499.とある王女の物語、私の戦いは此れからです。
お父様にお兄様との話を聞いてから、頭が上手く働かない。
嬉しいはずなのに、ずっと夢見ていたはずなのに、お兄様のお顔が脳裏に浮かぶ度に、慌てて手で振り払ってしまう。
側から見たら、さぞかし変な挙動に映っていたのだと思う。
だって……。
『フィニシア様、お気分が優れないのであれば、直ぐに寝室を用意いたしますが?』
『本日の公務は無理かもしれませんが、勉強の方はお休みを貰えると思いますが、どういたしましょう?』
『姫様、神官様をお呼びいたしましょうか?』
こんな事を心配げに侍女達に何度言われた事か。
尚更、顔から火が出る様な思いです。
うぅっ、色々な意味で恥ずかしすぎて、なにも言い返せませんでした。
流石に勉強の先生に追い返す真似や、医療神官様を呼ぶ事は引き止めましたが、寝台には埋まりました。
ついでに悶えました。そして転がりました。
だって、先ほど会いに来てくださったお兄様に、今忙しいんですって、追い返してしまったのですもの。
本当はお兄様の顔を見れて嬉しいはずなのに、それ以上に恥ずかしくて……、顔が熱くなるのを抑えられなくて……、それを知られるのがまた恥ずかしくて……。
つい心にもない言葉が飛び出てしまった。
「うぅ……、自分が嫌になります。
きっと、シンフェリア様なら、こんな嫌な態度をせずに、お兄様をお迎えするんでしょうね」
これで何度目だろう。
本当になんとかしないと、お父様に与えられた機会を失ってしまう。
お父様のあの時の言葉は、私への望みを叶えるための言葉であると同時に警告。
もしも想い合う夫婦になれないのであれば、他国へ嫁がせる。
それこそ、シンフェリア様の身代わりとして。
だからこそ、お父様は寝たフリをしている私に気が付いていながら、あの様な話をしたのだと思う。
治癒魔法を封じた魔導具に、安価に水を生み出す魔法石の供給体制を築き上げるなど、多くの魔導具だけでなく、幻とされたピンクダイヤシュガーや、不可能とされた魔糸の生産を可能にするなど、様々な物を次々と生み出すシンフェリア様の価値に比べたら、私など王家の血を引いているだけの娘でしかない。
それでも、強行しようとする他国を一時的に黙らせる程度の価値はあるため、お父様の優しさがなければ、機会を与えられる事なく、他国への嫁ぐ事を命じられていただろう事は理解できてしまう。
「うん、くよくよしていても仕方ないですわ。
恥ずかしくても、頑張りませんと」
だから、少しずつ再びお兄様と話せる様になって、恥ずかしく思いながらも、前の様にお兄様と触れ合える様になった頃、お父様から視察へ随行する様に申し使った。
シンフェリア様が、切り拓いて作ったと言うオルディーネ領へ。
『あの地で見た事は、僕の許可あるまで口にしてはいけないよ。
例え、サリュード相手にもだ』
この時は、何故お兄様には駄目なのかは分からなかった。
ただ、私と同様に、お兄様も試されているのだとしか。
そんな不安を他所に、お父様とお母様、カイルお兄様にセレスお義姉様、そしてコンフォード様とガスチーニ様に、魔導士のお爺さんと共に行ったあの人の治める土地。
すっごい田舎。
それが最初の感想。
でも、どれもこれも新しい家が建っていて、中には大きな屋敷もあり、水晶張りのその建物は、ちょっとしたお城ぐらいはあるのではないかと思うくらい。
ただその割に建物の意匠は、なんの飾り気もない建物だなぁと思ったら、薬草園なのだとか。
つまり、シンフェリア様の研究のための物。
こう言う所に惜しげも無くお金や人手を掛けられる所が、シンフェリア様を今の立場を作られているのだと思い知らされる。
唯一、心から立派な建物と言えるのは教会だけ。
はっきり言って、村には不相応な大きくて立派な教会は、大きな都市にあっても、おかしくはない程。
今日は、ここで行われる結婚式に、参列するために来たとか。
「え〜……と、その、シンフェリア様がご結婚されるのですか?」
「いや、あの子の家臣が結婚するだけさ」
説明されても意味が分かりません。
シンフェリア様は確かにお父様のお気に入りで、国にとって手放せない存在。
でも、その身分はあくまで子爵であり、例えシンフェリア様御自身の結婚式だとしても、国王夫妻と王太子夫妻が揃って参列するなどあり得ない話なのに、更にその家臣のための結婚式に参列など、どう考えても参列する理由が思いつかない。
そもそも私もお父様達も、結婚式に参列する様な服装ではありません。
失礼に当たるのではないでしょうか?
