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千尋ちゃんと光善寺さん3


光善寺春香さんの、いえ前世名檜山ゆりかさん享年32歳(過労死)の『あの人』こと想い人は、酷く病弱な方だったそうです。この世界でも、前世の世界でも治すことの出来ない難病を抱えた彼は、わずか23歳で病死しました。ゆりかさんと彼はいわゆる幼馴染というもので、ゆりかさんは病弱な彼のナイトのような、そんな距離感で彼が入院しベットからでられなくなる18歳までともに育ち同じ学校に通いました。『あの人』は見目は華奢なお姫様のように美しく、身体の不自由さゆえの鬱屈から口こそ悪かったけれど、性根の優しくしなやかな心を持った少年でした。家族とも、学校の友人関係もうまくいかなかった当時のゆりかさんは、ほとんど依存に近い形で彼の側にいたそうです。

それが一変したのは彼の病気が悪化し、入院した18歳の夏のこと。彼は弱る自分を見せたくないためか、以降ゆりかさんの面会を断り、辛うじて文通だけの細々とした交流に変化しました。


「紙の上では彼はとても饒舌だった。どんなに探しても、愛を乞う言葉など無かったけれど。私は彼に贈りたい想いを言葉を探して、・・・・・・気づけばゲームの脚本家になっていた」


その集大成が、『ローズガーデン』です。

ゆりかさんは18歳のあの日以降、本人の強い意向により葬儀の日にさえ彼に会うことは叶いませんでした。

記憶の中の彼を探して探して綴った物語の、一人を除けば全て自分の投影に過ぎなかった『ローズガーデン』に転生したと気づいたとき、ゆりかさんはこの物語の中で「最も醜悪な光善寺春香」を演じることに決めたそうです。


「年を負うごとに擦り切れていく彼との記憶に怯えていた。今だってそう。『ローズガーデン』を仕上げたのは彼が死ぬ1年前。元気だった彼をそのまま投影した図書室の妖精ルートは、どれだけ会社や顧客に文句を言われても、リニューアル再販が決まっても、変更など許せなかった。最も汚したくない、思い出。光善寺春香は、図書室の妖精ルート以外では必ず死ぬ。ならば、この死んで生まれ変わってもなお焦がす激情全てと心中するつもりだったの。・・・・・・なのに」


ゴクリ、と光善寺さんは生唾を飲み込んで言いました。


「貴女はこのストラップを、・・・・・・零磨透を私の前に連れてきた」


千尋ちゃんが書いた『ローズガーデン』では、熱心にヒロインを口説いているように見える図書室の妖精は、けれど決して直接的な愛の言葉を決して口にしていなかったことを思い出します。ずっと愛を乞い、許しを請い、粘着質に想い続ける他のルートに対して、じわじわと真綿で首を絞めていくように何度も何度もヒロインを試しては遠ざけ、気まぐれにいたずらを仕掛けて近寄ってくる、妖精のような少年。

7つあるルートの中で、それだけが異色を放っていたのは彼のモデルが実在していたからでしょう。攻略対象も、悪役のも、ヒロインの言葉さえも全てゆりかさんの愛の言葉なら、彼女がこの世界を踏みにじっても良いと思うには十分です。

光善寺さんの話を聞きながら、私はぞっとしました。小学校のときに書きなぐったお粗末な物語の中に自分が転生してしまったら、きっと私も彼女と同じ結論をとるに違いありません。


「・・・・・・ねえ、千尋ちゃん。千尋ちゃんの前の人が世を儚んだのは、『ローズガーデン』が発売されてから何年後?」

「・・・・・・リニューアル版が出て2年後よ。ゆりかが死ぬ、7年前。タイムラグは、確かにあるわ」


自由帳に数字を書き込みます。思ったよりもずっと大きな振れ幅です。7年ブレても同い年で生まれているのですから、『あの人』がこの世界で生を受けていてもそれほど年差は無いかもしれません。

私はふと気になって、千尋ちゃんにもう一つ質問をしました。


「千尋ちゃん、千尋ちゃんはローズガーデンの製作者じゃないんだよね?」

「ええ。ただ朝も昼も夜も無くやりこんでいただけの消費者よ」

「なら、なんで千尋ちゃんはこの世界に選ばれたんだろう?」


ローズガーデンを知っている、ただそれだけの理由で選ばれるには、脚本家がヒロインをやっている現在あまりにも希薄過ぎる気がします。そもそもトンデモ設定だからと切ってしまう前に、なんらかの共通項を見つけたいと思うのが人情でしょう。


「千尋ちゃん、千尋ちゃんの前世の家族や知り合いや友人に、ローズガーデンの製作者はいた?」

「・・・・・・ううん、でも」


空になったカップを見つめ、千尋ちゃんはつぶやくように言いました。


「私、前世のお兄ちゃんの文通相手に檜山ゆりかって人がいたことを、知ってる」


目を見開いたのは光善寺さんでした。

千尋ちゃんは光善寺さんも、私のほうも見ず淡々と続けます。


「私は兄とはずいぶん年も離れていたし、兄は物心ついたときからほとんど病院にいたから、その人については顔も知らないけど。いつ死んだっておかしくない兄に興味も無かった。でも、兄の遺品を整理したとき、大量の桧山ゆりか宛の手紙と、檜山ゆりかからの手紙が出てきたわ。面白がって開いた兄から檜山ゆりかに宛てた手紙には普段の兄からは想像できないほど愛の言葉が踊っていて、当時の私は気持ち悪くなって、切手の貼ってあった檜山ゆりか宛の手紙も、檜山ゆりかからの手紙も全部すぐに燃やしたの」


はあ、と千尋ちゃんは溜息をつきました。


「知子ちゃん、やっぱり今の状態は、前世の私の行動のしっぺ返しみたいね。私はまごう事無き悪役なんだわ」

「ち、ひろちゃん」

「やったことに対しての仕返しが理不尽過ぎるような気がしないでもないけれど。人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死ぬとかなんとか言うし、まず私が謝るべきよね」


す、と千尋ちゃんは視線を上げ、光善寺さんに焦点を合わせました。

言葉無く千尋ちゃんを見つめる光善寺さんは、ビクリと身体を揺らします。


「貴女の恋路を踏みにじってごめんなさい。そして、その上で、私からお願いさせていただきます。一緒に、兄を探して下さい。よろしく、お願いします」


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