429.親が子供を売り払うって……。
「……十二人もですか?」
「ああ、そうだ」
リズドの街にあるコッフェルさんのお店で、頭が痛そうに話すコッフェルさんに、私は少しばかし信じられない思いで言葉を返す。
先日、コッフェルさんが私の屋敷に来た時に、魔力過多症候群用の魔導具である『吸魔の魔導衣』の事で相談があるとは聞いてはいたので、ある程度想像は付いてはいたのだけど、聞かされた内容は私の想像を遥かに超えていた。
貴族の魔導士の素質を持つ子供を、教育して育てる機関を作るにあたり、同時に平民の子も育てたいと言うコッフェルさんが以前に話していたので、協力する事を約束していたから、その話だと思っていたんですよね。
陛下達には一応話は通してはあるけど、やはり貴族の子供と平民の子供を同じ様な教育を施す事について、貴族である皆様の前で話し合いを話すをするのを控えた方が良いし、実際その話だったので、それそのものは問題はないのだけど。
「……でも、子供の借金奴隷って」
「普通はあり得ねえな。
だが、彼方さんからしたら、そこまでしてでも助けてえって事なんだろうよ」
コッフェルさんが情報を集めて、声を掛ける様に指示を出したら、魔力中毒症の子供が十二人もコッフェルさんの元に集められてしまった。
別に命令でもなんでもなく、もしかすると助かるかもと言う程度の話しかしていないと言うのに集まってしまい。
実際には高価な魔導具を使えば治療は可能と言う話をしたら、今度は何処からかお金を借りてきて、子供と共にコッフェルさんに押し付けたらしい。
しかも、最低限の魔導具の適正金額で持って。
「あ、あの、親子の情は?」
「んなもんより、子供の命なんだろうさ。
実際、泣いて別れを惜しんでいた親もいたが、これ以上は共倒れになるから、面倒見きれねえって事情だろうな」
それにしても子供を借金奴隷にして、ギルドに押し付けるって。
私はお父様が貴族だったから助かったと言うのもあるけど、それにしても親が借金奴隷になってまでと言うのならともかく、子供を借金奴隷にするだなんて、どうかと思う。
「と言うか、子供が借金奴隷になれるんですか?
それにアレだけの金額を、子供を相手に貸す方もどうかと思いますよ。
他にも一人二人ならばともかく、それだけの人間が揃って大金を借りれると言うのもおかしいですし」
この国や周辺国は、基本的に奴隷の売買は禁止されている。
唯一の例外は、犯罪奴隷と借金奴隷と言える。
犯罪奴隷は、通常の短期の労役では償えない様な犯罪を犯した者が、終身刑や死刑判決代わりに受ける物。
対して借金奴隷はギャンブルや麻薬、による身を崩した者や、通常の生活では返せない莫大な負債を抱えた者が、最後の手段として自分の人生そのものを売り渡す物。
どちらも救済処置はあるし、使う側にも厳しい制約や罰則があるため、最低限の人権は保障されてはいるけど、それでもそれ相応に人生を棒に振る事になる物なので、当然ながら幼い子供がなれる様な物ではない。
だからこそ、この国は児童買春などの被害を受ける子供が他国より無いと言われる半面、成人していない子供は、教会や貴族が経営する救貧院に預けられるのが通例だし、貧窮院にも入れない者はストリートチルドレンとして、ゴミを漁ったり、僅かな賃金でお手伝いをして、日々を必死に生きていたりする。
それなのに、子供が成れないはずの借金奴隷になり、そのための金を用意する人物が存在し、更には【吸魔の魔導衣】の存在と最低限の金額を知っている者が、その情報を漏らした者がいると言う事になる。
「ゴルーラとイーケンの二人だ。
問い詰めたら、あっさりと白状しやがった」
コッフェルさん曰く、陰険じゃなく、イーケンの情報網で魔力中毒症の子供を探し出し、ゴリラじゃなく、ゴルーラが金を貸し付けたらしい。
魔導具師ギルド長であるコッフェルさんを補佐するはずの二人なら、そりゃあ可能ですよね。
イーケンは元々独自の情報網を持っていたところに、ギルド長補佐と言う公的な地位の下で情報網を強化している様だし。
ゴルーラは現役時代と魔導具師として溜め込んだ財力と、ギルド長補佐と言う公的な信頼を元に、子供を借金奴隷に落とす事ぐらい可能だとは思う。
「……でもそれって」
「だから頭が痛ええんだよ。
イーケンのやった事は、是非はともかくとして犯罪でもなんでもねえ。
ゴルーラの奴も正式な手続きな上、貴族の子女に施す教育の実験台として使うと言う口実なら、奴に借りがある貴族連中が口煩い奴等を抑えて回るだろうから、少なくとも口実通り動いている内は表立って問題になる事はねえ」
