第1話 夏休み初日
瞼を閉じて小さな寝息を立てる愛おしい彼女の銀色の髪を手に取る。
「昔からこの髪が嫌いだって言ってたな」
もし彼女の居場所がこの世界以外にあるのなら。
彼女が生きても許される世界が存在するのなら。
この不完全な世界を捨ててしまおう。
「『始めろ』」
世界にノイズが走る。
歪んで崩れて黒く濁って、世界が何にも成れない何かになって。
それでも彼女だけは鮮明に見えている。
彼女だけは美しいまま残っている。
身体が無くなって、魂が引き裂かれて、自分が自分だと分からなくなっても。
彼女の姿だけは忘れない。
彼女の記憶だけは忘れない。
彼女の全てを忘れない。
俺が俺じゃなくなっても。
「_ず__一緒に生き__」
言葉がノイズに巻き込まれて霧散する。
転移が早い。やはり時間遡行とは勝手が違う。
「『お兄ちゃんとのお約束だ』」
『奇跡』に言葉と意味を託して。
意識が消える。
~~~~~
けたたましく鳴るスマホのアラームを止めて起き上がる。
閉め切っていたはずの窓とカーテンが全開になっている。寝ている間に母が開けたのだろう。
机の上で充電器が刺さったままのスマホに手を伸ばして、仲良しグループに「おはよう」とだけスタンプを送って洗面台に向かう。
昨日、俺の通う能進高校は一学期の終業式を迎えた。
式が終わった後すぐにクラスメイトで友達の艶縫 紡祇と田中 裕太、そして俺、つまりは深森 信世の三人揃ってファミレスで昼ご飯を食べながら、夏休み何して遊ぼうかと話していた。
結局その日は細かく予定を立てられなかったのだが、とりあえず海やプールに行くために水着を買いに行こうという話で終わった。
残念なことに裕太だけは「明日は用事がある」だとか言って申し訳なさそうに断っていたので、今日は紡祇と俺の二人で水着を買いに行くことになったのであった。
階段を降りて洗面所に向かう。時間はまだ余裕があるが早めに用意だけは終わらせたい。
「おはよう。夏休みなのにもう起きたのね」
「うん。おはよう」
洗面所には洗濯をしている母がいた。
母は専業主婦で基本的に家にいることの方が多い。
普段、平日は学校で朝早くに出て休日は昼まで寝るから、この時間に母が何やっているかなんて全然知らなかった。
いや、知ってはいたのだろうけども全く気にしていなかっただけか。
きっと世の専業主婦は大体この時間に洗濯しているものだ。
歯磨きと洗顔を終えてついでに母の洗濯の手伝いをする。
「お手伝いありがと。今日は紡祇ちゃんと一緒に遊びに行くんでしょ。お昼ご飯食べてく?」
「いや、向こうで食べるから良いよ」
「そうね。ご飯は冷蔵庫に入れているからレンジでチンして食べなさい」
「ありがと」
冷蔵庫にはラップされた卵焼きと千切りキャベツがあった。一緒にお茶碗もあるのでお米も一緒に食べろというのだろう。炊飯器を開けるとホカホカのお米があった。
少し遅い朝ご飯を準備してテレビでアナウンサーとなんかの専門家が会話してるのを流し見しながらご飯を食べる。
『昨晩、能進町に降り注いだ24個の流れ星の正体は宇宙から落ちてきた小さな流れ星の残骸なのではないかという説が有力になっていますが、私の見解としては』
かなり遠くから撮影したであろう真っ赤に輝く流れ星が画面に映し出されている。
どうやら昨晩この辺りで流れ星あったみたいだ。その時間は寝ているので当然見ている訳がない。
紡祇や裕太辺りは見ていそうだな。あいつらよく夜中起きてるし。今日会ったら聞いてみよう。
ピロン
スマホから通知音が鳴る。グループのメッセージには紡祇が白銀和服イケメンのキャラクターがボイス付きで「おはよう」と言っているスタンプを送っていた。
「ほんとこのキャラ好きだな」
このキャラは昨年の夏からサービス開始したゲーム『百鬼繚乱』のキャラクター。紡祇の推しキャラで名前は『穂波坂 銀之助』だそうだ。
長髪高身長で冷静沈着。トップの右腕で軍の指揮を執っていてその上剣術も作中トップクラスという完璧超人のようなキャラではあるが、主君にはワンコのように構ってくるというギャップが良い。
という話を毎回紡祇から聞いている。
ちなみに、主君というのはプレイヤーのことで登場するイケメン達を次々とその圧倒的カリスマ性で配下にしていくという、女性をメイン層にしたゲームによくありそうな設定だ。
(こういう系統のゲーム自体これしか知らねぇけどな)
『今日、モールに13時集合だよな?』
一応の確認メッセージを送る。
すぐに既読の通知が一つ付く……が返信は全く来ない。
紡祇は朝起きると『おはよう』のメッセージやスタンプはすぐに送るが、そのあとすぐにスマホを置いてご飯を食べたり着替えたりするので、既読が付くだけで反応が無いのはよくあることだ。
「ごちそうさま」
使い終わった皿を水に付けて早めに出掛ける支度をする。
さて高校生初めての夏休みの始まりだ。存分に楽しもう。




