千尋ちゃんと恋3
しかし、図書室での会合はお流れになりました。
「おはようございます、零磨先輩」
「おはよう、春香。ああ、頭に葉っぱがついているよ」
そして突入する恋人タイムです。さすが乙女ゲーム設定を愛する人々なだけあって、玄関でのばったり遭遇からナチュラルなスキンシップいちゃこらモードへの移行がスムーズでした。
隣のタッキー先輩からエクストプラズマが抜けかかっているのを感じます。
「戦略的撤退を提案いたしますがいかがなさいますか隊長」
「採用で」
こそこそとフェードアウトを試みた先で、見つけたのは一文字獏氏に絡まれかかっている千尋ちゃんでした。
反射で駆け寄り、千尋ちゃんの背中を軽く小突きます。
「おはよう千尋ちゃん!」
「あ、知子ちゃん、おはよう」
切れ長一重な三白眼の殺気入り流し目は威力が違いました。千尋ちゃんの背中向こうの無言男子からの圧力に胃が縮みあがります。
しかし私はキング・オブ・モブ!ですので、剣道部ホープ様と知り合いではありません。圧力なんて知らない顔でキレイに無視して千尋ちゃんの腕を取ります。
「ねーねー千尋ちゃん、昨日のゴールデンタイム見てた?黒髪の人、とってもダサかったよねー」
「ああ、確かに安定の情けなさ具合だったよね。おかげでとっても癒されたわ」
「ねー」
千尋ちゃんとしか通じない言葉でアニメの話を展開し、速やかにATフィールドをはり移動を開始。
しかし敵は甘くなく、そのまま千尋ちゃんとの距離を詰めて来ます。ヤバイな、と内心焦っていると、置いていったタッキー先輩がワザとらしくメガネを掛けなおしているのが見えました。
いぶかしげに思いつつ、脱出が先決とすれ違うと、すぐさま背後で人と人がぶつかった音が聞こえました。
「悪いな、眼鏡曇ってたわ」
「……いえ」
先輩が特攻をかまして下さったので、振られる右手に感謝して離脱します。なんなんでしょう、今日の先輩の、朝の戦隊ヒーローのような漢前っぷり。頬が熱くなって来ました。
「……知子ちゃん、あの人のこと好きなの?」
誰も居ない生徒会質に辿り着き、鍵をかけて仕事を開始した千尋ちゃんが私の顔を覗き込んで言いました。 人懐っこい野良猫を見つけた時の、そう、からかって遊びたいのか撫でて愛でたいのか、決められずに居るときの目です。私は千尋ちゃんがそんな当たり前な質問をする意味が解らなくて頭を傾げました。
「だいすきですよ!サイン色紙貰ったら家宝にしたいです!」
「……そっか」
安心したような、がっかりしたような良くわからない顔で千尋ちゃんは笑います。
「私、変なこと言ったかな?」
「ううん、千尋ちゃんはまだまだそのままでいいよ。あとで先輩にお礼しなきゃね」
「うん!明日の調理実習の型抜きクッキー、気合入れて先輩の嫁のマリリンちゃんの形に作るよ!」
ドラグール物語の脇役、小人族の女の子を思い浮かべます。主人公に恋しているのに素直になれないメインヒロインを応援する、キューピッド役のような癒し系キャラです。そばかすでみつあみな脇役なので、顔だけならクッキーで模すのもそう難しくありません。モブだから多少なら崩れても大丈夫!みつあみとそばかすさえわかればいいのですからね。
先輩の嫁が巨乳美人のメインヒロインだったらさすがに諦めていたところでした。型崩れ焼き焦げ人面クッキーをメインヒロインと言うのははばかられます。
「あの人マリリン派なの?メインヒロインのユリアじゃなくて?」
「ツンデレの詰んでるっぷりが苦手なんだって」
「確かにユリアは色々詰んでいるけど……」
あっさりオタク談義に移行し、仕事を片付けていればあっという間に始業の時間です。
適当に蹴りをつけ、ギリギリで教室に戻りました。
「あ、図書委員長様について相談するの忘れた」
そんなこんなで迎えた昼休み。
早朝ミーティングの続きが来るか、と少し身構えながらいつものように図書室へ向かうと、タッキー先輩がカウンターで灰のように白くなっていました。
「よう……お下げメガネ」
「こんにちはタッキー先輩!朝はありがとうございました!あの、どうなさったんですか?」
「どうもこうも……あれ、どう思う?」
くい、と顎で示された先に桃色空間が出来上がっていました。別に身体的接触があるわけではないのですが、こう、図書委員長様の目と表情が違います。とろける笑みで光善寺さんと本を物色している姿を見て、いつものストーカーな皆さんが魚の残骸のように崩れ落ちています。死屍累々の屍に囲まれた図書室デート・・・・・・カオスです。
「マジ何者なのあのアイアンメイデン。俺、ゼロがあそこまで女子にってか人間に執着してるのはじめて見るんですけど」
「光善寺さんの女子力凄いですよね!」
「嗚呼ぱねぇわ。お前らの交渉相手がアレなら、そら守りも鉄壁でこないだみたいな事件にもなるわな」
はー、と深々と溜息をつく先輩。大変にお疲れのようです。確かに非リアオタクには少々きつい桃色風景と言えるでしょう。お二人とも美人ですので、私的には非常に眼福な少女マンガの一コマ感覚ですが。
「図書委員長様、この間まで女子など全て滅べモードでしたもんね。今手に持ってるの、占いの本ですよ」
