473.とある神父の憂い、その弐。
年末年始は連日投稿しちゃいますっ!
オルディーネ領、教会所属。
【ディアーナ・ローランド】視点:
少々素行に問題のある修道士に説教をし、その事でアイリス司祭に改めて相談をすると、彼女に対しての不満がまぁ出てくる出てくる。
アイリス司祭は、貴族の出自ではあっても、彼女が幼い頃に貴族落ちしたため立場的には平民出自の神官。
それでも幼い頃から勤勉に励み、後ろ盾となる貴族も無いのにも関わらず、司祭にまでなった努力家。
なのだけど、元々の貴族の位も高くなかった事もあり、伯爵家の出である問題の修道士であるサッシャは、アイリス司祭に対しても、時折私の目のない所で尊大な態度をとっていたようで。
「これは徹底した教育が必要ですわね」
「そうなのですが、目下の者に対しては、心優しい姿勢をとりますから、加減が難しい所かと」
下手に頭を押さえつけて、せっかく彼女の良い所までも潰してしまうのは惜しいと考えているのでしょう。
そこは私も同じ意見で、だからこそこうして相談に来た訳ですけどね。
実際、平民の出であっても年下の同じ修道士であるキャロルに対しては、年上の先輩として丁寧な指導をしているのだから、やれば出来る子ではあるだけに、偏った偏見と教育を植え付けられている事が残念に思ってしまう。
ある程度の能力もあって、慈愛の心を持っているのに、貴族としての矜持が邪魔をして問題を起こしてしまう。
それでも全体で見れば些細な事と捉えられ、この地に赴任されたのでしょうけど、話を聞くに中々根が深いようね。
「それとキャロルから聞いたのですが、サッシャはどうやらシンフェリア様の振る舞いが気にいらないようで」
「その話は聞いています。
シンフェリア様は田舎とはいえ、よくこの地を纏められているように思えますのに」
「いえ、その、令嬢らしくないと」
「はぁ〜……」
頭が痛くなる。
当主であり領主であるシンフェリア様と、そこらの令嬢が同じ訳がないでしょう。
そもそも令嬢と当主では求められているものからして違う。
だいたい辺境に住む令嬢と都心に住む令嬢では、その求められている物も違うと言うのに、領民を守り導く存在である領主の振る舞いが、サッシャの様な蝶や花よと育てられた令嬢と同じである訳がない。
いいえ、同じであってはいけないの。
「……徹底的に教育をしなおしましょう。
それで潰れる様なら、それまでの子よ」
「よろしいので?」
どんな問題がある子でも、神の家の子には違いないため、潰れて良い訳がない。
でも中途半端にして、最悪な事態になる方がまずい。
シンフェリア様自身は心優しい方ですけど、自分の家族と言える人達を傷つける人間には容赦のない方だとも聞いている。
でも私が見た所、シンフェリア様は寛容でまだ話の通じる方。
周りにいる人間の方が何方かと言うと危険で、度重なるサッシャのシンフェリア様への不敬な振る舞いに、シンフェリア様以外の方が動かれた場合、サッシャの命はまずないとみている。
「キャロルも巻き込めば良い刺激にもなるでしょう。
双方共にね」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「本日は、これで終わります。
お家に帰っても、今日学んだ単語の書き取りと、計算の練習は必ず毎日する様に」
「「「「「は〜い」」」」」
元気で素直な子供達の声に癒されながら、思い思いに仲の良い子達と帰ってゆく姿に、朝のくだらない悩みを一瞬でも忘れる事ができる。
子供達にとっては十日の内の三日設けた、半日のお勉強。
でも、私達から見たらほぼ毎日の教師役でしかなく、正直な所、最初に思っていた以上に大変な仕事。
もともと教会では、最低限の知識として簡単な読み書きと計算を人々に教えてはいたけど、この地で求められているのは、貴族とまでは行かなくとも商家の家の後継が受ける様な高い教育内容。
二つの村に住む子供達が日を変えてだけでなく、これまで簡単な読み書きと計算すら学べてこれなかった大人達も、最低限の知識を身に付けるために子供達とは違う日に学びに来る。
全て領主であるユゥーリィ様の指示の下で。
教会のあるペルシーク村だけではなく、距離の離れたウサーヂバ村の子供達が通いやすい様にと、荷車を用意したと言うのだから、ユゥーリィ様の本気振りが窺えると言うもの。
ちなみに荷車であって、馬車ではありません。
錆びない鉄の道を作り、その上を身体強化持ちの人が【ジテンシャ】と呼ばれる魔導具で引くのです。
真っ直ぐで平らな道に引かれた鉄の道を走るそれは、馬車よりも快適で馬を使う事による様々な手間が要りません。
