第40話 天井の染みさん
「だ、大丈夫!?」
床の黒ずみから天井の黒ずみになってしまった天井の黒ずみさん、ではなく床の精霊さんを助けようとして天井の真下に向かう。その後ろをトコトコと小走りに着いてくるきりるんとその他大勢の小さなぬいぐるみ達。
「みんな落ちないように気を付けて」
ぬいぐるみ達が穴に落ちないようにと後ろを向いて声を掛ける。
声掛けに反応して小さなぬいぐるみ達が立ち止まり、何かを探すように廊下のあちらこちらを見回す。きりるんも周囲を見渡してきょとんとした顔をする。
どうした。ボクが変な事を言ってるって言いたそうな顔じゃないか。
「みんなどうしたの。まるで、ボクがおかしな事言ってるみたいな顔しちゃってさ」
ぬいぐるみだから表情は固定されている筈なのに、何故だかみんな困惑した表情してる気がしてしまうのは何故だろうか。
あれかな、この子達は考えてる事がすぐ行動に現れる分かりやすい子達だから、表情なんか無くても分かりやすいのかな。『奇跡』で創った子達全員、体の全部を使って感情表現してくれるから喋らなくても何言いたいのかなんとなく分かるんだけど、今回に限ってはよく分からない。
首を傾げてボクの顔を見る子も居れば、ずっと周囲を見渡していたり、他の子と多分話しているであろう動作をしてる子も居る。
ぬいぐるみ達のファンシーな空間を見せ付けられて、おどおどしているこの子達と同じようにボク自身も何をすれば良いか分からなくなってしまう。
「え、えっと、みんなホントにどうしたの?」
「ご主人、穴、直ってるよ」
きりるんがボクの後ろの床を指して教えてくれる。
「えっ、そうなの?」
「うん。ご主人ずっと気付いてなかったね」
天井に貼り付いた床の精霊さんと純粋無垢な瞳でナチュラル煽りするきりるんを一旦頭の片隅に投げ捨てて穴が空いていた場所を見る。
空いていたはずの床は綺麗に真っ新な状態に戻っており汚れ一つも無い。何年も使われてくすんでしまった周囲の床の色と違って、完全に綺麗な状態になっていて逆に目立ってしまっている。
ここまで如実に変わっているのに何故気付かなかったのだろう。
まぁ、気付かなかった理由は分かってる。認識阻害の能力を受けたとかそういうのではなくて、多分ボクが天井の精霊さんになってしまった床の精霊さんをずっと目で追ってしまっていたからだ。
ずっと目で追っていたから飛び出た瞬間は流石に床を見ていたんじゃないかと思われそうだけれど、その時の床は光に完全に覆われていて綺麗か汚いかも穴が空いているのか塞がっているのかも何も見えなかった。
その後は、ずっと天井に貼り付いて「ミ」も発していない完全な天井の染みになっている精霊さんを熱心に見入っていたから床の綺麗さに目が向かなかったんだ。
「なるほど……だから、みんな様子がおかしかったんだ」
「ご主人も様子がおかしかったのだ」
ボクの言った事に続いて無神経な言葉で返すきりるん。きっと彼の言葉に悪気は欠片も無いのだろう。
見てよこの透き通った瞳を。何も分かっていない曇りも悪意も一つも無い澄んだ瞳をさ。悪意が無いから余計に腹立つよ。
「きりるんちょっと黙ってよっか」
「え、なんでぇ!?」
少しイラっとして吐いた言葉にショックを受けてゲームキャラのモーションみたいに分かりやすくしょんぼりとした動作をする。
見た目が浮世離れした和服風の装いをしたイケメンだからゲームキャラにしか見えない。元ネタ自体がゲームキャラだから当たり前ではあるけれど、現実でこれを見るときりるんの存在する空間だけが違和感以外存在しない不思議な空間になってしまう。
きりるんの純粋無垢なキャラクターは愛されキャラとしての側面が強いのだけれど、こうも無神経過ぎるとその愛されキャラも憎たらしく見えてくる。元ネタの銀之助君はもっと知的な子なのにどうしてここまで格差が出てしまうのだろうか。
「あ、あの……」
とかなんとか考えていると、天井から染みが喋り始めた。
「て……天井の染みが喋ったぁぁ!!」
「天井の染みの精霊さんも居たのだ!?」
「ボケないでください。私です。床の染みです」
ボケていないで助けてください。と冷静に訂正しつつ助けを促す床の精霊さん。ボクはわざとだけれど、きりるんに関しては多分本気で天井の染みだと思ってそうだ。
というか、今自分の事を床の染みって言ったな。最初からゴミか染みかと思ってたけれど、そういう風に見られてる自覚はあったのか。
ずっと天井の染みにしておくには可哀想なので、きりるんに肩車してもらって天井の染み__じゃなくて床の染みの精霊さんを剥がしに行く。
三つの点を一つ一つ剥がすのかと思って口らしき楕円になっている部分から取ってみる。すると、不思議な事に他の二つの点も一緒に取れてしまった。これって全部のパーツが別々に動かせれる訳じゃないんだね。
剥がした三つの黒丸の内、楕円部分のみをつまんだまま照明に照らしてよく見てみる。
床の染みの精霊さんが動く時は必ず一定の距離を保ってこの三つの点が一緒に動いていたから、予想は出来なくない現象だったけれども…………一つの点だけ持っているのに他の点が落ちる気配が全くしないのは不可思議な体験で気になってしまう。
何か特別な線で全ての黒丸が繋がっていたり、透明な板の上に三つの黒い点が張り付いているだけなのかと疑ってしまう。
しかし、照明に照らしても黒丸同士に何も線とかの繋がりらしき物が無い。
そういう生命体としてこの床の染みの精霊さんは生きているのだろうか。今は空中に浮かせているから、空気中のゴミみたいな物だろうか。
「ご主人……? 降ろして貰えると嬉しいのですが……」
唐突の晒し首ならず晒し点にされてしまって、意図が汲み取れずに困惑してしまったのだろうか。不安そうな声を上げる床の染みの精霊さんだった空気中のゴミさん。
「あ、ごめんごめん。今から降ろすね」
今回は少し短いですが、ここら辺がキリの良いので一旦区切ります。
シオンちゃんが来てから艶縫宅はずっと騒がしいけど近所迷惑じゃないの?と思う方が居ると思います。私もそう思います。
安心してください。色んな作品でいくら騒いでも近所からクレームが無い物はたっぷりあります。そういう場所という事にしましょうそうしましょう。




