1026.お義兄様、甘えるのは程々にして下さいね。私が言っても説得力がないと……。
ユゥラード君とグリアラちゃんも、マリアナちゃんちゃん同様に思いっきり甘やかせれて満足満足。
ユゥラード君がちょっと恥ずかしがっていたけれど、そこがまた可愛い。
嫌われたくないので、無理せずにハグを楽しむ程度で抑える。
「ユゥーリィ様、どうどう」
「ユウさん、それくらいで」
だから抑えているっているのに、人を落ち着きのない馬のように言わない。
お裾分けによるお土産選びもそこそこに、お茶を楽しみながら私が留守にせざるを得なかった間、お姉様達が如何に楽しんだかの話に盛り上がる。
一応簡単に報告は受けてはいるけれど、やはり本人達から聞くのとでは大違い。
なんとライラさん一家だけでなく、お姉様達やラフェルさん夫婦も平民向けの銭湯に入りに行ったんですって。
報告では風呂を楽しんだとしか聞いていない。
ラフェルさんの夫であるハインリッヒ卿は笑いながら……。
「いやぁ、平民に混じって湯に入るなど、良い体験をさせて貰ったよ。
地元では多くの目があるからね、そのような戯れは許されないものだが、此処まで遠い地であれば旅の思い出として多少の事は許される。
例えそれがユゥーリィ殿の魔法による送迎があったとしてもだ。
そして平民向けの湯など贅沢だと思っていたが、中々に見るべき物が有るではないですか。
民の事を考えると同時に領地運営を含め、中々に深く考えられている。
領民が健康に元気で働き続ける事。
地味ではあるが、領地の発展には大切なものの一つである事を、あらためて実感させられましたよ」
港街だからこそ、尚更に防疫には気を使うべき、と言う事情もあるんですけどね。
お義兄様の方も平民向けのお風呂である銭湯には、領主を持つ貴族の一族として感じるものがあったらしく
「我が領でも考えてみるのも良いかもしれないと思っている。
教会を訪ねた時に聞いたのだが、この領地の平民は病気に罹る人数が驚くほど少ないのだとね。
幸いグッドウィル家の領地は、小さくとも街道沿いにある。
旅をする商人なども多くが立ち寄る事を考えたならば、領地の名物になるだろうし、もしも他が同じ事を考えた場合であっても、幸い我が家は香水産業がある。
消費切れに近い香油や芳香蒸留水を湯に使えば、余所よりも話題を呼び込む事も可能だと考えている」
なるほど、お兄様も将来は家を継ぐ立場。
それなりに時期領主として、この街を見ながら色々と汲み取って下さったのだろう。
何でしたら準備しましょうか?と申し出たが。
首を横に振られてしまった。
「まだ父上に相談をしていないと言う事もあるが、これは我が領地での事だ。
出来うる事ならば私達の力で成し得たい」
領主一族としての誇りもあるから、そこは仕方がない。
何だかんだと言いながらも、私はグッドウィル家に力を貸しすぎているからね。
幾ら親戚だと言っても、私に借りを作っている事には違いないし、自らの考えで成す姿勢を貫く事も大切。
唯、それならば話に乗らずに黙っていれば良いと思うのだけど、私が直接力を貸す以外に何か求めるものがあるのだろう。
一つは私に手を出すな、という牽制だろうけれど、それ以外の何か。
「こういう事を聞くのは恥を晒す様で情けないのだが、どれくらい掛かるものなのかね?」
うん、大切な事だった。
銭湯用に仕える大型の湯沸かし器の魔導具は、それなりの金額はするけれど、今のグッドウィル家が出せない金額ではない。
唯、銭湯は湯を沸かす設備と湯船があれば良いものではない。
家庭用ならともかく、多くの人が入る銭湯となれば使う水の量の桁が幾つも違うため、綺麗な水を引っ張ってこなければならないし、使えば当然汚れるため、浄水設備を兼ねた排水の事も考えねばならない。
間違っても排水が生活水として飲用に使われる事がないように、町の設計を含めて考えねばならないから、それだけで大仕事になるしお金も掛かる。
銭湯に用いる建物だって、多くの人が行き交う以上は頑丈に作らないとならない上、換気を考えながらも湿気に強い建物にしないといけないため、材料も高価な物を使わなければならない。
更に男女をしっかり分けた上で、老若男女が使いやすい設計でありながらも、迷惑行為防止の観点を考えねばならないため、店舗や倉庫を作るようにはいかない。
その上、当然ながら作って終わりではないので、運営費、維持費、管理費が発生するし、銭湯で働く人達の教育も必要。
それら全ての知識や技術等がない状態からとなれば、それだけで費用が嵩む事になる。
領民が健康で働き続けれるようにしなければ、領地運営という視点では銭湯を取り入れる意味がないからね。
適当ではいけないのだ。
「お義兄様が本当に欲するのは、我が領が蓄積した知識と仰っては如何ですか?」