「うええ、マジ気味悪いわー。あ、そういや朝いったい二人で何の話してたんだ?」
視線を私に移した先輩が、眼鏡をカチャリと掛けなおしました。どう話したらいいのでしょうか。私も途方にくれてしまいます。
「……先輩、先輩の周りに前世とかそういうの信じてる人居ます?」
「っあー……なるほど、その話か。まあなあ、お前とお前の親友除いたら、本気か否かはわからんが20人くらいは居るな」
「よ、予想外に多いですね……!」
「1人を除いて全員がこの世界の過去の偉人を名乗っているぞ」
「ああ、あのケータイ占いですか。定期的に流行りますよね、あの手のゲーム」
「俺はとなりの爺さん家の一代目の飼い犬と出たわ。隣に爺さんなんて俺生まれてから一度も住んでないけど」
「ちなみに犬種は?」
「雑種」
「偉人どころか夢のかけらも無い……!ゲームなのに!」
「いやあ……、で、話は戻るけど。お下げメガネ、お前朝はゼロに呼び出されて前世だの召還だのを詰問されたってことでおK?」
「そうですよ。え、図書委員長様のそれって良くするネタなんですか?」
一つ頷き、ふう、と溜息を吐きながら先輩はカウンターに肘をつきました。
「もう作りこみ過ぎの執着過多でな。遊びの範疇越えてんの。会いに行かなきゃならない奴がいるから、何が何でも前世の世界に戻りたいっつって、この年になるまでずっと黒魔術本ばっかり読んでたレベル。知り合った5歳のときからずっとだぜ?理由が意味不明ながら一貫して人生の全てを黒魔術本に捧げて他一切に興味を示さなかった真症のバカが、今この状態に俺もう本当混乱中よ。マジでどうなってんのアイツ。会いに行きたいやつはどうしたこの裏切り野郎」
かっぷるなんてばくはつしてしまえー、と呪いの言葉を吐いて、先輩はばたりとカウンターに突っ伏してしまいました。
「ちなみに参考までに聞きますけど、会いたい人の名前って聞いてます?」
「あー……確かゆ、ゆー?ゆり?ゆりえ?」
「檜山ゆりかさんじゃないですか?」
そろり、と後ろの恋人たちを振り返りました。零れそうなほど大きな瞳を、さらに見開いて光善寺さんがこちらを見ています。
気づかない先輩はぐだぐだな様子で名前を転がしました。
「ゆりか?あ、たぶんそれだわ。隣に住んでる幼馴染の女の子で、最終的には脚本家になってたんだっけか。自分病弱だった設定のくせに美人で一途な女子と恋人とかマジ滅べ!と思わんか」
「……それは、確かに。でも私、この前もっと作りこんだ設定の話を光善寺さんから聞きましたよ」
「え、何あのアイアンメイデンも実はそっち系?」
「前世は乙女ゲームの脚本家だったそうで、かなり臨場感ある語りでしたよ。23歳で病死した初恋で最後の恋人の幼馴染の男の子をまだ忘れられないんだって嘆いてました。なんでもものすごく相手も意地っ張りな方だったらしくて、18歳のときに入院して以降、弱った姿を見せたくないから絶対会わないと言われたそうで。亡くなる直前は文通だけと言う超健全なお付き合いだったそうですけどね。口説き文句を探しているうちに乙女ゲームを一本書ききったという設定の、かなり情熱的な人ですよ。……先輩、とりあえず今日はもう図書室閉めません?」
「は?」
背中に刺さった視線はすぐに消え、張り詰めた空気がばら色に変わっていくのを肌で感じます。私は根本のところでまったくの役立たずですが、それでも上質な恋愛小説を読み終えた後のように気分は晴れやかでした。
いぶかしげな顔の先輩と目が合います。
「先輩、本当にありがとうございます」
「ん?」
何故お礼を言われたのか解らない、そんな顔をするタッキー先輩に私は満面の笑みを浮かべました。
「タッキー先輩は凄いです。私の荒唐無稽な話にも付き合ってくれて、しかも私が欲しい答えをいつもくれる。先輩は私の憧れのヒーローです。
……先輩、私どうやったら先輩みたいになれるでしょうか?」
「……俺はどうやったらお下げメガネみたいな頓珍漢な娘が出来上がるのかの方が気になるわ……。前世とか運命とか、お前昨日何の本を読んだんだ?」
なぜかひじから力を抜いて再びがくりとカウンターに突っ伏した先輩が、恨めしげな目で私に問いました。何故そんなリアクションがくるのか解らない私は、首を傾げつつ答えます。できれば、図書委員長様と光善寺さんに聞こえるように、少し大きめの声で。
「生まれ変わってもたった一人を想い続ける超!純情な女の子の話と、病気で死して生まれ変わってなお、汚名を被って荒唐無稽な方法にすがってさえ、ただ1人の女の子との再会を目指す男の子の、完全無欠なハッピーエンドが待ってる物語です!ちなみに」
ちらっと美しい恋人たちを振り返ります。光善寺さんは目を見開いて固まっていて、図書委員長様は光善寺さんを食い入るように見つめていました。死屍累々だった他のお嬢様方はすでに退避済みのようです。
「たった今完結しました!後日談として、正しく後日、男の子の前世の妹と合流し再会記念にお茶会が開かれる予定です。たぶん御呼ばれすると思いますので先輩も参加してくださいね!------でも取り合えず今!すぐに!図書室から避難することをお勧めします!薔薇が飛びますから!背景に!」




