第3話 血だまり
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時間はもう既に14時過ぎだ。多少ピークは過ぎたからなのか、昼頃は人でごった返しているフードコートもまばらではあるが席がいくつか空いていた。
おかげで、すんなりテーブル席を確保してゆっくり昼食を取れた。
ラーメンをそれぞれ一人前ずつ食べたが、それでも全く足らなかったので昼食後のデザートでドーナッツとクレープを追加で買って席に着く。
到着した時には本人確認しかしていなかったが、どうしてこんな姿になっているかが本人に一切聞いていない。ここに着くまでずっとオタク話をしていたので中々聞くタイミングが無かったのだ。
一応、紡祇以外があまり知らないことを知っていたり、紡祇本人のような立ち振る舞いをしていたからこの子を紡祇として話しているが、実のところ俺はこの子が紡祇本人だとは思っていない。欠片も思っちゃいない。
親友の姿を忘れるほどバカではないのだ。
紡祇をよく知る人物が紡祇と騙って来ているのか、もしくは紡祇を乗っ取って俺の前にいるのか、それとも本当にこの子は紡祇本人で朝起きたらこうなっていたのか。可能性を考えたらキリがない。
まぁ、ここはアニメでも漫画でもない。現実味があるように考えるなら、ストーカーや親戚が紡祇やその周辺のことを調べて俺の前に紡祇として来ているのだろう。それでも中々ファンタジーな感じだけれども。
しかし、なぜ紡祇を騙って俺の前に来ているのだろう。しかも、よりにもよって美少女が来ているのだ。彼の中ではこの姿は紡祇の姿に近いと思っているのだろうか。
まぁ、他人を騙って他人の友人と遊びに行く奴の考えだ。理解出来なくてもおかしくないだろう。今はとにかく紡祇本人の安全を確認しなければいけない。
そのためには、一度紡祇の家に行ってどうなっているかを確認しなければ。
紡祇は今年からマンションで一人暮らししている。俺は見ての通りこの子を監視しなければいけないので、こっそりと友人の中で紡祇の家を知っている男友達に連絡を取って紡祇の安否を確認しに行ってもらっている。何かあればすぐに連絡が来るだろう。
本当は裕太に頼みたかったのだが、全く連絡が取れないから仕方がない。
目の前に座っている彼に隠れて実は色々としているのだが、当の本人は口いっぱいにクレープをほおばって幸せそうにしている。さっきラーメン一杯食べたのによく食べる奴だ。
「それで、さっきは聞いてなかったが、なんでそうなってんだ」
美味しそうにクレープをほおばっている紡祇に、いや紡祇(仮)になんてことのない雑談のようにそう聞く。
「む? ほっほふぁっへへ」
「飲み込んでからで良いぞ」
多分「ちょっと待ってて」と言ったのだろう。口の中のクレープを頑張って飲み込んで、口の周りに付いているホワイトチョコを舐め取る。
そして、残り半分となったクレープを一気に口に詰め込んでこっちを向く。
「ほへへ、ほうひはほ」
なぜもう一口行った。
しかもまた喋れないくらいにパンパンに詰めやがった。アホなのかコイツは。
「ゆっくりで良いぞ。ごっくんしろ」
「んぐ……。ごちそうさまっ!」
おいしかった~と満足げに言う。
見た目も相まって彼が紡祇だとするなら普段よりも5割増しで可愛らしくて大変良い事だが、そもそもコイツが本人かどうか分からないから素直に喜びにくい。
今、紡祇の家に向かってもらっているヤツは自宅から走って行くと言っていたので、後10分ほどで家に着くだろう。陸上の大会前の丁度良いトレーニングだとか言って喜んで引き受けてくれたが、あとでお礼に何か渡しておいた方が良いだろう。
商品券1000円分で良いだろうか。
「それで、なんでそうなってんだ? 昨日の終業式まではいつも通りだったろ」
「うーん……わかんない。朝起きたらこうなってたんだよね」
「そうか。ていうか、なんで連絡くれなかったんだよ」
「あぁ、それは少し訳がありまして……」
なんとも言いづらそうに口をモゴモゴさせながら少し頬も赤らめる。
「朝起きたら穂波坂 銀之助くんが家に居たからなんだ」
「良い眼科知ってるぜ。案内するよ」
「幻覚じゃないからね!!」
何言ってんだ。ゲームのキャラが現実で見えている時点で重症じゃないか。
「まぁ、話だけは聞いてやろう。その幻覚は触れたか?」
「触れたよ。抱き着けれたし、ご飯作ってくれてたし、髪も綺麗にしてくれたもん。絶対幻覚なんかじゃないし」
参ったな重症だ。
この子は自分を他人なのだと思い込む以外にも、相当酷い妄想癖も患っているみたいだ。手遅れかもしれん。