「流石にそれは厚かましいと思っているが、可能であるのであれば、それを含めた代価を教えて貰えると助かる」
「お義兄様の勝手な判断で?」
「先程も言ったが、父上に相談した上でだ。
だが父上に話すにしても、前もって情報がある事に越した事はない」
お義兄様は次期領主であっても今は次期でしかなく、街を大きく変える必要がある上に、他領の領主との取引ともなれば、現領主の判断を仰ぐ必要はある。
無論、中には迅速さが求められる場合もあるので絶対ではないけれど、今回は火急的な判断が必要なものではない。
そうなると取引すべきと材料が必要ではあるが……。
「お義兄様、それは甘えでは?」
「流石にそうだよな」
「違います。
私が言っている甘えとは、相手に代価を求める事です。
お義兄様は私を信じての事でしょうが、事は領主同士の話になります。
まだお義兄様は領主ではありませんが、私はお義兄様を次期領主として、取引を持ち掛けた時点で領主代行としてお義兄様を見ます。
それなのに代価を相手に決めさせる事は、あまりにも危険な考えである事を肝に銘じなければなりません。
お義兄様、私がもしもお姉様を求めた場合は如何します?」
「そんな事は」
「ないとは限りませんよ。
私がグットウィル家を贔屓にしているのは、ひとえにミレニアお姉様の存在である事は、お義兄様もお分かりになっておられるはずですよ。
私がお姉様を大切に思うあまり、手元に置いておきたいと考えている可能性を視野に置いておかねばならないと御理解していないのは、偏に危機意識がない証拠です。
単にお姉様の幸せを願い、お姉様の決断を尊重しているからこそ、私はお義兄様にミレニアお姉様をお預けしているだけのつもりです。
お義兄様、私にその力がないとお思いですか?
やろうと思えば、いつでも可能なんですよ」
黙って下唇を噛む姿は、正直見たくはないけど、お義兄様を鍛えるためには必要な事。
それはお姉様やお姉様の子供を守る事に繋がるから。
「お義兄様が話を持ちかけたのが私でなければ、不埒な考えを持つ相手であれば、あり得る事をお義兄様は知っているはずです」
お姉様は美人だし、可愛いし、誰もが目に付くものを持っている。
当然ながら社交界では、それなりに注目を浴びていると思う。
そして、中には下衆な考えを持つ者もいる。
他人の妻ほど弄びたくなる、とかね。
実際にそういった取引があるのが社交界であり、催しを開く際には、そのための部屋を予め用意しておく事も社交界の常識でもあったりする。
名目上は少人数用の談話室なり、個人で気を休めるための休憩室なり、様々ではあるけれど、そういった闇は少なからず存在する。
確実に避妊が出来る薬草がある世界である以上、そういった行為への敷居が下がる人達は如何しても出てしまう。
特にヤル事しか考えない男性など、実に無責任だからね。
そんな相手に取引をする事自体がどうかとは思うけど、今はそんな事はどうでも良い。
ついでにその考えに至ったお義兄様が、『ミレニアをは誰にも渡さん』とか叫んでいるのもどうでも良い。
そんな事を今更口にするぐらいなら、最初から相手に任せるような事を言うなと咎めたい気分にしかならない。
「相手の求める物を用意するなり、それに変わる物を用意するのは確かに取引の基本ですが、最初からそれを相手に放り投げるなど、何を選んでも良いと言っている様な物です。
良識のある方はその辺りの意図を汲んで提案しますが、そうでない者も世の中には多くいます。
自由に選んで良いと言ったのはそちらではないか、とそれすら取引の材料にして」
本当、私の所なんて、そう言うの凄いですよ。
私の見た目が見た目だから欺しやすい様に見えるらしく、あの手この手で言葉を捏ねくり回して、言質を取ろうと必死です。
その際に嫁の二人や護衛騎士であるセレナとラキアの事だって、取引材料として出た事も何度もあるくらい。
その時点で、私の中では敵認定ですけどね。
意外とその事に気がつかない相手が多いんだ、これが。
まぁその話はさておく、貴族の取引の材料の中には、当然のように血縁者の婚姻さえも含まれている。
昔の様に結婚相手を探すのを苦労していたグッドウィル家は、今は価値を高めているため、ユゥラード君とグリアラちゃんを求められる事さえあると、お義兄様に迂闊な取引はしない様に忠告しておく。
「そもそも相手に任すという事は幾つか意味があり、一つはどのような要望であろうとも叶えてられるだけの権力と財力を持つ方が行える手段であって、失礼ながらグッドウィル家はそのような力はないと、お義兄様も御理解していると思います。
一つは、何を失っても構わないほど追い詰められている方が取る手段であり、この場合相手に足下を見られる事になりますので、お勧めしません。
そしてこれが肝心なのですが……、お義兄様は私に興味はありませんよね?