そこまでしても、ユゥーリィ様にとっては不満らしい。
『今の子供達が大人になるまでは下地作り。
本格的に教えれる様になるのは、あの子達の子供が学びに来る様になってからになると思いますから、そのつもりでお願いします』
と、読むだけで頭が眩む程の分厚い教育計画書を、山の様に机上に置かれましたからね。
しかも実際に教えるための教材の書物は、その何倍もあるのです。
今は、小さな商家の家程度の教育内容だから良いけど、今後、内容が高くなっていく予定だし、この村の生活が安定してこれば、子供も増えてゆくはず。
そうなると教える側の人手が足りなくなるのは確実で、それを防ぐためにも、有望そうな子を見つけて教師役として育てないといけない。
もっとも、すぐ様どうこうなる様なもののではないので、数年掛けての計画になるため、教会の敷地に隣接した建物を後にして、足を向けたのは教会の建物の中にある診察室。
「……何度見でも、辺境の教会にある診察室には見えないわね」
「あっ、ディアーナ様。
お顔を見せられたと言う事は、もう子供達の方は終わったのですね。
申し訳ありません、まだ此方の準備の方は終わっていなくて」
「キャロル、気にしないで頂戴。
キリが良かったので、少し早く終わってしまっただけの事だから。
むしろ、もう此処まで終えたのかと驚いているわ」
診察室は待合室と診察と処置をする部屋、そして薬品などを取り扱う部屋と三つに分かれており、それぞれまだ王都の教会にすら入っていない空調の魔導具によって、気温が管理されているだけなら、まだ良かったのだけど。
「これを粉末にするだけで、以前なら三日掛かりの仕事でしたのに」
「乾燥させた硬い薬木を削って砕いて、煎じたのを濾して、焦がさない様に気をつけながら、水気がなくなるまで煮出して、乾燥させてですからね。
それが一刻ぐらいで終えてしまえれるのですから、夢の様です」
硬い薬木を砕いて細かくするのは、攪拌機と呼ばれる魔導具であっと言う間に。
三連の竃の魔導具のおかげで、薪の煤にまみれる事なく安定した火の強さのおかげで、温度を上げ過ぎる事なく煎じるのも楽になった。
それだけでなく、煮込み用小型自動攪拌機付き竃と呼ばれる魔導具を使えば、水分が無くなるまで、ひたすら手で木のヘラで混ぜ合わせる必要がなく、翌日腕が痛くて、腕が上がらないなんて事になる事もない。
その後の乾燥も少量ずつであれば、魔導具のおかげで、それも直ぐに終わってしまう。
そうやって作った薬剤も、湿気や保存状態を長期間保つ魔導具の薬瓶と薬品棚のおかげで、ある程度の作り置きが可能。
診察室に至っては、患部を影が写る事なく明るく照らす、無影灯と呼ばれる灯りの魔導具に、珍しい闇属性を使った骨折や脱臼の状態の分かる骨格投影板に、臓物や身体の中の状態が暗い影として映る闇波検査板などと、この地に来るまで見た事も聞いた事もない魔導具以前に、概念そのものすら理解できない物までが置かれていたりする。
『魔力任せでも治癒魔法でも治せるけど、患部の状態をより理解し意識して治癒魔法を使った方が、魔力の消費も少なくなりますし、治癒魔法の効果も高いです。
私は魔法で同時にやれてしまいますが、道具を使う事で診る事に集中できますから、患者の普段の状態を把握しておけば、病気の進行状態や怪我の状態を確認するにも使えると思いますよ』
説明された事に理解が追いつかない儘に、それでも実際に使ってみたらその通りでしたし、魔導具を使うための魔力は、余裕がある時に魔法石に小まめに貯めておけば良いので、本当にありがたく素晴らしい魔導具だと言えます。
これが多くの教会に普及してゆけば、悲しむ人々が減ると思いはするのですが。
戦災級の魔物の魔石や素材だけならまだしも、使い手が極端に少ないとされる闇属性の魔法を付加出来る魔導具師など、王国中を探してどれだけいる事やら。
そんな貴重な材料と魔導具師が作った魔導具が、全ての教会に置けるほど安い訳がない。
人の命はお金に変えられないと言う言葉がありますけど、お金がなくては人は生きてゆけないのが真実。
白金貨で何十枚もする様な魔導具を買わなくても、倒れる直前まで身体や魔法を酷使すれば済むのであれば、それで済ませなさいと言うのが、多くの人の意見でしょうね。
その金があれば、より多くの命が救え、そして贅沢ができると。
私が隣の部屋の魔導具に視線をやっているのに気が付いたのか。
「本当に有り難いばかりで、サッシャ様も此方の治療室の魔導具に大変感謝しておられはしているのですが……」
言い淀むキャロルの言葉に、どうにも嫌な予感がするわね。
