1025.彼女はほとほと厄介事に愛されていると見える。
シンフォニア王国国王
【ジュードリア・フォル・シンフォニア】視点:
「ふむ、それでは戦争は回避出来そうなのだな?」
「あの国が我が国と争った所で、然程利があるとは思えません。
私の勘ですが、まず間違いなく功を焦った者による独断かと」
ジルからの報告に満足そうに頷いてみせる。
けっして安堵しきれるものではないが、もしも相手がその気であるなら、やる事が中途半端すぎる。
おそらくジルの言うとおり、一部の者による暴走であろう。
我が国の船からの関税の緩和は僅かで、その事によって得れる利益も大した事ではないが、肝心なのは全ての品目を我が国からの船全てという部分だ。
間違いなく国の中枢部……、おそらく状況からして王族が関わっている事は間違いない。
だが先程も言ったがやる事が中途半端すぎるし、国が動くにしては動いている人間も少ない上に、策その物が稚拙だ。
何処の国にも跳ねっ返りの王族がはいる事を考えれば、あの国の王に同情すら浮かぶ。
諸国王会議で言葉を交わしたが、あの国の王は愚王ではなく、寧ろ賢王だと僕は見ているからね。
今回のような愚かな行いをするとは、とてもあの王からは考えられん。
「あの魔導船を欲するなど誰もが考えるであろうが、その危険性を想像出来ぬようであれば、ジルの言うとおり小者の所業であろう。
ともあれ、そういう手に出るとは想定外ではあるが、そのような下策に嵌まるなど、
あの船の船長は、少々彼女のやり方に寄りすぎたか?」
「いえ、叱責を受けていましたので、あの娘を見誤っていただけでしょうな」
「まぁ確かにそれはあり得るか。
今回も結局は誰一人として、被害は出さなかったのだからな」
「此方はですがな」
「彼方の被害など知るものか、火中の栗を拾いに行った報いだ」
その彼女には言いたい事は沢山在るが、今は脇に置いておこう。
何方にしろ今回の事で、彼女はやはり極力人の死を回避する事を選択する傾向にありながらも、それでいてきちんと国の事を優先して考えられる人物だと証明出来た。
国を巻き込む戦争になる事を避けながらも、此方の要望を突き付けて受け入れさせる。
まぁそのやり方は彼女独特のやり方で、此方の斜め上を行くやり方なのには苦笑せざるを得んがな。
斬新すぎて、後の対応に困るというものだ。
「ジル、側で見ていた君の目からして、彼女のやり方をどう思うかね?」
「結果的に見れば、実に貴族らしいですな」
結果的ね……、それはつまりジルからしても、彼女のやり方は想像だに付かなかったという事だ。
いや、僕同様にジルも魔法を多用するとは想像付いていただろうが、その使い方がな。
やられた方は開いた口が閉じなかったであろうな。
だが、確かにジルの言うとおり、言葉でこそ丁寧であれど、脅しすかしは交渉の場においての基本。
力の見せ方も巧い。
魔法による圧倒的な破壊という力は、誰の目にも分かりやすい力の示し方ではあるが、一歩間違えれば畏怖の対象となり、より多くの者を巻き込んで刃となって返ってくる諸刃の剣。
だが彼女が見せたのは、湾を覆う程も広い範囲に声を鮮明に届ける魔法。
空間移動の魔法は他にも使い手がいるから、珍しくはあってもない訳ではないが、相手に準備をさせる間を与えず、上の立場である自らが踏み込む判断は流石だ。
そして襲撃者のみを、魔法で生み出した穴に落としただけという、一見たいした事がないように見えて、判る者には魔法の精度と速度が途轍もなく高度で在る事が分かる程度の力。
まぁ、この歳で未だに鍛錬を欠かさないジルでさえ身が震える思いをしたと言う、【威 圧】の魔法は少々困ったものだが、それでも向こうの度重なる無礼を放置しておく事の方が問題だ。
彼女は相手を出来るだけ害する事なく、最善と思える手段で以て我が国の貴族の誇りと立場を守りつつ、相手に楔を打ち込んだ。
「結果だけを見れば、よくやったと言う事かい?」
「かと私は思います。
少なくとも魔法で辺り一帯を火の海にする事を思えば、穏便な手段ではないでしょうか」
「確かにその方法でも戦争は回避出来ただろうね。
相手に割に合わない、と思わせれられれば良い訳だからね。
その後が大変だろうが、……まぁ力に屈したのなら、此方が恩情を掛ければ然程問題はないだろうさ。
だが、彼女にそれが出来ると、ジルは思うかい?」
肝心なのはそれだ。
僕が知る限り、彼女は誰一人、直接その手に掛けた事はない。
「するでしょうな。
但し、その前に相手を脅して見せるでしょう。
それこそ山の一つや二つ消し去り、海を二つに割るぐらいの力を見せて。
陛下の思惑通り、彼女は多くの守るべきモノを抱えましたからな。
それらを守るために、最終的には彼女はその力で以て、その手を血で染めるでしょう」
させたい訳ではないけどね。
寧ろ出来る事なら、最期まで血で汚れる事がない事を祈っているくらいさ。
そのために多くの者に声を掛けて、彼女の下に人が集まるようにもしている。
だが僕個人の感情と、王としての判断は別だ。
「ジル、君はどう考える?
