012『狩人シュメル』
明日、明後日の土日限定で、一日二話投稿予定です。
朝8時、夕方18時にそれぞれ更新予定になります。
修行パートも、間もなく終了。
ぜひお楽しみに!
「まさか、本当に倒せるとはのぉ……」
「……ちょっと?」
傷だらけの緑竜を解体中。
オルドは、楽しそうに笑っていた。
僕は思わず声を挟む。嘘だろお前、と。
「考えても見ろ小僧。戦うための体はできていたとはいえ、武器を持って数分の小僧が竜種を打ち倒したのだぞ? ここまでの成長速度は、ワシが知る中では……二番目かのぉ」
「……一番が気になるところだけど」
「気にせんでええ。勇者は千年前に死んどるでの」
勇者ルミエールかぁ……。
そりゃ比べないでもらいたいよ。
ただでさえ霜天の魔女と比較されて生きてるんだ。
その上、勇者様とまで比較対象にされたんじゃたまらない。僕は色々と忘れることにした。
「緑竜をけしかけたのは、十中八九無理だとは思っていても、お主の才能ならやってのける可能性が一、二割は残っておったからじゃ。……うむ。結果だけ見ればワシの直感は正しかったわけじゃな」
そんな直感に賭けないでよね。
緑竜を倒しちゃった僕が言うのもなんだけど。
そんなことを話しながらも、一時間とかからずに竜の解体を終え、僕たちは少し早めの晩飯にすることにした。
今日の晩飯は、さっき倒したばかりの新鮮な緑竜。
下拵えは完璧。
今度こそ生臭くない竜のステーキの完成だ。
かじりついて、今度は美味いと思わずガッツポーズ。
そんな僕の対面で、同じようにステーキにかじりついたオルドは、ポツポツと先の戦闘について語り出す。
「にしても、お主は身体能力ばかりが目立っておるが、それ以外にも『強み』が多くて羨ましいのぉ。才能だけならワシ以上じゃぞ」
「強み……? そんなのあったっけ?」
なんか、終始身体能力と才能のゴリ押しで戦ってる気しかしないんだけど。
そう答えると、オルドは噛んでいた肉を飲み込み、僕へと視線を向ける。
「ある。何点かあるが、一つは魔法じゃな。その再生能力があれば、多少の無理は通せる。本来なら通れぬ道をこじ開けられるのじゃから、かなりの武器じゃ。……認め難いがな」
「ははは……」
魔法より肉体を鍛えていれば……と。
再三にわたって言ってきたオルドから飛び出した言葉に、思わず苦笑い。認め難い、ってのが本当のところなんだろうな。一応認めてはくれたみたいだけど。
「次に、割り切りの早さじゃな。お主はびっくりするほど判断が早い。どうやったら突発的な戦闘に、始まった直後から対応出来る子供が生まれるんじゃ」
「あ、あはは……」
また苦笑い。
すいません、転生者で。
ただ、割り切りとか判断の速さは治療院で身につけたものだと思うよ。
あそこは戦場だ。
判断が遅れれば人が死ぬことだってあるし、死を前に割り切って前を向けなければ次の患者を救えない。
……ほんと、二度と戻りたくない地獄だよ。
「三つ目、中盤に見せた身体強化じゃ。どれだけの魔力量と魔力操作技術があれば、あのような爆発的な速度が子供に出せるのか……。あの『白いの』は、魔法の師としては一流だったようじゃのぉ」
「……はは」
三度、苦笑い。
本気でやったら結構スピード出ちゃって、僕も竜も驚いてた時のことかな。
ただ、いくら膨大な魔力量を誇っていても、一度に強化できる幅は魔力操作技術に応じて変化するみたいだ。
そして当然ながら、僕の魔力操作技術は未熟も未熟。
神の目保有者の足元にも及ばないだろう。
そのため、身体強化は今後も改善を続けていくことになりそうだ。それと同時に、あの速度に慣れる訓練もしないといけないしね。
「そして最後に、死線を前にした時の反応速度。お主は危険の察知能力が極めて高い。……これは生まれつきか?」
「……いや、どうなんだろ。前に死……にかけた時があったんだけど。その時から、何となくわかるようになったんだ」
あ、これは近づいたら死ぬな。
そういう感覚は、あの後も緑竜と戦ってる最中、何度もあった。
その度に死の気配から距離を置き、命を大事に戦ってきた。
その結果、まさかの勝利である。
最初は違和感や嫌な予感程度でしかなかったけど……さすがにこうも続くと、特殊能力とでも言った方が正しいのかもしれない。
名付けて『死期察知』、みたいな?
