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第一話 王子の誘拐

とある国の王子とその家族が住む大きな城。そこでは朝昼晩、決まった時間になるとワゴンを運ぶ音が聞こえる。その音は、決まってある部屋の前で止まり、初老の執事が一言発する。


「フェイル様。ご夕食置いておきます」


その言葉は、扉の向こう側にいる人物に向け発せられている。だがそれに返答はない。ワゴンを置き、速やかにその場から立ち去る。誰かが近くにいる状態では、扉が開くことは決して無いからだ。


そこから数分経ち、執事の姿が見えなくなった頃、その部屋の扉はゆっくりと開く。


「...はぁ」


ため息を吐き、ボサボサの黒髪を掻きながら、生気のない青年が部屋の扉を開ける。

体はやつれ、目には隈が出来ている。


ワゴンから食事の乗ったトレイを取り、そそくさと部屋に戻る。


部屋のカーテンは閉められており薄暗く、カーテンの隙間から入る、わずかな日光が、部屋唯一の灯りである。


部屋は広いが、大きなベッドやタンスがあるだけで、非常に簡素な部屋だ。


地べたにトレイを置き、あぐらをかいて座り、食事を摂る。


青年は今日も流れ作業のように、食事を口に入れる。


運ばれてくる料理はどれも一級品で、国に認められた料理人が作っている。美食家も舌を巻くレベルであるが。


「やっぱり味がしないな」


フェイルは味覚を感じない。いや、3年前から感じなくなっていた。


食事を終えた後は、食器をワゴンに戻し、またベッドに戻る。そんな生活を送って、3年が経過していた。


フェイルは引きこもってはいるものの、死ぬ勇気は無い。料理人たちの苦労を知っているし、食事を運んでくれる執事にも恩がある。

彼らに対する最低限の礼儀として、運ばれる食事だけは残さない。


それでも、彼の体は痩せ細っていた。

三年間ほとんど日光を浴びず、運動もせず、気力を失った身体はゆっくりと衰弱を続けていた。


「はあ。なんで生きてんだろ」


そんな事をぼやきつつ、いつも通り、食器を戻すために部屋の扉を開けると、そこには1人の女性が立っていた。


「なっ...アンタ誰だ」


フェイルが言葉を発した次の瞬間、腹部に蹴りを入れられ、そのまま部屋の後方へ吹き飛んだ。持っていたトレイも吹き飛び、ガシャンが割れる音が耳に入る。


「へぇ。アンタが引きこもり息子ってわけ」


鈴のような凛とした女性の声が聞こえた。城では聞き覚えのない声だ。家族でも、使用人でもないことは明らかであった。


「...何者だ?」


「私はアカリ。ただの盗賊よ」


赤い髪が特徴的で、綺麗な顔立ちをしている。

だが、体の動かし方から、見た目からは想像出来ない「強さ」が伝わってくる。


フェイルは引きこもってるとはいえ、それ以前までは剣術や魔法の訓練をしていた。一般的な盗賊程度なら、難なく相手できるだろう。だが、目の前の盗賊はそうはいかないだろう。


そもそも、城の警備はザルじゃない。どうやったのかは知らないが、この場にいる事こそが、彼女が実力者である証なのだ。


「何が目的だ。金か?宝石か?」


「んーん、違う」


彼女は首を振ると、真っ直ぐ前を指差す。


「アンタよ」


「...え?」


一回瞬きをすると、目の前に居たはずの盗賊は消えていた。


「どこへ...」


盗賊を探そうとした時、後頭部に強い衝撃を受け、フェイルは意識を失いその場に倒れた。


「これも仕事なの。悪いわね」


盗賊はフェイルが瞬きをした一瞬で後ろに回り、手刀で気絶させていた。


盗賊はフェイルを攫うために体を持ち上げる。


「軽っ!本当にこんなのが王子なのかしら」


引きこもり王子が誘拐された今日、彼の止まっていた時が再び動き出した瞬間であった。

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