閑話 目覚める元一般人3(終)
屋上には俺と警備員の二人のみ。声質からして目の前の二人ではない。当然、俺の声でもない。
俺の声はもっとガキ臭い声のはずだ。こんな知らない渋いおっさんみたいな声を知ってる訳…………そういえば今の俺はいつもと違う声なんだった。声だけじゃなくて体もだけど。
ウーーーー
遠くからパトカーの音が聞こえる。
音の長さは四秒。パトカーの音は四秒と八秒の二種類があるらしく、短い方は緊急性が高いのだとか。
この付近でパトカーの音が鳴るのは珍しいな。この辺りの地域は比較的治安が良いから、この音を聞くのは久々だ。
そこそこ距離があるはずだけど、やっぱり緊急時に出す音なだけあって相当うるさい。
「もう来ちゃったか」
警備員のおっさんがサイレントのする方を見る。
このおっさんが警察を呼んだみたいだ。対応が早過ぎて感心してしまう。
「ごめんね。おじさん達に着いてきてくれないかな」
「いやぁ、そうしたいんですけど、ちょっと用事があって行けないんですよねぇ」
適当にはぐらかして逃げようとするが、出入口はいつの間にか到着していた三人目の男性の警備員に塞がれてしまっている。
こうしている間にもパトカーのサイレンが近くなってくる。屋上から下を見るとパトカーが一台到着していた。
こんな至近距離でサイレンを聞くのは初めてだ。耳が痛い。
『__________!!』
頭の中で響く怒鳴り声の様なノイズ。
またあの声だ。パトカーのサイレンよりも五月蠅い。
「____。____!」
警備員のおっさんが何か言ってる。
サイレンの音と頭の中で響く男の声で何言ってるか分からない。耳が上手く声を聴き取ってくれない。
警備員の二人が寄って来る。
逃げようとするけれど、どうも体が上手く動かない。変な冷や汗が流れる。
『____』
全身の感覚が急に鈍くなる。
パトカーのサイレンすらも聞こえなくなる。
両手の指先が一人で動き出す。
自分の意思を無視して体が学校近くに止まったパトカーの方を見る。
一体なにが__
「あ____________」
『なんで勝手に動いてんだ!?』
口が勝手に動いてノイズ混じりの知らない言語を喋りだす。
何が起きてるか訳が分からない。俺の意思を無視して体が好き勝手に動いてしまう。まるで夢の中で上手く動けないみたいな、そんな感覚。
ふわふわした感覚を持ったまま俺の体は勝手に動き出し、金網の柵を腕力だけで引き千切る。
「君、何をしてるんだ!!」
おっさんの声を無視して次々と金網を破壊していく。
ぐしゃぐしゃと紙を破るように千切っては投げ千切っては投げて、投げ捨てて。人一人入れるくらいまで金網の柵を開ける。
金網をこじ開けて屋上の端に片足を出して地面を確認する俺の体。
これって……多分そういう事だよな。
「待ちなさい!!」
警備員のおっさんも勝手に動く俺の体の意図に気付いたようだ。距離取って警戒するのを止めて、飛び降りようとする俺の体を阻止しに走って来る。
『ちょ、ちょっと待て!! 止まれ俺の体!』
静止する声を無視して、俺の体は躊躇なく屋上から飛び降りる。
グラウンドに向けて自由落下する体。目線は地面に固定されてしまって動かない。
(やばい落ちるっ)
どんどん迫って来る地面。咄嗟に目を瞑ろうとするがやはり体は言う事を聞かず、強制紐無しバンジーを体験させられる。
死ぬ間際は走馬灯が流れたり全てがスローに見えると聞くが、そういった感覚は一切無かった。
ただただ通常の再生速度でこの死の瞬間を視聴させられるだけだった。
そうだ。
そういえば、これは夢だった。
あまりにもリアルな感覚で忘れてしまう所だった。これは夢だ。
だから死んでも大丈夫。死んでも……
『だからって怖いもんは怖いんだよぉぉぉぉ!!!』
目を見開いたまま恐怖から逃れられずに地面へと両足を着ける。
『ひぃぃぃ……………………え?』
着陸して足が大変な事になるかと覚悟したが一切の痛みも無く無傷だった。むしろ地面の方が落下した衝撃で多少ではあるが抉れていた。
少しも怯むことなく着陸して即座に立ち上がって走りだす。行先は目の前のパトカーだ。
縮地法と言うのだろうか。目にも止まらぬ速さで即座にパトカーの前まで辿り着く。
外に出てきていた警察官が銃を構えて俺に向けているが、そんなものに構わず俺の体はパトカーの中心に向けて真っ直ぐ拳を振り上げて降ろす。
警察官が何か言おうとするがそれが聞こえる前にパトカーに拳が触れてしまう。
車を殴った所で少しへこむくらいだろう。そう高を括っていた。
『なっ!? パトカーがっ!』
拳が触れるのと同時に車が宙を飛び、部品を撒き散らしながら回転して吹っ飛んでいく。
ウーーーー
またサイレンが聞こえる。
「チッ」
舌打ちをしてサイレンが聞こえる方を睨みつける。
俺の体はこのままだとキリが無いと判断したんだろう。逃走経路を探るように辺りを見渡して……おい待て今何で空見た。
脚に力を入れる感覚がする。
この方向は艶縫の住んでるマンションか。この調子だと間違いなくその方向に向かうだろう。
(艶縫の家に行くということはほぼ確定で信世がセットだ。つーことは、この体が見せびらかせれるのでは!?)
と、調子の良い事を考えてはみるが現在の状況を整理するとそうも言ってられない。
まず見た目が違う。誰が気付くんだよこんなの。完全別人じゃねぇか。
しかも警察に追われてる。パトカー吹っ飛ばしたから犯罪者の仲間入りだ。やったね。
最後にこの通り。俺の意思とは全く関係なく動く体。これじゃあ会った所で何も出来ない。
脚に力を入れて大きく跳躍する。跳ぶ高さがあまりにも高くてこれじゃあ飛ぶと言っても変わりない。空からの夜景を楽しみたいがそんな余裕は無い。ドローンとかでゆっくり見れたら綺麗だと思えるのだろうけれど、雲に触れそうな程高く跳んでいて怖がらない人類なんて居るのだろうか………………信世なら大丈夫そうだな。
地上から大ジャンプを果たして地上の夜景を見る暇もなく爆速で跳ぶ体。風切り音と風圧をお供に高所の空中飛行の恐怖を味わっている内に、気付いたら紡祇のマンションの屋上に着陸していた。
次話からは、紡祇くん目線になります。




