1051.王太子妃殿下の苦悩 その弐〜商才がありすぎるのも問題だと自覚をして欲しいですわ〜。
シンフォニア王国、王太子妃。
【セレスティナ・フォル・シンフォニア】視点:
彼女に関する私の誤解は解け、国と私はそれなりに彼女と良き関係を築いていると言って良い。
幾ら国に寄生する塵を釣り上げるためとは言え、陛下や主人である王太子殿下の為さりようは、正直、恨みを買っても仕方がないと思いはするものの、そこは幸いな事に彼女が陛下や国に対して理解があるため何とかなっている。
お義父様もカーライル様も、出来る事ならば彼女には静かな生活を送らせてあげたいとお思いはしているらしいのですが、如何せん彼女は自らの価値を上げすぎてしまっている。
当人曰く……。
『面倒事を国に丸投げしているだけですので、功績なんて欠片も要らないです』
らしいのですが、そんな訳には行かない。
国としては信賞必罰は必要で、如何言い繕うが功績を無かった事になど出来ないような代物を次々と持ち出しておいて、後は丸投げしますからお願いしますで済む訳がないではありませんか。
彼女一人で、どれだけ経済に大きな影響を与えたと思っているのです。
と言うか、今、シンフォニア王国が他国から注視されている原因の大半が彼女なのですよ、その彼女の功績を横取りや無かった事にすなんて真似をしては、各国から批判を受ける事は間違いないのです。
その筆頭が世界中に信徒を持つ、聖オルミリアナ教会だと言えましょう。
『あの者をこれ以上調子づかせては、国の一大事になりかねませんっ!』
ですから、彼女の功績を認めたくない方達の意見など関係ありませんし、そもそも彼女は表に出たくない性格のため、調子づくもなにもそんな事態が起きる可能性は最初から存在しない。
小さな功績を、彼女の味方になりそうな方に功績渡しをして叙勲させている背景は、そういった彼女を排斥しようとする者達の意見を汲んだ振りをしつつ、実際には……。
『勲章?
式典に出るのが面倒なので要りません。
あと遠慮とかどうこうではなく、勲章なんてジャラジャラと身に付けていたら、面倒なだけの人達が寄ってきそうですから』
といった理由ですよ。
前半部分が本音で、後半部分は理由付けである事は、それなりに付き合いが長い私には分かります。
爵位は無理でも、年金が出て名誉でもある勲章を得るために、どれだけの人間が日夜苦労をしていると思っているのか。
少なくとも彼女が勲章を受けて、功績を重ねる事を阻みたい者達がこの事実を知ったら、頭の血管が切れかねないほど憤慨する事は間違いないでしょう。
あと功績渡しは、功績の結果を将来有望な方に譲る、ある意味名誉な事であって、功績そのものが無かった事になる訳ではありません。
式典で以て大々的に喧伝されないだけに過ぎない。
『王太子妃殿下、何とかなりませぬでしょうか?』
『お気持ちは分かりますが、もしも逆の立場であったのであれば、貴女は頷く事が出来ますか?』
『そ、それは……』
そして彼女は多彩で商売の才能もあり、こと化粧品に関しては、多くの方に逆恨みじみた顰蹙を買っております。
ええ、逆恨みじみたです。
此処大切です。
そもそも化粧品と言っても、お手入れ用の基礎化粧品です。
既存の製品に比べ、あまりもの効果の高さと利便性、それに似合わぬ値段の安さで人気に拍車が掛かり、貴族女性の中で大きな問題になり掛けた程です。
幸いな事に、彼女の後ろ盾の婦人達からそれとなく圧力を掛けてもらい、製法を公開する事で問題は一時期沈静化いたしましたが、製法を公開した事でまた別の問題が発生いたしました。
『公開された製法通り作っても効能が低いのです。
いいえ、正確には既存の物より確かに高い効能はあるのですが、今あのお店が取り扱っている代物より低いのです』
彼女の化粧品を任されている人間に手紙を送った所、公開したのはお店を開いた当初の製法だと判明。
現在お店で取り扱っているのは、そこから発展した代物なのだとか。
でも公開した製法は、確かに当時の製法である事は間違いないとの事。
そうなると、約束を違えたとは言えない。
たえず最新の製法を公開する事を求めるなど、商売としてあってはならない事だし、あったとしたらそれを咎めて、止めさせる立場に私はいる。
結局、彼女のお店で取り扱うのは大量生産品で、効能の割に安価な値段を維持する為もあって、決まった代物しか売りに出さない事から、高位貴族向けの個人の好みや肌に合わせた代物を各自で開発して売り出す事で、落ち着きを取り戻している。
でも、それは表面上でしかない。
やはり効能の高さが違うし、その差は月日が経つ程広がっているのが現状。
幾ら好みの香りや、高価な材料を用いたとしても、それは誤魔化しでしかないのだと、気が付いく者が増えている。
『セレスティナ様、本当に戴いても宜しいのですか?
