500.とある王女の物語、恋敵でも同情ぐらいはしますわ。
「シンフェリア様、ここには『オンセン』とか言う、素晴らしい物があるとかお聞きしました。
是非とも案内して戴けませんか?」
せっかくお父様が作ってくださった機会。
一生忘れる事の出来なさそうな、素敵な結婚式を見て終わりでは、何をしにこの地に足を運んだのかと言われ兼ねません。
特に、心の中のもう一人の私に。
『うかうかしていたら、もしかするとお兄様にコロッと落とされるかもしれないわよぉ~』
勇気を絞って、シンフェリア様にお兄様の所有権が私にあると告げて、釘を差すべきだと囁く声に、更にもう一人の……。
『その様な、はしたない事をするなど、王女としてどうなの?』
と言う声を私は、自分の意思で却下して行動に出ましたが……。
結果としては私の思い込みに過ぎず、お兄様とシンフェリア様が結びつく事はない、……と言うか、シンフェリア様が特定の男性と縁を結ぶ事がないだろう、と言う事が理解出来ました。
シンフェリア様が治める地から、魔法であっという間に王都へと戻った私は、色々と身体に残った興奮を抑える必要もあり、自室で侍女に淹れてもらったお茶を口にしながら大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。
心の中に思い浮かべるのは、シンフェリア様の怯えた姿。
『……あの、そんなにお兄様は駄目ですか?』
『男と言う時点で無理っ!』
私の問いかけに、今にも倒れそうな程に顔面蒼白で、温かいお湯の中にも関わらず、その陶磁器の様に白く滑らかな肌を泡立たせながら叫んだシンフェリア様の御姿は、とても演技には思えない。
その様子に、シンフェリア様が家を出た事情や、縁談話を全て断っていると言う話を思い出し、色々と納得してしまいました。
お兄様を渡す気は無いとは言え、例え話で此処まで怯えるお姿に、本当に男の方が駄目なのだと理解できてしまう。
ガタガタと震えながらも、なんとか気丈に振る舞おうとするシンフェリア様の貴族たろうとする健気な姿は、年上だと分かっていても、私よりも小柄な身体も相まって思わず守りたくなる衝動に駆られました。
『まさか、王族の、しかも王太子の妃にと言ってくるとは、此方も予想外だったよ』
いつかのお父様とアーカイブ様との会話が脳裏を浮かぶ。
シンフェリア様に次から次へと寄せられる縁談話に、どれだけ心の内で怯えていたのだろうかと思うばかり。
そればかりではありません。
貴族の令嬢の義務とも言える婚姻に不満を言ったりするのは、子供の我が儘だとか、貴族としての覚悟がないと言う人がいますけど、貴族として恵まれた生活と身分を本当に捨てれる令嬢がどれだけいる事か。
だから、何気なく侍女に問い掛けてみる。
今の社交界で、多くの方がシンフェリア様への悪意を向ける原因の一つを。
「ねえ、ローゼ。
貴女はもしどうしようもなく好きな人が出来た時、貴族の身分を捨てて、家を出る事はできる?
ああ、もしくはどうしても嫌な縁談を迫られた時とかでも良いわ」
「姫様、その様な問い掛けは無意味で御座います。
私は貴族である事に誇りを持っております。
その責務を放り出して家を出る事など、最初から選択肢にはありません」
だけど帰ってきた答えは、酷くつまらない当たり前の答え。
ローゼは侍女ではあるけど、侯爵家の四女。
もし王女である私がその様な問い掛けをすれば、王侯貴族として相応しい答えを返すだけに決まっているし、実際、彼女はその通りに判断するでしょうね。
ただ、彼女の言葉はそれだけで終わらなかった。
「それと、こう言ってはなんですが、普通の令嬢であれば、屋敷の外へ出ては生きては行けません。
働くどころか、自分の事すら何も出来ないですし、贅沢に慣れてしまって、粗末な生活に馴染む事は出来ないでしょう。
私達はその様に育てられていますし、周りの者も令嬢の御両親を恐れて誰も力を貸す事はないと思います。
もし、その令嬢が領地持ちの貴族の娘であるのであれば、猶更のその領地では生きていけないと思います。
令嬢の親である領主の怒りを買うのを恐れて、手を貸す事も匿う事もしないでしょうし、そもそも無事に領地を出れるかどうかすら危ういかと。
こうして王族の方に仕えるために教育され、お城に上がらせて戴いている私ですら、如何に自分が世間知らずの娘であったのかを痛感していますから、私の様に誰かに仕える事を教育をされていない長女や次女などは、尚更だと思います」
それでも私の知りたい答えを返してくれる辺り、ローゼは良い侍女だわ。
つまり、ローゼは貴族の令嬢に生まれた以上は、例え心の内では婚姻に不満を持とうとも、それを受け入れるしかないと。
だからこそ、お姉様達は恋を望まなかったのだわ。
夢を見れば虚しく、そして苦しくなるだけだと。
それならば、最初から心を持たず、駒として何も望まず、政略結婚を受け入れて生きる方が楽だと。
「そう、答えてくれてありがとう。お礼を言うわ」
だからこそなのでしょうね。