「そうだな。うん。たしかにそれは幻覚じゃないかもしれないな。ところで近場に大きな病院あるんだが、今から行ってみるか?予約は取っておくよ」
「それ絶対に信じてないじゃん!!いやたしかに嘘みたいな話だけどさ!」
必死に伝えようとしているのは分かるが、やはり妄想にしか聞こえない。
彼があーだこーだ喚いているのを適当に聞き流しながら新作ドーナッツを食べていると、スマホに電話の着信が入ってきた。
相手は天馬 翔流。紡祇の家に向かわせていた男友達だ。
「すまん。ちょっと電話してくる」
「あれ、ここでして良いのに」
「ちょっとお前にサプライズをしようっていう電話でな。お前が居る所ではしてほしくないんだとさ」
「それ言っちゃって良いやつなの!?」
適当に理由を付けてそそくさとフードコートから離れる。
念のためフードコートとは一階下の少し離れたトイレで電話をする。
わざわざ電話してくる程だ。確実に何か良くない事が起きたのだろう。
「どうした翔流」
「出るのおせぇよ!こちとら大変なことになってんだよ」
かなり怒った口調で電話に出る翔流。電話の向こうでは何やらかなりざわついているようだ。
「すまんな。自称紡祇から距離取るのに時間掛かったわ」
一応しっかりとした言い訳はあるんだぞと言って本題に入る
「それで、紡祇の家で何が起きた」
「いやまだ紡祇の家には着いてないんだが、大変なことが起きてんだよ」
「まだ着いてねぇのかよ。じゃあ今どこだよ」
「裕太の家だ。俺ん家と紡祇の家の道中にあるのは知ってるだろ」
「あぁ、たしかにあるな」
翔流の家と紡祇の家の最短経路の途中には裕太の家があるのは知っている。翔流の家に色々とゲームがあるからそっちで遊ぶ時に、紡祇の家と裕太の家を毎回見ているからだ。通るついでに二人を誘って行くことはよくあることだ。
裕太と言えば、今日は朝からずっと一切連絡が付かないが、それは用事があるから出られないだけではないのだろうか。
「それで、裕太の家がどうした。火事でも起きてるのか?」
「それの方がまだ良いもんだよ。写真送ったから見てみろ」
通話をスピーカーにして翔流個人のメッセージに届いた画像を開く。
送られた画像はかなり荒れ果てた空き地の写真だった。警官と規制線の合間を上手く狙って撮ったもののようで、少しピントはぼやけているがその割にはそこそこ綺麗に撮れたもののようだ。
「なんだこれ」
「裕太の家だ」
「はぁ?」
俺の記憶の中にある裕太の家と比べてこれはまっさら過ぎる。地面が抉れて草一つ生えていない。周囲にはそこに元々建っていたであろう家の残骸があちらこちらに粉々に砕かれて散らかっていた。隣接している家の壁は何かに斬り刻まれたかのような跡が多数残っていた。
そして、一番目に付くのは空き地の中心にある大きな血だまりだ。血で真っ赤に染まった洋服らしきものが浮いてあるから恐らく人の死骸なのだろうが、判断材料がそれ以外何もないくらいに。ずたずたに、ぐちゃぐちゃに、ミンチのように細かく骨と混ざり合って原型を留めていなかった。
「一体何が起きたんだよ……」
「それが、警察とか近所の人に聞き回ってんだがあまり分かんねぇんだよ」
「とりあえず分かった事だけ教えてくれ」
「おうよ」
紡祇の件は一度置いておいて先に翔流から話を聞く。
翔流が集めた情報によると、昨晩4時頃に裕太の家からかなり大きな音がしたようだ。まるで花火が至近距離で爆ぜたかのような爆音だそうだ。
そして、1時間後くらいに何かをぶつけたり壊したりする音が立て続けに鳴って、その音はどんどん大きくなっていった。
音が完全に止んだのは5時半頃だそうだ。そこから、近所の人達が集まったのか足音や話し声聞こえ始めたかと思えば急に悲鳴が上がった。
悲鳴はそこまで続かなかったと言う。そのあとは近所の誰かが警察を呼んだのだろう。数分後にパトカーが数台やってきて今に至るそうだ。
「そんなことがあったのか」
「あぁ。警察に聞いた話によると住人の生死は不明。ただまぁ、あの血だまりは恐らく周辺の住人のものだろうってさ」
「……裕太が心配だな」
事件が起きたのは4時頃だ。夜の内から出掛けていなければ間違いなく……。
「裕太が気になるのは俺もそうなんだがな。まだ紡祇の安否も確認出来てないんだ」
「そうだな。近場でこんな事件が起きているんだ。先に紡祇の家に向かってくれ」
「もちろんだ」
また何かあったら伝えてくれと言って通話を切る。
「まずいな。ここで時間を無駄にしてる場合じゃない。怪しまれないようにさっさと解散して紡祇の家に行かねぇと」