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千尋ちゃんと光善寺さん


千尋ちゃん@水も滴るいい女事件から3日後。

私が千尋ちゃんの指示の元必死にスチル用の絵を描いて、先輩たちがノート13冊分の脚本(もちろんピンク描写は黒塗りですよ!)をカタカタPCに打ってる平穏な放課後は、招いていないお客様達により唐突に終わりを告げられました。


「ずいぶんと如何わしい絵だな?」


絶対零度の鋭利さでもって私を睨みつけているのは生徒会長様です。如何わしい、と言いますが資料本は図書室保管のルーブル美術館の画集。そして今目の前にある絵はのっぺらぼうの辛うじて男性とわかる人影が一つ、ただ単に喉元に手をやっているだけの、絵というより下書き状態のものです。ネクタイを書き込んだ状態でそれを言われたらまあ・・・・・・・と思わないでもないですがこの状態が如何わしかったら、しょっちゅうネクタイを気にしている現代文の浜田先生は歩く18禁になってしまいます。


「うわ、気持ちわるーい」

「ありえなーい」


内緒話をするように身を寄せ合って、毛虫を見る女子のような顔で指をさすのは、二階堂ツインズと呼ばれる双子の書記様。千尋ちゃんの預言書情報によれば、哂うときに右目を見開くのが兄で、左に口角を上げるのが弟だそうです。兄エンドなら弟による焼死無理心中、弟エンドなら兄による溺死無理心中、兄弟エンドなら薬漬け飼い殺し生涯と言うガクブルヤンデレーズ。人を不確かな情報からの先入観で見るのは良くないですが、そういう性癖持ちと言われても納得の不気味さを備えた蔑み方をなさいます。


「もうっ!三人ともそんな風な言い方しちゃダメっ」


後ろに隠されるように立っている光善寺さんは可愛らしく頬を膨らませました。

とたん、甘えた目をして擦り寄る二階堂ツインズと生徒会長様。さり気なーく光善寺さんの腰に手を回したり髪を漉いたり、正直言って如何わしいのは目の前の光景だと思います。


「だってぇ、ハルちゃん。この女存在そのものがきもちわるいよ」

「ブスだし手も赤黒くてブツブツしてるしぃー」

「先日の言動も目に余る」


全て事実なので否定できませんが、人の見た目を罵る男がイケメン判定を受けているのはちょっと納得いきません。言われ慣れた言葉なので今更凹む事は無いですけれども、世間の皆様の評価にもやっとしたものが溜まりますね。

口答えすると30倍ぐらいになって返ってくるのでじっと彼らの言い分に耳を済ませます。ちょうど今タッキー先輩と千尋ちゃんは司書の黒沢先生の仕事の手伝いで席をはずしているので、無口な図書委員長様と私だけの現場です。図書委員長様は我関せずで作業を続けているので、実質お客様対応をしているのは私だけ。

スマイルゼロ円と胸のうちで唱えて光善寺さんを見つめます。


「もうっ、邪魔しないでよぅ。それで、えっと浮田さんだったかしら?今作ってるゲームのお話を聞かせてもらえる?」

「はいっ!題名は我らが薔薇苑高校の有名なる中庭からとりまして、『ローズガーデン』と申します!見た目も中身も完璧な女神のような美少女を巡って7人の男が愛を奪い合う乙女ゲームです!そしてその美少女役のモデルに是非とも!我が校のミスプリである光善寺様を、と思いまして。本日はお越しいただけて大変恐縮です。ありがとうございますっ!」


がばっと勢いよく頭を下げ、ついでに下書きを裏向けて手元に戻し、きりっとメガネを掛けなおしました。カチカチとシャープペンをノックして聞き取りの体制になります。光善寺さんにべたべた引っ付いているのは男子高校生じゃなくて幽霊ですので気にしません。気にしたら明日どころか今のチャンスさえ潰れます。


「早速ですが質問させていただいて良いですか?まず第一問、お好きな本の題名は?・・・・・・例えばシェイクスピアの作品なら?」


図書室の妖精ルートの、一番初めの選択肢です。

夫に殺されるオセローなら確定で、自殺のロミジュリなら他ルートへの選択を残します。

光善寺さんはその質問に一瞬目を見開き、逡巡するように図書室に目を彷徨わせました。

差し込む西日が後頭部をじりじりと焼きます。


「オセローかしら」

「愛ゆえの嫉妬になら殺されても構わない、と。さすが光善寺様です、学祭でおなじみのロミジュリがくるかと思いましたが浅はかでした。ちなみにオセロゲームするとき黒か白か、こだわります?」

「拘ってはいないんだけれど、つい白を選んじゃうわ」

「奇遇ですね!私も応援するのはいつも白です。図書委員長様とタッキー先輩の試合を見てると面白いんですよー。図書委員長様はじゃんけんで不正してでも黒をお取りになるんですけど、どんなに白が善戦しても最終局面は全部真っ黒になるんです。光善寺様はオセロゲームお得意ですか?」

