千尋ちゃんと恋2
人生初、1人での高校登校にわずかな寂しさを抱きつつ、つぼみをつけ始めた薔薇に囲われた校門をくぐった先。
「------話をしようか」
登校ピークの2時間前、まだ朝錬をする運動部の子しか居ない時間。
私を待ち伏せていた、美貌の図書室の妖精さんは言いました。
「おはようございます、図書委員長様。朝にお会いするのは初めてですね?タッキー先輩は?」
取り合えずぺこりと頭を下げて、図書委員長様の相棒たるタッキー先輩の姿を探します。にこりと、でもどこか薄ら寒い空気を湛えて図書委員長様は私の腕を取りました。
「あいつはまだ来てないよ。俺は今日、君と二人だけで話したかったから」
「光善寺さんと、ではなく?」
私の脇まで伸びる手袋の上から掴む手は冷たく、追いかける背中はいつもどおり非友好的です。困惑したまま連れられて行くと、図書委員長様は我が校自慢の薔薇の中庭にある、イミテーションとしか思えない東屋の椅子に私を座らせました。見た目が豪奢で座ると痛い陶器の椅子に、居心地の悪さを感じて立とうとすれば、図書委員長様は私の肩を抑えてまで阻止してきます。
「・・・・・・あの、お話とは?」
なんと言うか、これから黒魔術の儀式を始めますと言われても納得の雰囲気です。
「御託は良い。君はどこから来た?」
蛇のように目を細めて、さも当然のような態度で図書委員長様は私に問いました。見るにノッてるモードなので、馬鹿正直に自宅の住所を答えたら首を絞められてしまいそうです。求められる答えはたぶん青い猫型ロボット開発済みの未来とか、箒で空を飛べちゃう世界ですとかなのは確かですが、ノッて嘘を言っても刺し殺されてしまいそうで私は口をつぐみました。
「何故、光善寺春香を連れてこれた?俺がどれだけ探しても、彼女の姿を捉えることさえ不可能だったのに」
「・・・・・・図書委員長様はいつから光善寺春香さんを探されていたのですか?」
「今年の初めから。クラス表に名を見つけたときから探したのに、噂話さえ聞かなかった。タッキーが君のために走るのに付いていった先ではじめて、俺は彼女の視認に成功した。君は何のためにここに居るんだ?何を達成すればここから出ることが出来る?」
どろりと感情が煮詰まったような瞳は、昨日見た光善寺さんのとよく似ています。目の前にない、でもたった一つに執着する人の目は、私を映していながらももっと別の何かを探されているようで、私はぶるりと体を震わせました。
「俺は元の世界に返りたい。こんな劣化品ばかりに囲まれて、行動も制限されて。気が狂いそうだ。君は何故自由に動ける?」
「図書委員長様は行動を制限されているのですか?」
「そうとも、忌々しいことにね!家の監視の問題じゃなく、物理的に動けない。今年度に入ってからは特に顕著さ。授業中であっても身体が図書室に向かう、誰にもとがめられもせずに、だ。君らから渡された脚本に沿うように、たとえヒロインが居なくても俺はその時間そこに居るように自分の意思とは関係なく動く。放課後自由に動けるようになったのは、君がタッキーを誑し込んで同好会を立ち上げてからだ。・・・・・・もう一度聞く、君はどこから来た?何を知っている?」
弱りました。この重度の厨二病にノッていいのか悪いのか判断がつきません。千尋ちゃんと光善寺さんは転生派ですが、この美貌の妖精様はトリッパー設定のようです。タッキー先輩のお茶目なドッキリ大作戦です、と言われれば大納得なのですが、周りに人の気配もありませんので図書委員長様の真剣勝負なのでしょう。
私は困りきって眉をハの字に曲げながら、朝靄につやめく図書委員長様の頭部の毛先に視線を逃しつつ尋ねました。
「・・・・・先輩は前々から『ローズガーデン』をご存知で?」
「当たり前だろう。全部全部、句読点の位置だって憶えている。忘れるものか。おかげで山越の用意した劣化品には吐き気がした」
