親友はヒロインのようですが、私も彼女の好きな人もただのモブでした
彼女の噂は入学前から聞いていた。
一つ! かわいいからって男を顎で使う最低な女
二つ! かわいいからって女は無視する高慢な女
三つ! 三つあった方がなんかかっこいいけれど、特に思い浮かばなかった。
入学式に初めて見た花咲 桜の実物は、軽く噂を超える位にかわいかった。多分、今まで生きてきた中で、いろんな物や人を見て「かわいい」って思ったのを累計しても、及ばないくらいかわいかった。すぐにあれは別の生き物だって納得した。
なんでこんな普通の公立高校に入学したんだろう。都会にいってモデルでもすればいいのに。
花咲さんの他にも、今年の入学生はモデル級の男子が三人。それに先生もすごいかっこいい人がいた。いつの間にか彼らをまとめて「イケメンズ」って呼ぶ人が増えた。
私は妄想の中で、王子様(金ケ崎君)と魔法使い(紫堂君)、司祭様(緑谷君)それに賢者様(レッドミル先生)と呼んでいた。その妄想の中では時に、王子様✕魔法使いだったり王子様✕司祭様だったり、王子様✕賢者だったり。たまに魔法使い✕賢者だったりするけれど、王子様は総受けってことで。
でも残念ながら、すぐにイケメンズは花咲さんに夢中なのに気がついた。まるで最初から攻略済の乙女ゲームみたいだ。だれか転生者いるーー?悪役令嬢まだですかーー?
花咲さんは、着々とイベントをこなしているようだった。私が見た中でも、三回位は廊下でイケメンズとぶつかっている。派手にすっ転ぶ様は、見ている方が引く位だった。
放課後、入学してからなんとなくグループになっていた子たちとだべっていた。内容なんて特にない。まだ探り探りの状態だから。とりあえず、花咲さんの悪口を言えば盛り上がる。
そんな中、急にその本人が現れた。うわーー気まずい。一緒にいた子達も、目を泳がしている。
「お願い、私のことは黙っていて!」
花咲さんは、教卓の下に潜り込んだ。
みんな困惑したようにお互い顔を見合わせた。
それから数十秒後、イケメンズのが現れた。王子様に魔法使い、司祭様に賢者までいる。眼福、眼福、今夜のおかずは誰にしよう。
「桜ちゃんを見なかった?」
王子様キャラの金ケ崎君が、私に問いかけた。
へ? 私?
周りをきょろきょろ見回すけれど、他の子はぼうっと王子様を見たままだ。やっぱり私が話しかけられてるみたい!うわーー、間近で見ると超かっこいい。やばい、後ろに花と星が飛んでるよ。いいにおーい。これがイケメンというものかあ。
ぼうっとする私に、金ケ崎君のイラッとした表情が浮かぶ。あ、答えなくちゃ。
「は…花咲さんなら……」
「花咲さんなんて見ていないよ。そこ、いいかな?日直簿を職員室に持っていかないと行けないんだ」
急にクラスの男の子が割り込んできた。
誰だっけ? 山田とか田中とかよくある名前の男子。おかずにならない男子の名前はなかなか覚えられないんだよなあ。
「そうか、ありがとう」
あ、待って! せっかく初めてイケメンズと話したのに、そんなにすぐに行っちゃうなんて……。余計なことをしおってからに、このモブ男!
ギロリと睨んだが、モブ男は後ろから話しかけた花咲さんにデレっとした顔をしている。
原因はお前か、花咲! この悪女め!