一度は私を側室にと言う話を頷いていながら、欠片も興味も持っていない」
「いや、私にはミレニアがいるからな。
それに失礼ながら、確かに君は可愛らしくはあるが、女性としては見れそうもない」
うん、大変良い返事です。
中身が男である私としては性欲の対象にならないと言うのは、実に喜ばしいばかりではあるけど、私が聞いている事はそう言う事ではないですからね。
「はぁ……、少し引っかけが入ったとはいえ、お義兄様、私が今この場で問うているのは、私が何に興味を示し、何を欲しているかです。
一応は私も義兄様を男性として欲する事は、絶対に未来永劫あり得ない、とお返ししておきますが」
いや、そこで何をショックを受けた様な顔をするんです?
まぁ確かにお義兄様は顔もそこそこ整っていて、筋肉に引き締まった良い身体をしているので、それなりにおモテになるとは思いはするけれど、それは幾ら何でも自惚れが過ぎると思いますよ。
もしかして御自分の身体が、取引の材料になると思っておられるとか?
その辺りは後でお姉様にとっちめて貰うとして……。
「取引相手に全てを任すのはお義兄様の意欲を相手に示す事よりも、相手が何に興味を示し、何を欲しているかを知らないと示す事になり、それは取引する相手を調べるに値しないと判断されたと受け止められるからです。
分かりやすく例えさせて戴くのであれば、好きな女性を相手に喜ばれると思って、己が贈りたい物を一方的に贈る事ほど意味のない事はありません。
相手は形ばかり好意で、本当に意味で自分に興味のない方からの贈り物など、心に届く訳がありませんもの。
相手が欲する時、相手が欲する物を贈ってこそ、初めて相手の意識を惹く事が出来るのと同じです。
ただ、それで相手が応えてくれるのであればともかく、気持ち悪がられる事もありますので、その辺りをどう受け止めてくれるだろうかを事前に調べておく事が肝心なのは、今更私が口にするまでもなく、お姉様を相手に既にお分かりですわよね?」
「……、……」
だからね、そこでなんで分かりやすく視線を逸らすんですか。
お姉様が苦笑している所を見るかぎり、散々やらかした後、周囲の忠告でようやく真面な気遣いが出来るようになったところ、って感じを受けますが……、まぁそれこそ夫婦間の事なので、今は口に出しません。
「因みに話は少々外れますが、私が十一歳の頃、お父様にお化粧をするための道具を一揃え贈って貰った事があります。
たぶん普通はそれくらいの女の子であれば、自分専用に調合された化粧品を戴いたのならば喜ぶ物なんでしょうね。
ですが贈って戴いたお父様には申し訳ないと思いましたが、私にとっては面倒なだけの代物としか写りませんでした」
固定概念に捉えられた勝手な思い込みは厳禁。
女性に対しての贈り物は気を使うべきなのだ。
そして取引相手を調べる際には、その取引相手の奥様を初めとする、家族の好みや趣味趣向を調べておくべきだと話を続ける。
取引相手が堅物の場合、家族から働きかけて貰うようにする手段もあるからとね。
逆にそう言うやり方を嫌う方もいるから、興味がなくても取引を持ち掛けようとする相手の事を調べておく事は大切なんですよ。
「と言う訳でお義兄様、色々と駄目駄目です。
私のような年下の娘に言われてさぞかし腹がお立ちでしょうが、そこは受け入れてください」
「ぐぬぅ、い、いや別に腹は立てはいないが、その……来るモノがあるというか……」
「もう、この子ったら。
でもアナタ、妹の言うとおりでもあるから、此処は耐えて下さい。
ところでユゥーリィ、実際のところはどうなの?
