1017.幾ら責任ある人だと言っても、現場に来るべき人ではないですよ。
「……ジル様」
「何だ、儂では不服かね?」
「そうではなく、てっきりエルヴィス様あたりが来られるとばかり思っておりましたので、不意を突かれて驚いているだけです」
私の他国に行く際の監視要員として国が選んだのは、ジル様の息子さんであるエルヴィス・アーカイブ様。
公爵家を継ぐよりも商売をして世界を回る方が良いと、歴史あるアーカイブ公爵家の後継者の立場を自らの娘に投げつけた不良親父。
私の監視要員という立場を利用して、今でも時折他国に行くのに私の空間移動の魔法を利用されている。
私もエルヴィス様を利用しているところがあるので、そこはお互い様なのだけど……。
「他国と戦争になる可能性がある以上、責任ある立場に在る者が状況を確認するのが当然であろう」
「国の運営を司る一柱である宰相職に就いている者が他国で何かあれば、それこそ戦争に発展します」
「ふん、そんな事態に発展するのであれば、何かあろうとなかろうと関係あるまい。
最初から相手はそのつもりだったと言うだけの事だ」
「その場合、誰が陛下のおもりをするんですか?」
「陛下の事だ、それこそ嬉々として殿下に王位を押し付けるであろうさ」
いかん……、陛下がカイル殿下に押し付ける様子が、容易に想像が付いてしまった。
あり得るだけに困ったものだ。
そしてジル様が引く気がない、と言うのも今ので分かってしまった。
おまけに此処で無駄な問答をしている間に、事態が最悪な状態に陥る可能性が更に高まると来ている。
事件が発覚して更に丸一日近く経過しているので、これ以上時間を無駄にする訳にはいかない。
「時間がありませんので、ジル様、御協力をお願い致します。
ですが現場では私の指示に従って戴きます」
「他国と遣り合うのだ。
現時点で辺境伯であるお主の権限は公爵相当。
儂は宰相で公爵ではあるが、現場での指揮権はお主の方が上位故、今回はお主の好きにするが良い。
儂の仕事は事の成り行きを見守るのと、相手国との話し合いの段階になってからだ」
アドル達には経験を積んで欲しかったけれど、ギモルとラキアの三人でジル様とジル様が連れてきたお連れの二人の文官の直衛に当たって貰う。
護衛の魔導士として、アーカイブ公爵家所属のタニヤ様も連れて来られているので、ジュリまでを護衛に付ける必要はない。
妊娠中のセレナと見習いであるイリーナ達はお留守番。
そして領軍の皆んなには、以前の領地戦とは違って、今回はしっかりと働いて貰う。
小細工を仕込んでいる時間もないと言うのもあるし、そもそもそんな敵地だから此ればかりは仕方がない。
「皆んな、怪我をするな、などと甘い事は言わない。
只、死ぬな、それだけだ。
生きてさえいれば私が癒やす。
なら安心して貴方達が日々鍛えた力を振るいなさい。
相手は蛮族、人を舐めた連中を懲らしめるだけの簡単な仕事よ」
流石に今回は死者が出るかもしれない。
でも船の乗組員もオルディーネ領の領民であり、魔導船はオルディーネ領の財産でもある。
そして領軍はそれらを守るのがお仕事。
此処で甘い対応をしては、今後、オルディーの港は世界各国に舐められる事になる。
「「「「「応っ!」」」」」
最初に行くのは私とジュリと何時ものメンバーに加え、国からの監視役としてジル様と他数名。
オルディーネ領軍第一師団長アルディス・ダルクファクトと、同じくオルディーネ領軍第二師団長であるルシオン・ミシュラン。
領軍騎士及び領軍兵士が合わせて四十名。
更にキャロライン・アックスベルナを始めとするオルディーネ領第八師団、通称【ユゥーリィ様を見守る隊】の中から七名が私の直轄部隊として加わった。
アドル達がジル様達の護衛に回したのと、こう言う時に彼女達を使わなければ、師団としての存在の意味がなくなると、アルディスが捻じ込んできた。
時間がないので、これも仕方なしと黙って受け入れた。
「それとユゥーリィ様が礼儀正しい方である事は重々承知しておりますが、作戦行動中は呼び捨てにお願いします。
事は部隊の志気に関わります」
「……分かったわ」
「出来れば、普段からも宜しくお願いします。
貴女様は我等が主人であると同時に、領軍を率いる立場にある事をお忘れなく」
この世界、女性が男性を呼び捨てにするのは、色々と問題があるのに。
アルディスめ、時間がないからと調子に乗って色々と打っ込んできたわね。
唯でさえ周りへの示しが付かないからと、口調も崩させられているというのに、終わったら少し懲らしめる事を考えておこう。
今はそれどころではない。
「行くわよっ!」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
