千尋ちゃんと光善寺さん2
「ねぇ、貴女は、・・・・・・誰?」
日も暮れた学校の玄関で。
トイレにたった千尋ちゃんを待つ私に声をかけたのは、つい昨日同好会に遊びに来てくれた光善寺さんでした。
ちらつく蛍光灯に照らされる彼女は、今日は一人だけのようです。
緊張しているのか少し青ざめていて、普段男の子たちに纏わり付かれている時の様な傲慢さはどこにもありません。
「・・・・・・光善寺さんは門限のあるお家の方ですか?」
ふる、と小さく振られた顔に私はにこっと笑いかけました。
「じゃあ、フードコートにでも寄り道しましょ。------いいよね、千尋ちゃん?」
「そこはファミレスにしようよ、知子ちゃん」
光善寺さんの後ろからあらわれた千尋ちゃんにも許可を貰います。光善寺さんは努めて無表情の千尋ちゃんにビクっと怯えたような顔をしました。私は千尋ちゃんの妥協に苦笑して、光善寺さんにちゃんと手袋をつけた手を差し出します。
「私は、浮田知子という名前の、貴女とお友達になりたいなって思ってる、ただのサブカル好きのオタク女子高生ですよ。今日は声を掛けて下さってありがとうございます、なんですよっ」
手袋越しに感じた温度は、彼女の困惑顔と同じくらい頼りないものでした。
ドリンクバーのある、私と千尋ちゃんの通う塾に程近いファミレスの一角に腰を落ち着けて一服。
光善寺さんは髪飾りに使っていた、例のアイアンメイデンストラップをはずしてテーブルの真ん中に置きました。
「・・・・・・コレを私の鞄に入れたのは、浮田さん・・・・・・で、合ってる?」
「はい、そうです。手紙にも書いてたはずですよ?」
「・・・・・・貴女は転生者、なの?」
カラン、と光善寺さんのコーラの中に入れた氷が鳴りました。
またもやあらわれました、てんせいしゃ。しかも美少女。なんだか現実的に非現実的過ぎて、盛大にからかわれているような気がして仕方が無いです。ですが、千尋ちゃんの書いた脚本は確かに預言書として機能しているので、信じにくいし信じたくないですがこの世界は『ローズガーデン』の舞台なんでしょう。なんだか映画とか漫画とか小説の中みたいな設定です。私、実は本気でパソコンのバグ的なプログラムの一つだったらどうしましょう。プレイヤーたるメインヒロインの光善寺さんの意思一つでポチッと消滅とか凄くありえそうな気がしてきました。
ふる、と軽く頭を振って怖い妄想を追い払い、光善寺さんの問いに答えます。
「違いますよ」
「じゃあ何で、コレをっ・・・・・・・!」
「私が教えたからよ、ローズガーデンのヒロインさん」
トントン、と机を指で弾きながら千尋ちゃんは光善寺さんを見据えました。
「転生者は私よ、光善寺春香。何故、最も被害の大きい逆ハールートを選んだの?自分以外、本気でどうでも良いって思ってるの?貴女も転生したって言うなら、この世界でもう16年も生きてきてるくせに、何を勘違いし続けているの?目の前で人が痛めつけられてても哂ってるなんていったいどんな神経しているのかしら。一度死んだくらいじゃ、その性格を矯正し切れな」
「うるさいうるさい半端ものの癖に!貴女に何がわかるのよ!一番欲しいものが手に入らないなら、いっそ全てを壊そうとして何が悪いの?そもそもこのゲームは私が脚本を書いたのよ、私が私の作ったものをどうしようと私の勝手じゃない。事実、攻略対象者たちは私の書いたとおりに動いてた。ローズガーデンを知っているなら、どうして、どうして貴女はちゃんと山越千尋を演らないのよ?素敵でしょう、私が書いてきた作品の中で最高の悪役よ?アレがいるからこそローズガーデンはヒット作になったの。現時点で逆ハールートに入っていると解るほど貴女はやりこんだのでしょう、私のローズガーデンを!だったら、この世界があの人の居た世界でなく、私が書いた夢のローズガーデンだという証拠を崩さないでよっ!気持ち悪い気持ち悪い、転生者でないというなら貴女の隣にいるものは何なの?何故画面の端にさえ載せなかったモブがこんなにも私の世界を乱すのよ・・・・・・っ!!」