これは貴女の事が好きで愛しいと思う、姉としてのお願いだけど」
「勿論、大好きなお姉様の願いですので、出来うる限りの相談には乗らせて戴きますよ」
そもそもお義兄様は甘い。
使えるべき最大の駒が側にあると言うのに使わないから、こうしてミレニアお姉様が表に出て来る事になったじゃないですか。
その時点でも、もう駄目駄目ですよ。
あと私が、今、『出来うる限り相談に乗る』と口にした事には気が付いているかな?
相手に決定的な言質を取らせないためには、如何にも相手の話に乗って見せたような雰囲気を出しながらも、決定的な事は言わない事も大切なんですよ。
という訳で、はっきり言って私も私の領地もお金には困っていない事と、私が興味を持つとしたら、優秀な人材だと伝えておく。
事務方の人間でも、職人でも、それらを指導出来る人であれば年輩の方でも、能力のある人間は大歓迎だとね。
但し、武官系の脳筋連中は余っているとも伝えておく事は忘れない。
本当はその理由も調べて察して貰いたいのだけど、そこはお姉様のお願いですから大サービスです。
「だ、駄目なのか……」
色々と物騒な世界なだけに、普通なら戦える人間や、それを指導出来る教官は喜ばれる物だけど……、生憎と我が領ではその手の人材は余っているのが現状。
オルディーネ領領軍は辺境伯軍としては全然足りていないのだけど、騎士・兵士合わせて八百人ほど。
この中には予備役や街を守る衛士、それから村の自警団は入れていないけれど、それでも領の人口からしたら百人の内の三人を超えている計算になる。
非戦闘員を含めた軍事組織的な総数を入れたら、五人になってしまう。
非常時における徴兵をしたのであればともかく、常備軍としては過剰な状態なのよ。
魔物からの脅威に晒されいるこの世界の事情を考えたとしても、この数値は他の領の事情に比べたら遥かに多いの。
国によって押し付けられた結果ではあるのだけど、他の領の領軍は人口比率で言えば常備軍は一かその半分、多い所でも二ぐらい。
前世で私が住んでいた国が二の更に十分の一ぐらいだった事を鑑みれば、どれだけ多いか判ると思う。
領軍を持たない自警団のみの小さい領地だと、二十とか三十とかもあるけれど、それは例外だし、そもそも専門職ではない農兵だから、戦力としては問題外。
「我が家が一番出せそうなのは、そこなんだがな」
ただ、脅威が背中合わせであるこの世界でその程度で済んでいるのは、何だかんだと魔物に関しては、冒険者ギルドや傭兵ギルドが良い仕事をしているから済んでいるからと言ってもいい。
彼等のおかげで、領の運営を逼迫しないていどの常備軍で済むような社会構造が出来ている。
その代わり領主は二つのギルドに細々とした依頼を出すなど、優遇処置をしているけれど、そこは安価に戦力を維持するための必要経費とも言う。
「私の後ろ盾の皆様が挙って優秀な方を送って下さいましたので、幸いな事にそちら関係は今の所は充実しておりますの」
ガックリとくるお義兄様をよそ目に、ミレニアお姉様に甘え甘え。
流石はお姉様、接待という物が良く判っていらっしゃる。
と言うか、お姉様からしても、お兄様を鍛える良い機会ですからね。
私の考えを察して、お兄様に見せ付けるようにして見せる容赦のなさは、流石はお姉様だと感心する。
あっ、えっちぃ事はしてませんよ。
普通に仲の良い姉妹が見せるスキンシップ程度です。
お互いにそれなりに歳を取ると機会が少なくなるので、こう言う時に甘えずに何時甘えるいうのか。
ぬほぉぉぉぉぉっ、ジュリやエリシィーとはまた違った感触が。
この重量級の威力は、最早、核爆弾の如きっ!。
ええ、スキンシップ程度です。
嫁二人からの視線が恐いけれど、姉妹の戯れであって浮気じゃないから、そこは信じてっ!
という訳でお義兄様、ちゃんと考えてくださいね。
こう言う機会がある事自体が、甘やかされている訳ですから、ちゃんと活かして貰わないと、お姉様や子供達を守れなくなりますよ。
昔と違って、グッドウィル家は私との縁を求めて、多くの貴族に狙われているんですから。
国内だけでなく、おそらくは国外からも。




