかな〜?」
マーナは首から下げた宝石のネックレスを振りながらマカグレンに返答する。
「正直、よく知らないのよね。先祖代々続けてることって位しか聞かされてないし。この宝石も大事なものってことしか知らないし」
何かを隠してる様子は全く無く、マーナは本当に何も知らないみたいだった。
森を進んでいる途中は時々魔物に遭遇したが、どれも弱い個体が多く、そもそも襲いかかってくる魔物が少なかった。襲いかかってきたとしても。
「いよっと!」
マカグレンが拳を一撃入れただけで、魔物は倒れていった。確かにこれならマカグレン1人でも十分護衛可能だろう。
森に入って1時間ほど進んだ頃、ようやく儀式が行われる場に着いた。
「神殿って感じだねぇ〜」
森の中にポツン、と神殿が建てられており、重厚な扉は固く閉まっていた。
「この宝石をこの穴にハメないと、扉が開かない仕組みになってるのよ〜」
マーナが壁のくぼみに宝石を差し込む。
すると、ゴゴゴと地鳴りのような音が鳴り、扉が開いた。扉が開いたことを確認し、マーナは宝石を回収した。
「入るのにも使うし、儀式にも使うから持っていかないとね」
「時間が経つと自動で閉まります。急いで中へ」
リサに言われるがまま、全員神殿内部へと入った。中に入ると、リサはマーナを背中から下ろし、自分で歩かせた。
神殿の中は薄暗く、天井付近にある、多数の小さな隙間から差し込む光によって照らされていた。神殿の中はシンプルな作りで、奥に祭壇、手前には傍聴席のように椅子が並べられていた。
「さ、姫。お願い致します」
「わかってるわよぉ」
裾の長い衣装で歩きずらそうにしていたが、ヨタヨタと祭壇に近づいていく。
「俺たちはどうしたらいいかな〜?」
「椅子に座ってマーナ姫を見ていてくだされば良いです」
そう言ってリサが椅子に座ったので、フェイル達も座った。
マーナは宝石を祭壇にある台座に置いた。
「では、始めます」
そばに置いてある神楽鈴を持ち、舞いを始めた。すると、それに呼応するかのように宝石が光り始めた。舞い続けるほど、どんどん光が強まっていく。
「うわっ、眩しい」
フェイルはたまらず手で視界を覆った。
「この位まで光が強くなったら、あとは弱まっていきます。光が無くなったら儀式は終了です」
マーナは真剣な表情で舞いを続けていた。しかし、光は弱まるどころか強くなっていった。
リサは異変を感じとり、立ち上がった。
「姫!儀式は中止です!」
大声で呼びかけるも、マーナは止まる気配がなかった。
「何を...」
リサが近寄り、肩を押さえて止めようとした。
「ジャマ ヲ スルナ」
マーナが腕を払うと、リサは吹き飛ばされ、入り口の壁に激突した。
「がはっ」
「リサさん!」
フェイル達がリサに駆け寄った。大きな怪我はしていないようだが、激突による衝撃を受けた体はすぐに動かせなさそうだった。
「私の事はいいです。あの子を止めてください!」
その言葉を聞き、マカグレンは一目散にマーナの元へ駆け寄った。
「マーナ姫、一度中断しよう〜」
リサと同じように動きを止めようとしたが、バチン!と手を振りほどかれた。
「いったぁ〜」
マカグレンの手は赤くなっている。
「ちょっと強引だけど...」
マカグレンは両腕を使い、マーナを後ろから羽交い締めにした。
「キ、サマ」
マーナは振りこどこうと体を動かすが、マカグレンは離れない。マーナの後頭部に、額をゴツンと当てた。
「ごめんね〜」
すると、マーナの体はビク!と一度痙攣し倒れた。宝石は輝きを失い、神殿内部は急激に暗くなった。
「姫!」
リサが慌てて駆け寄る。
「どうやっても止められなさそうだったから、ちょっと軽い脳震盪を起こさせてもらったよ。大丈夫、少しすれば目を覚ますよ〜」
「...ありがとうございます。しかし、今のは何だったのか。明らかに姫ではない者の気配がしました。そもそも、姫は戦闘の訓練を受けたことすらない子です。あんな力があるはずない」
先程のマーナは異質な気配であった。フェイルがマーナと共にいた時間は短いが、それでもマーナとは違う、まるで別人がマーナの中に入り込んだかのような感覚を感じていた。
