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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第一章【生まれ出ずるは英雄の芽】
12/20

011『初戦闘』

 森を走る訓練。

 

 初日は、それはもう酷い有様だった。

 二日目は、やっと森の歩き方を覚えた。

 三日目で、気をつけながら森を走ることが出来た。

 四日目には、走れるようになった弊害か、転ぶより先に体力が尽きた。

 五日目からは、森を走ることにも慣れ始め、体力を鍛える余裕が生まれた。

 十日目あたりで、オルドを見失わないように走ることに注力し始めた。

 二十日を過ぎたあたりで、一日中オルドを見失わずに森を駆け抜けることが出来た。


 そして、一ヶ月が経過した頃。

 オルドと併走して走っていると、はたと彼は足を止める。

 気になって、僕も走るのをやめて振り返る。

 彼は、心底呆れた様子でため息を漏らした。


「どうして今まで体を鍛えてこんかったのじゃ……。育てれば育てるほど、規格外じゃぞ、お主」

「……うん。自分でもそう思うよ」


 前世を振り返り。

 そして今の若い肉体を動かして。

 つくづく、才能って恐ろしいな、って思った。

 ただそれでも、納得の気持ちもある。

 なんせ、最初から何一つ鍛えることなく、それでも同世代最高峰の性能の誇っていた天性の肉体だ。……そりゃ、鍛えたらこうなるよね。

 たった一ヶ月で、僕の肉体は既に戦える者のソレへと生まれ変わりつつあった。


「魔法の訓練なんぞ捨てて、最初から肉体を鍛えておれば……今頃、ワシの足元程度にまでは育っておったろうに。残念で仕方ない」


 フォルスにもそんなことを言われたな……。

 昔を懐かしみつつも、気になったことを聞いてみる。


「……ちなみに、オルドの足元程度というと?」

「昔、ここの主『アトラス』が生きていた頃の庭を好き勝手に歩き回れる程度の実力じゃな」


 アトラス……っていうと、あれか。

 特級指定竜種、地竜王アトラス。

 山のように巨大な竜だったと、話には聞いてる。

 そして、たった一人の剣士に両断され、絶命したとも。

 そんな化け物みたいな竜や剣士が生きてた時代の『竜の庭』を駆け回れる……って。なにそれどんな子供だよ。


「まぁ、僕は後悔はないけどね。おかげで【反転】の使い方も学べたし」

「魔法を使われるより早く殺せば済む話じゃて」

「……そんなのできるのオルドくらいだろ」


 オルドの呆れに、僕も呆れで返す。


 ……まぁ、とにもかくにも。

 肉体強化、早くも完了!




 ☆☆☆




 次のステップ。

 僕は、武器の扱いを教わることになった。


「お主に教える武器は二つ。弓と短剣じゃ」

「弓と短剣?」


 肉体はほぼ完成した。

 なら、次は戦う術を身につける。

 その流れは妥当だな、とは思ったけれど、最初から扱う武器を決められていたことに少し驚く。


「言ったじゃろ。ワシは狩人じゃ。ワシは知っていることしか教えられん」

「なるほど」


 弓と短剣しか使い方を知らない、って訳か。

 ……逆に、弓と短剣だけで、あの『霜天の魔女』と並び戦って、死神やら魔王やらボコったりしてたのかこの人。

 バケモンだな、ほんと。

 知れば知るほどそう思う。

 ほんとに同じ人間か……?


「そもそも、それ以外の武器など不要じゃろ。基本は弓で、相手の認識範囲外から一撃で仕留める。それが出来なければ、森の中で扱い易い短剣で喉元を刈る。それで終わりじゃ」

「……なるほどぉ」


 できるかな、僕に。

 無性に不安になってきたけれど、そこは……ほら、この天性の肉体を信じよう!