……視察の日に偶々結婚式が行われており、田舎の結婚式の物珍しさに顔を出したと言う設定ですか。
それなら、話が分かります。
きっと、結婚式に参列するのも、この地に視察に来たのも、私には計り知れない思惑があるのでしょう。
今は、それが分からない自分の勉強不足を恥じるばかりです。
「……、……、……ぁ」
でも、そんな思いは、参列した結婚式の光景に吹き飛びました。
荘厳、神秘、幻想。
そんな陳腐な言葉しか頭の中に思い浮かばないし、言い表せれない。
様々な色がステンドグラスと言う水晶を用いた絵から溢れる光の中。
何もないはずの虚空に次々と浮かび上がる聖なる文字は、空高く登って行き光の球を作り出す。
床一面に、そして高い天井近くに浮かび上がる魔法陣。
会場の緊張が最高潮に達した時、祭司の一段高い声と共に光の球が弾け、ゆっくりと舞い降り、天を貫かんばかりの幾つもの光の柱を背景に、新たなる夫婦を祝福する光景は、おそらく一生忘れられない程に輝かしいもの。
「フェニ、この演出を仕掛けた者に、お前の式を任せようと考えている。
彼処に立ちたければ、……分かるね?」
感動のあまり、何も考えられない私の耳に、そっと囁かれるお父様の言葉。
それは私に対しての激励であり、警告。
お兄様の心は、未だあの人を向いたままだから。
だから、式が終わった後、お父様にコッソリと聞く。
何故お兄様を警戒するのかと。
「ん〜~、内緒。
でも、理由の一つにはあの馬鹿の諦めの悪さにあるかな。
想い余って、子爵を強引になんて考えを起こされたら、今までの努力が水の泡に成りかねないからね」
私も何時迄も子供ではないので、お父様の言う強引が何を表すかは分かるつもりです。
ですが、それはあまりにもお兄様に対して失礼ではないでしょうか?
お兄様ですよ。
優しくて、お強くて、身体を張って誰かを守れる騎士です。
そんなお兄様が、そんな無体な真似をするとはとても思えないのですが。
「ふふっ、フェニは純粋だねぇ。
ただ、覚えておくと良いよ。
人は想いが強いが故に、理性的にいられない事がある。
抑えられない想いに、本当に大切な想いを流され、または逆にそれを利用する人間がいる事をね。
あと、フェニは忘れていないかい?
お前の叔母の事を」
「……」
何も言い返せませんでした。
お兄様の誠実さを説こうとしたけど、何を言おうとも説得力がありません。
あらゆる手段を用いて、当時残していた幼ささえも利用し、想い人を強引に手にし、そして最終的には心までも手中に収めたジュシ叔母様の存在。
この身体に流れている叔母様と起源を同じにする血が、お父様の言葉を否定できない。
だって、夢の中では何度も。
ぶんっぶんっぶんっ。
慌てて頭を振って、思わず脳裏に浮かんだ、とてもはしたない光景と言うか、妄想を頭から追いやる。
早鐘の様に鳴ろうとする胸の鼓動を必死に抑えながら、お父様に、私のはしたない想像をしてしまった事を悟られないように。
その、こんな時にお兄様の唇をだなんて、絶対に悟られる訳にはいけません。
うぅぅ……、お父様の何か生暖かい視線が、苛立ちます。
そんな事を思ってはいけないのでしょうけど、何か意地悪をされているような気がして。




