301.男達の黄昏、なんで人の噂話ばかりしているんです?
【ルードリッヒ・ネル・グリニッチ】視点:
私の名はルードリッヒ、ルードリッヒ・ネル・グリニッチだ。
グリニッチ侯爵家の次男として生を受け、私の事をそこそこ親しい者は、私をルード、又はリッヒと呼び、更に親しい者はルーと呼んでくれる。
運が良いのか悪いのかは知らないが、子供の頃に魔導士として目覚め、文武魔平等に鍛える機会に恵まれていたので、おそらく望めば兄を押し除けて、次代の当主になる事も可能だったかもしれないが、生憎と連日の社交界に疲れ、ブクブクと太っていく父を見ていると、成りたいと思わなかったため、この国の第五王子のサリュードシア・フォル・シンフォニア殿下の従者になったのだが、正直、外れを引いたと思ったのは、今思えば良い思い出だろう。
殿下は優秀で基本的に性格も良いのだが、いかんせん空気が読めないし、言葉や表情の裏も読めない。
無論、人並みには読めるのだが、為政者側としては読めていないと言っても良い。
おかげで後始末に翻弄する日々ではあったが、殿下は面倒見も良いだけあって、どうにも嫌いになれないし、ああ、この殿下は放っておいたら大変な事になると、そのまま従者を続けていた。
だが、ある事が切っ掛けで、その辺りの問題が大分改善されたのは、王子にとっても私にとっても本当に僥倖だった。
『殿下、そう言う事を普通聞きますか?』
『身体にまた叩き込みますよ』
『さっき遠回しに言いましたよね。その耳と頭は飾りですか?』
『それに男と女は違って繊細だと、あれほど口を酸っぱくして言っているのに、まだ理解しようとしないと?』
かなり地獄を見せられていたようですが、知った事ではありません。
殿下の悪い所が直るのであれば、従者として黙って見守るだけです。
ええ、幼き頃より姉には逆らってはならないと、心と身体に刻み込まれていますからね。
ああ言う方々に口を出して逆らうなど、自殺行為だと理解していますから。
そうして一年が過ぎた頃、陛下に殿下共々呼ばれ。
『報告は聞いているよ。
最近、頑張っているみたいだから、そろそろ開放してあげようと思う。
急拵えとはいえ、基本は身につけたのなら、後は実践で学びたまえ。
それと、今度の舞踏会で改めて彼女に紹介する。
口を聞くな顔を合わすなの命令は、その時点でもって解除してあげよう』
実際は、ほとぼりが覚めるのと、二度とあんな失礼な事が無いだろうと言う事が確信が持てるまでの処遇だったのだろう。
今、思ってもアレは無い。
公共の場、しかも周りに多くの人の目がある場であんな事を口に出されたら、令嬢によっては、もうお嫁に行けないと言って精神的に伏せったり、最悪自ら命を断ちかねないような事。
あの少女は、実年齢よりも幼い姿をし儚げに見えても、今や国にとって下手な重鎮よりも大切な人間だと聞いている。
国の将来を左右する計画に幾つか関わっており、その中心人物でもあるらしい。
しかも、この国を昔から支配する古き血筋の五公爵七侯爵の内、一家以外をその自らの才が作り出す魔導具でもって味方に引き入れ、更には主要な重鎮達も少なからず彼女の力の恩恵を受けているとかいないとか。
要は上の兄二人がいなくなり、更にはすぐ上の兄も国外での外交に行ったっきりで戻ってこないため、実質的な王位継承権第二位を持つ文武共に優秀なサリュード殿下よりも、あの少女の方がよほど利用価値がある相手だと言う事だ。
『僕やオマエの代わりは幾らでもいるけど、あの子の代わりはいない。
この言葉の意味、分かるよね?』
そう、陛下自身、殿下に忠告した程ですからね。
でも、実際、普通に彼女に話していれば、彼女もそれ相応に対応してくれるし、話の内容にとっては楽しそうにされるので、殿下は彼女が興味を持った事を調べるのに余念がない。
相手が何を思い、何を感じ、何を好み、何を嫌悪し、何を考えているのか。
そう言う意味では、殿下にとって、彼女は最高の教材と言えるし、殿下の成長を見ていると止める気にはなれませんね。
たとえ、殿下のその想いに芽が欠片も無いとしても。
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【某甘味店】
「ん、お前達」
「サリュード、偶然だな」
城外でお忍び故に、殿下を呼び捨てにするルメザヴィア様だが、この二人は、他人の目が無い時は、互いに呼び捨てで呼び合う程に仲が良い相手。
王族相手であろうとも、従兄弟同士であるなら、それも分からない話では無い。
互いに信用できない者達が周りに多くいるだけに、信用できる者には心を許し合う相手として。
もっとも、一時期彼女への暴言の件で、険悪に成り兼ねましたが、今は別の意味で互いを意識しあっている間柄。
「ユゥーリィ様にこの店の感想を聞きたいと言われまして」
「此方もだ」
ジッタガルドの言葉にどう言う事情で此処にいるのかを、だいたい理解する。
どうやら、殿下もルメザヴィア様も考えていた事は同じで、彼女を誘おうとした店が、まさか彼女の所有する店などとは思わず、彼女の機転に助けられたのは同じと言うところか。
「しかし、凄い名前の店だな。
あの繊細な外見からは想像だに出来ない名付けだ」
「いやぁ、ある意味、ユゥーリィらしいと言えばユゥーリィらしいよ。
魔導具の名前も凄いからね」
「ああ、そう言われればそうだな。
手紙の魔導具など、本当の名前を知っている者など、どれだけいる事やら」
「父上すら使っていた所を見た事が無いから、かなり怪しい所だね。
よく見える所に刻んではあるんだけどさ」
「今のところ、一番恩恵を受けた家が、それで良いのかって気はするが」
