第59話 お風呂3
ゆっくり風呂に浸かって体中を洗って……髪の赤い部分を荒く擦って洗い落とそうとする。が、しつこくへばりついて色落ちすらもしない。
洗って落ちるようなもんでもないか。諦めて普段通りに洗い、シャワーで泡を流して髪のセットが無くなった一部が赤い髪を鏡で眺める。
気味が悪い程に綺麗な赤だ。髪染め用の色にするには目立ち過ぎている。
というかコレ……色がおかしい。ただの赤では無い気がする。
鏡越しに自分に生えた赤を目カッ開いて観察する……。
「うん…………ん? え?」
不気味な程に綺麗で不自然な赤色だとしか思っていたのだが……。
赤色の髪を手で覆って光を遮って見てみる。
なんだか、少し輝いていないか? この髪が光源になってる?
微妙に透明に輝いていて水や鏡に光が反射している。光が微少過ぎて気付かなかった。
光源化している髪……シオンの昔話では魔力を持つ人間は髪にも魔力を帯びていると聞いた。そして、魔力が濃ゆければ極彩色に輝いて、それを凝固させると質量を持って弾丸みたく放つ事が出来るとか。
トンデモ兵器である。
その兵器がこの髪に宿っているのか。
シオン曰く、人体に穴を開けて魔力同士をぶつければちょっとした引力が出て。『奇跡』と相性がとても良い。
それが髪に宿っている今、俺は生物兵器状態と。
「………………よし切ろう」
コレは俺の身に余る。
風呂の栓を抜いて乾燥機を付けて。寝巻きに着替えて鏡の裏から鋏を取り出す。
鏡を見てしっかりと狙いを定めて赤色の根本からザクっと…………切る前に少し躊躇う。
生物兵器の赤髪を切ってしまって良いのか? 切った途端に魔力の塊が炸裂して頭が穴だらけにならないか?
どうする。今切るのは早計か。早計だろうな。焦り過ぎたか。
一旦手を降ろして一度冷静に
「信世ぁぁぁぁぁー!!!」
「深夜にデカい音出すなボケェ!!!」
「あぶねっ」
深夜に鳴らしてはいけない音量で扉を開ける馬鹿。
アホ面で満面の笑みを浮かべている馬鹿のその腹立つ顔に瞬間沸騰した怒りをぶつけるが如く、手に持った鋏を閉じて馬鹿の額に向けて投擲する。
狙いは正確。一寸のズレもなく馬鹿の額へと一直線に飛んで行き、額を庇った馬鹿の掌に刺さる。
「手がアァァァァ」
本日何回目かの痛みによって転がり悶える馬鹿の掌から鋏を引き抜く。
「手がァァァァ手ッ手の穴がァァァァ!!!」
これが無いと髪が切れないじゃないか。
「手がァ! 穴がぁぁぁぁぁ……痛み引いて来たわ」
「キッショ」
鋏を抜いて数秒も経たずに穴が塞がる。その様に人知を超えた人外じみた奇怪さを感じて気持ち悪さから身を引いてしまう。
この馬鹿にこんな治癒能力がある『奇跡』が宿ったのは殴り甲斐が出来て喜ばしい事ではあるのだが、やはり人間らしさが無いこの能力にはえもしれない不快感があってあまり直視したくない。
鋏を元の場所に戻して鏡に向き直り、中途半端に切れた自分の髪を見る。
さて…………。
「翔流」
「どしたん」
「シオンを呼んでくれ」
「おっ、もしやここで二人きりになってあんなことやそんなことを」
「うるせぇさっさと連れてこい。また刺すぞ」
「あっはい……」
今度は丁寧に扉を閉めてシオンを呼びに行く翔流。
少ししてゲーム途中だったであろうシオンが不機嫌な顔をしながら、両腕で小鳥の小さなぬいぐるみが抱きかかえて洗面所に入って来る。
「なぁに。急に呼び出してさ」
ゲームをする為に髪が視界を邪魔しないようヘアピンでしっかりと前髪左右に固定させている。顔に掛からなければ良い考えで付けたであろう非常に雑な付け方が大変気になる。が、そんなのは些細な事だ。今気にするに値する程の物ではない。
この髪の毛、この床に落ちた真っ赤で微かに光る生物兵器であろうコレの方が、何倍にも格段にも気にするべき物である。
「あのさ……これって」
「あっ、勿体ないなぁ」
それを指して異世界由来で脅威の塊であろうコレについてシオンに質問しようと俺が語り掛ける前に、彼女が髪の毛を集め始める。
あんまりにも緊張感が無く、彼女の言う通り「勿体ない」だけでしかない節約精神のみで動いているようなその姿にボーと見るしかない。
せっせと集めて小さな手のひらに切り落とした髪の毛を全て乗せ、赤い髪の束を見詰める彼女。
そして髪の毛を息で吹き飛ばしてしまわないように慎重にゆっくりと、しかし情愛を持った、小学生の体に見合わぬだらけきった笑みを浮かべて頬ずりをする。
この時どういった反応を示すのが正しいのかは分からないが、自然と俺の身体は背筋に悪寒を走らせてしまっていた。
一体何なのだろうか。俺はこの髪を切り落として大丈夫だったのかと聞きたかっただけなのに何故このような他人の不可思議な行動を見せ付けられているのだろうか。
こうやって自然にやってのけたのだからいつもやっている日常的なルーティーンだろうから、彼女としては見せつけているつもりは無いのだろうけれど__これが普通でいつもやる様な事は異常で理解し難い事ではあるのだが__結果的にこの異常行動を俺に見せ付けるような形になってしまって困惑極まりない心境だ。
こういう時、どう反応すれば良いのだろうか。
「で、どうしたの。急に呼び出してさ。もしかしてこの髪の事でお話があるとか?」
戸惑って反応に困っていると彼女にそう言われる。
「その……それってそんな危ない物じゃないのか? 切ったら爆発したりとか」
「なに言ってんの。そんな危ないのじゃないよ」
「そうか……良かった」
気が抜けた声で話す彼女を見てこの髪への警戒を解く。
そうか、そんな危ない物じゃなかったのか。俺が過度に警戒していただけで大した物じゃなかったのか。
「それで、用事ってそれだけ? 今良い所だったんだから戻って良い?」
「あ、ああ……いや良くはない。もう少し聞きたい事がある」
来てくれたついでに聞きたかった事を消化しようと引き留める。
ドライヤーをしていた時に少し話したが、この赤い髪がシオンのお兄さんの物だという情報しか聞いていない。聞きたい事の1割も聞けていないんだ。出来るだけ情報を引き出したい。
「えー。それって長くなる?」
「まぁ……そうだな」
今から全て聞き出すとしたら3時間は掛かるのは間違いないだろう。そんな情報量を一度に聞こうだなんて思っちゃいないが、最優先で知りたい事は先に聞いておいた方が良い。
だがなぁ……見ての通り彼女はゲームにハマってしまっている。完全にリラックスモードだ。真面目な話をする雰囲気ではない。
どうしようか。
一つだけだが一応策は思いついたのだが……。夏休み初日に贅沢するのは少し気が引けるな。
財布の中身を思い出す。
一度の軽い贅沢程度で金欠になる事は無いがやはり出来る事なら浪費はしたくない。だがまぁ……良いだろう。それで大事な情報が手に入るかも知れないなら浪費する価値はある。
よし
「今から買い物に行こう。好きなもん買ってやるよ」