吐き捨てる図書委員長様の隠さない怒りに、私は目を見開きました。自称トリッパーで発禁乙女ゲームの脚本を一字一句違わずに記憶している設定は濃すぎます。図書委員長様が『あのひと』である可能性が薄まった気がしてなりません。そこまで脚本を読み込むなんて、前世千尋ちゃん並の廃ゲーマーか製作サイドの人間かぐらいしかありえないでしょう。句読点まで記憶とは、作家さんは光善寺さんですから、編集さんとか声優さんとかだったのでしょうか。どう乗ればいいのかわからず、私は恐る恐る謝罪を口にしました。
「・・・・・・それは、すみません。えっと、申し訳ないのですが、『特別』なのは私ではないのです。ローズガーデンの脚本を用意したのは、同好会で言ったとおり千尋ちゃんでして」
「だけどアレは悪役でメインキャストだ。タッキーだってサブで出てくる。お前はモブでさえない。あのローズガーデンに浮田知子は居なかった」
中庭に影が落ち、図書委員長様の瞳だけが爛々と私を射すくめます。
「孤高の悪役山越千尋と良好な友人関係を結び、あまつさえ物語の改変を行えたお前が特別でないなんてありえない」
押さえつけられたままの肩に、さらに折れそうなほど力を込められ、うっかり悲鳴を零したそのとき。
「・・・・・・なにしてんの、ゼロ?」
「タッキー」
どこか呆然とした響きを持って、タッキー先輩の声が背中から聞こえました。普段の陽気さを削ぎ落としたかのような先輩の声に、一瞬妖精様の手が緩みます。
「タッキー先輩おはようございます!大変です先輩、図書委員長様がいつにもましてご乱心です!」
私は一瞬の隙を突いて妖精様の手から逃げ出し、救世主様の下に駆け寄りました。暗くて顔が見えませんがとにかくホウ・レン・ソウ!は大事です。
「先輩先輩、この辺黒魔術道具らしきものなんて一個も落ちてませんでしたよね!?」
「・・・・・・は?」
「ザ・キングオブモブなみつあみと黒縁めがねのキノコ系女子たる私を特別な装置か何かのように見立ててらっしゃるようでして!なんか最近私の周り設定持ちが多過ぎて、図書委員長様が黒魔術を行使したらそれは真になってしまうとかそんな摩訶不思議が起こってしまうんじゃないかとかかなり不安なんですが、えと、先輩はオタク道を極めた図書館の番人様なタッキー先輩で間違いないですよね!?」
言葉にしたら更に不安感が形になって私の脳内を巡りだしてしまいました。千尋ちゃんは転生者な乙女ゲー悪役で、光善寺さんはその乙女ゲー脚本家な転生者で、妖精様はその乙女ゲーの攻略対象の自覚有トリッパーです。おそるべしローズガーデン設定。私だけがローズガーデンを知らないとかそんなバナナ事件になるんでしょうか。
ぐるぐるとひとりテンパっていると、先輩が私の両肩のお下げをぐいっと持ち上げるように引っ張りました。ひきつれるような痛みに我に返ります。見てたけど見てなかった先輩が深々と溜息をつきました。
「先輩、痛いです」
「おう、俺も頭痛が痛いわ。俺がタッキー以外の何かに見えたなら今度こそメガネを新調しろよ、お下げメガネ。・・・・・・まー、とりあえず図書室に集合な。ゼロ、お前ちゃんと説明しろよ」
「・・・・・・いいよ。タッキーに聞き取れるかは保障しないけど」
「は?」
後頭部に刺さる視線が殺気混じりでぷるぷるします。
先輩は私を見下ろしていたせいで下がったメガネをかけなおすと、私の頭をポンポンと軽くはたきました。
「ゼロは迫力あるが、黒魔術は迷信でおKだ。俺が見る限りでは特にそれっぽいものはなんも落ちてなかったから、とりあえず安心しろ」
「・・・・・・せ、先輩、4巻98ページののガミイ様並にかっこいいです!!」
「そこでそのチョイスかー。ああうん、お下げメガネはそれでこそお下げメガネだったわ。俺もまだまだですな」
ふー、と溜息をついた先輩は軽く頭を振ると、きびすを返し図書室へ来るよう促しました。
・・・・・・やばいです、凄く背中が大きく見えます。
後ろの不機嫌様の殺気の相乗効果もあるでしょうか。
ふわりと心に浮かんだ焦燥につられるように、私は足早に先輩の後をついて行きました。