 扱い手は元一般人でも、この身に備わった才能と、重ねた努力は裏切らないはずだ。きっと、たぶんね。


 ということで、僕は早速弓と短剣の使い方をオルドに教わることになる。


 弓の方は、矢の扱い方と、狙いの定め方。

 どれくらいの距離でどれだけ下方に落ちるのか。

 そこら辺は経験だ、と言われて終わる。

 ……まぁ、要訓練、ってところだな。


 短剣の方は、基本は逆手持ちだオルドは言う。

 ただ、これは彼個人の好みだそうなので、合わなければ自分好みに握り方を変えるべきだとも。

 試しに逆手持ちにして素振りをしてみる。

 ……色々と試して見たが、逆手持ちはリーチが短くなり、必然的に標的との距離も短くなる。

 素人がみても分かる、超近距離戦特化の握り方だ。

 相手の懐で常に動き回れる胆力、身のこなし、そして実力がなければ難しい戦い方だろう。


 ……最初は、逆手持ちやめとこっかな。

 いきなり超近接戦は怖いです。

 ということで、普通に短剣を握って素振りを始める。

 いずれ逆手持ちに移行すると考えると、もしかしたら弓よりも頑張らなきゃいけないかもしれない。


「うむ。とりあえず教えることは以上じゃな」

「うん、あとはひたすら練習してみるよ」


 基本的なことは教わった。

 あとは練習を重ねるだけ。

 もし詰まったら、オルドにお手本を見せてもらおう。

 そして参考にして、また練習の繰り返しだ。

 そう、大まかに修行のイメージをしつつ、オルドに返事する。

 しかし。


「練習? 実戦の間違いじゃろ」

「……えっ?」


 驚き振り返る。

 その先で、オルドは森の中へと矢を放っていた。

 直後、森の奥から……絶叫が聞こえる。

 腹の底から、嫌な予感が滲み出す。


「何事も経験とは言うがの。ワシが思うに、実戦に勝る経験などない」


 木々をへし折る音がする。

 矢の飛んで行った方向を振り返る。

 ヒュっと、喉の奥から悲鳴が漏れた。

 僕の視線の先。

 片目を矢で射抜かれた緑竜が、森の中から姿を現す。

 残った瞳には強烈な怒りが滲んでいる。

 オルドに対する恐怖を忘れるほどだ。今すぐ殺してやるとでも言わんばかりの強い意気込みを感じる。


「……オルド? まさか、とは思うけど」

「竜種の中じゃ、緑のが一番弱いでの。片目を潰せばそれなりの練習相手にはなるじゃろう?」


 思わず、頬が引き吊った。

 それと、緑竜が怒りに吠えるのは同時のことだった。


「……っ」


 すぐさま、意識を切替える。

 オルドに対する不満の声は、頭の中からすっと消え。

 割り切った末の戦意が体を占める。

『どうやったら生き延びれるか』

『あるいは、どうすれば勝てるか』

 考え始めると同時に、既に僕は動き出していた。


 緑竜は既に走り出している。


「速……っ」


 その体格からは思いもよらぬ速度に度肝を抜かれる。

 下手すれば自動車に匹敵するかもしれない。それが五メートルを超えるような巨体から繰り出されているわけだ。直撃だけは、何としても避けないと。


 僕は、矢の突き刺さった眼球側へと視線を向ける。

 片眼を失ってる以上、そちら側に死角は生まれているはず……だと信じたい。

 死角へ。とにかく安全な場所へ走り出せ。

 鼓舞し力を振り絞り、大地を踏みしめ、走り出す。


 緑竜は顔を振って僕を捉えようとしているが、僕が死角へ、死角へと走るため、やがて苛立ち交じりに速度を緩める。


 自動車の速度から、今では自転車程度まで。

 今の僕なら十分に対応できる速度だ。


 未だ脅威には変わりないが……ちらりと、視界の端にオルドが映る。

 有無を言わさず『狩れ』と強い視線が身体に突き刺さっている。

 僕は思わず表情を硬くしながらも、速度を緩めた緑竜を見定める。


 足は止まってはいない。だが、確実に遅くなっている。

 今なら僕の方が速いくらいだ……って。


 ……もしかして、今が好機なんじゃないか?


 ふと過ったのは、そんな考え。

 自動車並みの速度だったら、確かに手が付けられない。

 けど、自転車程度なら対応できると、今、自分で考えたじゃないか。

 なら、いけるんじゃないか?