昨日購入されたばかりですよね』
『ええ、構わないわ。
良い物である事には違いないけれど、少し思っていたのと違ったの』
実際、お義母様も私も彼女の作る品を愛用しているため、今まで取引していた商会の代物は、侍女や下位の貴族の奥方や令嬢に下賜している。
仕方がないじゃない、効能に差がありすぎるんですから。
もう気のせいとかの話でなくて、肌を指で触って分かるくらい差があるのよ。
ぷるんよ、ぷるんっ!
しかも無理を言って特注の物を作らせているのだから、それが周りに漏れてしまわないように、今までの購入先から購入しない訳にはいかない。
若さを保つためなら、これくらいの権力の乱用は必要な事だと言える。
王族が若さ差を保ち美しくある事は、国を守るための政争の道具でもあるのよ。
なので特注品を作らせる条件として呑まされた、困った方々を抑える約束はきちんと行います。
一つの所に片寄らせない事も、王太子妃としての役割でもありますからね。
「またあの娘が、新たな事を始めようとしたわ」
「……またですか?
本当によくも次々と思いつくものだと、心底感心いたしますわ」
そう言った商売でも問題が起きるのに、それが幾つもあり、その一つ一つで似たような問題が起きているのですから、才能がありすぎるのも問題だと痛感している所に、王妃であるお義母様が新たな問題を持ち込んできました。
感心するとは口にはしたものの、実際には呆れていると言っても良い。
生憎そのまま口にするには、殆どの商売が巧く言っているため憚れる。
まぁその巧く言っている事に、妬みを覚えている方も多いため、困った事態になっている訳ですけどね。
『─────ビーズ細工ですか、確かにこれをそのまま広められては、一波乱起きる事は避けられませんね』
お義母様が心配するように、刺繍、レース編みに次ぐ、貴族の夫人と令嬢の間で長く流行る事は間違いないだろう。
それが本人の意思とは関係なく、彼方此方で問題を引き起こしている事になっている彼女が発端で広めたとなれば、また要らぬ妬み誹りが彼方此方で囁かれる事は間違いない。
今まで紅茶以外の茶は下々が呑む下品な飲み物として、広まらなかった物を私達王族が率先して広めたのも、それを危惧しての事。
まさか、紅茶ばかり飲んでいた事が原因でお腹に溜め込む事になるなど、知りもしませんでしたからね。
それを解消するのであれば、正しく諍いのない形で広めるのが一番平和的だと言える。
今回も似たような感じで処理すべきでしょう。
目の前に置かれた作品は、このまま無かった事にしてしまうには、あまりにも惜しいと言えるもの。
これが大量生産出来る材料に、糸を通して行くだけで出来上がる。
勿論、それなりの技術と美的感性なくしては出来る代物ではないとは理解していてるし、だからこそ王侯貴族の女性にとって価値が生まれる事は間違いないでしょう。
「殿下、何とか手に入らないでしょうか?」
「申し訳ないけれど、とても私ではお力になれそうもありません」
本当に何度似たような事があっただろうか。
とくに彼女がスカルチニア公爵家と組んで起こした、ヌイグルミ事業関係は酷かった。
可愛らしい寸足らずな造形に、心地良い肌触りと抱き心地。
見ているだけで幸せになるのですから、手に入れようと夢中になるのは分かります。
ですが、だからと言って王族の名で以て、横槍を入れて手に入れるなど、あまりにも体裁が悪すぎます。
なにせスカルチニア公爵家から、全て一つづつ献上されていますからね。
お義母様と私と義妹のフェニシア殿下、そして娘のリリシアナとで、毎回取合いですよ。
大半がまだ幼いリリシアナが持って行く事は仕方がないにしても、それ以外は本当牽制のしあいです。
お義母様などは一度……、
「私はこれ一つで良いですから、後はリリシアナがお好きになさい」
と言って横紙破りをした事は、今でも忘れません。
新たに両家でドールハウス事業が起き、それに沿った物が発売された時は、立場など関係なしの取合いに発展した事も。
かといって私達の立場もあって、更に寄越せとは言いにくいのが実情。
幼いリリシアナならばまだしも、可愛らしい物を集めているなど、流石に恥ずかしすぎますからね。
大人の女性として、そして王族としての矜持は大切なのです。
欲しくとも大量購入をするような真似など、恥ずかしくて出来る訳がありません。
少しづつ他の物に紛れて購入するしかありません
ですが、その王族として矜持を守るためには、ヌイグルミの様な癒やしは必要なのだと痛感もしているのです。
後で、スカルチニア公爵家が一つづつしか献上しなかったのは、彼女の入れ知恵だった事を知った時は、私達王族女性全員で彼女を呼び出して、どう言うつもりなのかと問い質したくらい。
「えっ、ですから少々飢餓状態の方が、お茶会でヌイグルミの話しが話題に少しでも挙がった際、周囲が皆様方の反応が判りやすいと思いましたので。
最初にお見せに来た際の皆様方の反応で、ああ、これはイケルなと確信いたしました」
視線を私付の侍女に向けると、視線を逸らされました。
そうですか、分かりやすかったですか。
王族たるもの、視線の動きや指先の僅かな動きで、様々な事を示唆する反面、此方の反応を読み取られる事もあるため、社交では感情を完璧に制御する事が求められます。
ですので、普通ではそう簡単に見破られる事はないはずなのですが、……そうですか、そのために私達王族女性を精神的な飢餓状態にしようだなんて、なんて恐ろしい事を平気で考え付くのだろうか。
つまり私がヌイグルミを多く所有している事は、多くの方に見抜かれてしまっていると言う事ですね。
「もう隠されなくても宜しいのではないでしょうか?