いえいえ、そもそも手紙の魔導具は、まだ国家機密ですから、このような所で話して貰っては困ります。
名前だけで魔導具の内容を口にしていないので、さほど問題はありませんが、聞いていて心臓に悪いです。
ですが、話の流れとしては、分からないでもありませんね。
甘味【男が甘いものを食べて何が悪いっ】
ええ、最初に話を聞いた時は耳を疑いました。
評判だと言うので、下見に来た時は目を疑いました。
お店の入口前の暴風壁と目隠しを兼ねた大きな壁に、デカデカと書かれているのですからね、ある意味開き直りを感じましたよ。
むしろ、この開き直りが良いと言う者もいるとか。
何方にしろ、凄い名前である事には違いない訳で。
「お待たせしました。
当店の隠し品書である小倉抹茶パフェと善哉にございます」
店員の話によると、店主であるあの少女が来た時に、大量に作って行く氷が潤沢の時でないと作れないアイスという氷菓と、遥か東国で栽培されている米と言う食物の中で、更に少量だけ作る餅米と言うものから作られた餅と言う物を使うため、数を作れないとか。
他にもこの国には出回っていない希少の食材が含まれているため、基本的には隠し品書になっており、特別な客や大量に氷がある時だけ出すものもあるらしい。
「アイスは以前に何度かユゥーリィに食べさせてもらったけど、この緑なのと黒いのは初めて見るな」
「俺はどれも見た事もない食材に見えるが、ルーはどうだ?」
「見た事も聞いた事もないですね」
全体的に黒い泥水の様な見た目が見た目なので、恐る恐る口にしたものの、口にすれば早かったとだけ。
ええ、甘い物はそほど得意ではありませんが、これは別物ですね。
いえいえ、この店の物は別物と言うのが正解でしょう。
なんにしろ、此処の甘味を一度食べると、食後に出るような甘味などでは物足りなく成りそうです。
「ウチの師団で、結構此処に通っている先輩達がいてね。
しかもかなりの先輩なんだけど、絶対にユゥーリィの影響だと思う」
「ああ、偶に作って行くとか聞くから、それでか」
「甘味に目覚めた人達が、いきなり食べ始めたら、まぁ当然ながら太る訳で」
「なにか、聞いたような話だな。
それで周りに指摘されたと」
体格が大きくて鈍重ならともかく、太って鈍重になっては騎士団としては問題になるのは当然。
単純に戦力の低下だけでなく、足を引っ張る事になりますからね。
気がついた人間や家族の者が指摘するのも分かる話です。
「でも、一度知った甘味は止められない」
「まさか騎士を辞めたとか言わないだろうな?
人数が増えるようなら問題だぞ」
「いや、そこは流石に意地を見せてさ、食べた分は身体を動かせば良いんだろうと言う話の流れになって、……結果、指摘した人間を黙らせた。
五十近くの大先輩が、もう腹筋割れ割れで、背中も見事なものだったよ」
「……変な薬でも入っているんじゃないだろうな、此処の食べ物」
「いや、流石にそれはないだろう」
あったら大問題ですよ。
そもそも、彼女の性格的にそう言う事をするとは思えませんね。
「あるとしたら、紅皇蜂の蜂蜜ぐらいだろ。
大樽で何本も持っているとか聞いた事があるし」
「あり得るな。
って言うか、よく見たら品書に紅い蜂蜜とか書いてあるし」
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がっつりと甘いパンを食べたいあなたへ♪
【季節の果実乗せハニートースト】 銅貨 十四枚
(希少な紅い蜂蜜を使用)
【小倉バタートースト生クリーム添え】 銅貨 十枚
【果物とジャムと生クリープがたっぷり
極厚パンケーキ塔】 銅貨二十四枚
(希少な紅い蜂蜜を使用)
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……以前来た時には気がつきませんでしたが、確かに書いてありますね。
と言うか普通の人は、紅い蜂蜜と書かれても分からないでしょう。
戦災級の魔物である紅皇蜂の蜂蜜など、まず市場に出る事のない代物ですよ。
「ヴィー様、お話中に申し訳ありません。
隣の席の客が食べている物に乗っているアレって、見覚えがありませんでしょうか?」
「……あの色艶は確かに、【死の大地】にあるとか言う果物だったかな」
今、とんでもない地名が聞こえた気がしますが、もし聞き違いでなければ、少なくともこのお店が潰れる事はありませんね。
国中を探しても、此処でしか食べれない物がある訳ですから、しかもこんな低価格で。
「殿下、残念でしたね」
「まさかお持ち帰りはできないとはな。
フィニに持って帰ってやりたがったのだが」
王女であるフィニシア様が王城の外に出る事は、まずあり得ませんからね。
殿下が、土産にと思うのも仕方ありません。
でも、そこで、フィニシア様のためと言って彼女に作ってもらい、その御礼を口実に彼女を誘うと言う発想が出てこない辺り、殿下らしいと言うか人が良いと言うべきか。
奸計に疎い訳ではない癖に、私事ではそう言う事をされない所が、本当にこの殿下は放っておけないと言うか、ついていてあげなければと思ってしまう。
仕方ありませんね、たとえ芽がなくても、ここはフィニシア様のためでもありますし、知恵をお貸しする事にしましょう。
実際、彼女は何度か後宮の調理場で甘味を作り、王妃様達と茶会をされている訳ですから、城の外部の者が調理をするなど今更でしょう。
おそらくあの店で出す様な男性向けのお菓子は作ってはいないでしょうから、攻め口としては悪くないはずです。
「殿下、それならば良い考えがあります」