「でも、上手くいかなかったり、邪魔が入ったら、全部コッフェルさんのせいになりますよね。
監督不行届どころか、全部の責任を押し付けられて」
「何度も言うが、だから頭が痛えんだよ。
他にも幾らでも手があるだろうに、アイツ等もう少し巧くやりやがれってんだっ」
「なるんですかっ!?」
「まぁ、それこそ真面な方法じゃねえが、後腐れを出させねえ方法なんぞ三つ四つ軽く浮かぶ」
それはそれでどうかと思うのだけど、流石は年の功と言うか裏でコソコソやるのが大好きな悪辣ジジイと言うべきか。
人生を外道上等で生きて来ただけあり、ある意味頼もしい限りの言葉だと思う。
「それにしてもゴルーラさん、借金の回収の見込みもないのに随分と思い切りましたね」
「嬢ちゃんから学んだ奴や本もあるし、自分の教えに自信があるんだろよ。
あんな顔と正確だが、俺等三人の中では一番弟子を取って育てているしな。
それにアレぐらいの金なら、魔導士なら十年もあれば余裕で稼ぐだろうし、魔導具師になるなら特質な才能がなくても、地道に作って行くだけでも金は稼げる。
無理させず、当人達に貯金もさせて行きながらなら、遅くとも三十半ば頃には自分を買い戻せるだろうからな」
借金奴隷は、その借金の三倍から五倍の金額で自分を買い戻せる。
この国の法律では、拒否権も逃げ場もない強制雇用みたいな扱いだからね。
ただ、借金奴隷になる条件が元々普通の借金ではない事から、普通の人間の稼ぎならとてもではないけど簡単には稼げない金額になる。
でも魔導士や魔導具師なら、確かに返せない金額ではない。
そう考えると投資と考えればおかしくはないし、教育を施し金を返せば残るのは魔道士や魔導具師としての実力なのだから、【あしながおじさん】と思えば、悪い事ではない。
ただ、そんな制度がないこの世界において、職権を濫用した犯罪に一歩足を踏み込んだものでしかない。
「おまけにあの馬鹿、これで心置きなく抱きしめれるとか言うから、どうしたものか。
見た目の凶悪さとは裏腹に、子供好きで世話焼きだから、根は悪い奴じゃねえんだが……、見た目と表現方法が最悪だからな」
折角の【あしながおじさん】的な美談も台無しである。
幾ら悪意や邪な思いがないと言っても、頭髪のハゲマッチョジジイに胸一杯に抱きしめられて、怯えない子供はいないと思う。
しかも鍛えた筋肉を見せたいのか、直ぐに上半身を脱ぎたがる露出狂のど変態だし。
この寒い冬場において、例のピチピチのタンクトップ姿ですよ。
紳士の身嗜みとして、一応は蝶ネクタイと魔導士のローブを纏ってはいるけど、ローブは直ぐに脱いじゃうからあまり意味はなく、むしろ異様さを増加させているだけ。
ちなみに、子供達と言うのは?
……五歳から十歳ぐらいまでの子供で、男の子が四人の女の子が六人と。
絶対にトラウマ物だよね、特に女の子は生理的嫌悪が大きそう。
おまけに、借金奴隷の件もあるから、性的な悪戯をすると言うならともかく、純粋に親愛の挨拶となれば拒否れないだろうし。
「側から見たら、絶対に勘違いされる光景ですよね?」
「ああ、だから今の所は、ラフェルの所で預かってもらってはいるが、彼奴も嫁の身だからな、そう長い事は無理だと言われている」
ラフェルさんは貴族としては子爵家に嫁入りする事で貴族籍を得ている、所謂【平民貴族】。
貴族としての立場はもちろん、家にあまり迷惑を掛けれないと言う事では、それほど強い立場ではないんですよね。
と言うか、やると周りの貴族からの目が痛いからやりたくてもやれないだけ。
実際、稼ぎは旦那さんよりラフェルさんの方が良いらしいし、ギルド支部長という立場は、地方に燻っている法衣子爵よりも影響力がある。
まぁだからこそ、家では夫を支える良い妻であり、母でありたいと言う想いがあるような事は、以前にお酒を片手に言っていたからね。
夫や家を蔑ろにするような嫁、と言う目では見られたくないみたい。
「分かりました、以前に言っていたように、この街の私の屋敷で預かります。
ジィーヤもアイナも、暇を持て余している状態の様ですし、子供達が離れで寝起きするなら、少しは賑やかになって張り合いが出るでしょう。
あと【吸魔の魔導衣】も急いで用意しますが、請求はギルド宛で良いですよね?」
「ああ、すまねえな。
正直、俺としては助けられるものなら助けてやりてえが、甘い顔を見せる訳には行かねえ」
「私も、その想いは一緒です」
ゴルーラとイーケンのやった事は、やり方こそ褒められたものではないけど、その根底にある想いそのものは私もコッフェルさんも同じ。