「苦手ではないつもりなのだけれど・・・・・・そんなにきれいに黒に染め上げてもらえるなら。是非一度対戦願いたいわ」


わずかに震える光善寺さんは、その答えを私ではなく背を向けたままの図書委員長様に向けて放ちました。

カタカタとPCを打つ音が止まったので、私は準備室に隠されているゲームボードを引っ張り出します。


「でしたら、一戦やっていかれます?図書委員長様、お願いできますか?」

「------いいよ」


ガタリ、と椅子を引いて振り返った図書委員長様は見たことも無いほど嫣然と微笑んでました。

私はさっと立ち上がり、図書委員長様に席を譲ります。まだ立ったままだった光善寺さんのために正面の椅子を引きました。ついでで取り巻き幽霊のために控えの椅子を用意していると、図書委員長様が取り出した石を横からぐしゃりと投げ飛ばす生徒会長様が目に入りました。


「どういうつもりだ?」

「それは俺の台詞。何?五十嵐と先にしても構わないよ?そっちが無様に負け姿を晒すだけだけど」


図書室はまだ冷房を入れていないはずですが、心なしか5度ほど温度が下がった気がします。私はせかせかと床に散らばった石を集めてそっと机の端にセットしました。

図書委員長様は霊感をお持ちだから仕方ありません。


「------知子ちゃん!」

「っあ、ちひ」

「またお前か山越」


男たちの熱いバトルが今始まる!と思いきや、お使いから帰ってきた千尋ちゃんが五十嵐会長の視界に入ってしまいました。慌てて駆け寄ろうとしましたが、二階堂ツインズの突き出してきた足に引っかかり派手に転んでしまいます。飛ぶ声は酷く鋭利な会長様のもの。


「親が決めた婚約者だからといつもいつも俺の前をうろうろして。目障りだ。この同好会もお前の差し金か?」

「ほんっとウザイよねー」

「会長もカワイソー」


追従する二階堂ツインズの言葉に目の前が赤く染まりかけました。

エガオ、えがお、笑顔です。怒ってはなりません。戦ってはなりません。私は勝てません。

ぐっと、こぶしを握って悔し涙を引っ込めて立ち上がり、私ははしゃいだような声をあげました。


「千尋ちゃん、ちょうど良かった!あのね、あのね、光善寺様が来てくれたの!私、うっかりしてお茶もお菓子も用意できてないから、悪いんだけど買いに行って貰えないかなぁ?」

「・・・・・・光善寺さんが?」


罵られ慣れてない千尋ちゃんは顔を青くしながらも、私の言葉になんとか視線をずらし光善寺さんを捉えました。

無表情の千尋ちゃんに光善寺さんがわずかに肩を揺らします。


「見るな、ストーカーが」

「------それを言う資格は五十嵐に無いよ」


千尋ちゃんの視界を遮る様に青筋を立てた会長様が立ちはだかるのを、嘲笑するかのように石を盤面に並べながら図書委員長様が言いました。


「最近鞍替えしたようだけど、もともとは五十嵐、君は山越のストーカーをしていたじゃないか。山越は嫌がったのに、親に無理やり頼み込んで婚約者にさせたのは5年前の君の誕生日パーティだ。君の執着って底が浅いよね。四六時中監視カメラとボイスレコーダーで動向を追っていたくせに、虫の一つも払えない」

「・・・・・・零磨」

「五十嵐は記憶力が悪いからもうすっかり忘れてるようだけど、俺は憶えてるよ。恋の御呪いを教えてくれって泣きついてきたのはなな」

「零磨!」


あはははは、と底冷えのする哂い声を図書委員長様は上げました。さすが厨二です、悪役の哄笑をマスターしてらっしゃいます。怒りで真っ赤の会長様を流し見て、図書委員長様は黒の石を盤面に置きました。


「これ以上都合の悪いことをばらされたくなかったら二度と光善寺さんに近づかないことだね。コレは腐れ縁からの忠告だよ?俺の教えた呪いは本物だ。君が違えた誓いは君に跳ね返る。神も悪魔も二心抱えるものに微笑まない」


くつくつと笑う様は堂に入っています。さすが顔は良くてもタッキー先輩のマブダチ、ノッてしまえばどこまでも往ってしまわれる。私は千尋ちゃんをこの場から逃がすのを忘れてぽかんと図書委員長を見つめました。