「あいつらに困ってるの?」
「……うん」
はいはい、困ってますよね〜。いい男に追いかけられて、困ってるなんて、いいご身分ですよね〜。これが男に媚びる手ですか〜。こんなモブ男でも一応攻略しとくんですね〜。やっぱり、噂通りいけ好かない女。『一つ! かわいいからって男を顎で使う最低な女』このモブ男も、こうやって花咲さんにこき使われるようになるわけだ。ご愁傷様。
「それ……あいつらが?」
モブ男の指差したところについ目が向いてしまった。
え……? なにこれ。ひどいアザ。花咲さんの脚には黒、紫、黄色、赤と色とりどりのあざがあった。
空手とか柔道とかの体育会系でも作らないようなアザだよねぇ。女の子の脚がこれ? ありえない……。
脚をガン見している私を無視して、モブ男と花咲さんの話は続いた。
「あの人たち……なんでだか分からないけれど、よく体当たりしてくるの」
「体当たり?」
「うん、廊下で。それもプリントや教科書とかいっぱい持っている時にかぎって」
あ……。それ、私も見た。それも何回も。
確か、見ているこっちが引くくらい派手に転んでいたから、てっきり花咲さんの演技なのかと思っていたけど……。演技じゃ……そんなアザ作らないよね。嫌いだったから、花咲さんがぶつかって行ったと思っていたけど……、よく思い出すとぶつかっていったのは彼らの方だったかも。
「彼らは、きっと『出会いイベント』を起こそうとしているんだよ」
「何それ」
「文字通り、出会うためのイベントさ。廊下でぶつかって、倒れた花咲さんの手を取って立ち上がらせれば、好感度が上がるって思ってるんだ」
「そんなので好感度なんて上がるわけないじゃない。痛いし、物は散らばるしで、本当に迷惑してるんだから。第一『出会い』なんて言っても、初対面ってわけでもないのに。あの人たちバカなの?」
「うん……きっとバカなんだ」
モブ男の推測だからその理由が本当かどうか分からないけれど、そんな理由なんてどうだっていい。モブ男の言う通りだ。彼らはバカ……かもしれない。女の子が派手に転ぶような体当たりをするなんて。
もう一度、花咲さんの脚を見た。痛そう……。
彼らはバカかもしれないじゃなくて、本当にバカだ。
「ともかく、ありがとう。あいつら行ったみたいだから、この隙に教室に戻って鞄取って帰るわ」
「そんなの友達に持ってきて貰えばいいじゃないか」
「……友達……いないの」
モブ男が明らかに慌てている。私もこんなセリフ聞いたら、また胸が痛んだ。
『二つ! かわいいからって女は無視する高慢な女』。その真相は、女達から妬まれそしられ、一人で傷ついている……普通の女の子?
花咲さんがかわいくてイケメンズからモテているからって、それを妬んで、彼女の悪口をただ娯楽のようにしていた自分の醜さにいたたまれなくなった。
「私、持ってきてあげるよ。あいつらが教室で見張っていたら恐いし」
気付いた時には、そう名乗りを上げていた。目を丸くする花咲さんは、ちょっとまぬけな顔だった。こんな顔もするんだ。なんだ、ホント、普通の女の子じゃん。
「クラスと席を教えて!」
「あ、でも……」
「いいから」
「う、うん……」
「じゃあ、ちょっと待っててね。それで、無事に戻ってこれたら、一緒に帰ろ!」
花咲さんはちょっと驚いた顔をして、すぐに笑顔になった。でも花咲さんの目がうるうるしているように見えた。
鞄を持って教室に帰ると、緊張した顔の花咲さんが待っていた。「帰ろ」っというと、真っ赤な顔をしてコクリと小さく頷いた。……やばい、これは女でも惚れるわ。
そいえば、モブ男と花咲さんの会話で笑いそうになったところがある。
「ちなみに、朝、遅刻しそうになってトーストをかじりながら走っている時は?」
「え?私、朝はいつも早めに来てるし。もし遅刻しそうになっても、トーストかじりながら走るくらいなら、朝食抜くし」
「……そうですよね」
モブ男ーー!!!それ、私も気になってた!
私と桜は友達になった。それからしばらくして、桜が私のことを嬉しそうに「みっちょん」と呼ぶ頃には、親友になっていた。ういやつめ。
桜は休み時間の度に私のクラスにやってきた。一人の時間が減った桜にイケメンズの襲撃は減ったが、いつも一緒にいられるわけではなく、桜が鬱々としている時もあった。
こうなったら、あの計画を実行するしかない。
あの一件の直前、私がなんとなくだべっていたグループ。あの時は友達だけど、まだ本当の友達じゃなく、探り合っているような感じだった。でもみんなが共通の思いを持ってからは、本当の友達、ううん、仲間になった。その思いとは二つ。桜に対する申し訳無さ。そしてもう一つは、桜を守りたいって気持ちだ。田中だけではなく、モブそのものだった私達はそれぞれがそれぞれの主役になり始めた。私たちは、「花咲さんを守る会」を作った。ただし、桜はそのことを知らない。教えないのは、桜のことだから、私達の行動を嬉しく思いながらも、すごく心配しちゃいそうだから。
