第2話 人違いの男の娘
少し早めの時間に到着した俺は暇潰しにスマホゲームをして待っていた。
「今回は俺の方が早かったな」
スマホの時計を見てそう呟く。
普段の紡祇は、何も起きていなかったら約束の時間よりも早く着いている事が多い。特に、俺と二人で出掛ける時は30分前には到着しているのが普通だ。
約束の時間よりかは全然早いのだが、紡祇にしては珍しく遅いので一応連絡はしておこう。
何度か電話を掛けてみたが全く繋がる気配もない。何かあったのだろうか。
あるとするなら__
「二度寝だろうなぁ」
目覚まし時計は付けているだろうし、二度寝した時用に5分おきになるようにもしているはずだが……長期休みで浮かれて夜更かしして起きられていないのだろう。
だからこそ今日は普段より遅めの昼頃に集合するように連絡していたが、それでも厳しかったみたいだ。
もうしばらく遅くなるだろう。近くのベンチに座って自販機で買ったジュースをちびちび飲みながら待つことにしよう。
そう思い立ってベンチに座ろうとしたその時。
「あ、あの、待った?」
腰まで髪を伸ばした銀髪の少女が上着の裾を引っ張って話しかけてきた。
中学生くらいだろうか。身長175㎝の俺の胸元辺りまでしか届かない低い身長に、雪のように真っ白い肌で幼い顔立ち。黒いヘアピンで雑に分けられた髪の間から覗く瞳は海に映る快晴な空のように蒼く澄んでいる。少し癖毛はあるがふわふわにスタイリングされた銀髪は太陽の光を受けてキラキラ輝いていた。これを毎日手入れするのは相当骨が折れるだろう。
しかし、よく見てみるとなんだか違和感がある。
この違和感は知っている。初めて紡祇と会った時と同じ物だ。
その違和感と過去の記憶を頼りによくよく観察してみると、顔や肩が男の子らしい骨格をしているのに気付く。
なんだ。紡祇と同じタイプの男の娘というやつか。
それはともかく……この子は誰だろうか。
俺にはこんなお人形さんみたいな知り合いはいないし、こういう事をするコスプレイヤーもいない。しいていうのであれば、身長が低い紡祇くらいなのだが……。
そういえば、今日は朝から何も連絡がなかったな。もしかして、何らかのキャラクターのコスプレをして行くから連絡も忘れて遅く出てきたのだろうか。
それにしては紡祇と比べてこの子はあまりにも小さすぎる。紡祇の5㎝下くらいだろう。声も見た目相応の美少女ボイスになっている。これで惚れない同級生の男はいないだろうと言うくらいに可愛い。
もはや別人だ。誰がどう見ても明らかに完全な赤の他人だ。
となると、この子はきっと俺を別の人と間違えているのだろう。いやきっとじゃない。間違いなくそうだ。間違いなく人違いだ。ここは年上のお兄さんらしく、親切丁寧に案内でもしてやろうじゃないか。どうせ、紡祇からの連絡は来ていないのだし。今から連絡が来てここに到着するにしても20分は余裕で掛かる。
彼女……いや、彼の目線に合わせて腰を落として優しく声を掛ける。
折角、可愛い恰好して来ているので女の子として扱っておこうか。
「お嬢ちゃん、俺は君の探している人じゃないよ」
普段出さない爽やかな好青年をイメージした声で美少女。もとい、美少年に話しかける。
第一印象は悪くないはずだ。
「えっ、え? 間違えちゃったかな……いやでも…………」
残念ながら反応は芳しくない。何か間違えただろうか。
反応を見るに彼の探している人は随分と俺に似ているみたいだし、俺の見た目を参考に探せば早く見つけられるだろうか。
いやしかし、この子の見た目は中学生くらい。下手したら小学生の可能性すらある。そんな小さな子の人違いとなれば、もはや身長の高い男性なだけで知り合いと断定して話し掛けた線もあり得る。
そこまで考えてふと、一つ疑問が思い浮かぶ。
こんな小さな子と待ち合わせする背丈の高い男性とは一体どんな人間なのだろうかと。
父親や兄弟だとするなら待ち合わせするのは少し不自然だし、最初に話し掛けてきた時の自信なさげな感じは肉親に向けるような物ではない。
だとするなら友人か恋人か。そうだとしても、俺が目線を合わせた時点でもう少し違った反応になるはずだ。決して「いやでも……」みたいな相手が間違っているんじゃないかと探るような言動にはならない。
あと他に考えられる可能性としては……待ち合わせしている相手は今日が初対面だったりとかだろうか。
最近はネットで知り合った人と気軽に現実で会うなんて事が多いと聞く。この子もそういうタイプか?
だから顔を見てもこうやって別人だと断定せずに食い下がらないのではないだろうか。
そうなると、ここで人違いだと言って離れる訳にもいかない。
この子と今日会う予定の人が仮に危険な人だったらどうする。ここで見ないフリして見捨ててしまって何らかの事件が起きてしまったら……。
紡祇が到着するまでこの子の面倒を見る事にしよう。
爽やかそうな好青年を演じて彼女から待ち人の特徴を聞いてみる。
「君が探している人どういう人かな?」
「えっと……」
銀髪の美少年は大変困惑しているらしい。
それもそうだろう。知人と思って話しかけたら全くの人違いでしたという状況だ。俺だったら「すみません」と叫んで踵を返して逃げるように走り去るところだ。
そんな状況をこの美少年は叫ばず逃げず、状況を整理しようとしているのだ。俺よりも賢い。
数分間うーんと唸りながら俺の姿を疑心暗鬼に満ちた目で、頭からつま先まで上から下までじっくりと全身スキャンするかの様に見る。
そして、「あっ」と小さく呟いてスマホを取り出す。
マズイ警察に不審者として通報されるのかもしれない。
相手からの人違いによる遭遇だったにしても、迂闊に知らない男が小さな女の子に話しかけるのはまずかっただろうか。いやまずかったのだろうな。なにせ今まさにそこで通報されているのだから。
美少年がスマホを耳に当てる。同時に、俺のスマホから着信音が鳴る。電話の相手は紡祇からだ。
全く……こんなタイミングで連絡かよ。
まぁ、ある意味タイミングが良いのだろう。これから警察にお世話になるだろうからな。最後に親友の声くらいは聞いてもバチは当たるまい。
警察に通報する美少年と同じように、俺も電話に応じる。
さてさて、紡祇にはどう説明しようかな。
「おう紡祇。グッドなバッドタイミングだな。聞いてくれよ。今、美少年に通報されそうになっててさ」
「信世……だよね?」
状況説明で次の言葉を続ける前になんとも不思議なことが起きた。
美少年の声が二重に聞こえるじゃないか。