ぼろぼろと、光善寺さんの目から透明なものがあふれ出てきます。怒りなのか、悲しみなのか絶望なのか、判断はつきませんが、千尋ちゃんは彼女の剣幕にすっかり飲み込まれて固まっています。
私はハンカチを取り出し、光善寺さんに差し出しました。
「ごめんなさい」
千尋ちゃんを睨みつけていた光善寺さんが私に視線を移しました。感情が読み解けない彼女の泣き顔は、まるで人形のように生気を感じられません。
「ごめんなさい、部外者のくせに引っ掻き回して。でも、でも私、千尋ちゃんから聞いた『ローズガーデン』、大好きなんです。悪役の山越千尋も、・・・・・・ヒロインの光善寺春香も。物語としては逆ハーエンドが一番美しいけれど、でも、私もっと長くこの世界を見つめていたくて。だから、ローズガーデンでは異色の妖精ルートへ誘導しようと、そのストラップを掘り出して、貴女の鞄に入れたんです」
光善寺さんの話から解ったのは、彼女が『ローズガーデン』の作者であり、『ローズガーデン』を愛し、そしてたまらなく前世の世界に焦がれていること。光善寺さんにとって、この世界は作り物でしかないこと。配役通りに動かない千尋ちゃんが嫌いで、役さえ与えてないのに物語の筋に関わる私が不気味で仕方が無いこと。
光善寺さんや千尋ちゃんの話が妄想か否かは置いておいて、今、私が彼女と話をする場を設けたのは、千尋ちゃんをいじめるなんて酷いと罵るためでも、敵対するためでもありません。大丈夫、設定に乗るくらいならオタクの私にはお茶の子さいさいのお遊びです。
私は受け取ってもらえなかったハンカチをそっと彼女の頬に押し当てました。
「私、千尋ちゃんが告白してくれるまで、千尋ちゃんが前世の記憶持ちだとかそういうの、全然気づいてなかったんです。貴女もそうだって言われてもいまいちピンときてなくて、・・・・・・えと、だからですね、もし良かったら、ですけれど。貴女の言う『あの人』について教えてもらえませんか?」
「・・・・・・?」
「ついでに前世のことも。千尋ちゃんから聞いた『ロ-ズガーデン』を発売していた世界はとてもこの世界に似ていたって聞いてます。貴女が生まれ変わったのと、千尋ちゃんが生まれ変わった時に時間差があるなら、貴女の『あの人』が絶対にこの世界にいないって結論付けることは出来ないと思いませんか?」
「あ・・・・・・」
光善寺さんはその大きな目をさらにに見開きました。
「『あの人』は貴女の作った『ローズガーデン』をむやみに壊すような人でしたか?そうでないなら、『あの人』だってこの世界のどこかに、もしかしたら近くに潜んでいるかもしれないじゃないですか。だって、この世界は貴女が作ったのですから。・・・・・・私は貴女に名づけてももらえなかった背景のモブですが、私、この世界が好きですよ」
にこっと涙を止めた光善寺さんに微笑みます。
彼女がこの世界の創造主だと言うなら、その地位に見合う何かがあったほうがロマンでしょう。
「いっしょに探させて下さい、光善寺さん。私は何度も言いますが、貴女の友達になりたいって思ってる、ただのサブカル好きのオタクです。私、貴女がちゃんと笑ったところを見たいんです」
これまで千尋ちゃんの側で観察した光善寺さんの全ての言動は、よく見ればいつもいつも作り物めいた、少女マンガの実写版のようでした。
隣で、小さく不満げに鼻を鳴らしている千尋ちゃんは、でも席を立たずに紅茶を啜ってくれています。
「・・・・・・なんで?貴女は、山越千尋の」
「創造主への思慕は友愛と同居が可能ですよ。・・・・・・ダメ、ですか?」
涙を拭い終わったハンカチを仕舞い、手袋をはずします。筆記具を取り出して、カチカチとシャープペンをノックしました。
「さて、第一問です。『あの人』は男性?女性?どちらですか?」
「男の人よ。・・・・・・恋人になんてなれなかったけれど、ずっと、私の憧れで救いだった」
諦めたような、縋る様な声で。疲れきった老婆のように背を丸めて、光善寺さんは話し出してくれました。