まずは、私達がそうだったように本当の姿をみんなに気づいてもらうところからだ。
「花咲さん……なんだか本当に嫌がってない?あんなにしつこくされたら、いくら相手がイケメンズでも私なら嫌だな」と、ぽそりと呟けば、まず男子が態度を改めた。それまでイケメンズに引け目を感じて遠巻きに見ていた男子が、介入するようになったことで桜の身体的な危険は大幅に減った。
次にイケメンズに熱をあげている一部の女子。彼女たちには、積極的に桜の行動をリークした。それによって、桜を待ち伏せていたイケメンズをさらにその女の子達が待ち伏せていて、結局、桜はあいつらをスルーすることができた。そうやって「花咲さんを守る会」に利用された人たちに、桜がはにかんだような笑顔でお礼を言うと、ほとんどの人が落ちた。
そしてメンバーが爆発的に増え、あっという間に生徒会をもしのぐ一大組織になったのだ。そうなればしめたもの。クラス替えをするのは、学年担当の教師たちだ。学年が上がる時には守る会のメンバーになった教師達を操り、桜と会の幹部を同じクラスにして、イケメンズは一番遠いクラスにしてもらった。イケメンズの中で唯一クラス替えに口出しできる立場の校医のレッドミルも、数に訴えれば何もできなかった。これで守りの布陣も完璧になった。完璧なはずだった。
ある週明け、桜が沈痛な顔で登校してきた。街で買い物をしているときに、イケメンズの一人に待ち伏せされて、拉致連れ回しされて、大量の服とアクセサリーと一緒にやっと夜中に自宅で開放されたのだというのだ。
一応、両親と一緒に警察にもいったそうだ。でも、直接の被害は無かったということと、プレゼントを山のようにもらったということで警察では相手にしないどころかその連れ回した相手の気持ちを思いやるようにと助言までしたそうだ。花咲家は悔しながらにも泣く泣く帰宅したそうだ。
守る会の幹部達は青ざめ、授業もそっちのけで緊急会議をした。
そこで、一つのことに思い至った。私たちは、桜を守りすぎた、っと。
完璧に守ろうとする余り、やつらのフラストレーションは高まり続け、やつらは守る会の目の届きにくいプライベートタイムに狙いを定めたのだ。
さっそく、シフトの見直しと意図的に管理の穴を作った。歯噛みするような思いもあったが、本当に桜を守るためには仕方のないことだった。最初の頃は、どの程度の穴にしていいか調整が分からずに、気分が悪くなった桜が保健室で寝ていると、校医のレッドミルが添い寝してしまうという事件もあったが、守る会のメンバーがすぐに保健室に駆け込み事なきを得た。
そうした管理の穴の不具合も調整がされ、桜はほんの少しの我慢と引き換えに、楽しい普通の高校生活を送れるようになったのだ。
ところで、この親友。見かけのわりには非常に奥手である。私達が出会った一件以来、あのモブ男、もとい田中に恋をしたようだ。でも、遠くから眺めているだけで、それ以上何もしようともしない。
私達といる時も、ふと、ぽーーっとしてしまう桜の視線の先にはあの田中がいた。変なところで行動力のある桜は、田中がコンビニでバイトを始めたと聞くと、後を付けてそのコンビニを探り出し、変装して客になりすますなどのことをしていた。それなのに、恥ずかしいからと話しかけるようなことはしなかった。
守る会は、その桜の初めての恋には気づかないふりをして、行く末をみんなが温かく見守っていた。そんな生徒教師のほとんどが守る会に所属する守る会が見守る中で、田中に恋人ができるわけもなく、親しい女の子さえいない三年間だった。
最終学年に上がる時に、桜と幹部達は意図的にまた同じクラスだったが、田中も同じクラスになるとは驚いた。守る会のメンバー教師も、じれったさを感じたのかもしれない。
しかし、体育祭、修学旅行、夏休み、文化祭、そして受験。すべてのイベントで、二人の仲に進展はなかった。それどころか、「プリントどうぞ」「ありがとう」以上の会話を二人がしたところも見たことがない。高校ではこれ以上の進展は無理と焦った桜が、せっかく山田の志望大学を探り当て、第一志望から第三志望まで同じ学校・学部を受験したのに、山田め、受かったのは第四志望だと!けしからん。結局、桜は元々の第一志望だった難関の早慶大学に進学することを決めた。私とは別の大学になってしまったが、仕方がない。
そして卒業式が終わると、桜はイケメンズに拉致られていった。守る会の下級生メンバーが見張りについている。まあ、報告では今朝早くから隣の教会の階段に真紅の薔薇の花びらをまいていたということだから、せいぜいプロポーズくらいだろう。問題ない。
問題はこっちだ。
「田中あ、打ち上げは駅前のカラオケに6時だよ〜」
「う〜っす」
三年前から少しだけ背が伸びた田中だが、相変わらずのモブ顔だ。
「なあ、花咲さん大丈夫?」
「大丈夫よ。それに、あいつらも、今、ガス抜きさせとかないと、春休みに襲撃してくるかもしれないでしょ?」