「一度帰りましょう。マーナ姫のお父さんに聞けば、何か分かるかもしれませんし。あの宝石回収しておきますよ」
フェイルは祭壇にある宝石を手に取った。
「う...。気味が悪いな」
宝石を見ると、赤く美しかった宝石は濁り、赤黒く血のような色合いになっていた。
リサは再びマーナを背負った。
「行きましょう。長居は無用です」
出入口の重厚な扉は、中からだと簡単に開けられるようだった。
外に出ると、フェイルは辺りを見渡した。
「...? 先ほどのマーナ姫の気配で生物が逃げていったのでしょうか」
先ほどまで感じられた、生物や魔物の気配がない。森は静まり返っていた。
「その可能性はあるかもね〜。元々不気味だったけど、さらに気味が悪い雰囲気だねぇ」
マカグレンは周囲への警戒を強めたようだ。
3人はマーナを連れ、森を駆けていた。来る時に居た魔物たちも総じて姿が見えなくなっていた。
「っ!止まって!」
マカグレンの合図で、全員が止まる。
リサは2人の後ろへと下がった。
薄暗い森の中、姿を現したのはツノが大きい黒いガーゴイルだった。
「あいつは...」
「フェイル、知っているの?」
「以前、修行僧の里に来たガーゴイルに似てます。もしかしたら、アランさんが取り逃がしたやつかも」
「トヲル様を殺したガーゴイルか...」
マカグレンもアランから話は聞いていた。先日の襲撃の際、異様に強いガーゴイルが居て、それを取り逃したと。
「ケッケッケ。こんな森で何してんだぁ?」
黒いガーゴイルはニヤつきながら姿を現し、話しかけてきた。
「やはり、フェイルの見立てで間違いなさそうだねぇ。喋れるガーゴイルなんてそう居ないだろうし」
マカグレンは素手で構えをとる。
「隊長、武器は使わないんですか?」
「俺は得物を使うのが苦手でね。素手が1番やりやすいんだよ〜。フェイルは姫達を守っておいて。こいつは俺が相手するから」
前回のように、相手が刃物を使う場合は仕方なく武器を使うのだろうが、今回は人型の魔物相手で相手も素手だ。となれば1番戦いやすいスタイルで対応するのは当然だろう。
「おぉ?俺様の爪は刃物より痛ぇぞぉ?大丈夫かぁ?」
ガーゴイルは煽るように爪を見せびらかしている。
「お前は、何が目的でここに現れた?」
「一言で言えば、異質な気配がしたから偵察に来ただけさ。だが今は何も感じねぇ。後ろの嬢ちゃんが関係あんのかなっ!」
先ほどまで前方にいたガーゴイルが消え、リサの後ろへと回り込んでいた。マーナを掴もうとガーゴイルは腕を伸ばした。
「させないよぅ!」
マカグレンも瞬時に回り込み、掴もうとした腕を蹴って弾いた。
リサも敵の動きは見えていたようで、マーナに触れられないよう後退した。
「ほぅ。お前らなかなかやるじゃねぇか!こんだけ強い奴らが守ってんだ。この嬢ちゃんが訳アリって事で間違いねぇな」
ガーゴイルの標的が、完全にマーナに向く。
「この子には触れさせないよ!」
マカグレンの打撃が、ガーゴイルに浴びせられた。ただの打撃音ではない、ドン!ドン!と空気が震えるような鈍い音が鳴り響く。
「ぬぐっ、こいつは衝撃、いや振動か」
「大当たり!」
ガーゴイルは攻撃を避けつつ、反撃しようと拳を振るうが、マカグレンの側面からの打撃に腕を逸らされ、防戦一方だった。
最後は両手を合わせてガーゴイルの腹部に当てる。
ドンッッ!という鈍い音と共に、ガーゴイルは吹き飛んだ。
「けっ、技術だけでここまで強い打撃を可能にするとはなぁ」
マカグレンとガーゴイル、2人はその場からどんどん離れていった。
「今のうちに逃げて下さい。今の森なら魔物に襲われる可能性は少ないはず。俺はマカグレン隊長を追いかけます」
フェイルは手に持った宝石をリサに渡そうとした。
マカグレンは明らかにマーナ達が逃げる時間を稼いでいるように見えた。最悪の場合も考え、フェイルはマカグレンのサポートにつき、リサ達を先に逃す方が良いと考えた。
「いえ。我々は逃げません。あのガーゴイルの仲間が隠れているとも限りません。マカグレン殿が勝つことに賭け、共に行動した方がよいでしょう」