「多くの方を救う手助けをする事が出来る魔導具ですので、考えは理解はできるのです。
ただ、これ等の魔導具を何故で教会に寄贈しないのかと、お稼ぎになられているなら、国内の教会分を寄贈されないのは、お金に汚い卑しい者と同じ事だと憤っておられて」
うん、やっぱり碌でもない話だったわ。
心の中で呆れている事を表情に出さない様にしながら、サッシャとキャロルの双方に角が立たない様に言葉を選び。
「貴族の方が教会に基金や寄贈する事は、珍しい事ではありません。
貴族にとって名誉な事ではありますから、サッシャの気持ちは私も良く理解出来ますし、多くの者を救いたいと言う想いは、とても大切な事だとは思います。
只、そうしたくても、出来ない事情と言う物は存在しているのです。
キャロル、よく教えてくださいました」
言い方は悪いですが、シンフェリア様は大変に儲けておられるため、これが普通の診察用の寝台や薬品棚とか言うのであれば私も素直に頷け、それとなくお願いに伺う事も吝かではないのです。
ただ、高価な魔導具を教会の数だけ寄贈するなど、例え公爵家や侯爵家の様な高位貴族においても無理な話。
金額的な問題と言うより、貴族として其処までする利がありませんからね。
それにシンフェリア様は、ポーションの魔導具を作るための魔導具を既に幾つか寄贈されているだけでなく、魔草や新たな薬の知識等、表立って目立たない所で様々な形で教会や教会を利用する人達のためになるものを戴いている。
お金があれば誰でも出来る事ではなく、シンフェリア様でしか出来ない事で。
むろん魔導具に関してもシンフェリア様しか出来ない事ではあるものの、やはり物事には限度と言うものがあります。
既にシンフェリア家における教会への総合的な貢献度は、平均的な貴族を遥かに上回っている。
教会はシンフェリア様に対価を示してはいても、それは対等な価値を持っているかと言えば首を横に振るしかないのは誰の目にも明らか。
それなのに、これ以上の度を超した大規模寄贈は、様々な所で軋轢を生む要因でしかない。
教会の裏の事情を修道士でしかないサッシャに理解しろとは言いませんが、物の価値を考えたのなら、例えキャロルを相手だとしても軽率な言葉だとしか言えない。
物の価値を知らない貴族の驕りだと、サッシャや彼女の実家のリムート家が非難されるならまだしも、その非難の矛先は教会に向けられる可能性の方が高い。
あの娘の事だから、そこまで深くは考えていないのでしょうけどね。
「此処にある物は、まだまだ試作の段階の物で、様々な使い方をした上で、より良い物を作るために置かれた物だそうです。
広げるには早いと聞いていますし、私もそう思います。
攪拌機の魔導具が便利でも、使ってはいけないお薬がある様に、病気によっては悪影響があるかもしれませんからね」
薬の中には、魔力の影響を受けて薬効が変質してしまう物があり、そう言った物には魔力が低い者が昔ながらに手作業で処方しないといけない。
聖属性と相克すると言われる闇属性を使った魔導具が、治癒魔法にどのように影響するかを含め、試して行かねばならないのも必要な事。
便利だからと言って、軽はずみに広げるにはいかないと言うシンフェリア様の考えは正しい。
ポーションの魔導具は元々緊急用の物の上、薬液に使用されている材料の殆どが実用実績のある代物であり、ポーションそのものも極秘裏に試用を繰り返し行なってあった物。
此処にある魔導具は、闇属性持ちの魔導具師を育てられたのなら、製作そのものはそれほど難しい魔導具ではないと言われた以上、待つ事も必要なのです。
全てを誰か一人に依存する状況は、何かあった時に齎す影響が強いですからね
少なくとも表向きの理由としても、此れだけの事が挙げられる。
「今は急ぐ時ではないと言う訳ですね。
いえ、私もあまりにもシンフェリア様に頼るのもどうかと思いまして」
「それもありますね。
サッシャの想いも大切ですが、キャロルの自分達で出来る事をまず頑張りたいと言う想いも大切です。
ただ、今は、悪戯に望むのではなく、与えられている物を最大限に活かせるよう、皆で力を合わせて歩む時だと私は思っています。
キャロルもこれを機会に一層努力をし、より多くの事を学んでください。
私もアイリスも、そのための協力は惜しみません」
「はい、指導の程、よろしくお願いいたします」
なんの疑いもなく、真っ直ぐな瞳で返事をするキャロルの笑顔が眩しく思えるものの、これでサッシャの再教育にキャロルを巻き込む口実は出来ましたね。
それにしても、田舎生活を満喫できると思ったのに、なかなか上手くいきませんね。
また童心に帰れるような催し事でもないかしら?