その説明を受けて、オルドは難しい顔をして髭を握った。
「……なんじゃそのデタラメは。何を経験すればそのような直感が生えてくるんじゃ」
「そ、そんなのすごい能力なの?」
それこそオルド辺りになると、長年の経験とかでそう言ったのは判別できるもんじゃないのか? そういった意味を含めての問いに、彼は呆れ満面。
「何がきっかえで生えた『感覚』かは知らんが、そういうのは大抵、絶対的な精度を誇る。お主のソレは、いわば戦闘中、自らの死に限った未来視じゃ」
「そ、それは……」
確かに……緑竜との闘いでこの直感が外れたことは一度もなかった。
だから安心して、この直感に身を任せられたわけなんだけど。
――そうか、未来視、未来予知か。
なにそれ、反則の代名詞じゃん。
そんな能力もってたの、僕って。
自分で自分の能力に驚いていると、そんな僕を見て彼は苦笑を漏らした。
「……まぁ、一番はこれだけの才能があり、こうしてワシに認められてなお、微塵も浮わつかず、慢心しておらん精神性じゃが。つくづくお主は逸材じゃのぉ、小僧」
「心配性で、臆病なだけだよ、オルド」
慢心して死んだらどうすんのよ。
やだよ、二回も死ぬなんて。
また転生ガチャなんて始まったらどうすんだ。
そう内心で突っ込んでいると……ずきりと、頭の奥が痛み始めた。
「悪い、爺さん。思ってたより疲れてたみたいだ。今日はもう先に眠っていいかな」
「……うむ。それならば仕方あるまい。明日に響かぬよう、今日はゆっくりと休め」
オルドにそう言われて、僕は頷いて立ち上がる。
いきなり竜と戦ったわけだし。
たぶん、明日以降も戦うんだろうな。
そう思うと今から疲れてきそうだが、とにかく今は休むしかない。
「ひぃ、頭痛ぇー」
久々に弱音を吐きながら、小屋へと歩き始める。
その時、オルドがじっと僕のことを見つめていた。
彼の瞳の奥には……なにやら複雑な感情が見えた気がした。
「……まさか、な」
爺さんがなにか言ったような気がしたけれど、詳しいことは聞こえなかった。
☆☆☆
翌日。
よく寝て、すっかり体調は良くなっていた。
僕の体調を確認して頷いた爺さんは、その日からしばらくの修行内容を僕へと告げる。
その内容は、僕が前日に考えていた通りのものだ。
毎日、最低でも一匹の竜種討伐。
しかも、それは爺さんの手助け無し、での話だ。
昨日の緑竜は最初から手負いだった。
でも今日からは万全で冷静な状態の竜種相手に、一から勝利を拾わなければならない。
「それ以外の時間は、自由時間とする。休むも戦うも訓練するも、何ひとつとして制限は設けない」
「……なるほど」
言われて、少し考える。
竜種――ここは最弱とされる緑竜で想定するけれど、互いに向き合って、よーいドンの状態から勝てるだろうか、と少し考える。
……うん、無理だな。
答えは直ぐに出た。
いくらこっちに身体強化があるとしても、最大強化したところで今の僕じゃ緑竜には及ばない。
昨日みたいな初見殺しならまだしも、真正面から戦ったのでは普通に対応されて終わると思う。
その時点で、正攻法での勝ち目は薄い。
なら、搦手だな。
「わかった。ちょっと準備したら始めるよ」
そう言って、僕は爺さんから借りている弓を手に、早速弓の練習を始める。
真正面から戦っても勝ち目は薄い。
なら、真正面から戦わない方法を身につける。
最も分かりやすくて単純なのは、この弓だろう。
爺さんが赤竜を屠ったような神業は出来なくとも、おそらく、緑竜の眼球へ突き刺さる程度の威力なら今の僕でも出せると思う。
そして、片目だけでも視力を奪えればそれで十分。
命懸けではあるものの、勝ち目の薄い勝負が勝ち目の十分に見える勝負へと転ずる。
なんだったら、距離を取りつつもう片方の目を弓で狙うってのも有りだろうしな。
「森の中で気配を殺す方法知りたいんだけど、なんかコツとかあったりする?」
「目立たぬ服を着ること。また、顔に泥を塗るなども有用じゃ。また、嗅覚の鋭い相手に対しては常に風下に立つ事を意識するべきじゃろうな」
「なるほどね……」
目立たぬ服、か。
僕の着ている旅用のマントは、この一ヶ月でかなり薄汚れてきている。サイズ的にも大きめで、体を覆うこともできるし、これなら『森の中でも目立たない』と言えるだろう。
顔に泥は、前世でそういうアニメも見ていたため、何となくやり方はわかる。
問題は風下がどっちか分からないことだけど……そこは森に入ってから考えてみよう。どうしても分からなかったら爺さんに聞くだけだ。
考えながらも、矢を放つ。
けれど、的にしていた木からは見当外れな場所へと矢は飛んでゆき、ガックシと肩を落とす。
矢の飛んで行った方へと走っていくと、的の二つほど隣にある木の幹に深々と矢が刺さっていた。
……緑竜の目は、確かこの木よりは柔らかかったはず。
切り裂いた時の感触を思い出しながら、木の幹に刺さった矢を引き抜く。うん、やっぱりこれよりは柔らかかったかな。
なら、威力は十分。
不意打ちであれば、速度も合格ラインだろう。
あとは、精度の問題だけだな。
「こればっかりは、練習あるのみじゃなぁ」
近づいてきた爺さんは、顎髭を握って笑っている。
僕は潰れた矢尻を『反転』で再生し、頷き返す。
「だね。午前中は弓の練習をしておくよ」
僕は再び的から離れると、弓を構える。
今度は、的から五メートルほどの近距離だ。
昨日、森の中の緑竜を射抜いたオルドのお手本を思い出し、見よう見まねで弓を引く。
さっきよりはマシになったか……?