弱い魔物ならともかく、あのガーゴイルのような魔物に襲われた時、マーナを背負ったままでは対処のしようがないのだろう。
「...分かりました。ではなるべく気付かれないように隊長を追いかけましょう」
フェイル達は抜き足でマカグレンの後を追った。
ガーゴイルは相変わらず防戦を続け、後ろに下がり続けていた。
「こんなに攻撃当ててるのに、手応えを感じないねぇ」
マカグレンは自分が優勢なのにもかかわらず、まるで倒れる様子のない敵に違和感を覚えていた。
「...ん?何だこの気配は」
ガーゴイルが突如、翼を広げ大幅に後ろに下がった。そしてそのまま、森の奥へと飛んで行った。
「っ!待て!」
マカグレンは後を追う。その先に辿り着いたのは、先ほどの神殿であった。
「これかぁ、さっきの気配の正体は!」
ガーゴイルは天高く飛び立つと、雄叫びを上げた。
「ギェアアアア!」
マカグレンは思わず耳を塞ぐ。
「なんて声量、それにオーラ。何をする気だ」
叫び声が止まると、キィィィィンと甲高い音を立てながら、ガーゴイルが空から垂直に落下してきた。下には神殿がある。
「まずい!」
マカグレンは慌てて木の陰に隠れた。
ズガァァァァァァァン!という爆音と共にガーゴイルは体当たりで神殿と衝突した。
辺りには爆風と岩の破片が一斉に飛び散った。
「っぐ!まるで爆撃だねぇ」
辺りが落ち着き、木の陰から顔を出すと、グチャグチャに潰れた神殿の姿があった。もはや建物としての姿はなく、ただ瓦礫の山が積み重なったような状態だ。内部の設備や物はもはや姿形も残らないほど粉々だろう。
その瓦礫の頂点には、ガーゴイルが立っていた。
「ふぅ。悪かったな、変な疑いをかけて。どこかでまた手合わせしようぜぇ」
再び空は飛び立つと、ガーゴイルはそのまま戻ってくることはなかった。
「...。一応勝ったって事でいいのかな」
「隊長!」
「マカグレン殿!」
フェイルとマーナを背負ったリサが慌てて駆け寄ってきた。
「やあ。ガーゴイルは居なくなったよ。けど神殿が壊されちゃったぁ」
「おそらく、この神殿に何かを感じ取ったのでしょう。仕方ありません。姫が無事ならそれで良いのです」
リサはマーナの頭を撫でた。
「とりあえず、さっさと帰ろうか」
再び、一行は森を出るために駆け出した。
ガーゴイルが居なくなったからなのか、神殿が無くなったからなのか、生き物や魔物が戻ってきていた。特に、魔物は気性が荒くなっていて、道中には何度も襲いかかってきた。
フェイルも剣を抜き、対応した。幸い、気性が荒くなったとはいえ強い魔物ではないため、手負いのフェイルでも対処できた。
森を出る頃には陽は落ちかけ、夕方なっていた。
「ん、あら?私は今まで何を」
国に着き、屋敷へ向かう途中にマーナは目覚めた。神殿についたところまでは記憶があるようだが、それ以降は何も覚えていない様子だった。
「っ!なんか頭が痛いわ」
恐らくマカグレンによる頭突きのせいだろう。マカグレンは顔をそらして知らんぷりをしていた。
屋敷に着くと、兵士たちが一斉に駆け寄ってきた。
「姫!!ご無事でしたか!何やら爆発音がして心配しておりました」
ガーゴイルによる神殿破壊の音は、ベルン王国まで届いていたらしい。
「私は大丈夫。あら?」
マーナが兵士たちと話していると、屋敷の中から荘厳そうな中年の男が歩いてきた。
「お父様!」
体は大きく筋肉質で、顔は強面だ。まるで屈強な戦闘民族という見た目である。
誰が見ても、初見では体が強張るほど、怖い見た目をしていると感じるだろう。
「あぁ、愛しいマーナ。大丈夫だったかい?怪我は?怖くなかったかい?」
見た目とは裏腹に声は高めで、優しい手つきで自分の娘の状態をくまなく確認していた。
「やあ、バルド。元気かい」
マカグレンが強面の男に向けて手をひらひらと振る。
すると、我に返ったかのようにコホンと咳をした。
「護衛ご苦労であった。一度、屋敷に入りなさい。詳しい話はそこでしよう」
声色は荘厳な感じに変わったが、声は変わらず高めだった。先ほどとのギャップを見て、フェイルは少し笑いそうになった。