 速度が緩んだ今なら近づける。あとは、この短剣で倒すだけ。


 ごくりと、緊張に喉がなる。

 本当に行くのか、間違った判断してないか、死にはしないか。

 ぐちゃぐちゃと多くの考えが脳を揺らす。

 思考すらまとまらず、愚かにも僕は、戦闘中の判断を鈍らせた。



 ただ今回――その愚が、僕の命を救うことになる。



「……!?」


 きぃん、と鋭い耳鳴り。

 背筋に悪寒が走り、全身が総毛立つ。


 この感覚を、忘れたことは無い。

 前世、飛行機事故に巻き込まれる直前。

 転生後、山羊頭の悪魔に殺されかけた時。

 いずれも、死の淵でのみ感じた嫌な感覚。


 それと同じものを、今、この局面でしかと感じ取る。


 心も体も、急ブレーキ。

 駆け出す間際に、何とか踏み留まる。

 その選択が正しかったと知るのは、その直後のことだった。


「なっ!?」


 緑竜は、苛立った様子で胸を膨らませる。

 その膨張は、胸から喉、口内と移行し。

 やがて紅蓮の炎が咆哮と共に溢れ出し、僕の進行方向を焼き尽くした。


「あいつ……炎まで吐けるのかよ!?」

「竜種じゃぞ? それくらいはできるわい」


 いつの間にか近くにいたオルドが淡々と教えてくれる。

 竜種……そうだよな、竜種だもんな。

 個の討伐に軍隊が必要となるほどの脅威だ。簡単に勝てるわけがない。


 大きく深呼吸して、目を細める。

 落ち着け、焦るな、一歩一歩確実に、だ。

 僕が目の前にしているのは、その竜種討伐と言う無理難題。

 片目落ちとはいえ、困難なことには変わりない。

 浮足立っていた自身を戒め。


「だが、連発など出来ん上に、一度火炎を吐けば、緑竜は極端に動きが鈍くなる」

「……!」


 オルドの言葉に、否応なしに覚悟を決めた。


 炎が止み、緑竜の姿が見える。

 緑竜は口を開けたまま、荒い息を吐いているように見えた。

 控えめに言って……物凄く疲れている様子。

 隙にしか見えない。

 命懸けな以上、オルドの話を鵜呑みには出来ないが……もしかしてと直感が告げる。


 試しに駆け出そうと、足に力を込めた。

 その際、脳を刺すような『死の気配』を感じなかった。


 ――この先で、僕が死ぬようなことは無い。


 その直感を信じ、迷いや躊躇いを切り捨てる。


 そして、この森に来て初めて、全力全開で魔力を回した。


 治療訓練を終えて、魔力操作技術が伴って初めて使う、全力の身体強化。

 踏み込んだ脚は、大地を砕き。

 全速力を遥かに超える域へと、ひとっ飛び。

 踏みしめた大地が爆発した。そう錯覚するような勢いで。

 瞬く間に、緑竜との距離は消し飛んだ。


『グルァ!?』

「うぇ!?」


 あまりの速度に、僕も竜もびっくりしてた。

 けど、正気に戻ったのは僕の方が少し早くて。

 竜が驚きから帰るより、少し早く。

 咄嗟に逆手に持った短剣を、一閃。

 素通り際に、無事残っていた眼球を深々と切り裂いた。


『グギャアアアアアアア!?』

「これで、両目だ!」


 油断なく、短剣を構えて緑竜を振り返る。

 左目をオルドの矢で撃ち抜かれ。

 今度は右目を短剣で切り裂かれ。

 痛みはもちろん、これで視界を完全に封じた。

 あとは、急所を狙って倒すだけだ!


 油断も慢心も、絶対にしない。

 死の気配のする場所に、近づかない。

 狙うは急所。

 無駄な一撃は必要ない。


 そう自分に言い聞かせ。

 緑竜の視界を奪ってから……およそ一時間。


 凄まじい泥仕合の果て。

 僕は、遂に目の前で動きを止めた緑竜を見つめて、数十秒。



「よくやった小僧。その竜、もう死んでおるぞ」



 笑みを浮かべたオルドが歩いてくるのが見えて。

 やっと僕は、緑竜を倒せたことを知るのだった。



【豆知識】

〇シュメルハート

神の目以外のほぼすべての『才覚』に恵まれた少年。

あくまで彼に足りない才能は『ちょっと』だけ。

素質としては疑う余地なし。

修行の末、人類最高峰まで高められた魔力量。

神の目には及ばぬものの、それでも年齢に見合わぬ魔力操作能力。

そして、生まれついた天賦の肉体。


千年前の勇者以来生まれてこなかった『強くなるべくして生まれた英雄の卵』。

中身が凡人であること、神の目に恵まれなかったこと。

それらを除けば欠点らしい欠点のない、完璧な素質である。

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