どうせヌイグルミ用のお部屋もお持ちなのでしょう?」
ええっ、ええっ! 持っていますよ!
どうせ部屋は余りまくっているのです。
僅かな時間でも、政務と社交で磨り減らした気持ちと身体を癒やすために、ヌイグルミ部屋の一つや二つや三つぐらい持っていても、文句を言われる筋合いはありませんっ!
良いではありませんか、私専属の侍女や女中もその部屋で日々の疲れを癒やしているのを許しているのですから、個人の欲だけで散財している訳ではありません。
好き勝ってにやっている貴女に、私の王族としての矜持を守る気持ちなど分かるはずもないと睨み付けたら……。
何故かお義母様が視線どころか、顔ごと私から逸らしている事に気が付きました。
まさかお義母様……。
「ほほほほっ、私は数年後に陛下と共に退位いたしますから、可愛らしい醜聞が一つ二つ増えた所で些細な事ですわ。
それでも後悔はありません。
先日の小さな催しの茶会では、私の可愛い子供達を紹介出来ましたもの。
どのお客様にも羨ましがられましたわ。
どの子も初回生産品で、手に入れる事が難しいとされる子達ばかりですからね。
一つ一つ名前を付ける想いは皆様一緒で、実に楽しい時間でしたのよ」
裏切り者です。
お義母様だけは、王族の矜持として譲れない気持ちがお分かりになられると思っていましたのに、これは許しがたい酷い裏切りです。
いったい何時の間にその様な催しを秘密裏にされたのかと、お義母様にはまだまだ学ぶ事が多いと感じた瞬間でしたわ。
何故、私を呼んでくださいませんでしたのかと、本気で思ってしまいましたもの。
ですがお義母様の恐ろしさは、そこに留まりませんでした。
「せっかくの機会なので、これをお願い致します。
期限は急ぎません。
私が退位する日までに完成すれば構いませんので、くれぐれもあの子達の可愛らしさを保ちつつ、王族に相応しい上品さと威厳に満ちた物をお願いしますわね」
なんとお義母様、ヌイグルミのヌイグルミのための屋敷、ドールハウスを飾るための宮殿の設計を彼女に依頼するという、私達女性にとって野望とも言うべき事を夢で終わらせることなく、実行に移そうというのです。
そして、退位した後の最初のお茶会を、そのヌイグルミ宮殿とも言える場所で行いたいと。
壮大で恐ろしい計画ですわ。
問題は趣味全開の代物に税金が投入される事ですが……まぁまず間違いなく予算会議は通るでしょう。
お義母様の事です、同好の士を集めて根回しをしっかり成されるはずですからね。
もしかすると、先日秘密裏に行ったという茶会も、その計画のための言ったんである可能性が高いですし、注目を浴びると言う事を考えれば、王家の力を示す事には違いありません。
国のために尽力を尽くした王妃が退位する際に望んだ宮ともなれば、少々趣味に走ろうともそれすらも理由になりますし、その趣旨ともなれば、ヌイグルミ事業を担うスカルチニア公爵家が宮殿の建設にあたり後援する事に手を上げるでしょう。
「……ぇっと、本気ですか?」
「私、嘘は言いませんわよ」
「マジかぁ……」
そして、流石はお義母様、問題ばかりを引き起こす彼女すらも、その表情を引き攣らせるなど、私もそのような高みに登るためには、まだまだ精進が必要ですわね。
問題を引き起こすと言っても、彼女自身がそれ程悪いという訳ではありません。
ならば、そんな彼女を振り回されるよりも、振り回せるようにならなければ、王太子妃として、そして将来の王妃として沽券に関わりますわ。