ガスっと音がして、木の幹に矢が突き刺さる。
命中したのなら、大きく一歩後退だ。
一メートルほど距離を取ってから、木の幹に刺さった矢へと『反転』を使ってみる。
すると、ひとりでに逆再生を始めた矢は、するりと僕の掌へと戻ってくる。
……よし、これができるなら、矢が切れて戦えなくなるってことはなさそうだな。
そう考えつつも、再び弓矢を構える。
そして、的に当たれば、また一歩後ろへ。
それを三度目繰り返したあたりで、弓が的に当たらなくなった。
……現状だと、だいたい八メートルが限界かな。
動かない的相手にこんな状態だ。それ以上になると、大きいとはいえ、動く竜の眼球に当てるのは難しくなってくると思う。
せめて、もう少しでも命中率を上げておかないと。
そう考え、午前中はみっちり弓の練習に当てた。
そして昼飯を取り終えてから、少し仮眠。
体調を万全の状態に整えた上で、竜を探しに森の中へと足を踏み入れることにする。
「まずは、泥を塗って……と」
しゃがみこみ、指にとった泥を両頬へ塗る。
土の匂いで顔を顰めそうになるが、これで勝率が上がるのなら安いもんだ。
僕は頭を除いた全身をマントで包み、森の中を歩き出す。
足音を立てない歩き方は、ここ一ヶ月で爺さんから盗んでる。
問題は、相手に先んじて竜を見つけること。
嗅覚に優れた竜に気づかれないよう。風下に回ること。
そして、確実に相手の眼球へと矢を打ち込むこと。
……さらに言えば、相手は緑竜で、しかも群れていない個体が望ましい。
色々と条件は厳しいが、やるしかない。
僕は大きく深呼吸して、前方を見据える。
とにもかくにも、竜を見つけないと。
そう考えて、歩き出した――ほんの、数秒後。
「――っ!?」
きぃん、と鋭い耳鳴り。
背筋に、ぞわりと死の気配が走る。
なんで、どうして。
唐突な気配に困惑するも。
それより早く、僕は後方へと飛び退った。
その直後だ。
はるか上空から、赤い巨体が飛来する。
鋭い牙は僕が先程まで立っていた場所を深々と抉り、その光景に思考が止まる。
けど、思考停止はほんの一瞬。
「やっば……!」
赤竜。
オルドが仕留めた、緑竜よりも遥かに上位の個体。
かつて解体したアレよりは少々小柄な個体のようだが……それにしたって、どう足掻いても勝てない相手。それが初手から襲ってきやがった。
逃げ一択。
戦う選択肢なんて最初っから無い。
緑竜相手に勝てるか勝てないかってところに飛び出してきた赤竜に、僕は身体強化を全開にして逃げ出した――!
『グラアアアアアアア!!』
「爺っ、お、オルドおおおお!! た、助けてえええ!!」
かくして僕の決死の逃亡劇は、爺さんが駆けつけてくれるまでの数分間だけ続くのだった。
【豆知識】
〇シュメル・ハートの死期察知能力
転生者、半田塁。
生涯を凡人として過ごした彼が、死の際で初めて自覚した唯一の才覚。
現代日本で暮らす一般人が持つには、あまりにも無用の長物。
されど、時代さえ変わればたった一つで全てを覆せる天賦の才。
自身に『死』が迫った際にのみ、それを自覚することが可能。
オルドが言った通り、精度はピカイチ。
本当に死にかねないのであれば、見逃すこともなければ、間違えることもない。
絶対的な精度で、死の淵に限り未来を見通す。
限定的で、完璧な未来予知。
そのため、遥か格上である赤竜の不意打ちですら、彼を殺すには至らない。
この死期察知能力は、彼が格上と戦う上では反転以上の生命線となる。