魔導船には、こういう自体が起きる可能性を考慮して、マーキングの魔法を施した魔導具が設置してある。
それを頼りに空間移動の魔法を展開し、光の門を潜って移動をしたのだけど……。
「うぁぁ……、見事に囲まれているわね」
夜だったオルディーネと違い、此方は昼間で明るいため周囲がよく見える。
魔導船【スクイット】を取り囲むように、二十隻近い大型船や中型船が海に浮かび、その周辺に更に小型船や小舟が浮いており、此方の船を逃さないと言わんばかりの状態。
更に空間探知の魔法で、湾の出入口付近を大型船が横に並んでいるのが分かる。
まぁ……、一生懸命此の船に乗り込もうとしてはいるけど、生憎と此の船は幼体だったとは言え、災害級の魔物である大王烏賊の身体を船体に使った魔導船。
防腐処理などの様々な加工を施したおかげで、薄く魔力を流しさえしておけば、生きていた頃とまではいかなくても、それなりの強度を誇る。
更に緊急用の防衛機構として、体表に結界を這わす事が出来るようにしてあるので、剣や杭を船体に打ち込んで足場にする事など出来ない。
おまけに甲板上部には覆うように結界を張れるため、結界がある限り鍵縄を掛ける事もできないため侵入も不可能。
大王烏賊って、元々、身体強化と結界の魔法を扱う魔物だから、この辺りの魔法とは相性が良いのよね。
但し、魔力を馬鹿喰いする欠点があるけど、結界の大きさが大きさだから、此ればかりは仕方がない。
「ユゥーリィ様っ!」
「アインフォース卿、御無事で何より。
申し訳ないけれど状況の説明を」
船を任せていたアインフォース卿が駆け寄ってきたので、何でこういう事になっているかの説明を求める。
「そうしたいところですが、此の船の魔力がもう尽きそうです。
全乗員で魔力を供給しているのですが、とても間に合いそうもなく」
「分かった、まず安全の確保が大切よね」
船の縁に手を置いて魔力探査を掛ける。
船自体が魔物素材で出来ているので、魔力の通りは良い事もあって、あっと言う間に私の意識は此の船の魔力貯蔵用の魔法石に辿り着く。
本来は防衛機構があって、魔力を侵入なんて真似は出来ない様にしてあるのだけど、此の船は私が作ったものだから、私の魔力は素通りするのよ。
無論、念の為に仕掛けはしてあるから、本当にそのまま素通りという訳ではないけれど、詳しい事は秘密。
魔力回路が繋がったら、後は船体の全体に魔力を流しながら、私の魔力を魔法石に流し込んで魔力を補充をする。
ついでに……
「うわっ!」
「ひぎっ!」
「げぶっ!」
此の船を覆っている今の結界は、大王烏賊が使う結界程強度はない。
幾ら結界の魔法と相性が良いと言っても、やはり魔導具によって発生させる魔法には違いないし、魔力の消費の事も考えると瞬間的にならともかく、どうしても弱い結界しか張れない。
ただ、その弱い結界を複数枚を内側から張り続ける事によって、衝撃を吸収しやすくしているの。
一番外の結界が壊れたら、内側に一枚生み出すと言った感じにね。
それで、今、裏コードを使って、別の防衛機構を同時に発動させたの。
結界と結界の間に圧縮空気を入れ込むだけの簡単な魔法。
魔導回路と魔導具とのハイブリット型で、船に設置と言う事で大型化できるため、魔法自体は元々攻撃的な代物ではないって事もあるのだけど、消費魔力の割には意外に効果的。
でも、船体の結界を剣や槍や杭で打ち破ろうとしている人達からしたら、外側の結界を破った途端、中から圧縮された空気が勢いよく溢れ出すのだから、知らなかったら堪ったものではないでしょうね。
「ぐぁっ」
「ぐひっ」
ぼちゃん、ぼちゃん。
要は爆発反応装甲みたいなものね。
鉄片や鉄球ではなく圧縮空気が炸裂するだけなので、吹き飛ばされるだけの非殺傷魔法。
「サキョウ様が海に落ちたぞ!救い出せ!」
「救い出せって、サキョウ様は全身鉄鎧を着ているのに無理だっての!」
「無理でも救うんだっ!
あの方を見殺しにしたら、俺等全員の首が飛ぶぞっ!」
まぁ、海に落ちて溺れたりする事までは責任取れん。
聞こえてきた事が嘘か本当かは分からないけれど、海の上で重い全身鉄鎧なんか着てくる方が悪い。
見栄えが良いかも知れないけれど、落水する事を考えたら自殺行為に等しい
何方にしても、此れでしばらくは船に乗り込まれる心配はない。
「さぁアインフォース卿、詳しい話を聞きましょうか」
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【世 界 地 図】
周囲一帯が魔物の領域に囲まれた世界。
ただ、人々にも希望はある。
魔物は魔物の領域に生息し、生息域から出る事は少ない。
人々は魔物の領域を避けて、今日も生きる。