「帰れよ裏切り者。潔く手を引いてせめて思い出を美化してもらえるように祈っておくといい。------二階堂たちも。彼女に失望されたくないだろう?」

「っ、僕らにそんな-------」

「いいの?六年前の別荘で」

「あーーーーーーーーーーーー!!」

「可哀想だね?よく出来た悲劇だ。まさか」

「っわかった!出てく、二度と関わらないっっ。だから、言う、な・・・・・・」

「そう、良いよ。契約だ。君らに悪魔の祝福がありますように」


図書委員長様の微笑から逃げるように、最後一瞬光善寺さんを見つめて苦い顔をしてから、生徒会の幽霊三人は図書室から去っていきました。

彼らの背中を見送った図書委員長様は、ご機嫌に肩をすくめると、蕩ける様な熱視線で光善寺さんに次の一手を促します。


「さあ、君の番だ。めいっぱい足掻いてごらん?望みどおり真っ黒に染めてあげる」


ぱち、と光善寺さんが白の石を置いた音で我にかえり、私は千尋ちゃんと一緒に図書室から退散しました。隠れるように一番近い外階段に二人で座り込み、ほっと息を吐きます。


「・・・・・・千尋ちゃん、生徒会長さんの婚約者なの?」

「今年度に破棄されたから無効よ。終わったことだから話さなくてもいいかと思ったの。私の好きな人はずっときー君だし」

「確かに塾の富田先生のが千倍イケメンだよね。・・・・・・でもそっか。元婚約者タグは悪役女子の必須アイテムだもんね」

「恋愛感情皆無だったから盗られたところで何も思うところは無かった、というより清々してたのが悪かったのかしら」


ふう、と疲れたように千尋ちゃんは遠くを見ました。


「お金持ちのおうちは大変だね」

「金と権力を持った道理のわからないガキが厄介なだけよ。------零磨さんがヒロインに興味を持ってくれて良かった」

「そうだね。私あんなにしゃべる図書委員長様はじめて見たよ。あっさり3人も追っ払っちゃったし」

「残りのメンバーも零磨さんが勝手に対応するわ。実家のパワーバランスからも最強だし、生徒会が手を引けば"山越千尋"の出番は必要ない。仮想敵はヒロインと同じクラスでヒロインと幼馴染のメイン攻略者の一文字獏に移るから」

「図書委員長様の恋路応援として私たちに出来ることってあるかな?」


どう見てもあの態度はもののついででしかありませんが、何の義理も無いのに図書委員長様は千尋ちゃん擁護をして下さいました。恩は返さねばなりません。


「・・・・・・そうね。ヒロインをなんとかこの同好会に入会させるくらいかしら。知子ちゃんの、仲良し★大作戦にのっとって」


くしゃり、と千尋ちゃんは顔を複雑そうに歪めて苦笑しました。


「私って、本当駄目ね。知子ちゃんが必死に私のために動いてくれているのに、どうしても、ヒロインに対する憎悪が隠せない。何もかも失って絶望すればいいのにってあのわざとらしい笑顔を見るたび思うの。きっと同属嫌悪というやつね。あの頃の私を見ているみたいで我慢なら無いんだわ------ねえ、知子ちゃん。知子ちゃんはなんで私を許せたの?利用して疑って嗾けて、本当に真っ黒だったあの頃の私を」


あの頃、というと、小4の私が千尋ちゃんを意識に入れる前の千尋ちゃんでしょうか。私は軽く振り返って、震える千尋ちゃんに笑いかけました。


「ガミイ様が言ってたよ。『昨日の敵は今日の友。自分の懐に入れることが出来なくても、自分が相手の懐に入ってしまえば相手の問題も自分の問題も解決するのが易くなる。白から黒へ相手を転じさせるのではなく、まず自分から黒になって相手も一緒に灰色に持っていくほうが流れる血は少なくて済む』って。敵にだって大事なものはあるんだって、それが見えたら妥協点は必ずあるって、ガミイ様がグラムール物語で魅せてくれてたから。それに千尋ちゃんは、ガミイ様の元敵たちよりずっと優しいよ。ちゃんと自分から最後に助けてくれたもの。私、凄く嬉しかった」


私のバイブル、グラムール物語は由緒正しいファンタジーもの。醜く力も弱い魔法だって不得意な主人公が、知恵と度胸と人脈で過酷な戦争を平和に導いていく物語。たくさんのご都合主義が蔓延しているそのお話は、心踊ると同時に千尋ちゃんと友達になるまでどうしようもなく私の理想と現実を分けるものでした。


「私の理想は幻想じゃなくて、現実にすることもできるんだって、あの日はじめて気がついたの。私はガミイ様みたいに頭が良い訳でもないから、相手の懐に飛び込む術すらなくて、ずっと諦めてた。千尋ちゃんが差し出してくれた手は、私にとって凄く特別だったんだよ。千尋ちゃんから見たら跳ね除けられて当然と思っての言葉かもしれなかったけど、私、今の千尋ちゃんとの関係に不満なんて無いんだ。だから、だからね、」


これから言うのはちょっと勇気の要ること。千尋ちゃんの気持ちに寄り添わない言葉。


「嫌いでもいいから、光善寺さんと話してみて、千尋ちゃん。私、光善寺さんともお友達になりたい」


上目遣いでうかがった千尋ちゃんは。


「------やっぱり、知子ちゃんには敵わないなぁ」


そう、力の抜けた顔で笑ってくれました。



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