ただ、無条件に受け入れる訳には行かない。
子供を育てるには人もお金も掛かるし、教育を施すには更にお金が掛かる。
ましてや魔力中毒症の子供ともなると、中毒を抑える薬だけでも、普通の平民には高価な薬の類になる。
だからこそ借金の金額より、一割ほど低い金額がギルドに収められていても、分からない話ではないし、遠い地から病気の子供を背負って歩いてきた事を思えば、子供に愛情を持っていない訳ではないと思う。
ただ、幾ら仕方がないとはいえ、病気の子供を借金奴隷に堕としたその罪と後悔を背負って、それでも残された家族と共にこれからの人生を歩いて行かねばならない。
そして人が生きてゆくにはお金は必要だし、今までの薬代で既に彼方此方に借金を作っているかもしれない。
そう考えれば、理解できない事ではないし、必要な事なんでしょうね。
ともあれ、私やギルドにだってお金は無限にある訳ではないし、建物的にも人材的にも受け入れられる人数には限りがある。
陛下やジル様が、それなりに考えられてはおられるみたいだけど、やはり先ずは貴族が優先されるだろうし、平民にまでその枠が回ってくるには、かなりの時間を要する事になるだろう。
おそらく陛下の代ではなく、カイル殿下の代にならないと実現はされないだろうね。
国が行うとなれば、どうしても規模が大きくなるし、それに関わる人材を育ててからになる。
そもそも、コッフェルさんから最初に相談された際に、そのための教育の試験として、特例で平民の教育に許可を得ている状態。
これ以上の無理は言えないし、他の貴族の子女達を無視して規模を大きくする訳にはいかない。
座れる椅子の数は決まっているから。
「ああ、だから少なくとも数年は、これで打ち止めだ。
何があろうともそれまでは見捨てる。
そうでなければその後を続けられねぇからな。
俺のギルド長の判断の下で、俺が下した決定だ。
面倒事を頼んでおいてなんだが、嬢ちゃんにも文句は言わせねえし、おめえさんもギルドに所属しているのなら、その決定には従ってもらうからな。
勝手な事をするんじゃねえぞ」
魔導士の教育というのは、ある意味軍事力に結び付く。
だからこそ、国の意向に表立って逆らう訳にはいかないし、慎重に行わなければならない。
今後も現れるであろう、多くの魔力中毒症の子供を救うためには、今、魔力中毒症に苦しむ子供達を見捨てなければ叶わない矛盾。
その矛盾の罪をコッフェルさんは一人で背負うつもりでいる。
私の我儘で始まった事を、私ではなくコッフェルさんが。
安酒と味の濃いツマミが好きで、口も性格も悪くて、本当に困った老人だけど、私はコッフェルさんの事は、信頼しているし、人間としては好きだと思う。
下手に取り繕わずに、真っ直ぐな生き方をするこの人を、尊敬している。
何度も殴りたくはなってはいるけどね。
「横暴ですね」
「おう、横暴でなくてなんのためのギルド長だってんだ」
本当、肝心な所では、この人には敵わないなと、つくづくそう思う。
成人したとは言え、私はまだまだ子供で、守られてばかりいる事に歯痒くはあるけど、こればかりは急いでも仕方がない。
幾ら中身がオジサンでも、私はこの世界では見た目通りの年齢でしかないし、貴族として動くには、多くの大人の貴族に頼らなければ、何も出来ない子供でしかない。
一つ一つ積み重ねて歩んで、力を積み重ねるにしても、それでも時間が掛かってしまう。
貴族の力と言うのは歴史そのものだから。
新興貴族である私には、積み重ねである歴史がない。
「じゃあ、私は私の出来る事をするだけですね」
「言っとくが、嬢ちゃんが口と手を出して良いのは、場所と魔導具だけだ。
これはギルドの仕事だ、嬢ちゃんは手を出すなよ。
無茶苦茶になるからな」
でもだからって、手出し無用は酷いと思いますよ。
おまけでに無茶苦茶になるって、人をなんだと思っているのか。
……常識が人と明らかに違うヘンテコな人間を混ぜれるかって、コッフェルさんにだけには言われたくないんですけどっ!
人を陥れるわ、裏で逃げ場のない様に手を打つわ、脅すだけでなく手も出すわと、碌でもない人間コンテストがあったら、確実に上位を狙える人間、それがコッフェルさん。
おまけに直ぐこうやって人を揶揄って、話を逸らすんですから、困った人です。
「じゃあ、責任を取らされそうになったら、ウチのに逃げ込んでください。
私の領地なら、隠居先には持って来いですから」
「おう、そうならねえ事を祈るばかりだがな」