それだけに己の我を通した上で、今の地位を得たシンフェリア様への風当たりは強いのだと思うのです。
『お前ばかり狡い』
と、嫉妬と蔑みの対象として。
若くして成功を収め、地位を得てお金も集まっているのも、それを助長させている原因の一つ。
華やかとされる貴婦人が集う社交界は、その見た目とは裏腹に汚く陰湿に満ちている事が多く、シンフェリア様の行いが招いた事とは言え、それは格好の的と言えます。
その上、当主と令嬢という勘違いされやすいシンフェリア様の立場と言動が、更なる恨みを買う原因になっている様です。
問題なのはシンフェリア様が持つ資産や利権、そして高位貴族や王族との繋がりを求めて縁を結ぼうと、かなりの家が動いている事でしょうね。
ある意味、相手を選びたい放題の状況下に置かれているシンフェリア様を、面白くないと思う人間がいても仕方ないでしょうし、それらを全て断っている事も面白くない理由ではあります。
なにより、その事で被害が出ている事が、切実な問題かと言える。
婚約者がいる状態では、シンフェリア様に話を持って行けない……と言う訳では無く、正式な婚約の儀をしていない婚約段階では、複数の家に婚約の話を持ってゆく事はよくある話なのですが、当然、その数が多ければ多いほど本気の話ではないと、相手には受け止められてしまう。
だから、本気度を見せる為だけに、正式な婚約を一方的に破棄した家が幾つもあるのだとか。
中には婚約の儀どころか、数か月後には婚姻の儀を上げる予定であったにも拘らずに、それをした家も。
『アソコの家の娘って、白髪の忌み子が原因で、婚約を破棄されたそうよ』
そして破棄をされた側の家の令嬢は、そう社交界で囁かれてしまう。
中には令嬢側に不義があったため、式を前に婚約が破棄されたのではないかと、根拠の無い噂が飛び、家に閉じ籠ってしまった令嬢や、教会へ帰依する道を選ばざるを得なかった令嬢もいると耳にしている。
悪いのはどう考えても、一方的に相手に何の配慮もせずに婚約を破棄した男性側の家にあるのですが、それでもシンフェリア様を令嬢とその家の者が恨んでしまう気持ちは分からないでもない話。
そして、次は自分達の番ではないかと、同じ年頃の令嬢達が不安を抱き、シンフェリア様を良く思わないのはある意味当然の流れとも言える。
例え、それが国の方針に反するものだと分かってはいても、抑えられない感情として悪意が向けられてしまう。
「お父様と、カイルお兄様は、どうなされるおつもりなのでしょうか?」
「……」
口に出た問い掛けに、答えが返ってくるとは思ってはいない。
私もそんなつもりはないですし、ただ声に出して考えを纏めているだけだもの。
一番良いのは、シンフェリア様が何方かと御結婚をされる事。
おそらく、それだけで社交界においてのシンフェリア様の悪意は、かなり沈静化すると思う。
目に見えない恐怖が、目に見える形で無くなる訳ですから。
まぁ、それでも不満を持つ者がいない訳ではないでしょうけど、それこそ只の嫉妬や、女性でありながら爵位を持つ事に対する不満程度ならば、抑えられる。
でも、お父様もカイルお兄様も、その手段は諦められているでしょうし、シンフェリア様の男性に対して怯える御様子を見る限り、どう考えても不可能な事にしか思えない。
それこそ、無体な方法を取らない限り。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
あれから、少しだけ月日は経ち、再びシンフェリア様が治めるあの地に足を踏み入れる事になったのですが……。
「お前みたいなヘンテコな姉を、持った覚えはないわ〜〜〜〜っ!」
お兄様の絶叫が、朝から響き渡る。
どう考えても、王族として相応しい行動ではありませんし、感情の儘に部屋から飛び出す姿は格好悪いです。
でも、それも無理もありません。
連日して、シンフェリア様がお兄様に対して起こした問題行動。
シンフェリア様に悪意がないからこそ、尚更に性質が悪く。
お兄様の秘めたる想いを、無自覚に容赦なく問答無用に粉砕するシンフェリア様の姿は、正直言って引きます。
シンフェリア様にとって、お兄様に想われると言う考えが、最初から存在しない事もそうですし、飛び出すお兄様を見ても、その考えに至らないシンフェリア様のにぶ…いえ、どんか…いえ、その察しの悪さに、同じ女性なのかと戸惑うばかり。
ただ、お兄様にとっては、良い切っ掛けだったのかもしれません。
戻ってきたお兄様の顔は、不機嫌さを纏ってはいたものの、シンフェリア様を見る眼差しに、以前ほどの熱を感じなくなったから。
何処か寂しげな瞳で、何かを我慢する様なものに入れ替わっていたから。
『攻めるなら、今よ。傷心のお兄様を慰める絶好の機会よ』
『待ちなさい、せめてお城に戻ってから、今は邪魔者が多いわ』
心の何処かで、何か二人の私が言い合ってはいる声が聞こえるけど、どちらの声も、結局は言っている事は同じ。
私の恋は、これからなのだと。