彼女を突き放して鍛えるべきか、それとも守るべきか」
「突き放して鍛えるべきでしょう。
民を守るためには、甘い感傷など不要で無意味な物だと。
……と言いたい所ですが、人には向き不向きがあるのも事実。
あの娘が闇に落ちるのは、この国にとって災いを生む可能性がある以上、あの娘がその選択をせずに済むように周りを固めておくべきだと、私は我が名と立場で以て進言したします。
あの娘を甘やかさぬ程度にですが」
以前に結論は出ていた事だが、やはり変わらぬな。
彼女は力を持つには優しすぎる。
かと言って、己が手を血で汚す事を恐れるあまり、愚かな選択をするほど弱くもない。
必要に迫られた場合、あっさりと自分を犠牲にして、選択してしまうからこそ彼女は危ういのだ。
息子のカイルにも、後で情報を共有しておかねばな。
彼女は多くの物をこの国に齎せてくれるが、同時に扱いには慎重な対応が必要だ。
幾ら彼女が寛容であろうとも、超えてはならぬ一線が幾つもある。
「それと魔導船に関して一つ御報告が」
「構わぬ、述べよ」
報告と言うには連絡事項と言える。
今回の魔導船略奪未遂事件を解決するにあたり、彼女が空間転移の魔法を使ったが、その空間転移の魔法を行う上で必要な位置を登録する魔法、それが国に譲渡された魔導船においては封印されているとの事。
国に譲り渡した船だけに問題になるかもしれないと、その手の魔法は全て削除及び封印を施しており、彼女の力でもってしても遠隔操作は不可能で、船内にて施工作業が必要か……。
確かに彼女の気遣いは正当な物だと言える。
だが、今回のような事が起きる事を考えたならば、船を取り戻す手段がないに等しい。
例え取り戻そうとしても、相当な労力を必要とする事になる。
「因みに機能を復帰させた場合、例え船が沈んだとしても、よほど深い海で無い限り魔法で引き上げる事も可能だそうです」
「……そんな事まで出来るのかと呆れるしかないが、考えるまでもないな。
だが一応は議会に掛ける必要もある。
海賊共や他国の手に渡る事を思えば、彼女を嫌う者達とてそうは反対せぬであろう」
「嫌々でしょうがな」
だろうな。
だが、慎重に期するためにも、彼等の存在もまた必要だ。
「それと彼の国の王子を遊学させたい、という申し出が確か在ったと思うのですが、此度の件の後となれば如何致しましょう?」
「遊学?」
「ええ、ラードゥナルド様と同じ病気を患っておるようでして、彼の治療を受けたいとの事です」
ラードと同じ病気か。
彼女がいなければ助からなかった事を思えば、まだ見ぬ幼子に同情が湧く。
今の時点で話があると言う事は、向こうでは数ヶ月以上前に決めた事であろう。
となると、此度の件とは無関係である可能性が高い。
だが、それとこれとは話は別だ。
理由はどうあれ、あの国は我が国に一度は牙を向けた。
彼女だけでなく、我が国の至宝の一つであるジルに対してもだ。
簡単に許せるものではない。
「彼方が今回の件で謝意を示すのであれば、受け入れても構わん」
だが、何処かで落とし所を見付け、貸しを作っておく事も国としては必要な事。
結果的に見れば、あくまで未遂事件でしかなく、ジルも周りの者達も怪我一つないどころか、危険な目に遭う事もなく帰ってきた。
感情を無視すれば、それが全てだ。
なら王として感情で動く事なく、冷静に判断すべき。
今回の事に関係なく、彼の国とは良好な関係を続けて行く。
それだけだ。