「リスクマネジメント、毎度ご苦労様」
「ホント、こんな高校生活になるとは入学した時は思いもしなかったわ。大変だったけど……楽しい、それは楽しい三年間だったわ」
本当に、この三年間いろいろなことがあった。
最初は私は噂に踊らされるただの嫌な女だった。田中のことをモブ男と心の中で言いながら、私自身もモブだった。
田中のおかげで、その噂が嘘だって分かって、桜と友達になった。桜を守るっていう目的のおかげで、大勢の仲間と団結できた。目的を達成するための方法も学ぶことが出来たし、忍耐も覚えた。それに将来の夢をもつことができた。モブからの卒業だ。
それは桜と、悔しいけれどきっかけを作ってくれた田中のおかげだ。
だから、この二人をこのままにして見過ごすわけにはいかない。
「じゃあ、俺、一旦帰るわ」
「……ゆっくり帰ってね」
「?」
ーー桜が追いつくように。ゆっくりとだよ。
ほどなくして桜が帰ってきた。寒かったのか、片腕を擦っている。あいつらめ、桜が風邪引いたらどうするよ!そんな悪態は、心の中にしまい、努めて平和な顔をする。
「お勤めご苦労様〜。いや〜、最後の最後までアレだったね〜。教室から見えていたよ。あそこまでいくと、一種の形式美だよね〜」
「そんな形式美いらないよぉ!お前ら誘拐拉致で訴えるぞって思ったくらいだよ!」
「よしよし。ほらこの胸でお泣きなさい」
私は、唯一桜に勝っている部分、胸に桜を抱きしめた。そんな私達を、守る会の仲間たちが温かい目で見守っていてくれる。
「ほらほら、泣かないの〜。私とはこのあと打ち上げするんだから、まだ最後じゃないでしょ」
「でも……」
そう、最後じゃないんだから。泣かないで。それに、桜はこんなところにいつまでもいちゃけないでしょ。
私は、ほんの少しだけ嘘をつく。
「彼、行っちゃたよ。打ち上げには行かないそうだよ」
桜はバッと、田中の席を見た。
「あ、あうあうあう」
桜は私と田中の席を交互に見る。進学先も違う二人が、この卒業式っていう大イベントに想いを打ち明ける機会を逃したら、二人が付き合うことができるのはいつになるか分からない。
「行ってらっしゃ〜い」
私は桜の背中を軽く押すと、ぽんっと駆けていった。桜がいなくなるなり、下級生メンバーが忍者のように音もなく足元に跪いた。私の指示を待っている。
「今回は見守りは必要ないわ。うまくいってもいかなくても当人だけの思い出にしてあげましょう」
来た時と同じように、下級生メンバーが音もなく姿を消した。その代わりに、守る会の幹部達が私の隣に立ったのを感じた。私が口を開くのを待っている。思えば彼女達とも三年間、共に戦ったんだ。ある意味、桜以上の仲とも言える。
「二人……うまくいくかな?」
「どうだろうね。田中は予想以上に鈍いから」
「そうなんだよね……」
「ところでみっちょん。なんで、田中は打ち上げに来ないって桜に嘘をついたの?」
「今告白しなきゃって思わせるためよ。次があるなんて思ったら告白できないでしょ。それにもし今告白できなかったときに予備のチャンスがあったほうがいいもの」
「さすが……」
「ところでみんなは、桜と同じ大学に進学するんだよね」
幹部のの半分が頷いた。
三年前は私たちは皆同じく、似たりよったりの特徴のない外見に性格、そして成績だった。ところが桜が初めてできた友達のために何かしたくてたまらなくて、私達に勉強を一生懸命教えてくれた。そのおかげで、軒並み成績が上がり、桜と同じ早慶大学以外にも、東部工業大学、京都府大学など超難関大学に皆こぞって合格した。
「お願い、私の分まで、桜を守ってあげてね。私は……一緒に行けないから。ごめんね」
「そんなこと! 桜を守るのは当然だもの、みっちょんの分まで頑張るよ」
「本当に、ごめん」
その時、玄関から田中が腕を引いて走る桜が見えた。桜は羽が生えたようにかろやかに走っている。
二人の顔を見れば、どうやらうまく行ったようだ。思わず歓声が沸き上がる!
よかった。よかったね、桜。湧き上がる涙を、指でぬぐう。もう大丈夫と、くるりと二人に背を向けた。
私と桜は大学は別になるし、きっとその先の進路もまた違うだろう。
私は桜を守るうちに「守る」ということの大切さと楽しさを知った。そして拉致を訴えた桜に対する警察の理不尽に怒りを覚えた。そんな警察を変えるために、私は警視総監になりたい。だから日本で一番の国立大学へ行く。
桜は、自分が受けた理不尽さの中で何度も「法的に訴えたい」と思った。法律を調べるうちに、自分だけでなく、同じような理不尽な思いをしている人を助けたいと思った。その思いから弁護士最大学閥の早慶大学法学部へ進学を決めた。
警察官と弁護士。時に協力して、時にぶつかり合いながら、桜とは一生付き合っていこう。
そこに田中がいても、まあいいだろう。なにせ、彼はモブなのだからいても大して気にはならないはずだ。
最後までありがとうございました(^^)/